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灰の街の魔女  作者: 夜斗
【第1章】
4/28

【 ウルリカ ―孤独な雨音― / 4 】

 東区画街のゲートの手前で、ウルリカはようやくスノゥに追い付く。

 乱れた息を整えながら歩いていると、スノゥがゆっくりと振り返ってウルリカの姿を視界に収める。特に、どうという反応もなく。しかし、ウルリカが近づくまでの間立ち止まってくれた。


「はぁ、はぁ…………あ、足、早い……ですね」

「アタシらさ、何でも屋やってんだ。裏方でこっそりとさ」


 足並みが揃ったところで、スノゥは雑踏に紛れそうな小さな声音で喋り出す。ウルリカに合わせて、少しスローペースに。手にしていた紙切れをロングベストのポケットに突っ込むと、スノゥは言葉を継いでいく。


「で、つい昨日依頼があった。誘拐された子供を助けてほしい、みたいな感じの。アタシはめんどくさいからパスって言ったんだけど、マリーがその時に限ってオーケーを出しちゃってね」


 大通りに入って、スノゥは何故かアーケード沿いに進路を向けて歩き出す。ウルリカも、その傍をちょこちょこと追いかける。東区画街の入り口には飲食物を扱う店が多く、軒先から香ばしい香りが漂ってきてウルリカを誘惑してくる。お粥を食べたばかりなのに、ちょっと食欲をそそられる。


「……まぁ、マリーがやるって言ったコトには十中八九意味があって、何か意図があるんだ。アタシもめんどくさいと思いながら一応請け負ったってワケ」

「……そ、そうなん……です、か」


 不意に、スノゥの身体が、かくん、と九十度ターンしたかと思うと何かのお店の店員に指を二つ立てた。ウルリカの仕事柄、大通りを堂々と歩くことは無いので、その店が何を売っているのか、どういう店なのかということはほとんど知らない。パッと見て、何となく飲食店と判断するので精々だ。


「ふぉい」

「へッ? あ、あの…………?」


 会計を済ませて来たらしいスノゥが手にしていたものは、こんがりとしたきつね色の……何だろう、食べ物だ。串に刺さった楕円状の、揚げ物らしく、既にスノゥはケチャップとマスタードの付いたそれを頬張っている。食べ物、と理解したとしても、食べたことのないモノを差し出されると少々困惑する。ぼーっとしていると、鼻先にアツアツの生地が、こつ、と触れる。


「うふぁいよ、ほえ」

「あ、ありがとう……ございます。……えっと……これは?」

「あめりふぁんぼっふ」

「…………い、いただきます」


 スノゥが何と言ったのかは分からなかったが、少なくとも美味しい食べ物らしいというのは、この香りと、ほんのりと頬の紅いスノゥの緩んだ表情で何となしに知れた。彼女に倣い、付属のケチャップを付けて遠慮がちに、かじる。揚げたての生地はサクサクと歯触りがよく、生地のほのかな甘みをケチャップの酸味が後足してくれて非常に美味しい。ちょっと、油っぽいのが玉に瑕。


「腹ごしらえもしたし、そろそろ行くかね」

「ふぁ、ふぁい…………ん」


 気が付けばスノゥは完食していて、ウルリカも慌てて飲み込んでから串を捨て、歩き出した彼女の背中を再び追いかける。


「…………何か、美味しいもので、餌付けされてるような」


 気のせい、だと思う。

 ……多分。



 ※



 大通りを北に抜け、ブラックマーケットからやや北西に。位置でいうと、ちょうど北区画街と東区画街の間。スノゥはウルリカが記したメモの住所と目の前の建物とを交互に見ている。


「……フツーの雑居ビル」


 スノゥの視線の先にはくすんだクリーム色をした四階建ての雑居ビルが建っている。シュガーラスト、という企業名の割には実に質素で慎ましい佇まい。まぁ、名の如くメイド喫茶でもやられたらそれはそれで嫌だし、そもそもやってることは陰惨な殺し屋稼業だ。でかでかと看板出してる方がおかしいし、殺し屋が目立つ道理もなし。塀の上で、黒い野良猫が事情も知らず呑気に欠伸していた。


「あの……その、オーナーに、会ったら、やっぱり……」

「そん時はそん時で。先に誘拐されたコとやらも探さないと。……ま、どーせ死んでると思うんだけどさ」

「え……ッ」


 身も蓋もないスノゥの言葉に、一瞬、ウルリカの目が驚きで丸くなる。


「ん? たぶん、ウルリカの両親とかも同じだと思うよ。殺し屋として欲しい人材が言うこと聞かないっていうなら、抱えてても意味ないでしょ?」

「そ、そんな、こと……!」


 ない、と強く否定したいのに、二の句が出てこない。

 パパとママは、生きている。

 生きているというその事実があったからこそ、ウルリカは、見知らぬ人間を、今日まで殺してこれたのだから。


「ごめんね。アタシ、思ったコトとかそういうの全部言っちゃうタイプだから。でも、今から嫌でも分かると思うよ」


 指先でつまんでいたメモが不意に白く燃え上がって、消える。

 雨音とブーツの音とが混ざり合わせながら路地を往く。正面の玄関から堂々と入り、二度三度視線を左右に揺らす。所謂、メインカウンター。事務員らしき女性が二人、雨でびしょ濡れのスノゥの姿に怪訝な反応を示す。


「……え、っと? どちらさまでしょうか?」

「さっさと避難した方がいいよ。直に、ここは火事になるかもだからさ」


 それだけ言って、スノゥは二つ並んだエレベーターホールへ向かう。あからさまな異常事態に、二人の事務員の内一人は内線を掴み、もう一人は拳銃を構える。


「と、止まりなさい!? 動いたら」

「……」

「……あの!」


 指先に焔を纏わせようとした辺りでウルリカが割って入り、見知った顔の登場で拳銃を構えていた女性が数秒だけ気を緩ませる。それを見たスノゥの姿が霞んだかと思うと、一瞬にして二人の事務員を殴って、蹴って、昏倒させる。


「わ、私も、ついて行っても……いい、ですか?」

「外で待ってろ、とも言ってないしね。いいよ別に」


 狭いエレベーターに乗り込み、特に考えず四階のボタンを押す。だいたい、お偉いさんというものは高い所を好む。

 馬鹿と煙は何とやら、ではなく。

 単純に、権力を手にすると自分が見れる世界を見下ろしたくなるのだ。

 自分より下に人間がいるということは、一種の清涼剤に変わる。四階建てとはいえそれなりの高さはある。

 安っぽい音がして、自動ドアが開く。

 絨毯の引かれたフロアは、一階に比べれば高級感はあるが、それはあくまで一階と比べたらの話。絨毯の模様や色は何処となくチープで、並んだ観葉植物の葉が所々に散っている。とりあえず金を使った、という感が凄い。

 濡れた靴底を押し付けるようにしながらスノゥは歩いていく。その後ろを、ウルリカがついていく。さした距離は歩かなかった。一つだけ、金色のドアプレートの扉が見える。スノゥはノックも無しにノブを掴み押し開く。


「ひゃん!?」

「なあッ!? だ、だだッ、あ、誰だ!?」


 正面の机で、脂ぎった中年男性とウルリカとそう変わらないような年端の少女が半裸で抱き合っていた。後から部屋に入ろうとしたウルリカの顔を、一応、左手で覆っておく。


「お楽しみのトコ失礼。人探しをしててね。この……名前なんだっけ、忘れちゃったな。まぁ、この写真のコ。ここの連中に誘拐されたって目撃情報をもらってね。どこにあるの?」

「な、何だ藪から棒に……? う、ウルリカちゃん? 何で、君まで一緒に……!?」


 オーナーの顔が見る見るうちに青ざめる。事態がサッパリ飲み込めない女の子は慌てながら散らばっていた服を着替えて別室の方へと駆け込んでいってしまった。


「そういや、アタシを始末させようってこのコに依頼したのアンタだっけね。どーせ、さもなくば命は無い、みたいなのでしょ? 尻尾切りみたいね。ウルリカに飽きたのかしら? ん?」

「あ、あの! 教えてください! 私のパパと、ママは……!?」


 どすどすと荒い足音が奥から聞こえスノゥは冷めた眼差しを別室のドアに向ける。乱暴に扉が開き、巣を突かれたアリのように黒服の連中がオーナーを囲うようにして立ちはだかる。


「し、侵入者を殺せ! 今すぐに!!」

「バカみたいにラクな展開。……アタシの好みだ」


 黒服の連中は揃いも揃ってポケットから拳銃を取り出しスノゥに向けて発砲。それに合わせてスノゥは左掌を前方に向けて、指先に力を込めて開く。放たれた拳銃弾が、一斉に中空で溶けて蒸発(、、)。何人かのサングラスがずり落ちる。ぼすっ、とスノゥの後ろでウルリカが腰を抜かしてへたり込む音が聞こえた。


「おい、今の……う、嘘だろ?」

「ぼ、ボサッとするな! 撃て、とにかく撃ちまくれぇッ!!」


 オーナーの檄が飛び、我に返った黒服連中はスノゥに向けて何度も引金を引く。近距離から高速で射出される弾丸はスノゥを貫くこと叶わず、全てが目の前で燃え尽きて、溶けていく。

 やがて、カチン、と虚しい音が響く。

 スノゥの瞳に、一瞬だけ鋭い光が差した。


「熱いけど少しだ、我慢しな」


 膝を曲げ、姿勢を低くした後思い切り床を蹴り飛ばす。一番手前の黒服の正面に駆け出ると、白い焔を巻き上げる右拳を男の顔面にストレートにぶち込む。大砲のような音が響いたかと思うと、男の体が真一文字に吹き飛んで本棚やコンクリートの壁を諸共に貫く。女の、拳の威力では決してない。全員が呆気に取られている隙を逃さず、スノゥは一人一人を一撃で仕留めていく。焔に染まるその拳で、烈火が灯る脚で、一瞬にして黒焦げになった男たちの山が築きあげられる。オーナーは何とも情けない声を上げて椅子から転げ落ちていた。


「に、逃げ……ひぁ!?」


 その鼻先に火柱を上げて突き刺さるナイフが二本刺さる。ベストに忍ばせていた投擲用のナイフに焔を纏わせスノゥが投げたものだ。

 とす、とす、と静かな歩調でスノゥがオーナーへと歩み寄る。


「一応、もっかい訊くけど。このコの居場所は? それと、ウルリカのご両親とやらは?」

「ひ、ぎ……あ、ち、っちち、地下の、地下の……」

「地下ね。はい、ご苦労、さんッ」

「ごぶゅ!?」


 用済みになったオーナーの鼻をぶん殴ってから、スノゥは床に刺さった二本のナイフを抜き取る。ベストの内に素早くしまうと、くるりと踵を返して歩き出す。


「ん、地下行くよ地下」

「……あの、いいん…………です、か?」

「これだと喧嘩屋と同じだけど……ま、殺せ、とまでは言われてないんだよね。ほら、行くよ」

「…………は、はい」


 そそくさとエレベーターの方へ向かうスノゥを追いかけ、途中、一度だけオーナーの方へ横目を流す。トランクス一枚で悶絶しながら、何ともまぁ無様に転がっている。その向こうで、先の少女が転がる男たちの姿を見、怯えた視線を彷徨わせている。


「……」


 私も、いつか、ああなっていたのだろうか。

なろうコン……もとい、ネット小説大賞にエントリーしました。

その辺の詳細は今日の活動報告で。


次回更新は明日の22時。

第1章の更新はそれを含めてあと2回ですね。


では、待て次回。

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