#001「お留守番坊や」
@商店街
アイ(卵、よし。野菜、よし。挽き肉、よし。小麦粉は、まだ家にあるから、あとは)
カズコ「こんばんは、蓮くんのお母さん」
アイ、後ろを振り返る。
アイ「これは、町内会長の奥さま。こんばんは」
カズコ「朝夕はそれほどでもないけど、昼間は、すっかり初夏の日差しね」
アイ「日増しに暑くなってきましたね」
カズコ「本当、参っちゃうわ。そうそう。新しい電子レンジは、もう買っちゃったのかしら?」
アイ「いえ、まだ。どうして、そのことを?」
カズコ「うちの息子が冷蔵庫の配達途中に、お宅の蓮くんに会ってね。どうやったら直るのか訊かれたって言ってたもんだから」
アイ「お恥ずかしい限りですわ。電器屋さんに対して、失礼なことを」
カズコ「とんでもない。お母さん想いの優しい息子さんじゃないの」
アイ「そんなこと。それこそ、とんでもない」
カズコ「でも、子供だけにしておくのは考え物ね。最近、昼間からこの界隈を徘徊する怪しい男がいるらしいのよ。この噂は、ご存知?」
アイ「初耳です。どんな男なんですか?」
カズコ「何でも、子供だけでいるのを見つけては、一言二言、話しかけて回ってるらしくて。今のところ、それ以上の実害は無いんだけど、不気味でしょう?」
アイ「気持ち悪いですね。子供なら、性別は関係なしなんですか?」
カズコ「そのようよ。だから蓮くんも」
アイ「えぇ。気をつけるように言っておきます」
カズコ「用心に越したことはないものね。物騒な世の中になったものだわ。あ、そうそう」
カズコ、ショッピングカートから封筒を出す。
カズコ「これ、お宅の分の福引き券。町内会の主催で、各家庭に一枚ずつ配ってるの」
アイ「まぁ。わざわざ、すみません」
カズコ「いいえ。これが会長の仕事だもの。主人に任せられれば良いんだけど、あの性格でしょう? 到底、大会当日までに配り切れないわ」
アイ、封筒の中身を検める。
アイ「今度の日曜日なんですね、福引き大会」
カズコ「そうなの。特賞で、最新式の電子レンジが当たるから、チャレンジしてみなさいな。まぁ、仮に当たらなかったとしても、手頃なものを用意してあげるから。無いと不便でしょう?」
アイ「そうなんです。どちらにしても、ご相談に伺うことにします」
カズコ「待ってるわ。それじゃあ、また今度、改めて」
*
@アパート
レン「僕は知らないけど、クラスの凛ちゃんは話しかけられたことあるって言ってたよ」
アイ「そう。それじゃあ、やっぱり噂は本当なのね。知らないオジサンに声をかけられても、ついていっちゃ駄目だからね、蓮くん」
レン「大丈夫だよ。――日曜日が楽しみだな。最新式って、どんな機能が付いてるんだろう?」
アイ「当たってもいないのよ、蓮くん。あまり期待しないほうがいいわ」
アイ、テーブルの上に買い物袋の中身を出していく。
アイ(何かを忘れてる気がするんだけど、何だったかしら)
レン、冷蔵庫を開ける。
レン「ママ、牛乳は?」




