【 アニュエス ―バイオレンス・ライトニング― / 11 】
「途中から見てたよ。いざとなったらって思ってたけど……凄いね。ウルリカの魔法と自分の魔法と組み合わせて攻撃するなんてさ。わざわざアタシが出てくる必要は無かったかな」
「あ……アンタは……あの、時のわぁ!?」
「スノゥお姉ちゃああん!」
涙声のウルリカが凄まじい速度で前に飛び出し、身体の支えが無くなったアニュエスは情けなく仰向けにぶっ倒れる。
路地から見上げた空は不機嫌な鼠色。
慌てて身体を起こすと、ウルリカがスノゥに抱きついているのが見えた。
「こ、怖かったぁ……ぐす」
「おーよしよし。初仕事にしちゃ、まぁ上出来だったよ」
「初しご……? え? ってか、スノゥって……アンタ、【焔雪】って異名の!?」
「ん? あれ、名前言ってなかったっけ?」
「な……ぁッ!?」
【焔雪】の“魔女”
少なくとも『灰の街』を生きる人間であれば誰もが一度は耳にするキーワード。
何故なら、その異名はこの街で最強を意味しているから。
喧嘩屋をやっていたアニュエスとて例外ではなく、他所の区画の話とはいえ耳にする機会は多かった。
何処かのギャングの拠点を火の海に変えただとか。
彼女に逆らえば骨まで灰にされるだとか。
法外な報酬を約束するのであれば、どんな望みだって叶えられるだとか。
「ギャングの拠点を火の海に……? したっけかな、そんなコト。骨まで灰にだなんてめんどくさいからしないぞアタシは」
アニュエスにとって――密かな憧れの人物だった。
同じ女として、延いては一人の“魔女”として生きている彼女の存在は、将来の目標でもあった。喧嘩屋として名を上げてしまった以上、今はもう望むべくもないが。
そんな憧れの人物が目の前に現れ、しかも、彼女が自分を助け師事までしてくれた恩人だと知れば、嬉しさや恥ずかしさや誇らしさがヒートアップして、自然とその顔が紅蓮に染まっていく。
「あ……あ、ああああああああ!!?? あの、あのあの時は、ああ、ありがとござッ、いま、まました……あっだだだ!!」
「別に気にしなくていいよ。ただの気まぐれだったわけだし、にしても……」
あんまりにも恐れ多すぎて、痛む体で土下座してただただ感謝の意を述べるしか出来ない。ぽふぽふとウルリカの頭をなでてから、スノゥは感電してぶっ倒れているリーベリットの元へと向かう。
「おい、起きな」
「……う、うぅ……ッ?」
頭を蹴飛ばされ、無理矢理意識を叩き起こされたリーベリットの目に、スノゥの気だるげな視線と脚線美とが映り込む。体中がずぶ濡れで、しかも痺れて思うように口すら動かない。
スノゥはリーベリットの襟元を掴むと、建物の壁にもたれさせる。
「喋れる?」
「……なん、とか」
「オーケー。んじゃ……えっと、アンタの名前はリーベリット。雷を操るっていう“魔女”を探しに来た外国人。……それでいい?」
「あぁ……」
「何で“魔女”を探してるの?」
「復讐だ……二年前、故郷を襲った……アイツを」
「だーから! 俺じゃねえって言ってるだろうが!」
「そんな、ハズはない……!」
「はいつーぎ、その雷を操る“魔女”ってどんなヤツ?」
「金色の、髪の……」
「他の特徴は?」
「…………口調が、キツイ」
「うっせ!」
「そいつの【異名】は?」
「……知らない」
「なら、何でこのコを追っかけてたのさ?」
「昨日、あの広場で、雷を見たんだ……」
「ん、それで?」
未だ痛みや痺れでノイズの走る脳内を必死に稼働させながら、リーベリットは話を進める。少し呂律が回るようになってきたらしい。
「……そうしたら、人が倒れていた。事情を聞いたら、“魔女”にやられたと言って」
「ふぅん……? その人ってのは?」
「いや、その後は……放って、それからまた、情報を集めて……」
「あぁ!? どういうことだ、アイツの報復で雇われたとかじゃねえのか!?」
「報復……? 何の話だ?」
「オーケー、もういいよ。単刀直入に結論を言っちゃうと、アンタは人違いしてる」
「……え?」
「……はぁ!?」
リーベリットも、側で休んでいたアニュエスも自分のダメージを忘れて顔を上げ、そしてお互いの顔に視線を交わす。片や怒りに震えながら、片やバツの悪そうな顔を浮かべて。
「いや、だが……! アイツは、雷を使って」
「雷を操る“魔女”ってだけなら、この国以外にもいると思うよ。それに、そのコはこの街で何年か前から“喧嘩屋”として名が通ってる人間なんだ」
「喧嘩屋……?」
「知らないか。まー、何だ。殺さない殺し屋というか、ストリートファイターというか何というか、そんなモン」
「だ、だが……!」
「一応、この街で【異名】を持つ魔女の動向なら教会で少しは調べられるけど。……ってか、冷静になりなよ。喧嘩屋として生きてるそのコが、アンタの故郷を壊して何の得があるのさ?」
「……それ、は」
「じゃあ、何だ……てめぇ……」
バゴォッ! とコンクリートが破裂する音が耳朶を打つ。
アニュエスの右拳が建物にめり込み、小さく煙を上げている。
「てめぇの勘違いだけで、俺は朝っぱらから追いまわされるわ銃で撃たれるわしてこのザマってワケか……っはっははは!! 面白い話だよなぁ、えぇ!?」
「そ、それはつまり……そういう、ことに、な……」
「ぶっ殺!!」
「あわわ……! お、お姉ちゃん、い、いいの……?」
「別にアタシには関係ないし、好きにやらせれば」
そこから暫く、女の怒号と男の悲鳴が続く。
※
……で、十分ほど経過した後。
「気は済んだ?」
「……ノーだ。けど、これ以上は力が入らないから、勘弁してやる」
「そりゃ懸命で」
ぼっこぼこにされたリーベリットを尻目に、アニュエスは大きな鼻息を一つ捨てる。
そりゃあ人違いで命狙われた揚句、街中を追い回されるわ脇腹と足とを撃たれての大怪我。
よほどの聖人君子でもない限りタダで済ますわけがないだろう。
完全に自業自得。
「…………これから、どうした……ものかな」
大の字でひっくり返るリーベリットは路地の隙間から見える空を見て呟く。
顔は痣だらけになってるし、口の中はじゃりじゃりしてるし、鉄の味が拭えないしでと散々だが。
「また……ふりだしだ。せっかくの手がかりを掴んだと、思ったのに」
「アンタ、これからどーすんの?」
「……探す、さ。また、最初から」
「……そ。んじゃ」
「スノゥ~、ウルリカちゃぁ~ん。あぁ、やっと見つけたわ」
何処からともなく聞こえたスノゥを呼ぶ声。
振り返ってみると、路地の向こうに見慣れた女性が手を振っているのが見えた。
プラチナブロンドをひらひらと煌めかせながら、黄色い眼が特徴的な黒ネコのエプロンを付けた妙齢の女性。予想だにもしなかった彼女の登場にウルリカは驚き目を見開き、スノゥは――何となく来るんじゃないかと思っていたので微かに首を傾げただけ。
「マリーさん……? ど、どうして、ここに?」
「もー、お店がしっちゃかめっちゃかで大変なのよぉ。カチュアちゃん、何十枚もお皿割っちゃったりするし、注文は間違えるしでもぅ……」
「……んじゃ、帰ろっか。ウルリカ」
「へ? は、はい」
と、マリーの視線が横にずれる。
負傷しながら煮え切らないような表情のアニュエスと、ひっくり返ってるリーベリットの姿が映る。
「あらあら、また派手にやったのねぇ」
「アタシじゃなくてそのコがね」
「ふぅん……?」
案の定。
店がピンチだと言ったそばから、その視線はアニュエスの方へと注がれている。ウルリカの件といい、カチュアの件といい、マリーの登場はあまりにもタイミングが良過ぎる。スノゥは内心でそう思いながら、しかし思うだけに留めていた。自分に直接関係ないだろうと判断したためである。
「あらま、可愛いコねぇ」
「は? か、可愛い…………じゃなくて、誰、アンタ?」
「私? 私はマリーっていうの。中央街で「ブラックキャット」って喫茶店やってるんだけど、よかったら今から来ない? ご馳走するわよ?」
「え? いや、オレは別に喫茶店なんて……ってか怪我してるし、とっとと帰って治さないと」
「じゃあ、なおさら放っておけないわ。ついでに病院も紹介してあげるからいらっしゃい」
「い、いやいいって、ちょ! 腕を引っ張るなってだだだ!?」
「…………」
マリーは嫌がるアニュエスを引っ張り上げると、オロオロしていたウルリカともどもずるずると引っ張って中央区画の方へと行ってしまった。残されたスノゥとリーベリットは、それから数秒間だけ無言で過ごして、
「……何なら、アンタも来る?」
「……」
それから、ゆっくりと歩き出した。
次で第4章はひと段落。
その後は、また近いうちに活動報告で。
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