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灰の街の魔女  作者: 夜斗
【第1章】
5/28

【 ウルリカ ―孤独な雨音― / 5 】

 エレベーターホールに着くなり、スノゥの右手は呼び出しボタンには目もくれず、ベストの内に伸ばしてバゼラードを抜き放つ。


「ち、地下って何処にあるんでしょう? 私、知りませ」

「――んッ」


 ウルリカが喋りかけたその時、最初に乗ったものではなく、隣のエレベーターのドアに向かってスノゥがバゼラードの刃を振り下ろす。白焔を纏ったバゼラードは、エレベーターのドアを一瞬のうちに溶断してしまい、がごん、ぼごん、と重厚な音を立てながらドアが底の方へと沈んでいく。


「どうした?」

「…………え、と、どうして、そんなこと……を?」

「飛び降りた方が早いでしょ」

「……その下にも、エレベーターありますよね? 二階辺りで、止まってたような気がしますけど」

「……しまったな」

「いや、たぶん、そうじゃ、なくて……」

「まぁ大差ないや。降りた時にまたぶった斬ればいいし。ほら、行くよ?」

「わ、私、飛べませんよ? だから……そうだ、階段使うから」

「めんどい」

「ひゃ!? ゃや、いやあああ!?」


 四の五の言いだすウルリカに痺れを切らしたスノゥは彼女の体をひょいと持ち上げると何のためらいも見せずに飛び降りる。轟々と耳を震わす激しい風の音の後、ドンッ! と重い着地音。エレベーターの屋根の上に着地したらしい。お姫様だっこ状態のまま、ウルリカは肺の中身を全部吐き出したような安堵の息を漏らす。


「な、なな、何てことを……!? あの、私、心臓が止まり、かけて」

「そうだ、このワイヤー斬れば一番下に降りるよな」


 ウルリカを抱えたまま器用にバゼラードを抜き放つと、まるで縁日の紐くじでも引っ張るような気軽さでエレベーターのワイヤーを切断。エレベーターは重力に従い降りて、もとい、落ちていく。持てる握力全てを全開にウルリカはスノゥのベストと肩とを必死に掴んで着地の衝撃を何とかこらえる。


「……ウルリカ、そろそろ苦しい」

「…………………………い、生きてます? 私、生きてます?」

「そんな高くないし平気でしょ。こんなの慣れればどうってことないって」

「…………い、一生…………慣れたくない、です……うぅ」


 衝撃で舞い上がった埃を払いながらスノゥはウルリカを降ろし何事もなかったかのように歩き出す。ふらつくウルリカは、その背中を追い掛けつつ、肌を差すような寒気に顔をしかめる。


「……何ですか、ここ。こんな場所あったなんて……」

「独房、かな。もしくは霊安室。匂いが似てる」

「…………」


 ただの地下室とは思えない殺風景な廊下をスノゥは歩いて行く。

 装飾の類は一切見られず、部屋の扉には全て格子窓がついていて、スノゥの言葉に嫌な現実味を帯びさせている。

 冷たくて、カビ臭くて、人の気など微塵も感じられないゾッとするようなフロア。こんな場所に閉じ込められたりなどしたら、ウルリカなら間違いなく孤独死してしまう。

  スノゥは格子窓を覗いて、また別の扉を覗く、といった行為を繰り返している。怖くて、ウルリカはそれを真似することは出来なかった。そんな地味で、機械じみた作業を繰り返しているうち、不意にスノゥの足がピタリと止まる。


「……」

「……? どうしたん、ですか?」

「ん、依頼は完了したってトコ。やっぱ死んでた」

「ッ……」


 ドアノブを回すも開かず、スノゥはエレベーターの時と同じ要領で扉を焔を纏わせたバゼラードで叩き斬る。その瞬間、ゴミ溜めのような酷い悪臭が鼻をつき、ウルリカは思わず顔を手で覆った。


「こっちは見ない方がいい。……アタシの仕事だし、ちょっと待ってな」

「……はい」


 言われた通り、ウルリカは部屋から少し離れたところで座り込み、胸の内からこみ上げてくる吐き気を抑えようと努力する。


「……死人に口無し」


 あまりにも殺風景で狭すぎる部屋に、鎖で繋がれた死体。写真に写る面影など既になかった。

 何か遺留品をと、スノゥは彼女の首に掛かっていた玩具のペンダントを手に取った。マリーに渡せば、後のことは全て彼女がやってくれる。スノゥには苦手な仕事だ。


「要するに、人質とか誘拐した女の子とかの隔離部屋って感じか。ウルリカの両親もここの何処かにあるね」

「…………」

「……こっち、かな」


 何か目星でもあるかのようにスノゥの足取りは確固たるもので、ぶれない。ウルリカは身体の震えを抑えながら、彼女の背中を追いかけることしか出来ない。

 ベストの裾を、掴む。

 支えが、欲しかった。

 スノゥは一度足を止めて、それから少し歩調を落としてまた歩き出す。


「……こんなことに、なるなんて……思わないじゃ、ない、ですか……」

「…………」


 何も言わず、スノゥは歩きながらウルリカの言葉に耳を傾ける。


「一年前……です。北区画街で、大きな火事があったの……覚えて、ますか?」

「新聞にも載ってたし、一応。奇跡の雨が降って、大きな被害は免れたって見出しだっけ」

「……私が、やったんです。私が、魔法で水を操って、それで……」


 それはウルリカが魔力に、“魔女”に目覚めた瞬間の話。


「家は貧乏だったけど、凄く幸せでした。パパがいて、ママがいて。食べるものも、少なかったけど、でも私は……幸せな、生活を送ってました。でも、あの日、近所が、突然火事になって……」

「老朽化の進んだ発電所の事故……だったっけ。直そうとしたんだけど、逆にドカン、か」

「家は、発電所のすぐ近くで、火の手はあっという間に広がり……ました。燃えた板にパパが挟まれて、ママが助けようとして、私は……何て、言ったら、いいんでしょうか。私の中の何かが、爆発……した、って言えば、いいんでしょうか。いつの間にか、私は、自分の近くにある水……液体を自由に操ることが、出来るようになってて」


 無我夢中だった。

 自分の内に目覚めたチカラを、どうにか両親を助けようと、勢いに任せて全てを発揮した。


「北区画街の上下水道を破裂させて、噴水の水も、井戸の水も、全部、全部空にぶちまけて、雨を……降らしたんです。凄く変な匂いでしたけど、火の手は一気に収まって、パパも、あまり酷い怪我にならなかったんです。……その後すぐに、赤い羽根のカラスからこの“異名”を貰いました。」

「……“観測者”だね」


 それが魔法だと知り、ウルリカは困惑した。

 しかし、“魔女”として目覚めたばかりの彼女を待っていたのは、惜しみない称賛の嵐。


「ご近所さんとか、みんな優しくて……“魔女”ってわかっても、普段と同じように接してくれたんです。でも、その少し後に……あの人が来ました」


 “魔女”としての噂が良くも悪くも、あの少女嗜好のオーナーに伝わってしまい、事は坂道を転がり落ちるように進んでしまった。

 “魔女”とはいえ、ウルリカはまだ一人の幼い“少女”でしかない。両親を盾に取られたともなれば、選択の余地など無いに等しい。

 いつの間にか、ウルリカの声は震えていた。


「私の、この魔法は……人のために、使えるんじゃないかって、思ってました。でも、実際は、最初に一度きりで、あとは……」

「もういいよ。過去なんて過去でしかないんだから。……ここ、っぽいな」


 最奥部の錆びたドアの格子窓を覗き見たスノゥは小さく頷く。それから、やや間を開けてから、ちらと、首だけ動かしてウルリカの方を見る。

 泣いている。

 泣きながら、目を赤く腫らしながら、スノゥを見上げている。


「……匂いとか、わかる? もしかしたら生きてるかもなんて思ってたら、悪いけど」


 ウルリカは首を振った。

 生きている、と、思っていることは事実だが。

 同時に、もう死んでいる、と心の何処かで分かっていたのも事実。

 スノゥは、少し間を置いてから扉をバゼラードで溶断して軽く蹴飛ばす。

 鉄錆の臭いの混じった、温い風が広がる。

 バゼラードを収め、スノゥは傍の壁に寄りかかって促した。


「行ってきな」


 ウルリカが独房の中へと駆け込む。

 スノゥはそれを見送ってから、遠くから反響して聞こえる足音の方に視線を送る。


「……空気の読めない連中だ」




 ※




 追手を全て蹴散らし、部屋の中から嗚咽が聞こえなくなって、薄暗い闇の中からウルリカが姿を現す。


「もういいの?」

「…………はい」

「そっか」


 白く揺らめくバゼラードを収め、スノゥは何か声を掛けるでもなく非常階段の方へ向かっていく。

 ウルリカも、覚束ない足取りでそれを追いかける。

 気絶した事務員をそのままにビルを出ると、街にはすっかり夜の帳が下りていた。ネオンの怪しい輝きに照らされながら、スノゥとウルリカは歩く。雨は、まだ止まない。


「……」

「……」


 無言で裏路地を往く二人に、誰も微かな興味を示したが、誰も声は掛けなかった。

 元より、この街の人間は無関心を装うのが基本。

 とはいえ、今のこの二人に声を掛けようなどという酔狂もいないだろう。スノゥもウルリカも無言で、その無言が言い知れぬ圧迫感を発していた。


「……わた、し」


 裏路地を出て、東区画街の待ち合わせ場所として有名な噴水広場に差し掛かったところでウルリカが小さく呟く。夜更けの、しかも雨降りの広場に人などいない。ほの白くぼやけた街灯の光が、並んだ二人の影を長く伸ばす。スノゥの影が、止まる。


「今まで、パパを、ママを、助けるため……って、生きて、きました」

「ん」

「でも……二人、とも……」

「……ん」


 何の気のないスノゥの相槌に、少し、ウルリカの胸が痛む。

 それでも、彼女は言わざるを得なかった。

 行き場のない感情を、胸の内から吐き出して、目の前の背中にぶつけるしかなかった。


「これから……私、どうしたら……いい……んですか……?」

「…………」


 びしょ濡れの黒髪をかき、スノゥは踵を返す。

 ウルリカの傍にしゃがみ込むと、俯く彼女の頭に手を置く。


「さっきも言ったけど、過去は過去。過ぎ去ったら、それで全部おしまい。まだウルリカは小さいし、そんな簡単に割り切れるもんじゃないと思うけどさ」

「……」

「…………今、何かしたいコトってある?」

「……もう、死にた」

「却下」

「………………わか、んな……い、です」

「じゃ、分かるまでウチにいな」

「………………え?」


 ウルリカの真っ赤に充血した上目遣いに、一瞬、スノゥはたじろぐも言葉を続ける。


「事情はどうあれ、言っちゃえばアタシらの所為でウルリカの仕事を奪ったようなもんだし……責任を取る、って感じでさ」

「……ぃ、……いい……ん、ですか? だって、私、スノゥさんを」

「今言ったじゃん? 過去は過去。アタシ、過去は振り返らない主義」


 徐々に潤んでいくウルリカの瞳を見、スノゥは立ち上がって、また、歩き出す。

 やや荒い衣擦れの音がして、それから、スノゥの左腕にウルリカが抱き付いてきた。


「ひぅッ……えぐ……ひっぐ……ぅわぁ、ぁあ……ああああ……ッ!」

「……」


 雨の中を歩く、重なった二つの影。

 スノゥの身体は、暖かかった。

次で第1章はおしまいです。

第2章は……もう少し時間掛かるんで、公開できるようになったらまた活動報告にでも書きます。


次回更新はもちろん明日。

では、待て次回。

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