表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
灰の街の魔女  作者: 夜斗
【第2章】
8/28

【 カチュア ―異邦ノ迷イ風―  / 2 】

 アレックス来店の翌日、まだ霧が立ち込めているような早朝。

 珍しくウルリカに起こされる前に目覚めたスノゥが店のカウンター席でぼんやりしてると、マリーから声を掛けられた。


「スノゥ、頼めるかしら?」

「仕事?」

「えぇ、例の魔女の情報が集まった。……放っておくのは、ちょっとよろしくないと判断したわ」


 ブラックコーヒーの香りと苦みよりも、仕事の話はスノゥの眠気を消し去ってくれる。スノゥの正面で腕を組み、マリーは概要の説明を始める。


「確認したけど、手口は新聞のと同じ。相手が誰であろうと何だろうとお構い無し。見敵必殺、って感じね。武器はカタナって呼ばれてる長い片刃の剣」

「魔女なの?」

「恐らく。しかも、外国(、、)からの、ね。見たことのない格好をしてたわ。何て言ったらいいのかしらね……ああいうの、たしか、西区画の喫茶店で見た覚えがあるわ。ミコ? サムライ? 何ていうかこう、ヒラヒラで、オリエンタルな感じの」

「マリー、コスプレするにはもう歳がおあだッ」

「歳は……スノゥと同い年か、少し下って感じかしらね。体系とかは比較的普通なんだけど……」

「……どんな、魔法だった?」

「風……かしらね」

「風?」


 ヒリヒリする額を指で押さえながら首を傾げる。というのも、マリーの歯切れが良くないのも引っ掛かっていたからだ。


「その魔女がカタナを振った瞬間に映像が途切れちゃってね。確認のために行ったらバッサリ」

「……マリーの(、、、、)魔法を感知した?」

「感知、っていうよりは……単純に視線を感じたから、とかだと思うわ。凄い形相で、同じ女とは思えなかったわね」

「……外から来た殺人鬼って?」

「今回はなかなかスリリングな仕事よ」

「殺すの?」

「いえ、保護なさい」

「保護?」


 マリーが小さく肩をすくめる。


「西区画で暴れ回っちゃってて、変なトコに目を付けられちゃったっぽいのよ。小悪党とはいえ、被害は少しでも減らしてあげるコトに越したことは無いでしょう? 無益な殺生は、お互いにね」

「……わかった。見つけて、とりあえずぶっ倒せばいいんでしょ」

「出来る? 今回は、ちょっと手強そうよ」


 挑発的なマリーの微笑。

 仕事を持ち掛ける時のマリーは何時もこうだ。

 わざわざスノゥを煽って、必要以上のやる気を出させようとしている。


「……多分、何とかなる。適当に西区画でブラブラしてくるよ」

「気を付けてね、スノゥ」


 珍しい、気遣いの言葉。

 しかしその眼差しは、スノゥにだけではなく――他の誰かに、向けられているような気がする。


「あのコ……何かのっぴきならない事情がありそう。凄く、悲しそうな顔をしてたもの」

「マリー」


 ドアノブに手を掛け、背中を向けたままスノゥは口を開く。


「のっぴきならない事情なら、皆抱えてる。この街はそういう場所だって……マリーが言ったじゃん」

「……そーでした。ん、行ってらっしゃい」

「あーい」


 バゼラードの鞘がぶつかって、ドアベルが少々余計な音を立てた。




 ※




 東区画街を繁華街とするならば、西区画街(ウェスト)は歓楽街と言えば妥当だろうか。

 規模自体は東区画街よりかは少々狭い。

 東区画と同じような商店街が軒を連ねているが、映画館を始めとした娯楽施設に関してならこちらの方が多い。観光、するかどうかは人次第だが、そういった人向けのホテルがあるのもこの区画だ。そして、東区画街にブラックマーケットがあるように、西区画街も裏の顔を有している。


「……ウルリカの教育上にはよろしくないよな」


 苦笑しながら、この区画で一番高い六階建ての映画館『ミュージティア』の傍の路地を歩く。この時点で、既に路上には桃色の張り紙がごまんとある。少し視線をずらせば惜しげもなく色香を放ち客を引きこもうとする遊女が見え、老若男女問わず真昼間からそこかしこで誘惑している。

 スノゥは路地をまっすぐ進み、突き当たりを左に向かう。ちょっとした寄り道。

 潰れた酒屋の前を過ぎ、四方をラブホテルに囲まれた、憩いの場としては到底機能しそうにない小さな公園を越えたその先に、何とも場違いな建物が一件見えてくる。

 まず第一に、店の名前を飾る看板が巨人でも肩で担ぐような巨大な両手剣であるということ。次に、入り口に見える大きな暖色の暖簾が風に吹かれるたび暴力的な熱風が頬を焼き、焔を操る彼女ですら顔をしかめるような熱量が店の奥の炉から発せられていること。この街全体で見ても、恐らく唯一存在している金物屋――鍛冶屋である。


「ぃーっす」

「お? スノゥじゃん。久しぶりだな、元気してたか」

「コイツのお陰さまで」


 ベストの内からバゼラードをちらつかせると、店主である女性はマスクを外し快活に笑った。


「そりゃ何より。で、今日は何の用で来たんだ? 今なら暇だしお茶ぐらい出すぜ?」

「ん、野暮用とちょっとした聞き込みにさ。最近、この辺が物騒だって知ってるでしょ?」

「んあぁ、そーいや中央の警察から事情聴取されたっけなぁ。刀は売ったか~みたいなの。もちろん打ってもないし、売ってもない。生憎と、普段は街の美人金物屋さんで通ってるんだ。フライパンとか鍋とか、そっちばっか作ってるからな」

「……カナンはマリーに似て美人だもんね」

「知ってるよ」


 ニッ、とカナンは野性味たっぷりの笑みを浮かべる。

 モスグリーンのオーバーオール作業着にススであちらこちらが汚れたシャツ、頭には辛うじてチェック柄と判るバンダナ、軍手に防塵用のマスクと女っ気は皆無だが、汗でぴったりと張り付いた肢体にはメリハリがあって何とも言えぬ色気がある。

 彼女は、マリーの実妹で【鐡 ―クロガネ― 】の異名を持つ魔女である。

 魔法、とは名ばかりだが、彼女はそのチカラを行使して特殊な性質を持つ武器を作ることが出来る。スノゥが普段身に付けているバゼラードやナイフはカナンの手製だ。


「情報収集に来たんなら、スノゥにゃ悪いけどあんま面白い情報とか無いぜ」

「そっちはついでだからいいよ。……むしろ、武器の調整の方を頼みに来たんだから」

「だと思った。じゃ、その机の上に置いといて。……あぁ、すぐ済むだろうけど、暇ならそこに漫画とか雑誌あるから読んでていいぜ」

「……気が付くと増えてるよね、ここの本」

「アタシが面白いと思って手にとって読んだものがそこに突っ込まれるんだよ」


 お陰で巻数がてんでバラバラだ。

 スノゥは適当に漫画を手に取り開く。異能力を持つ代わりにカナヅチになる海賊のお話。連載して十年と経っているらしいが、彼は一体いつ海賊王とやらになるのやら。


「そいや、姉貴は元気にしてるかい?」

「してる。今日も元気にこき使われてますから」

「っはは。まぁ、嫌になったらいつでもウチに来なよ。アタシとしても、火力があるに越したことは無いからさ」

「……食いっぱぐれるようになったらお世話になるかも」

「ま、お前さんの腕じゃそれは無いだろうなぁ」


 軽い雑談を交えながら、カナンは小瓶を引っ張りだし中身をバゼラードの刃に付けてからハンマーで叩く。小気味のいい音がリズミカルに、カン、カン、カン、と響く。時計の秒針のような正確さ。フライパンのような道具も、スノゥの使うナイフのような武器も、彼女は物心ついた頃から作り続けている。職人の技、というヤツだ。調整の終わったバゼラードを冷やすために水の入った桶に沈め、今度はナイフも同じように調整を施す。


「そういえばさ、マリーもそうだけどカナンは結婚しないの?」

「バーカ。アタシみたいなハンマーで叩くしか能のない女はもうその二文字を蚊帳の外に捨ててんのよ。お前さんと違って相手もいないし、着飾る歳でも恋する歳でもねぇって」

「……アタシにそんな相手いないっての」

「言い寄ってくる大司教がいるってこの前聞いたぜ? イケメンなんだろ? 玉の輿じゃないの」

「そのイケメンって言葉、安っぽいから嫌い」

「んじゃ、優男? イイオトコ?」

「そのハナシさー、長くなりそう?」

「んにゃ、もう飽きた」


 単行本のページを半分ほど捲ったところでハンマーを叩く音が途切れる。もう調整が完了したらしい。本棚の適当な位置に戻し、スノゥが作業場の机へと向かうと鈍色に輝くバゼラードとナイフが見えた。バンダナを外しまばゆい金色の髪を解き、へばり付いたシャツをパタパタさせながらカナンは頬を擦る。すすで汚れた顔でニカッと微笑む。


「“雀”はともかく、バゼラードのコーティングは念入りにしておいたぜ。いつも通り、お前さんの焔を灯しても、誰かからの魔法が来ても受け止められるようになってる。だけどまぁ、真正面から馬鹿正直に長いこと受け止めてると普通に折れるからな」


 “雀”とはスノゥの投げナイフの呼称。カナンが付けたものだ。


「ありがと。お代は」

「あぁ、いいっていいって。今度来るときに酒か何か適当に持って来てくれればそれで十分。アンタはアタシの妹分みたいなもんだし、わざわざ金をせびったりしないよ」

「……マリーもそうだけど、姉さんたちには世話になりっ放し」

「気にすんなって」

「気にするっての」


 ナイフとバゼラードとを鞘に収めるとスノゥは暖簾を退けようとして、


「あぁ、一つ思い出した」

「何を?」


 カナンの声に立ち止まり、頭に暖簾を乗せたままスノゥは振り返る。


「西区画のずっと向こうに、もう乞食しか住んでないようなボロアパート……何つったっけか、団地? あるの知ってるか?」

「あー……ん、何となく」

「警察の事情聴取中にまたギャングが溜まってる~みたいな話を小耳に挟んだ」

「……ギャング?」


 何処かで聞いた覚えが、しかし、あまり接点のなさそうな話題だなとスノゥは首を傾ぐ。

 まぁ慌てなさんなとカナンは言を継いでいく。


「報復のために気が立ってる、とさ。さてさて、何に対する報復かね? ……あぁ、行くなら裏のバイク使いな。テキトーなトコで乗り捨てちゃっていいからさ」

「……まったくもう」


 スノゥは微笑をこぼす。

 呆れたような、でも、嬉しそうな。

またひとつ歳を経つつ、今日も更新です。

今日は他に、ルーズベルト大統領の誕生日だったり、青山ブルーマウンテンさんの誕生日だったり、読書の日だったり。


次回更新はもちろん明日の22時。

では、待て次回。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ