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灰の街の魔女  作者: 夜斗
【第2章】
14/28

【 カチュア ―異邦ノ迷イ風―  / 8 】

「幸い弾は全部貫通してた。応急処置は済ませたし、少し休んだらもう動けるよ。これは念のための痛み止め」

「わっ、とと……ど、どうも」


 中央街と西区画街のちょうど境目にある診療所の一室。

 素っ気ない態度の医者から投げ渡された紙袋を受け取り、ゴシックロリータの少女はガタつく木製のフレームの窓を開ける。冷たいような温いような中途半端な風が吹き込み、少女の髪を優しく揺らす。ベビーローズの香りが、風に乗ってゆっくりと部屋中を漂う。


「……う、ッ……ん? ここは?」


 そんな甘い香りに気付いて明千花が目を覚ますと、目の前には見覚えのない少女の姿。

 少女は安堵したような、驚いたような曖昧な顔を浮かべた。


「あ……き、気が付いたんですね」

「……? え、あなたは?」

「ま、待っててください。お姉ちゃん呼んできますから」

「お姉ちゃん……?」


 ととと、と子犬のような足取りで少女が病室を出て、その数十秒後には“彼女”を連れて戻ってきた。何とも軽い調子で彼女は手を振った。


「よ、元気っぽいね」

「あなた……!? あの、私」

「はいはい、全部説明するって。ウルリカ、ちょっと飲み物買ってきて。その人には……何か無難なヤツで」

「うん、わかった」


 もう一度走っていく少女の背中を見送り、改めて明千花はスノゥと向き合い事の顛末について話を聞くことに。


「とりあえず名乗ろうか。アタシはスノゥ。あんた、名前は?」

「あ、明千花と申します。藍の里の……」

「アチカ……? やっぱ外の国の人か。ここらじゃ聞かない名前だ。

 さて、ここは病院……って、これぐらいは別に言わなくても分かる? よーするに病気になったり怪我したら来るとこ。アチカが捕まってた西区画の団地から逃げてきて、ここに運び込んだってワケね」

「……礼を、言わなければなりませんね。ありがとうございます」


 ベッドの上で、明千花は丁寧に頭を下げる。

 スノゥはヒラヒラと手を振って返した。


「どーいたしまして。さて、んー……どっから説明したもんか。こういうの苦手でさ」

「なら……こちらから、いくつかお聞きしたい事があります」

「ん、いいよ?」


 怪我の具合もさして酷くなかったらしく、彼女の言動もハキハキとしていて明瞭。最初にスノゥが対峙した時のような狂気じみた様子もなくなっている。

 が、その目には少々生気に欠けているような印象を受けた。


「……どうして、私を助けてくれたんですか? 私は、一度はあなたを殺そうとしたのに」

「仕事。少し前から南区画から西区画にかけて起こってた連続殺人鬼の捜索と保護」

「…………私、ですね。謝罪して済むかどうかは、わかりませんが……」

「アタシには関係ないから別にいいけどさ。……どうしてそんなコトしたの?」

「それは……」


 情けない話。

 島流しの果て、辿り着いた南区画の港で、気が付けば明千花は刀を手にして血に塗れていた。

 初めて、人を斬った。

 その時の明千花の精神状態は最悪で、人を斬ったという事実に罪悪感や躊躇などはなく、むしろ清々しささえ覚えていたほどだった。

 蔑む眼差し、異端視、侮蔑、嘲笑。

 灰の街に辿り着いた明千花は、そんな周囲から刺さる視線に怯え、やがてそれらを異物と見做し全てを斬り伏せることで逃げようとしていた。

 その結果、誰かから大声でバケモノと呼ばれた瞬間、彼女の中で完全に()が外れた。


「……故郷で、バケモノ呼ばわりされてから私、その言葉が嫌いで……それからは、何もかもが敵に見えて恐くなりました。だから……」

「……ま、チンピラって分かりやすく悪人ってカッコしてるからね。一般人が死ななかったのは幸いかね」

「…………私は、バケモノ、ですよね」

「いや、“魔女”だよ」

「……“魔女”」


 今までに幾度となく耳にしたキーワードに明千花は不思議そうにスノゥを見返す。


「その、“魔女”とは、何なんですか? あなたも……“魔女”と」

「アチカの国には、アタシみたいなヤツはいた?」

「いえ……初めて、見ました。焔の剣や、竜……なんて」

「“魔女”っていうのは、アタシらみたいに、普通の人間が凡そ使えない異能力を身に付けた人間のこと。異能力を“魔法”と見立てて“魔女”って呼んでる」

「お姉ちゃん、ジュース買ってきたよ」

「サンキュ。アタシも、このウルリカも“魔女”なんだ」

「ほえ?」


 間の良いところに缶ジュースを抱えたウルリカが戻ってきて、スノゥは一本を明千花に放り投げてからウルリカの頭を軽く撫でる。


「えへへ……」

「……」


 ……ちょっと、羨ましい。


「アチカの国には“魔女”って文化がなかったからか、要するに異常者と見做されたんだろうな。まぁ、突然こんな力が発現したら誰だって驚くし、他に“魔女”がいない国となれば尚更か」

「……」


 それを大衆の面前でやれば、言わずもがなだ。

 異端の罪を背負って流され、明千花は今ここにいる。


「“魔女”になると、どう……なるんですか?」

「別に? 少なくとも、この街(、、、)じゃ“魔女”ってだけなら何の問題もないよ」

「で、でも、魔法……って、危険な能力じゃないですか。それが」

「アンタのカタナと一緒」

「……?」

「カタナって、鞘に収まってれば別に危なくもないでしょ。アタシのこの剣と一緒で、抜かなきゃ意味がない。抜いて、誰かを斬れる状態で持ち歩いてたら人は危険だって判断する。

 つまり、そういうコト。

 今のアチカも“魔法”が使えるってだけのただの女だから、別に生きる上で不便はないと思うよ」

「……そう、ですか」

「っても、まだアチカは完全に“魔女”になってないけどさ。そろそろ来ると思うけど」

「……??」


 それなりの情報量に加え、スノゥの意味深な言葉。

 慣れてないキーワードの跋扈に明千花はただただ目を白黒させるばかり。

 やがて、窓の向こうから、ばさばさ、と鳥の羽ばたきが聞こえてきたかと思うと窓の縁に一羽のカラスが留まった。


「やぁ、遅れて申し訳ない。ちょっとレディのデートのお誘いが多くて困っててね」


 不意に、ダンディズムに満ちた低音ボイスが明千花の耳に聞こえるも、そんな声の主は何処を探しても見当たらない。明千花の正面にはスノゥとウルリカとがいて、窓の一羽のカラスの方を見つめている。それだけだ。


「……? 今の声は何方の?」

「そこのカラス」

「お初にお目に掛かる。私はかんそぶふ!?」

「あー、“観測者”さんが!」


 スノゥが反応に遅れるほどの末恐ろしい反射神経で放り投げられた白い枕は“観測者”にも予測の出来ない攻撃だったらしく、直撃を受けたカラスは変な声を上げてから窓の向こうへと墜落していく。ぜぇはぁと息を荒げながら、明千花は指を差しながら狼狽している。


「い、いい、い今の面妖な!? しゃべ、カラスがッ……ぅああああッ!?」

「……美しいお嬢さんにはトゲがある。カラスも魔女も同じと、いやはや面白い」

「うわぁああーッ!? よ、妖怪ですか!? きき、斬った方が!?」

「落ち着きなよアチカ。それは“観測者”を名乗ってるってだけの喋るカラス。無害だよ」

「ででで、ででッ、ですが……!?」

「東方の国から遥々こんな僻地までようこそ。ご紹介に預かった通り、私は“観測者”。“魔女”の異名を付けるのが趣味な善良なカラスさ」

「い、異名……? 趣味……?」


 左側だけ赤い色の翼を大きく広げ、カラスはまるで貴族か紳士がそうするかのような丁寧なお辞儀(本人談)をする。先から明千花は驚きの連続で心臓がバクバク言っている。スノゥはものすごく胡散くさそうな顔をしていた。


「アタシの【焔雪 ―ホムラユキ― 】。ウルリカの【叢雨 ―ムラサメ― 】みたいに、“魔女”には“異名”が付けられる。“魔女”としての二つ名みたいなもん。コイツは……まぁ、その異名を勝手に考えて本人に申告しに来る変なヤツって覚えておけばいいよ」

「名を付ける、という行為を軽んじてはいかんと思うがね。君たちがこの世に生まれ(いず)るその瞬間、名をもらって初めて君という個の誕生だというのに。“魔女”としての“異名”にも、君たちの個性や特質、さまざまなイワク(、、、)を含んだ面白いもので」

「ウルリカ、鶏の唐揚げは好き?」

「え? まぁ、大好きだけど……」

「そうか」


 ごっほん、うおっごほん、と誰がどう見てもわざとらしく映るであろうカラスの咳払い。

 カラスの視界の中で、野蛮な光を灯したスノゥの双眸が見えた。


「で、アチカの“異名”は?」

「東方の神話からヒントを得たのでこう命名した。明千花、君の“異名”は【草薙 ―クサナギ― 】だ」

「クサナギ……ですか?」

「少々、君たちの戦いを覗き見させてもらったよ。明千花君が操る疾風の太刀筋は、音に聞く神剣の名が相応しいと思ってね」

「……やっぱり見てたか」

「そういう趣味だからね」

「イイ趣味してる」

「そりゃどうも。……さて、それじゃ私は行こうかな。約束の時間が迫っているんでね」


 モテるカラスは辛いのさ、とでもいいたげに胸を張りつつ最初の時のようなお辞儀(カラス目線で丁寧に)をすると、何処かへと続く空へと片側だけ赤い翼を羽ばたかせて行ってしまった。後に残ったのは静寂と、スノゥのため息。


「【草薙 ―クサナギ― 】の“魔女”。それがアチカの“異名”ってワケだ」

「……」


 明千花とて耳にしたことのあるお伽噺の中の神剣。

 そんな大層な【異名】に、しかし明千花は何の感慨を持つことはなかった。


「…………私は、これからどうすればいいのでしょうか」

「んー……そうだね、外国人向けの職業斡旋所に行って適当な仕事見つけて適当に暮らせばいいんじゃないのかな」

「でも……その……私、そういうの、よく分からなくて」

「じゃあ、私のお店に来たらいいんじゃない?」


 別の女性の声に明千花が驚き顔を上げると、いつの間にかスノゥとウルリカの間に妙齢の女性がニコリと微笑んでいるのが見えた。


「マリー、いつ来たの」

「今さっき。それにしても、スノゥったら冷たいわね。こんな美人さんを無責任に斡旋所に放り込む気なの? 変なお店でひん剥かれて変に使われるだけよ?」

「へ、変って……な、なな、何なんですか……? あの」

「別にアタシには関係ないし」

「あなたも、どうせなら見知った顔のあるお店の方が安心でしょう? 私、街の真ん中の区画で喫茶店をやってるの。あぁ、喫茶店っていうのはお茶とかお菓子を出すお店のことね。ウルリカちゃんみたいにウェイトレスとして働いてもらえれば、私としても色々と助かるんだけどなぁ。そうそう、アパートもあと二部屋余っててね」


 またか、とスノゥはため息を吐く。

 さして大きい店でもないのに、マリーはこれ以上ウェイトレスを増やして何を考えているのだろう。二人も必要なほど盛況でもないだろう。

 そこからはひたすらにマリーの喫茶店トークに火が付いて止まらない。


「……お姉ちゃん?」

「マリーの話長そうだし、少し屋上でボケッとしてくる」

「わ、わかった。私も」

「んや、今は一人がいい」

「う、うん」


 名残惜しそうなウルリカの頬を指でつついてから、スノゥは病室から出て屋上へ上る階段を探して、歩きだした。

ブックマークがぼちぼちっと増えてきて嬉しいです。

残る更新もあと2つっすね。

第3章のコトとか小ネタも含め、2章がひと段落したらまた活動報告書きます。


次回更新は明日の22時。

では、待て次回。

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