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灰の街の魔女  作者: 夜斗
【第2章】
10/28

【 カチュア ―異邦ノ迷イ風―  / 4 】

 聞いた話でしかないが、かつてこの西区画街は『灰の街』で一番人口の多い区画だったらしい。

 おざなりな都市計画が広がりを見せ、他国や他区画から人が集まってきて、活気に包まれて、そうした時代の流れから効率化を求めそういった集合住宅が求められこの地が出来上がった。

 そんな折、スノゥが生まれるよりも前にこの地で戦争があった。スノゥは興味がないので詳細は知らないが、この『灰の街』が現代のように廃れてしまった理由の一つらしい。

 戦争の後、荒れ果ててしまった中央を含めた区画には、やがて何処からか流れてきた人間が、それぞれが独自に街を作り上げた。北方区画街、西方区画街、東方区画街、南方区画街、それらに四方を囲まれた中央区画街。今や堅苦しい正式名称で呼ぶ者はほとんどいない。スノゥもめんどうだから端折って呼んでる。

 そんな時代の流れの果ての、誰も望まぬ忘れ物。

 錆びた鉄骨が剥き出しの壁に身を潜め、スノゥは息を忍ばせる。


「……」


 壁に背を当てながら耳を澄ませ、周囲に意識を向ける。

 数瞬の間戦って分かったことの一つとして、彼女は剣の腕と魔法の威力だけ(、、)が相当なものだということ。他に関してはほとんど素人同然で、例を挙げると足音を一切忍ばせて歩いていない。忍ばせる歩き方を知らないような、そんな感さえある。

 暗殺者、殺し屋、そういった類の技術は一切感じられなかった。

 少なくとも、このまま身を潜めていれば彼女に見つかることも気取られることもないだろう。その点は、スノゥのアドバンテージ。死角からナイフを投擲すれば確実に当たる――と、そうは問屋が卸さない。それで解決するなら、今頃スノゥは仕事を終えてベッドに下着姿でダイブしている。


「…………何だっけなあれ。居合、だっけ?」


 刃先が一刀両断された“雀”を見つめながら溜息をこぼす。敷地内に飛び込んだ後、スノゥはすぐさま物陰に身を潜め、彼女が背後を見せた瞬間にナイフを投擲。保護という仕事内容故、一応急所は外してあるが当たれば少なくとも行動不能か、もしくはある程度のダメージは見込めると思っていたのだが、ナイフは振り向きざまの彼女に弾かれ、あろうことかスノゥの元に返ってきた。とてもじゃないが、まともな人間の反射神経じゃあない。スノゥもやろうと思えば出来るが、逆にやられるとそれはそれでインパクトが違う。


「こりゃ真っ向から戦わないとダメかな。ちょっとぐらい話のわかる人なら助かったんだけど……」


 彼女の精神状態が正常ではないことは先の一件で察している。ともなれば、直接戦うしかない。件のギャングとやらも近くにいるらしいし、タイムリミットはそれなりに際どいらしい。

 スノゥは意を決し、階段の踊り場から飛び降りると、わざとらしく音を立てて着地。

 瞬間、大木を揺らすような音が耳朶を打ちスノゥはすぐさま飛び跳ねた。傍にあったコンクリートのブロックが一文字に切り裂かれる。


「……あなた、何者ですか」

「何者……か。難しい質問だ。まぁ、ただの“魔女”だよ。【焔雪 ―ホムラユキ― 】って異名の」

「…………」


 無言。

 その返答で、少なくとも彼女が外国人であることをスノゥは改めて確信した。出で立ちもさることながら、“魔女”や“異名”という特有のキーワードに何の反応を示さないところを見る限り、彼女はそういったものの存在を認知していないようだ。


「……アンタを狙う連中が近くにいるんだ。大人しく――ッ!」


 再度説得を試みようとするも、彼女はそんな隙を見せるたびに風の刃をスノゥへと振るってくる。交渉の余地はやっぱりない。スノゥは諦めて右手でバゼラード、まだ折れていない“雀”を左手に握りしめた。じり、と間合いを確かめつつ構え、地面を蹴って駆け出す。彼女はカタナを片手に持ち替えスノゥと同じように駆け出す。

 下段から振り上げたバゼラードとカタナとがぶつかり火花と風とを撒き散らす。

 居合からまた風の刃を連発されるのかと思っていたスノゥとしては予想外の動きだった。

 紅と碧の鍔迫り合い、弾かれる両者。

 先に動いたのは後者。


打ち風(、、、)ッ!」

「何……つッ!?」


 上段からの斬撃、しかし刃には風が纏ったまま。振り下ろされた一撃をバゼラードで受け止めた瞬間、スノゥの腕に鋭い痛みが走る。バックステップで距離をとった後、横目で確認してみると無数の切り傷が右腕腕全体に刻まれていた。風の刃を飛ばすだけでなく、通常の斬撃と同時に魔法を付与することもできるらしい。自分もよく使っている手口だからよく分かる。


暴れ風(、、、)ッ!」


 カタナを両手に持ち替え、大きく上段から振り下ろした瞬間、彼女の魔力が爆発。小規模ながら発生した竜巻がスノゥに向かって奔りスノゥは横に大きく走って回避。回避した直後、ふっと影が差しバゼラードと雀とで凶刃を受ける。指先を切り刻まれる痛みに顔をしかめつつ、力で押し返して難を逃れた。


「いったたた……手袋とか付けないとやっぱ危ないな」

「……何なんですか。その、余裕は……!」

「余裕? 全然。痛いし、これでも結構困ってるんだよ」

「…………ッ」


 奥歯を噛みしめ、強い嫌悪の表情を浮かべる彼女。

 自分より強い人間が気に入らないという、憎悪に近いような歪んだ面持ち。


「違う……私のほうが強いに決まってる……! 私の、方が……ッ!!」


 彼女が叫ぶたび、その身体を中心に轟々と風が渦を巻いていく。コンクリートの建物が震え、空を漂う雲が彼女の風に乱され揺れ動く。凄まじいエネルギーに、スノゥも少し顔をしかめる。彼女は、魔力に振り回されている。別の方向で厄介だ。


「止めなよ。それ以上やると身体が保たない」

「うるさい、うるさいッ……っがああああああああ!!」


 少女の叫びではなく、まるで獣の咆哮のような、荒々しく大気を震わす声。

 叫べば叫ぶほどに風は勢力を増し、もはやただの“風”とは到底呼べないような暴風へと昇華していく。スノゥも、踏ん張って姿勢を維持するので精一杯だった。暴風の鎧をまとった彼女は、ギッ、とスノゥを睨み据える。黒ずんだ刃を低く構え、一度大きく右足を踏み込み身体を捻り、体全体を使ってカタナを振るう。


「んな……わッ!?」


 身構えると同時、世界が逆さまにひっくり返り暴力的な衝撃がスノゥを包み込む。

 彼女を包んでいた暴風がそのまま建物を易々と超える大竜巻と化し、何もかもを破壊しながら直進。コンクリート片が舞い上がり、錆びた鉄骨は飛翔しながらひしゃげ、へし折れ、やがてバラバラになりながら空へと消えていく。彼女が作り出した竜巻はそのまま建物を一棟完全に崩壊させ、物の数分で瓦礫の山を作り上げた。


「はぁ……ッ、か……はぁッ、はぁ……」


 魔力をありったけ注いであれだけの大竜巻を作りだせば、当人にも相当な負荷がかかる。全身から力が抜け、彼女はその場でへたり込む。肩で息をしながら、彼女の口の端は大きく引き攣っていく。


「ふふ……ははは……やっぱり、私が一番、強いんだ……私は、間違ってない……絶対……」

「お……おい! 見つけたぞ! 例の女だ!」


 何処からか聞こえる野暮な男の声。

 霞んだ視界の中に映る、数人の人影。

 何者なのかは分からない、もっとも、この地に来てから人を斬り続けてばかりで興味もなかった。


「今の……こ、これ……マジか? あの魔女が一人でやったってのか? バケモノだな……」

「バケ……モ……の……?」


 バケモノ。

 その言葉だけが彼女の耳に響き、胸の内からゆっくりとあの衝動(、、、、)がこみ上げてくる。

 震える右手を動かし、カタナで支えて立ち上がり、ぼやけた視界を上げる。

 人影が、何かをこちらに向けている――とだけ、見えた。


「ち……がう、私は……っがッ!?」


 軽い、何かが、パンッ、と爆ぜるような音が響くと同時に右肩に激しい熱が襲いかかり彼女は驚きと痛みに叫ぶ。

 斬られたのではなく、叩かれたのではなく。

 まるで熱した棒で体を貫かれたような痛み。

 二度、三度。

 右肩と左腿、右の脛辺りを貫かれ彼女は悲鳴を上げ、その場でうつ伏せに倒れる。


「…………な、ん……で……?」


 近づいてくる足音、下卑た声、嫌な匂いと息遣い。

 この街に最初に訪れた時の第一印象と同じく、気品の欠片もない人々の含んだ視線が彼女に注がれる。


「……ぁ……あ……」


 何かが聞こえる。

 何かを話している。

 私を見ている。

 手が伸びる。

 汚い手が身体に触れる。

 嫌だ、触るな。

 彼女の悲痛な願いや意思は、やがて闇の奥底へと吸い込まれていった。

あっという間に第4話。

まぁ……1日1話更新してればこんなもんです。


次回更新も明日の22時。

そろそろ、いったん活動報告的なモノをひとつ書こうかと思ってます。


では、まて次回。

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