【 アニュエス ―バイオレンス・ライトニング― / 12 】
喫茶店といえど、お茶やコーヒーだけでなくもちろんランチメニューはある。
マリーの店『ブラックキャット』の名物メニューの一つに、厚切りのハムステーキを挟んだ特製のサンドイッチがある。香ばしいブレッドに焼きたてのハムステーキを挟み、新鮮なレタスとマヨネーズを添えてブラックペッパーを掛けるだけのシンプルなモノだがSサイズとLサイズと用意されていて、ウルリカがお店に入る前から存在する男女問わず人気の高いメニューだ。調理難度もそれほど高くないのだが……まぁ、世の中には不器用な人間というものがいるらしい。
「……すまない、金は持ってないんだが」
「知ってる。今日だけ特別にアタシが奢ってやる」
「…………悪い」
そう言ってリーベリットはハムハンドを一口かじる。スノゥもスノゥで同じものをリーベリットの横でかじる。
店の裏手、普段ウルリカやカチュアと戦闘の訓練をするときにも使うそれなりの広さを誇る空き地。
怪我だらけでみっともない人間は店の中に置けないというコトで、何故かスノゥも込みでここに追い出されてしまったのだ。別段異論は無かったし、マリーもリーベリットの事に関しては何も言わなかった。
「……何で、俺を」
「助けてはないからな。いくつか頼みたいことと、聞きたいこととがあったもんでさ」
「…………俺に出来る範囲でなら」
拒否権などないし、負い目もあって拒否する気なんぞさらさら無かった。
「聞きたいことは一つ。アンタの追いかけてる“魔女”についてのコト」
「それは……さっきも言った。雷を操る……」
「誰か、他に仲間とかいなかった?」
スノゥの視線はそのまままっすぐ、綺麗な横顔は無表情でハムサンドをかじっている。
「仲間……か? いや、それは…………そういえば、誰かと連絡を取っていたような」
「……」
「それが、どうかしたのか?」
「……何でもない」
かぶりついたステーキの肉汁は旨いが、ブラックペッパーの辛さに少々涙が出る。
スノゥは、辛いのが苦手だ。
「で、頼みは一つ。単純に、アニュエスが“魔女”ってコトを周りの連中には黙っててほしい」
「それは……どうして?」
「喧嘩屋ってさ、まぁそもそも女がやるもんじゃないんだけど、それ以前に“魔女”って付いちゃうと商売上がったりらしいんだ。詳しくは知らないけど」
「……わかった。約束する」
「まー、これぐらいは当然っちゃあ当然でしょ。人違いで襲ったワケだし」
「…………本当に、すまない」
「アタシに謝られても」
「そう……だな」
ぽつぽつとした小さな会話が途切れ、昼下がりの温い空気が二人の間を過ぎる。
互いに接点の無い二人がこうして並んで食事を共にしてるという奇妙な時間。
「俺の事を……通報したりしないのか? 歴とした犯罪者なんだが」
「別にアタシには関係ないし」
「……そうか」
「ん」
「…………」
「…………このハムサンド、旨いな」
「ん」
「……」
横に座っている女は話を広げるつもりが皆無らしい。
ほとんど壁にでも話しかけているような気分だったが、今の自分が文句を言える立場では決してないので、このぎこちなく固まった空気のままリーベリットは食事を進めなければならない。妻と娘との食事に比べたら雲泥の差だ。食事というか、まるで作業に近い。だんだん、味が分らなくなってきそうだ。
「にしても、魔銀のリボルバーだなんて珍しいモノ持ってるね」
「え……? あ、あぁ。旅の途中で買ったんだ。といっても、コイツに全財産持って行かれたわけだが」
唐突に話が再開されてリーベリットは驚く。
そして、話題に上ったリボルバーをそっと抜いて見せる。魔女を殺すためだけにと、金に糸目はつけず勢いで買ってしまった一品。中天に差しかかった陽が当ってキラリと光る。
「でもさ、それ専用の弾が無いと意味無いって知ってる? そのまま普通の弾を込めても効果はあるけど、それだけじゃ決定打にはならないよ。魔銀の銃と、魔銀の弾が両方揃って効果を発揮するもの」
「……その、何だ。アンタは、俺をどう思ってるんだ?」
「ただの暇つぶし」
「…………」
何だか彼女たちに比べたら自分への扱いが酷いような気がする。
……まぁ、当たり前か。
「スノゥ……あ! スノゥ、さん!」
「……んー?」
ふと名前を呼ばれて顔を上げると、応急処置を済ませたらしいアニュエスが顔を見せた。スノゥが視線を合わせると、アニュエスは気恥ずかしそうに少し俯きながらそそっと彼女の正面に躍り出る。
「その、あの……えぇっと、色々と、改めて、お礼を言いたくて、あの」
「あー、敬語とかそういうのいいから。アタシ相手に畏まるのはやめて」
「でも……あの、一回、お礼だけはちゃんと……あの時と、今日と、ほんっとうに、ありがとうございました!」
「……もー」
頭を下げられるのは嫌いである。
別に自分は偉くも何でもないただの“魔女”でしかないわけで、上下の関係とかそういう野暮ったいことはスノゥは苦手でもあるし純粋に嫌いでもある。
「そ、それで……ごほん! 怪我の治療が終わったら、オレもここで厄介になるって話になって……? ど、どうか、した?」
「……いや、別に」
不意にスノゥの顔が曇り、思わずアニュエスは上目づかいに彼女を見上げる。
興奮気味のアニュエスに水を差してしまって少々申し訳ない気がしたが、スノゥは何となくそうなるだろうという見当は付いていた。
あんなタイミング良くマリーが姿を見せているのだから、今回も何某かの意図があるのは確信していた。
だから、アニュエスが『ブラックキャット』で働くというのは想定内。
「喧嘩屋はどうすんの? やめんの?」
「それは……ちょっと、悩んで、ます。じゃない、悩んでる。けど、オッサンにも世話になってるし、どうしようって」
「“魔女”として生きるなら、続けられないんじゃない」
「……だよ、な」
「おにーさん、さっきの頼みはナシで」
「……了解」
「っと、そうだ。てめぇに渡すもんがあんだった。ほらよッ」
ベシッ、とリーベリットに叩きつけられた一枚の紙。
引っぺがして見ると、どうやら請求書のようだった。
「マリーの姐さんからソイツに渡してくれって頼まれた。特に文句は無いよなぁ?」
「……言わんとしてることは分かってる。責任はちゃんと取るさ」
「当然。……んじゃスノゥさん、また後で来ます」
「んー」
ひらひらっと手を振って店に戻るアニュエスを見送り、スノゥは隣で請求書とにらめっこを続けるリーベリットの肩を叩く。
「それなりの腕はあるみたいだし……大丈夫でしょ。ま、がんばれ」
「……あぁ」
項垂れる彼を尻目にスノゥは立ち上がり、そのままアパートへ続く階段を上っていく。
今日は特に何の予定もない。
夜になるまで、昼寝でもしよう。
そして、夜になったら――、
「…………ふぅ」
いいや、また今度で。
これにて第3章は終了。
残りの第4章やら第5章についてはまた後日。
ちょいと雑な終わり方ではありますが……
次回をお待ちくださいませ。




