王女の依頼
前を歩くギルバートに続いて、広く厳かな雰囲気の廊下を歩く。とある事件を境に王族であるエドワードと仕事をすることが増え、それに伴い幾度か来る機会があったが、何度来ても城と言うのは緊張する。ただ、今回は仕事の依頼らしくギルバートが一緒なのでいくらかマシだ。いつもは単独で呼び出される上、話すことと言えば最近エディとどうなんだやら、エディはどれだけ可愛いく且つかっこいいかやら、おおよそ城まで来て王子と話すような内容ではない。心配しなくても貴方がたの弟さんとオレはただの相棒です。ブラコン怖い。
しばらく歩くとある部屋の前で止まり、ノックの後挨拶をして部屋に入った。中にいたのは二人のブラコン、基エドワードの兄であるアレックス王子とブライアン王子、それと見たことのない男女だった。やけに煌びやかな格好をしている。
「わざわざ来てもらって悪かったね。さあ、どうぞ座って。楽にして大丈夫だよ」
にっこり笑ってそう言ってくれたのがアレックス王子。まさに女の子の憧れる絵本の中の王子様と言った感じだが、オレは少し苦手だ。なんか雲の上の人って感じで、はっきり言ってどう接していいのかがわからない。とりあえず促されるままに着席したところで、ブライアン王子が紹介してくれた。
「ギルバートは知ってるよな? こっちはノエル。例の機関でギルバートの下で働いてて、今回の依頼は彼女に任せようと思ってる。ノエル、こいつがジスランでこっちがシャルロット。今回友好記念パーティのため来訪している隣国の王子と姫君だ。」
「……お初にお目にかかります、ノエルと申します。このたびは貴殿方にお目にかかれて大変嬉しく思います」
オレは頭を抱えるのを必死にこらえて口上を述べた。依頼人が隣国の王族なんて聞いてねーぞ。ブライアン王子がこっちを見てニヤニヤしているから、恐らく彼がギルバートに口止めしていたのだろう。彼はアレックス王子に比べて砕けた性格をしているため幾分か親しみやすいが、悪戯が好きでたまにオレにもこうして仕掛けてくるのが問題だ。
「初めまして、ノエルさん。ギルバートさんもお久しぶりです。ノエルさんのことは、ブライアンから聞いています。確かに貴女ならお願いできそうだ。すみませんが、妹のことをどうぞよろしくお願いします」
どうやら今回の依頼者は姫君の方らしい。ギルバートが念のため再度部屋の外に人影がないことを確認した後、シャルロット王女がゆっくりと話し始めた。
「半年ほど前から、妙な手紙が届くようになったんです。あ、脅迫状とか、そういうものではなくて……ラブレター、だと思います。ただその内容がちょっと普通ではなくて……。見てもらった方が早いかと思って持ってきたんですが」
そう言って彼女は数枚の封筒を差し出した。それはどこにでもあるような真っ白い封筒で、表にも裏にも何も書かれていなかった。封筒の中に入っていたのは、手紙と写真。王女の様子と話の内容から何となく推測が付いていたが、これは……。
「ストーカー……」
「ですよね、やっぱり」
オレの呟きに、王女は困ったように笑った。手紙の内容は最初は熱烈なラブレターから始まり、次に彼女のスケジュールを並べ立て、最後にいつも見ていますという言葉で締めくくってあった。そして、それを証明するかのように入れられた大量の隠し撮り写真。他人から見ても気持ちが悪いのだから、当人は相当堪えただろう。
胸糞悪いと思いつつ封筒を一枚一枚確認し、最後の封筒の中身を見て首を傾げた。そこに入っていたのは普通の手紙で、隠し撮り写真も同封されていない。何より、これまでなかった差出人の名前がしっかり書いてあった。
「これは……王女の入れ間違いですか? 知人からの手紙の様ですが」
そこまで口に出して、違和感に気づく。確かに内容は普通なのだが、ストーカーの手紙と見比べて納得した。
「この手紙、筆跡が同じですね」
それに王女は戸惑ったように頷いた。間違って混ざってしまったものを勝手に読んではいけないと思い読み流していた内容をもう一度じっくり読んでみる。
親愛なるシャルロット王女
お久しぶりです、エディです。
と言っても、一年前のあの時、一度会ったきりなので、貴方は覚えていないかもしれませんが……
本当は私のような一般人が王女と出会えたこと自体が奇跡のようなものなので、こんな手紙を出すことも失礼かとも思ったのですが、また王女が我が国にいらっしゃるという話を聞いて居てもたってもいられず筆を取らせていただきました。
あの時の事は王女にとってあまり思い出したくない事だとは思います。しかし私にとっては、不謹慎だとは思いますが、王女と出会えた大切な思い出です。
今でもふとした時に貴方のことを思い出してしまいます。もし宜しければ、もう一度私と会っていただけないでしょうか?
三日の朝十時、貴方と出会った思い出の場所で待っています。
「このエディという人物に心当たりはあるのですか?」
どうもこのメンツでは別の人物が思い浮かんでしまうが、致し方ない事だろう。オレは王女にこの手紙の人物について聞いているのだ。ブラコン二人が愛しい弟の愛称にソワソワしだしたのは気づかないふりをしておくのが懸命だろう。
「エディは、一年前にこの国で出会った方なんです。当時も私は二国間の友好記念パーティに参加していたのですが、途中で飽きちゃって。こっそりお城を脱走したんです」
おっとりとした雰囲気からは考えられない行動に思わず目を丸くすると、それに気づいた王女が悪戯っ子のように微笑んだ。実は結構なおてんばなのかもしれない。
「目立つ格好でしたし、見つかって連れ戻されないようにと思って城下町の路地裏を歩いてたんです。そうしたら運悪くあまりよろしくない人たちに捕まっちゃって。その時に助けてくれたのがエディなんです。彼はその人たちを追い払ってくれた後も、私の帰りたくないっていうわがままに何も聞かずに付き合ってくれて。いろいろなところに連れてってもらいました」
成程。それであの手紙か。
「彼のことは名前以外は?」
「いえ、私も自分のことは何も話せませんでしたから聞けなくて。それに名前も、そう呼ばれているのを聞いただけで本人から教えてもらったわけじゃないんです。というか……実は私は、犯人は内部の、それもごく近しい人間だと思ってるんです」
「え?」
周りを警戒しながら、彼女は声を潜めて言った。てっきりこの国の人間が犯人だと思い依頼してきたのだと思ったが、どうやらそうではないらしい。
「まず、私のスケジュールをここまで知っているのがおかしいんです。それに隠し撮りの写真も、わかりにくいですが城の中で撮られたものが混ざっています。もし犯人が外部の人間であったとしても、内部に協力者がいなければ不可能だと思います。」
結構厳しいんですよ?うちの警備。と言って王女が胸を張った。この城は基本的に出入り自由な上スケジュールも割とオープンだから忘れていたが、普通はそうだよなぁ。アレックス王子とブライアン王子が、あれは息が詰まりそうだよなぁ、と笑っているが、あちらが普通だろうという気がしてならない。自国の王族のお気楽な性格を心配するべきか、それでも問題ない治安の良さを誇るべきか……。
「そういうわけで、貴方がたに内密にご依頼をお願いしたいんです。表向きには観光案内という形にする予定ですので……こんなことを頼むのは、本当に申し訳ないのですが」
そう言って彼女は頭を下げた。周りに心配をかけまいと気丈に振る舞ってはいるが、その体は僅かに震えている。ストーカーの恐怖に加え、犯人が信頼していた人間かもしれないというのはどれほどの恐怖だろう。
「顔を上げてください。大丈夫。絶対に貴方を守るので、どうか安心してくださいね」
そう言って彼女に笑いかけると、彼女は少し顔を赤くしてはい、と頷いた。
「成程。確かに王子様だな」
「だろう?」
ジスラン王子とアレックス王子が何やら納得しているが、まあ気にしないで良いだろう。後ろで爆笑しているブライアン王子も気にしてはいけない。
とりあえず、目の前で微笑む王女の震えが止まったので良かったと思った。