容疑者
翌朝、打ち合わせ通り応接室に向かうと、扉を開けた途端小さな塊がすごい勢いでとびかかって来た。先に来ているとは思わなかったので少し驚いたが、それ自体は予想の範疇であったため難なく受け止めることが出来た。
「おはよう、エルくん! 貴方と一緒に仕事ができるなんてとっても嬉しいわ。一生懸命サポートするからよろしくね」
「おはよう、シェリー。こちらこそよろしくな」
そういうと、彼女はにっこりと笑って離れた。シェリーはオレの数少ない大切な友人の一人だ。彼女もエドワードと同じで情報操作のような表に出ない仕事が主だが、とても美人で度胸があるため、必要であればハニートラップのようなことをすることもある。
「二人とも相変わらずラブラブだねー。やっぱり私は遠慮した方がいいのかな?」
部屋の中を見ると、今回共に仕事をするもう一人の女性が立っていた。
「あら、私周りのことは気にしないタイプだから大丈夫よ」
「それもそうか。あ、おはよう、ノエル」
「おはよう。アリシアもよろしくな」
「ノエルと一緒なら安心ね。何かあったらフォローよろしく」
そう言って彼女も笑った。アリシアはエドワードと初めて組んだ仕事で潜入した会社で出会った。その時彼女はエミリーと名乗っており容疑者の一人であったのだが、その後事件は無事解決し、諸事情で会社を辞めることになった彼女はその時の能力と度胸を買われて共に働く仲間となった。彼女は一見コミュニケーション能力の高い明るい噂好きの普通の女の子だが、普通ではない情報収集能力を持っている。彼女はここに来てまだあまり経っていないのだが、すでにほとんどの同僚の事は好みから弱点まで把握しているらしい。彼女がどうやってその情報を仕入れているのかはわからないが、どうあれ彼女もオレの大切な友人だ。
オレ達が朝の挨拶をし終わったところで、扉をノックする音がしてギルバートが入って来た。余談だがこのギルバートという男はオレ達の裏の仕事の上司になるわけだが、大抵のことはそつなくこなす出来る大人であり、王子であるエドワードの世話係であり、親のいないオレ達姉弟の恩人でもある。しかし同時に絶対敵に回したくない食えない大人であり、アリシアをもってしてもプライベートな情報は猫が好きということくらいしかわからなかった強者だ。
「おはようございます、皆さん揃っていますね。では本日よりシャルロット王女の事、よろしくお願い致します」
昨日と同じようにギルバートの後に続き、城で待つ王女のもとへ向かった。シェリーとアリシアはギルバートから話を聞いただけなので城に来ること自体が初めてらしいが、さすがというかやはりというか堂々としていた。
待ち合わせの部屋へ入ると、昨日と同じようにアレックス王子とブライアン王子、ジスラン王子とシャルロット王女がおり、それに加えて男が二人と女が一人いた。
「お待たせ致しました。本日はこちらの者たちがお供させていただきます。シャルロット王女、こちらシェリーとアリシアです。どうぞよろしくお願い致します」
「シャルロットです。とても素敵な方たちで嬉しいわ。こちらこそ私のわがままに付き合わせてしまってごめんなさい。けどとっても楽しみ!」
そう言って嬉しそうに笑う王女は心から嬉しそうで、昨日のように怯えた様子は見えなかった。
「そういえば、紹介がまだでしたね。彼らは私の護衛のリュカとフェリクス、彼女は私の身の回りの世話をしてくれているサラです。今日はサラだけ同行してもらう予定よ」
王女の紹介を受けた彼らを観察する。リュカという男は落ち着いた雰囲気で、どちらかと言えば護衛というより教師と言われた方が納得できるような印象を受けた。隣のフェリクスという男はまだ若く見えるが、よく鍛えられており恐らく強いのだろう。しかし彼について何より気になるのは、先ほどからこちらをずっと睨みつけるように見ていることだ。全く信用されていないことが丸わかりで、思わずため息をつきそうになるのを何とかこらえた。最後にサラという女を見るが、こちらはフェリクスとは反対に穏やかに微笑んで友好的に見える。
「シャルロット様、彼女らにはあのことは……」
「簡単に話しています。だから護衛も出来る彼女たちにお願いしたんですから」
サラの問いに王女がそう言った瞬間。王女の後ろに控えていたフェリクスが突然オレに殴りかかってきた。王女の護衛らしくスピードも威力もかなりのもののようだ。オレはギリギリのところでそれを躱して、その腕を掴んで捻りあげた。後ろで王女の悲鳴が聞こえた。
「フェリクス! 何てことするの?!」
しかし王女以外は特に慌てた様子もない。ギルバートに至っては彼の動きを察して邪魔にならないところに移動していたくらいだ。
「参った。悪かったよ。降参だ」
拘束を解くと、彼は先ほどまでと違い無邪気な笑顔を向けてきたので思わず面食らってしまった。
「ごめんごめん。あまりにも可愛い女の子ばっかりだったからさ、信用できなくて。けど君たちなら大切な王女を任せても大丈夫そうだ。まさか止められるなんて思わなかったな。今度僕と食事でも行かない?」
彼の言葉に、思わず引きつった笑顔と乾いた笑い声を返したのは致し方ないだろう。この感じはあれだ。女好きで有名な同僚のジョージだ。しかしその直前の攻撃は本気で骨の三、四本折れるほどの威力だったため、大切な王女のため、と言えば聞こえはいいが、女には絶対手をあげない彼より数倍質が悪そうだ。
「申し訳ありません。私も貴方たちの実力をこの目で確認したかったため、彼を止めることをしなかった非礼をお許しください」
リュカがそう言って謝罪したが、全く動く気もなかったような態度はやはりそういうことか。
「あー……いえ……まあ、気になさらないでください」
「そう言っていただけると助かります」
人の好さそうな顔をしているが、彼も十分質が悪そうだと認識を改めた。王女は本当に何も気づかなかったらしく、本当に申し訳なさそうにしている。
「本当にごめんなさい。あのことがあってからちょっと彼ら警戒過剰になってて……。怪我がなくて本当によかった」
「あの……あのことは何か対策は……」
彼らの反応を見るためわざと王女に尋ねるが、一様に苦々しい顔や困った顔をするのみだった。
「その、実は彼らがこんな感じなので、他の方には余計な心配をかけないように何も話してないんです。ただの悪戯と思いますし。だからノエルさんたちも他言無用でお願いしますね」
王女の教えてくれたことを脳内で変換する。
つまり、容疑者はこの三人という訳だ。