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灰の街の魔女  作者: 夜斗
【第3章】
26/28

【 アニュエス ―バイオレンス・ライトニング―  / 10 】

 残り少ない弾丸をリボルバーに装填し、走る。

 目指すは、あの日見た“雷”と同じ輝きを放っていた“魔女”を見つけた薄汚いスラムの広場。

 あの日、村の始末を一人で終えてからずっと、リーベリットはこの日の為だけに生きてきた。この手に握りしめているのは、魔法に対し無力な自分でも対抗できる力を備えた魔銀のリボルバー。旅の途中、偶然立ち寄った小さな漁村の怪しい行商人から買い付けた品だが、彼曰く“魔女”に滅法効き目アリと。今日の今日まで半信半疑ではあったが、逃げ回る“魔女”の背中を見て確信した。

 この銃は、本物だ。

 その証拠に、あれきりあの“魔女”はこちらに対し“魔法”を行使する回数が激減している。危惧していた魔法が来ない今、あとは、的確に中てられさえすればそれで決着がつく。

 やがて、くだらない追いかけっこに終わりが訪れる。

 リーベリットが広場に辿り着き、そして広場には脇腹を押えながら立つ“魔女”の姿が見えた。


「逃げるのを、諦めたか……雷の“魔女”」

「……撃たれた場所が痛いんでね。これ以上動くのも面倒だから、そろそろ終わらせてやるよ」


 額に大粒の汗を浮かべながら、アニュエスが不敵に微笑む。

 魔法を上手く使えないはずなのに、何処か勝利を意識しているような笑み。

 リーベリットが銃を抜く、同時にアニュエスがジグザグに駆け出す。彼女がブレーキをかける度に狙いをつけトリガーを引くも、路上を弾丸が抉るだけ。わざわざ走りまわっている的に引き金を引いた自分の愚かさを反省しつつ、彼は一撃を貰う体でアニュエスの攻撃に構える。ロクに魔法が使えないとならば体術に頼らざるを得ない。あの“魔女”は蹴りを主体としている。どうあってもワンテンポ溜めが必要になる。

 身構えて、待つ。

 水たまりが乾いた路上でアニュエスは跳躍、そして真正面から右のハイキック。掴んでやろうかと思ったが、予想以上に速度の乗った右足にリーベリットは素直に右手を添えた左腕で受け止める。金属バットでぶん殴られたような粗暴で重い衝撃。レガース込みとはいえ、女の蹴りとは思えない威力に顔をしかめつつ、右のリボルバーを連射。掠めることもなく避けられ、生じた空白の間にリロードを済ませる。


「手負いの分際で、よくもまぁしぶとい」

「……本気が出せりゃ一瞬で終わるんだがな」

「俺の村のようにか?」

「だっ……から!」


 脇の痛みと理不尽さに表情を歪めながら、アニュエスは噴水のモニュメントを駆け上り空中から飛び掛かる。あまりにも短絡なその動きに裏があるかと警戒しつつ、魔銀の銃口を突き付ける。


「オレじゃねえって、言ってるだろうがぁああああああああああッ!!」


 “魔女”の怒号が大気を震わし、全身を回転させながらの踵落とし。彼女の足の先端に青白い光が走るとリーベリットの目が見開かれる。それは向こうも同じらしく、一瞬驚き、そして勝ち誇ったような表情を浮かべて踵を思い切り振り下ろす。

 いくら絶縁のコートといえどアレは耐えられない。

 瞬時にそう判断したリーベリットは噴水の縁を蹴飛ばし後方に飛びずさる。リーベリットが立っていたコンクリートが剥がれ、砕かれ、そして同時に青白い雷撃が落ちる。小規模ながら出来上がったクレーターの中心で、アニュエスは引きつった笑みを浮かべていた。


「……へッ、魔銀の銃ねぇ? そいつ、パチモンなんじゃねえの」

「…………」


 ニセモノかどうかなど既に問題ではない。

 リーベリットはその言葉を、彼女の虚勢と見抜いていた。着地した場所でしゃがんだまま、“魔女”はあまり動こうとしていない。ただリーベリットの攻撃を待ち構えているようにも見えたが、額を伝っている大粒の脂汗がそれを裏付けている。

 偶然、もしくは捨て身の一撃。

 あるいは両者。

 再装填を済ませた銃で連射をすると、アニュエスは左に飛び退いて、そのまま一定の距離を保ったまま走り続ける。が、鈍い。傷の痛みと、偶発した“魔法”の反動らしい。“魔女”の“魔法”は、何もノーリスクで撃てる代物じゃないことは旅の途中で何度か耳にしていた。

 鈍った今の“魔女”ならこちらから追える。

 数発弾倉に残したままリーベリットは駆け出し、それを見たアニュエスは反対方向に走り出す。やはり、速度は先に比べれば遅い。


「逃がすか……ッ!」

「へッ、かかったな……」


 確立としては五分と五分。

 その賭けにアニュエスはどうにか勝てたらしい。

 先の戦闘で、一瞬だけ使えたアニュエスの“魔法”。それが偶然かどうかはこの際置いておくとして、少なくともアニュエスがまだ“魔法”を使えるという事実が最重要ポイント。

 このまま戦い続けること自体は可能、だが、そこから先のスタミナ勝負に持ち込まれたらまず間違いなく手負いのアニュエスに勝機は無い。

 元より、得意の“雷”単体ではあのコートで防がれてしまう。

 だから、タイマンを主とする喧嘩屋の恥を忍んでアニュエスは一つの手を考え付く。


「……準備は、出来てるよな」


 走りながら、路上の水たまりが無くなっているのを確認して口の端をつり上げる。あとは、彼女と約束した場所に誘い込んで作戦を実行すればアニュエスたち(、、)の勝利となる。もう、あと数十メートルか。痛みを我慢しながら走って、走って――、


「っがあッ!?」


 鋭い熱がアニュエスの左腿を貫き、思わぬダメージにバランスを崩して、お世辞にも清潔とは言えない路地に転がり込む。

 撃たれた、のは言うまでもない。

 それでもなお止まぬ銃声に、アニュエスは身体を横に転がして細い裏路地の隙間に潜り込む。建物の壁を支えに立ちあがったその先は――行き止まりだった。


「……は、マジかよ。うぐ……」


 利き足が撃たれた、プラス、さっき撃たれた脇腹や“魔法”の反動などさまざまな要因が彼女の行動を阻害する。壁を支えにしないとまともに立っていられない。

 こんな状況は、久々かもしれない。

 血があふれ出て、意識が霞みかけている。

 魔法も撃てて、あと一発が限度。

 実質、この一発が全て。



「終わりだな」


 唯一の経路がリーベリットに断たれ、アニュエスは狭い路地の奥の方へギリギリと追い詰められていく。空になった弾倉から薬莢をこぼし、リーベリットは最後の弾丸を装填。その全弾をアニュエスにプレゼントしてくれるらしい。豪勢なことである。


「……へ、これで……ダメなら、オレは素直に、殺されてやるよ」

「……? 何を、言って……?」


 ただでさえ狭い路地に差し込んだ陽光。

 瀕死の魔女を飲み込む自分の影の上から、大きな丸い影が映り込む。見上げた瞬間、リーベリットは我が目を疑った。


「……なん、だ? シャボン……いや、水の……かたまり?」


 路地の横幅にギリギリ収まりそうな、数メートルの直径の巨大な水の玉がリーベリットの頭上に浮かんでいる。その奇異に驚き、ほんの僅かに見とれている隙を見計らい、アニュエスは残る力を振り絞って助走をつける。


「知ってるよな。……水ってよ、電気をよく通すんだ――っぜぇええッ!!」

「まさ……ッ!?」


 雷の“魔女”に執念していたあまり、もう一人の“魔女”の存在を失念していた。

 裂帛の叫び声を張り上げながら、アニュエスは残った魔力全部を込めた右足で路上に転がっていた石ころを思い切り蹴り上げる。雷に包まれた石ころはまっすぐ水玉の中に沈み、バチバチと不穏な音を立てながらリーベリットの頭上に落ちる。


「ぶあ、っがが、ああああああああああああああああ!!」


 絶縁のコートといえど、衣服の隙間から流れて身体の至るところに染み込んでしまえば意味は無い。激しく感電し全身を痙攣させるリーベリットの姿を見、アニュエスはふっと表情を緩めた。


「アニュエスさん、大丈夫ですか!?」


 上空から聞こえてきた可憐な声。

 ストン、とウルリカがアニュエスの側に駆け寄ると、脱力した体は支えを失い思わず彼女に寄り掛かってしまった。


「……大丈夫、だ。ちょっと、疲れたけど」

「どど、どうしよう……ま、また撃たれて……」

「ま……だ、だ……ぁッ」

「ひう……ッ!?」


 バチバチと未だ電撃が爆ぜる水たまりの中らリーベリットの姿が浮かび、ウルリカはホラー映画のワンシーンに直面した時と同じ悲鳴を上げる。血走った瞳、焼け切れた衣服、そこから見える火傷跡、彼の姿はまるでゾンビのようにボロボロだった。ただ、その血走った瞳には未だ消えぬ執念や憎しみが窺い知れる。果てしなく黒い感情のこもった瞳に睨まれ、ウルリカはアニュエスを抱えたままただただ恐怖に顔が引きつっていく。


「俺は……仇を取るまで、死んで、たま……る……がッ!?」

「そい」

「あ……!」


 ひどく気の抜けた声が聞こえたかと同時、リーベリットの身体がぐらりと倒れ、その向こう側に一人の女性の姿が見えた。


「だ……誰だ、新手……え?」


 ぼやける視界の中に映り込んだ女性の影に、不思議と見覚えがある。

 いつか出会った、アンニュイな表情の“魔女”の姿とよく似ているような気がして。


「まさ……か」

「お? 久しぶり、だな?」


 ロングベストの裾をだらりと長し、その表情と同じ気だるげな声音で“魔女”――スノゥはアニュエスに微かに笑んで見せた。

次書くお話(灰魔女のあと)もしっかり準備してますよとアピールしつつ本日も更新。

残り2話ですね……相変わらず一日一話更新だと早い。


次回も明日のこの時間。

では、待て次回。

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