【 カチュア ―異邦ノ迷イ風― / 6 】
御前試合を木刀ではなく打刀で行うには理由がある。
守護士官は、あくまで“守護”が務め。
誰かを、何かを、それを守るとなれば、守るべき者は然るべき力を必要とする。
しかし、その“力”も過剰に振るい過ぎてはただの暴力と大差ない。
白刃という凶悪な“力”を持ちながら、しかして、その“力”を過剰に行使しないための技量を同時に推し量るために、御前試合は敢えて打刀での試合としている。
当然、負傷者も出てくるし最悪の場合死人だって出てくる可能性がある。幸いなことに、軽い負傷者はともかく長い歴史の中で死亡者は出ていない。この御前試合のレベルの高さを象徴してると言えるだろう。
そんな舞台に立つ、一人の少女。
何度も来ているのに、ここに立つたびに全身が微振動を起こし、一歩足を前に出すだけでも躓きそうになる。こんな場所で、対戦相手の前で躓けば、緊張しているのがバレバレだし単純に恥ずかしい。そよ風でもバランスを崩してしまいそうなほど、細い糸のようになった精神と肉体とをぎこちなく操り、所定の位置へどうにかたどり着く。
「よ、よろしくお願いします!」
「あぁ、こちらこそ」
有望株とだけでなく、里の女子の注目も総ざらいというだけあって、その面構えは優しさと強さとが織り交ざった端正なモノ。女子なら一度目が合えば頬が熟れたリンゴのように赤くなってしまうのだが、明千花は緊張に凝り固まって緩んだりする余裕はない。……そもそも、この歳にもなって男子やら色恋に毛頭興味がないというのもあるのだが。
「構え」
審判の言葉に、彼は抜刀し切っ先を正面に隙のない構え、明千花は左手で鞘を掴み、刀の柄に右手を添えつつ腰を落とす。観衆が固唾を飲んで見守る中、明千花はギリギリまで意識を研ぎ澄ましていく。
「……始め!」
声と同時に明千花は柄を握って――先手を打たれた。
一足で肉薄してきた彼の俊敏な動きに怯えて、明千花は迫りくる刃を受けるのではなくバックステップで逃げた。一先ずの難を逃れてから抜刀し、ハッとした瞬間、刃が激しく衝突する音が場内を響かせた。
「ぐッ……う!?」
「反応できるだけ凄いと思う。けど、僕の相手じゃないかな」
「あッ、がはッ!?」
鍔迫り合いの最中、明千花は腹部に鋭い蹴りを喰らい、肺の中身を吐き出しながら場内を転がっていく。天地が何度も逆さまになりながら、彼女は途中で体を起こし膝をつく。吐き気に苛まれながら、顔だけを上げて相手を見据える。
「かは……げほ、ッぅ……」
「根性もあって、僕ほどとは言わないけど強いし、君は美しい人だ。御前試合の場とはいえ、僕としては出来れば君を傷つけたくない。一応気の済むまで付き合ってあげるけど、棄権の申し出ならいつでも言ってくれ」
完全に上からの物言いに、明千花は歯噛みする。
当然、周囲のどよめきも彼女の耳に届いている。
だが、彼女の頭の中に棄権するなどという選択肢は存在しない。
「……まだ、やれます。勝つん、ですから……!」
「あの親にしてこの子……ってヤツかな。君のお兄さんも諦めが悪い人で有名だっけね」
何処にいるかは分からない、けれど、この会場の何処からか父兄が見守ってくれているのは分かる。
二人の目があるから。
今度こそ優勝して守護士官になりたいから。
夢が、あるから。
諦める道理など、何処にも存在しない。
明千花は立ち上がり、抜き身の刀を鞘に収め、姿勢を低く落とす。
「……しょうがないな。極力顔は狙わないよう、気をつける――からッ!」
彼我の距離を詰めるべく駆け出す相手の動きをしっかりと見据え、明千花は瞳を閉じてイメージを浮かべる。
旋風のような、鋭く、速く、相手を両断する風のイメージ。
耳朶を打つ足音が不意に強く蹴られる。相手が、跳んだ。
カッと目を見開き、中空で上段に構える相手の姿を捉える。
チャンスは、最初で最後の、この一瞬。
「ッ、ぅうああああああああああ!!」
その一瞬に全てを賭し、鯉口を切り、あらん限りの力、裂帛の気合、荒ぶる風の幻想とを掌に込めながら空に向けて白刃を抜き放つ。
出来れば、決勝戦か準決勝辺りで使いたかったこの“切り札”。
しかし、勝つためには出し惜しみをしている場合ではない。
まずこの一勝をもぎ取り、そして次の試合、その次と白星を積み重ねていけば。
夢に、辿り着ける。
そんな彼女の夢想は、
「何だ……!? ぎぃああ!? あッ、が……あ、ああ……? がああああああああ!?」
ごじゅ、と濡れた獣が倒れたような音と、男の激しい絶叫に、潰れる。
肩で息をしながら視線を上げた瞬間、明千花の瞳が驚愕に見開かれていく。
「……え」
目の前に広がる、真っ赤な血だまり。
その血だまりの中に転がる、刀を握った右腕と、斬られて失くした右腕を押さえて蹲る対戦相手の苦悶の表情。
ただ手で押さえただけで止血が出来るわけもなく、彼の指の間からはおびただしい量の血が噴き出して漏れている。既に蒼白に染まりつつあるその顔を見て、明千花は細い悲鳴を上げた。
同時に、会場を、凄まじい叫び声が包み込む。
誰も彼もが目の当たりにした奇異に叫び、身体を寄せ合ったり、観客席は一同にパニック状態だった。その真っただ中にある明千花は、ただただ立ち尽くすことしか出来なかった。
「き、救護の者を! 急げ!!」
「試合は中止だ! 早く、早く来てくれ!!」
「え……ぁ、ち、違う! 私は……!?」
流血沙汰なら御前試合といえど珍しくはないはず。
しかし、対戦相手の腕を斬り落としたとなれば、事はその程度で収まりを見せることはない。あっという間に救護班に囲まれる対戦者。担架で運ばれていく様を見送る彼女の耳朶に、一つの言葉が届く。
「ば、バケモノだ!? あの女……今、刀を振っただけで、腕を……!!」
「ち、ちがッ……!」
「その者を取り押さえろ!」
「ま、待って……何で……!? そんな、お父様!? お兄様!?」
二人に助けを求めようと視線を彼方へと彷徨わせ、見つけて、二人の顔を見て唖然とする。
驚愕と困惑、そして、批難と恐怖。
少なくとも愛娘を見守る暖かな色は完全に消え失せ、兄に至っては視線すら外される始末。
違う、違う、違う。
そんな目で見られる謂れなど何もない。
ただ、彼女は勝ちたい一心に剣を振っただけで。
「いや、嫌……私は、こんな……あっぐ!?」
「こ、この後は!? どうするんですか、長!?」
「…………」
いつの間にか衛兵に取り押さえられ、明千花の身体から自由が奪われる。
床に伏せたまま見上げたその先で、里長の柳眉が歪む。
「…………こんな異能の者の処罰は、決まっておるだろう」
冷たく、凍てついた刃のような容赦のない言葉が明千花に刺さり息が出来なくなる。
長の視線は、彼女のみならず、彼女の父兄に注がれていた。
世間はハロウィンで賑わってたらしいですが本日も元気に更新。
……別に嫌いってワケでもないんですけど、好きというワケでもないんですよねぇ。
クリスマスとかバレンタインデーとか、時代が進むたび日本はそういう文化にちょっと大袈裟になってるような気もします。
次回更新は11月1日の22時。
気がつきゃ今年も残りわずかっす。