大好きなおじいちゃん
8年間育て上げた、おばあちゃんが亡くなった。
おばあちゃんと過ごした30年、そして、おばあちゃんを育てた8年間を私は記録に残そうと思った。
おばあちゃんは私が小さい頃から、優しくて不思議な人だった!
それを言うと、負けない位おじいちゃんも同じだった!
おばあちゃん家は田舎の中でも度田舎で、人里離れた山の中にあった。隣近所と言える家は一軒で、それから里に降りるには、車で20分位山道を下りなくてはいけないような場所だった。
そんなおばあちゃん家は、好奇心旺盛な私にとっては、絶好の遊び場だった!
休みの度に泊まりに行き、猫や犬と遊んだり、おじいちゃんとサンショウウオやコウモリを捕まえたり、おばあちゃんと畑で野菜の収穫や、木の実や野草の採取をして過ごすのが楽しみだった!
時には焼きマムシを食べさせられたり、キジのゆで卵だと言われて中を見たら羽の付いた雛鳥だった事もあった!
売店も自動販売機も無い、サバイバル生活のその場所は必死でおじいちゃん、おばあちゃんが守ってきた大切な場所だった!
小学校高学年の時、大工の父は家を建てた!おばあちゃん家から車で30分位の場所に、おじいちゃんとおばあちゃんの部屋もちゃんとある、大きな家だった。
『ありがとう、立派な家だ!一緒に住むのが楽しみだなぁ!』
とおじいちゃんもおばあちゃんも嬉しそうだった。
でも、すぐには一緒に住んでくれなかった。
雪の多い冬場だけ泊まって、春になると帰って行く!そんな生活がしばらく続いた。
それを変えたのはある意味私だった。
受験間近の中学3年の秋、私は脳出血で、倒れた!
難しい病気で、近くの病院では手術が出来ず、車で3時間位離れた病院に転院、手術になった。両親は私に付きっきりになったので、まだ高校生の姉の為におじいちゃんおばあちゃんは山から下がって来て、新しい家に住むようになった!
3ヶ月の入院して自宅に帰った時、丸刈りになり、包帯を巻かれた私の頭を見て、おばあちゃんは泣いた。そして
『こんなにツルッパゲにされて、女の子なのにかわいそうに…』
と言いながら、ワンワン泣いた。
『髪はすぐ生える!元気になったんだから、泣くな!』
とおじいちゃんはおばあちゃんを慰めた。
私はおばあちゃんに"ツルッパゲ"と言われたのがおもしろくてちょっとだけ笑った。
高校受験にはギリギリ間に合った!受験勉強はほとんど出来なかったので、希望していた高校には入れなかったが、それでも高校生にはなれた!
それから少しして、おばあちゃんが倒れた!
心臓の病気だった!
やはり近くの病院では手術が難しく、遠い病院で大きな手術をした。それに付き添う為に、母は家を空ける日が多くなった!
私は母の代わりになりたくて、高校に行きながらバイトを始め、料理も覚えた!おじいちゃんや父の為にお弁当も作った!
入院はとても長く感じた。いや、長かった!
だんだん明るかったおじいちゃんも日に日に不安そうな顔をするようになった。
『おばあちゃん今週末、退院だよ!』
母から、久しぶりに明るい連絡が来た!
おじいちゃんと手を叩き合って喜んだ!
おばあちゃんが帰って来る前に、介護用ベッドが来た。
介護の仕事をしている叔父さんも来て、これからの事や使い方を説明された。介護用のベッドが来た意味を私はあまり理解していなかった。もしもの時に使うやつかな?と軽く考えていた。
おばあちゃんが帰って来る日、私とおじいちゃんはソワソワしていた!おじいちゃんは朝から近くの商店で、おばあちゃんが好きなお菓子やジュースを買って来て、私はおばあちゃんが大好きな大根とスルメの煮物や、ほうれん草のごま和え…とおばあちゃんの退院祝いの準備をしていた。
『ただいま!』
母と父の声に、私とおじいちゃんは急いで玄関に飛び出た!
そして、声に一瞬詰まって、あわてて
『おかえり…!』
と伝えた。
小さくなったおばあちゃんが、車イスに乗っていた。
家で車イスを使うというある意味新鮮な感覚とふくよかで明るかったおばあちゃんの小さくなって、なんだか寂しそうな姿。
遠くて手術直後にしかお見舞いに行けなかった私とおじいちゃんにとっては、驚きの姿だった。
『あのね、全く歩けない訳じゃないから、少しずつ家の中でリハビリすれば大丈夫だから!』
私達の不安そうな顔を察して、当時、看護学生だった姉が、軽い感じで、私とおじいちゃんに言った。
もともと、家を建てる時におじいちゃんおばあちゃんと暮らすつもりだったので、父は全部バリアフリーにしていた。そして今回退院をきに廊下やトイレに全部手すりをつけた。
私はそれを思い出し、もう一度今度は笑顔で、
『おかえりぃ!』
とおばあちゃんに言った!
やっと笑顔を見せておばあちゃんが
『ただいま!』
と優しく言ってくれた!
その日は、いっぱいみんなでお話して、いっぱい笑った!
そして疲れたおばあちゃんは、いつもより早めに寝た。
次の日から、おばあちゃんはおじいちゃんに支えてもらいながら手すりを使って歩いて食卓まで来る練習をするようになった!
トイレは大変なので、介護用のトイレを部屋に置き、お風呂はおじいちゃんが支えてあげながら入る、ある意味おじいちゃんによる高齢介護が始まった。
そのうち我が家は室内犬を飼い始めた、おじいちゃんのしつけが良く、おじいちゃんが外に居てもおばあちゃんがおじいちゃんを呼ぶと吠えておじいちゃんに知らせる。そんな介護補助犬?になった。
我が家は父も母も自営業だった。そして姉は地元で、看護士になり、私は高校卒業後、いろいろなところでバイトをして、最終的に母の経営している田舎の小さな商店を手伝いながら、おじいちゃんの畑の手伝いをしたり、していた。
おばあちゃんはやっぱり歳と共にどんどん歩けなくなっていった。それでも、おじいちゃんとケンカをしながら毎日頑張っていた。
その日は初雪が降った朝だった。
早朝に仕入れに行った母が渋滞にはまり、開店までに戻って来れないと連絡が入った。
『おじいちゃん、私、店開けなきゃならないから、朝ごはん適当に食べて!あっ犬にご飯、あげなきゃ!』
『いいよ!オレが犬にご飯あげるから、早く行きなさい!』
おじいちゃんに、お願いして、私は開店の為、車に乗り店にむかった!
それから、どれくらいのじかんが経ったのか、私には記憶に無い。
母がようやく仕入れから戻って来て、仕入れの物を並べて居る時に電話が鳴った。
電話の相手は歩けないはずのおばあちゃんからだった。
『じーさんが倒れて、動かないんだよ!息はしてる、どーしたら…(泣)』
『おかーさん、おじいちゃんが、倒れた!早く帰るよ!』
おばあちゃんの電話はそのままで、私は母に自分でも驚くほど大きな声で伝えた。
母はバッグを持って、急いで車に乗り無我夢中で、帰って行った。私は息をしてるって言葉に勝手にホッとして、意外と冷静に店を閉めて、張り紙をし、隣近所にだけ訳を話、自宅に帰った。
私の地域は病院から遠く、当時、救急車が到着するまで、40分かかる地域だった。救急車到着までに間に合わないなんてことは珍しい話ではなかった。
家に着くと、リビングを見た。車イスに乗せられ、ガタガタ震えている。おばあちゃんがいた!
『ただいま』
今思うと、なぜ、そんな言葉をかけたんだろうと後悔するほど、普通に声をかけた。そしてうなるような声がする方へ行ってみた。
トイレの前の廊下で、毛布を掛けられ横たわりガタガタ震えているおじいちゃんが、必死で声を上げていた。その目は確かに私を見ていた。自分の足が、ガタガタ震える感覚が起こり始めた。
『隣のおばちゃん呼んで来て、後、救急車が来るから、曲がる場所に立ってて下さいって言われたからお願い!』
母が振るえるおじいちゃんにしがみつきながら、私に叫んだ。
私は急いで親戚でもある隣のおばちゃんの家に行き、事情を伝えて、無我夢中で走って、曲がり口で、救急車を待った。その間にケータイで姉の勤め先の病院に電話をして、姉に事情を説明し、その時、仕事現場が遠く、出稼ぎ中だった父にも連絡をして、救急車を待った!
長かった!ただただ救急車が来るまで、長かった!
その間におじいちゃんが死んじゃうんじゃないかと不安で仕方なかった。だから、姉や父に連絡をする事で気を紛らわしたかったんだと思う。
ようやく来た救急車はとてもゆっくり近づいて来て、私が早くと焦り手を大きく何度も振り続けてもなかなか近づいてくれないほどゆっくりに感じた。
ようやく家に着いた救急車はおじいちゃんと母を乗せた。
おじいちゃんが声を上げながらまだ息をしてる事にホッとした。
『おねぇちゃんは直接病院で待ってるって!おとうさんも帰って来るって!私は車でついて行くから!』
私は母に大きな声で伝えた!
『あなたはおばあちゃん見ててちょうだい!お願い!』
涙声の母が私に言った。
『わかった』
私は小さな声で言った後に、小さくうなずいた。
救急車を見送り、家の中に入ると、隣のおばちゃんに肩を擦られながら震えているおばあちゃんがいた。
『大丈夫!じぃーさんは強い人だから…。』
私の顔を見て震えながらおばあちゃんが言った。
何度も何度も、自分に言い聞かせるように。
そして私は崩れるように、子供のように声を上げて泣いた。
病院からの連絡はまだ無い。
泣き疲れた頃に、隣のおばちゃんがお茶を入れてくれた。
『あなた達のおじいちゃんは会うたびに幸せだ、幸せだ、って言ってたよ!だから大丈夫!幸せな人はすぐにはあの世に行けないよ!だって勿体ないだろ!』
と私を励ましてくれた。それを聞いて私は思い出したかのようにおじいちゃんとおばあちゃんの娘達に電話をかけた。もっと幸せにしたら、きっと元気になると思ったから。
我が家は父が婿だった!だから母が家を継いだ!
その事もよくおじいちゃんは幸せだと言っていた。
娘が5人、孫は10人、そしてひ孫も見れた。一人っ子で小さい時に母を亡くしたおじいちゃんは子孫が増える事、娘夫婦、孫と一緒に暮らせる事がとても幸せだといつも言っていた。私はおじいちゃんが『幸せだ』と言うのは口癖なんだと思っていたが、おじいちゃんの育った環境を思えば、本当にそう思って言っていたのだろう。
電話が鳴った!
急いで電話をとった!
『あっ、私!』
姉からだった!
『おじいちゃん、脳梗塞と肺炎みたい。でもちょっと落ち着いて、今は喋れないけど、うなずいたり手を動かしたり少し出来るよ!でも、正直、良い状態では無い!脳梗塞が酷くて、今まで本当に歩いてたの?って先生に聞かれちゃった。おじいちゃん無理してたんだね。 肺炎も結構ひどいけど、何で咳しなかったのかな?多分、熱もあっただろうに……………。』
姉との電話を切って、心配そうに見つめるおばあちゃんに、私は精一杯の笑顔で、
『おじいちゃん、風邪が悪化したみたいだよ!ちょっと肺炎になりかけてるみたいだよ。熱が高くて倒れたんだって!』
と、何故か嘘をついてしまった。
自分でも分からない。でも今はおばあちゃんをホッとさせたかった。ただそれだけの理由なんだと思う。
それから1週間、おじいちゃんはみんなに逢えた!まだお見舞いに行って無いのは、私とおばあちゃんだけだった。
姉と介護の仕事をしてる叔父さんにもう長く無いと言われて、私はおばあちゃんを車に乗せた!おばあちゃんの妹も連れて!母と父、姉は、その日が来た時の為にと交代で家に帰り、家の掃除をした。もしもの時は自宅から旅立ちたいとよくおじいちゃんが言っていたので、その夢を叶える為だ。
病院について、病棟の階にエレベーターが着いた時、私は病室に入る前におばあちゃんに伝えた。
『おばあちゃん、ごめんなさい。私、嘘をついてたの。おじいちゃんね、本当はね』
『早くじいさんに会いに行こう。間に合わなかったらかわいそうだよ!』
私の言葉をさえぎって言ったおばあちゃんの言葉で、おばあちゃんは全てわかっていて、今日ここに来たんだとわかった。
『ごめんね』
と言いながら病室に向かって車イスを押した。
病室に入ると、沢山の線に繋がれているおじいちゃんがいた。
『おじいちゃん、まーいっぱい繋がれて、大変だねぇ。』
おばあちゃんが涙を流した。
何度も、おじいちゃんの手を擦りながら、泣いていた。
朝一番に来た病院だったが帰るタイミングがわからず、おばあちゃんの妹にも
『おばあちゃんが帰るって言うまでここに居た方が良い!』
と言われて私はおばあちゃんの背中を擦りながらおじいちゃんを繋いでいる機械をずっと見ていた。
それはいきなりだった。
『ほらっ、起きろ!』
とおばあちゃんがおじいちゃんの肩の辺りを叩き出した。
『いつまで寝てるんだ。』
と、耳に指を突っ込んだり、
担当医に向かって
『良い男だねぇ』
と声をかけたり………………。
おばあちゃんはいきなり、壊れてしまった。
その後、おじいちゃんは夕方、私とおばあちゃん、おばあちゃんの妹、叔父さん夫婦に看取られて、この世を離れた。
医師の死亡確認と宣告の際、おばあちゃんは、笑っていた。
『おじいちゃん、帰って良いってよ!さっ起きて帰りましょ!』
おばあちゃんは完全に壊れてしまった。
私はそんなおばあちゃんが怖かった。
おじいちゃんの命日がおばあちゃんが壊れた始まりの日になった。
葬式も和尚さんの念仏中もおばあちゃんは壊れたように、大きな声で、世間話をしたりした。
『和尚さんは声が悪いね!』
『火葬は家の前でやろうか。薪を集めて来て‼』
『せっかくみんな来たのに、おじいちゃんはどこに行ったんだい?』
想像以上に大きな声で話すおばあちゃんにみんながおばあちゃんの変化に気が付いた!
何とか葬儀が終わり、私はジーっと壁を見てるおばあちゃんに聞いてみた。
『おじいちゃんが倒れた日、おばあちゃんはどーやって電話をかけに行ったの?』
今のおばあちゃんじゃ、真実を言えるのか分からなかったが、私はずっと不思議だった!歩く事が出来ないおばあちゃんが部屋からリビングまで行って、高い位置にある電話にどうやって手が届いたのか、聞いて見たかった!
『火事場のバカ力!』
おばあちゃんはそう言った。
『おばあちゃん歩いたの?』
私がそう聞くと、前のおばあちゃんに戻ったかのように、穏やかな口調で、話始めた。
『あの日、犬にエサをあげたおじいちゃんがね、トイレに行ったんだよ。そしてそのうち、バンって音がしたんだ。ベッドから降りて張ってトイレまで行ったら、おじいちゃんが倒れてた!どっこいしょ、どっこいしょ、って言いながら立ち上がろうとしてたんだよ!でもね全然立てなくて、そのうち、どっこいしょ、も言えなくなって言って、大変だと思って、手すりに手を伸ばしたんだ。そしたら、スッと立てたんだよ!それからは自分の足じゃないみたいに足が前に出て、電話まで、そりゃ驚くほど早く歩けたんだよ!店に電話して、あんたの声を聞いたとたんに魔法が解けたように、スッと足の力が抜けて、またその場で動けなくなってしまったけれどねぇ。こんなのを火事場のバカ力って言うんだろうねぇ!?せっかく助けてあげたのに、まったく、おじいちゃんはどこに行ったんだかねぇ!』
私は、驚いた!
あの日の事はおばあちゃんしっかり覚えていた。
おじいちゃんが死んだことは分からなくても。
おばあちゃんは確かにあの日、おじいちゃんを助けたんだ。
『おばあちゃん、偉いね。おばあちゃん、スゴいね!』
私は泣きながら、おばあちゃんに抱きついた。
この日私は、おばあちゃんの介護をする事を決めた!
何年続いてもこんなに立派なおばあちゃんを長生きさせる事が、私の目標になった!