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灰の街の魔女  作者: 夜斗
【第2章】
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【 カチュア ―異邦ノ迷イ風―  / 5 】

 緑の豊かな国。

 少なくとも、彼女の故郷はこの街に比べたら緑が豊かすぎるほど自然に溢れ、古来から続く伝統や文化を重んじる国だった。

 彼女はそんな国の、小さな里だが、由緒正しい剣士の家系に生まれた。

 代々、国の重鎮の守護を務める家系。

 曾祖父も、祖父も、父も兄も、齢十五を過ぎればすぐに任に付き使命を全うしていた。

 彼女も、父兄たちのように立派に務めを果たすのが夢だった。

 物心付いたときから剣術を身につけ、道場以外の場所でも隠れて鍛錬を続け、必死に剣術を磨いていた。

 

 しかし、弛まぬ努力が必ずしも実を結ぶとは限らない。


 守護士官としての登竜門、毎年二度、夏と冬とで行われる名家同士による御前試合。

 士官になるには、少なくともここで優勝、とまではいかなくとも三人以上は相手を倒せないと確実に門前払いを食らう。

 彼女は、初戦での敗退を何度も繰り返していた。

 運や巡り合わせ、相手との対格差、女という自分、技量の違い、何もかもが裏目に作用して勝利を掴むことはほとんどなかった。よしんば初戦を勝ち進んだとしても、その次で実力差を見せつけられて負けてしまう。初戦突破程度の実績では士官への道には程遠い。

 別に、女性の参加者は彼女の他にも存在する。

 しかし、そういった者は男女の差を埋めるべく体術でカバーしたり二刀流で挑んだりと、彼女同等、もしくはそれ以上の工夫を重ねている。負け続けていた彼女だったが、そんな他の女性たちの雄姿が一種の励みになり彼女は決して剣を手放さなかった。体さばき、構え、踏み込み、里の書物には飽き足らず近隣の村に書物を借りに行って勉強も繰り返した。普段の修行も言わずもがな。父兄たちは、そんなひた向きな彼女を大いに鼓舞してくれた。家の誇りだと、胸を張ってくれた。嬉しかった。励みになった。


 そして、彼女が十七の誕生日を迎えたその日、奇跡が起こった。


 一人で剣術の稽古をする時に使う、村からほど近い森の外れ。

 普段と同じように素振りをしてから休憩に入った時、目の前の広葉樹から一枚の葉がこぼれ落ちる。ひらり、ひらりと、風の中を泳ぐように漂う落ち葉を見ながら、戯れにこんなことを思った。


「私の剣閃が、風に乗って飛んで行けばいいのに」


 いつだったか、剣術の指南書と間違えて読んだ異国の本では、主人公に特別な力が備わっていて、彼が剣を振るたびに烈風が巻き起こり悪漢をまとめて蹴散らしてしまうというシーンがあった。そんなこと現実には叶わないし、良くも悪くも彼女は非常に真面目で、そういった夢物語を真に受けたりしなかった。ただ、そんなシーンがあまりにも印象的だったので、稽古の休憩中ふとそんなことを思って、ただ休憩中の戯れにと、些細な気分転換のつもりだった。


「……」


 二度三度、右と左と視線を交互に動かし、自分の他に誰もいないことを確認してから彼女は立ち上がる。広葉樹の正面まで歩いて、風を待つ。かの主人公と同じように刀を鞘に収め、腰に、低く水平に構えて瞳を閉じる。彼が初めて技を放った一コマ、目の前から悪漢が迫り、ヒロインが彼の名前を叫ぶ。実を言うと、続きが気になって気が付いたら全部読んでしまっていた。


「――烈、風、刃。……なん、てッ」


 技の名前を口にし、それらしく刃の一閃を閃かせる。あのお話の通りであれば、裂帛の気合とともに暴風が巻き起こり、悪漢を一網打尽にしてしまうのだが、そんなことがあるわけない。

 瞬間、ザアァッ、と一陣の風が体を強く吹きつける。

 そして、何とも言いようのない、微かな手ごたえが彼女の指先に伝う。


「……え?」


 ひらひらと空を泳いでいた落ち葉が、不意に、空中で真っ二つに斬れた。

 ただそれだけを見たのならば、彼女も偶然だと思ったかもしれないが、だが、彼女の視線はその奥の広葉樹に注がれていた。

 樹皮に、刀で斬りつけたような傷が出来ていた。

 彼女と広葉樹の間には数メートルの距離があるのだが、その傷はまるで間近で刃を受けたかのように、彼女の背丈と同じ高さに刻まれていた。

 震える右手。

 真面目な彼女だったからこそ、自分がこの目で見たものを、ただの偶然とは思えなかった。

 まさか、何か自分の中の才能のようなものが開花したのかと、半信半疑ながら彼女はもう一度同じように構え、刀を振るう。何も起こらない。なら、頭の中で風をイメージしたら。

 鋭く、自らの刃が風を放つ音が確かに耳朶を打つ。

 そして、広葉樹の樹皮に新たな傷を刻んだ。

 最初のものより、少し弱い傷だったが、彼女にとってそれは僥倖に他ならなかった。


「……風の刃? 私、の……技? こ、これなら……これなら……!」


 思わぬところから手に入った自分だけの“切り札”。

 今まで他の誰もが見せていない、現状彼女だけが手に入れた確かな力。

 これがあれば体格や技量の差があっても、その差を埋められるかもしれない。

 その日から、彼女は風の刃をコントロールするための修行に切り替えた。風に身を委ね、イメージを浮かべ、刃の振り方や構え方を根底から改めていく。

 指南書は、いつの間にかあの異国の冒険譚に変わっていた。



 ※



 それから一年が経ち、冬の御前試合の季節。


明千花(アチカ)

「お父様、それにお兄様も」

「相変わらず馬子にも衣装ってなぁ……おいおい、睨むな睨むな。これでも褒めてんだぞ?」


 御前試合用の白い羽織に着替え終わると父兄から声がかかった。二人とも守護士官の任という多忙な中、わざわざ応援に来てくれたのだ。父は白い髭をたくわえた柔和な面持ちだが、いざ刀を手にすると鬼神と謳われるほど荒々しい太刀筋を誇る、この国で一番の剣士。兄は父よりも背も体格も良く、若き豪傑と里中の人から称えられている。そんな二人の背中に、今日こそ追いつける。三人で並んで立つ姿を思い描きながら、明千花は黒塗りの鞘に収まった打刀を差す。


「今日こそ優勝してみせます。勝って勝って、今年こそ二人に追いついてみせます!」

「その歳にもなってよくもまぁ頑張るよな……もう婿貰って腰を据えたっていいだろうによ。あんま刀ばっか振ってると、婚期を逃してお隣の美空さんみたいになっちまうぞ」


 明千花のご近所さんの、料理の腕がピカイチで気のいい人なのだが非常に……こう……ふくよかな人だ。


「そうじゃなぁ……家柄とはいえ、剣の稽古ばっかで女っ気を磨くなどとんとしなかったし、万が一のことも考えて方々に声を掛けておくかの……?」

「結婚とか、そういうのは毛頭興味がありませぬ。私は、お父様やお兄様の隣に立てれば」

「ふむ……こりゃあ、いざとなったら?」

「親父、その目はなんだその目は」


 親子で笑いあいながら、しかし、明千花は気付いていた。

 父は、明千花が本気で士官になれるなどとは思っていない。

 父親は厳格な性格でよく知られているのだが、明千花にだけは生まれた時からずっと優しい。少々甘過ぎるほどに、何かとあれば必ず気に掛けてくれていた。彼女がやりたいということに一度だって反対を意を唱えることはなかったし、士官になるという話を出したときでさえ、笑顔で頷いてみせて見学の場を設けたり道場への入門も快く承諾した。

 その裏で、兄にだけは血反吐を吐かせるような厳しい指導をしていたのも知っている。

 一人娘だからこそ、好きにやらせてあげよう。

 そんな魂胆が、今の明千花には見えていた。


「今日は絶対に優勝してみせます! 絶対、絶対です!」

「去年もんなコト言ってなかったっけねぇ……? そうだ親父、賭けようぜ。明千花がどこまで行けるかさ」

「む……なら、秘蔵の酒でも用意してやろうか」

「お、いいねぇ。んじゃ俺は二回戦で負けるに」

「……準決勝ってトコかの?」

「実の娘で賭博なんてちょっと酷過ぎませんか!?」


 他愛のない話で笑って、余計な緊張が解れていく中、明千花は胸の内で決心した。

 絶対に、優勝してやる。

 優勝して士官になって、この二人よりずっと強くなってやる。

 二人と別れて、御前試合の会場へ向かう。一歩一歩歩くたび、彼女の中の闘志が燃え上がっていく。負ける前提でいる二人の賭けもぶち壊し、堂々と胸を張って二人の前に帰りたい。この日のために、新しい修行をずっと続けてきた。

 勝たなきゃ、意味がない。

 試合前の説明は一切頭に入らず、気が付けば第一回戦の組み合わせ表が貼り出されていた。慌てて駆け込んで、自分の名前を探す。見つけた。相手は、この里で誰もが名を知っている有望株。有り体にいえば、今回の優勝候補。同窓の友が明千花の肩に手を置き、諦めたような息を吐いた。


「ありゃ無理だよ明千花。いつも稽古場で何連勝ってしてる人だ」

「今年も無理そう……棄権するなら、今のうちじゃない?」

「……い、いえ。大丈夫です。今年の私には、“切り札”がありますから」


 友人の手を退けながら、しかしその声はしっかりと震えていた。

 勝ちが見えないという恐怖でありながら、或いは、ある種の武者震いとして。

 友人と別れ、試合までの時間瞑想をして待つ。

 イメージトレーニングとて修練の一つ。やらないよりはやったほうがマシ。

 しかし、いくらやっても自分が斬られるイメージしか浮かんでこない。どう立ち回っても、どう剣を振るっても、かの相手に届かず逆に一手を決められてしまう。脂汗が額を濡らし、やがて明千花はマイナスイメージから逃げるように目を開く。銅鑼の音が遠くで響き、二人の名前が呼ばれる。


「…………勝つ、絶対に。どんなコトをしても」


 立ち上がる瞬間、彼女を奮い起こすかのようにふわりと風が吹く。

 そうだ、私にはこの“力”がある。

 腕の震えを気合で押し殺し、明千花は歩きだした。

10話のうちの半分が終了。

……問題は第3章。

それ以降はだいたいのイメージが出来てるのになぁ……


次回更新も明日の22時。

では、待て次回。

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