【 カチュア ―異邦ノ迷イ風― / 3 】
カナンの店から北に抜けて、生活排水しか流れていないどぶ川の縁をスクーターで走る。ボディは新車同様で、スノゥが見つけた瞬間も光沢を放っていた。
「……ギャング、ねぇ」
“ギャング”と“マフィア”。
二つの言葉は非常に似ているし、やっているコトも五十歩百歩だが、決定的な違いがある。
後者には、伝統という“こだわり”がある。
親から子へと受け継がれ、何代に渡っての繋がりや知識を有している。由緒正しい家系といえばわかりやすいだろうか。
対して、前者は端的に言ってしまえばただの集団に過ぎない。
例えば、麻薬の密売を行おうとして、一人では出来ないから有志を募る。麻薬を集めるヤツ、事情通なヤツ、コネのあるヤツ。そうして集まった寄せ集めのグループのことをギャングと呼ぶ。大雑把にまとめればこんな感じだが、基本的にはどちらも犯罪者集団という括りでいい。
この『灰の街』にもそういった輩は少なからずいるし、スノゥの知り合いの中にそういう人がいる。一応マフィア側の人間だが、犯罪関係とはとてつもなくほど遠い、マフィアと呼んでいいんだか悪いんだか曖昧で奇妙な連中だが。
縁を進んでいるうちやがて行き止まりになり、なだらかな坂道を降りて一度バックストリートと呼ばれている細い街道に入る。この道を数十分ほど走れば、目的地の団地が見えてくる。視線の先に、街の外壁が見えてくる。大昔の戦争の名残だとマリーから聞いたような気がする。あまり気には留めていない。
「…………」
黒髪を風に揺らしながらスノゥは周囲に視線を送る。郊外に出れば出るほど人気は少なくなるのが道理だが、何故か今は団地へと近づいて行くたびに微量ではあるが人が増えているような気がする。姿恰好も歳もバラバラな野郎ばかりだが、皆一様にただならぬ殺気を帯びている。スノゥの姿を見、そんな意味合いの視線を送る輩も少なくない。ピリピリした空気をスクーターで突っ切りながら――スノゥはブレーキを握る。進行方向を人が遮っている。件のギャングの連中だ。
「ようようお嬢さん、こんな場所にお出かけかい?」
「……」
何というありふれた台詞だろうか。
いや、まぁ……いきなり路上でプロポーズされようものなら問答無用でぶん殴るが。
「野暮用。退いてくれると嬉しいんだけど」
「お嬢さん……こっから先は止めといた方が良いぜ。その綺麗な身体が血祭りに遭っちまう。悪いことは言わねえからよ、とっとと帰んな」
「おいおい、こんな上玉タダで返しちゃうのか? もったいねぇなぁ」
背後であからさまに気配が増える。
囲まれたらしいのは振り返らなくても分かる。
スクーターから降りて、スタンドを下ろす。スノゥの周囲にはぞろぞろと男が集まりだしていた。ナイフを持つヤツ、拳銃を握るヤツ、モヒカンにスキンヘッドにアフロヘア。無駄に露出度も高い。
「何、アンタら?」
「へぇ! この状況で怖気つかねぇ肝っ玉たぁ気に入った! 脱がしてベッドに転がしたらどんな風に鳴くんだろうなぁ!? ヒャハハハ!」
ふと、お姉ちゃんは寝相が悪い、とウルリカから言われたのを思い出す。
「えーっと……アタシは人を探してるんだ。この辺を賑やかしてる殺人鬼さんとやらをさ。知らない?」
「知ってるし、俺らもソイツを探してる最中だ。何だてめぇ、関係者か?」
「……まぁ、同業者かな」
言ってから、言葉を間違えたと気付く。
同業者と言った途端、周囲の殺気の矛先が一点に集中した。ぎらついた視線が、スノゥを舐めるように周囲から飛んでくる。
不意に、一陣の風が頬を撫でる。
瞬間、スノゥは無意識に体を強ばらせ、いつでも動けるように姿勢を低く落とす。
視線は、真っ直ぐ正面の男の――背後に注ぐ。
「ソイツを捕まえて居場所を吐かせろ! アイツには借、りが……ああああぁッ!?」
男の言葉が、途中で斬れる。
と、ほぼ同時にスノゥは真横に全力で駈け出して迫り来る“風”から逃れる。ガリンッ、と酷く歪な音がしてスクーターが真っ二つに両断される。風が薙ぐ時と同じ、それは一瞬の出来事だった。
「ああ……あッ……いひ……ィ!?」
ばたり、と二つに分断された男の死体の向こう側に――女が立っていた。
風にはためく布地に、それを留める帯、ゆったりとした袴。この辺りではお目に掛かれない完全な和装に包んだ彼女の手には、変色して黒ずんだ血糊がべったりと付着した片刃の剣が握られている。
「あ、アイツだ! 殺せ、ここ、殺せぇッ!?」
誰かの叫び声が響き、しかし目の前の惨状に戦意を喪失した者が震えた腕で狙いを付けようものなら命中するわけもなく。彼女の元にギャングの凶弾は届かず、ゆらり、ゆらりとした歩調で一歩、二歩とだけ進み、彼女は剣を、腰溜めに、構えた。
刹那、刃を水平に、しかも、目にも止まらぬ速さで薙ぎ払う。
ほぼ同時に、ギャングの一人の首が天空に吹き飛ばされ、ストリートに転がる。
「い、いぎゅああああああ!?」
「に、逃げろ!? バケモノだバケモノ!?」
「…………バケ、モノ」
その言葉に、反応した彼女は構えを解き、身体を震わせ――笑った。
「ぐくッ、はは……アハハハハハハハハハハ!! バケモノじゃない…………違う、違う違う違ああああうッ! 私は、バケモノなんかじゃない! 弱い奴が、戯言を、吐くなぁああああッ!?」
彼女が刀を振るうと同時に暴風が巻き起こり、烏合の衆の男共が悲鳴を上げてバラバラにされていく。腕を、足を、首を、やたらめったらにその剣風で斬り裂いている。物陰から顔だけ覗かせ、スノゥは周囲を見回す。人の体には骨があるというのに、風の刃で斬られた切断面は名刀でチーズを斬ったかのような、寒気がするほどに綺麗だ。やがて、彼女は欠損した部分に手を当て蹲る男の一人へゆっくりと近づいていく。引き攣った笑みを浮かべながら刀を振り上げるその形相は凄まじい。死神、いや、修羅といったところか。
「あが……がは……ぅッ」
「私はバケモノじゃない。私は……お前たちのように、弱くないッ!」
戦意を失くした男への無慈悲な一撃が振り下ろされるその瞬間、襲い掛かる刃を投げナイフで弾く。弾かれたナイフが転がる音を合図に、彼女の視線がゆっくりとスノゥへと向けられる。頬や額に、黒ずんだ血がべっとりと付いている。人の顔、とは言い辛い。
「止めなよ、オーバーキルだ。それ以上やる理由がアンタにあるの?」
「理由……? そんなの、私をバケモノ呼ばわりしたことで十分です」
「ごぼぎッ!?」
男の口に目がけてカタナの切っ先が貫き、ヒュッ、とカタナをすぐさまに振り払って辺りに男の血が飛び散る。彼女の顔は、至って真面目だった。良くも悪くもまっすぐにスノゥを見据え、今しがたの自分の行為に正当性があると堂々と主張するかのように。ある意味、快楽殺人鬼より性質の悪い顔。バゼラードに右手を添えつつ、スノゥは口を開く。
「まぁ……とりあえず、大人しくアタシと来てくれない? アンタを保護してくれっていう仕事を受けててね」
「…………その目は、何なんですか」
「……自慢できる視力じゃない目だけど、なに」
言葉を言い切る前に袈裟斬りから繰り出された風の刃が襲い掛かり、スノゥはバゼラードに焔を灯しながら抜刀、後に刃に左手を添えて一撃を両手で受け止める。風の刃と焔の刃とがスノゥの目の前で激しくぶつかり合い、ギリギリと金属が削られていく音がけたたましく響く。
折れる、と判断したスノゥは腕の力で無理矢理に押し退けて風の刃の軌道を反らして弾いた。弾かれた風の刃は背後の建物にぶち当たり、コンクリートの壁や鉄骨諸共を両断してみせた。スノゥの頬に小さな汗が一つ滴る。
「……おっかない威力」
「バケモノじゃない……私はバケモノじゃない……そんな目で見るな、見るな……ッ!」
「何か、錯乱してるっぽいな」
「ッ、はああああああああッ!!」
裂帛の叫びと共に、彼女は風の刃スノゥに目がけて乱れ撃つ。台風の日の隙間風のような甲高い音とうっすら見える白いスジのようなモノのお陰でどうにか視認は出来る。狙いは、スノゥの腕や足ばかりだった。走りながら、時折跳び跳ねながら、スノゥが避ける度に付近の建物が次々に切断されていく。中に人がいたら、と考えるのは野暮だ。
「もっと狭いトコで戦わないと、撃ち放題にされちゃうな。何かいいアイディアは無いか、っうつ」
鼻先を風の刃が掠り、肝を冷やしながらスノゥは路地を北西へ、団地の方へと駆けていく。団地のような遮蔽物の老い場所で急襲を掛けるのが最善と判断したからだ。案の定、彼女はスノゥを追尾してくれている。時々背後を見ながら、風の音を頼りに回避を続けながら、スノゥは団地を囲う塀を駆け上って、敷地内へと飛び込んだ。
謎の頭痛に苛まれつつ、今日も今日とて更新です。
……原因がわからん;
次回更新は言わずもがな、明日の22時。
ブックマーク、ありがとうございます。
では、待て次回。