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灰の街の魔女  作者: 夜斗
【第1章】
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【 ウルリカ ―孤独な雨音― / 1 】

 ――雨が、降り出す。

 何処から流れてきた鈍い灰色の雲から、その色と同じ名を持つこの街にさめざめと降りしきる。

 中央街(セントラル)の南端部に存在する喫茶店『ブラックキャット』。

 上等な生地のカーテンをゆっくりと開き、マリーはそんな空と雨とを見つめていた。

 見つめて、ふと、独りごちる。


「良い雨ねぇ。静かで、悲しくて。まるで人の涙のようで」


 慈愛の眼差しはやがて伏せられ、彼女はカーテンを閉じ、玄関戸を開いて“CLAUSE”の看板を“OPEN”へとひっくり返す。間もなくすれば、常連の客が顔を出してくれる。コーヒー、紅茶、簡単な茶菓子。たったそれだけあれば、人の顔を和ませられる。

 例え、こんな街(、、、、)であっても、だ。


「……スノゥ、傘持っていったかしら?」




 ※




 中央街から東にまっすぐ向かい、区画間ゲートを抜けて数歩と歩けばそこはもう東区画街(イースト)

 ゲートを越えた瞬間、あまりこの街を知らない他所の人間なら“雰囲気”がガラッと変わった、と表現するだろう。『灰の街』全体として見ても比較的華やかで、中央街ほどとは言わないが人の往来も多く、連日客で賑わうレストランや、民族衣装を扱うエキゾチックなショップなども立ち並んでいる。一見すれば、少々古ぼけた感じのある商店街、ぐらいには見えるかもしれない。

 それは、あくまで表向きの話。

 彼女はここを訪れる度、“匂い”が嫌なモノに変わった、と感じている。


「……はぁ」


 小さな吐息、溜息というには少し軽い。

 知れずして漏れたごく小さな鬱憤、というのが正しいような気がする。

 受け取ったメモを取り出し、何が必要なのか、何処へ向かうべきなのかを改めて確認する。

 膝ほどまでだらりと垂れるくたびれた黒いロングベストに、何のロゴだったか忘れてしまった適当なシャツ。ショートデニムからは、細くしなやかでありながら、まるで白磁のように透き通る美しい脚線が伸びている。スタイルこそ優美なものの、その顔は何処となくアンニュイだ。

 メモの確認を終えた彼女が歩きだすと、老若男女の視線が自然と彼女へと引き寄せられる。ある者は見惚れ、口笛を吹き、時々嫌な顔を浮かべるものもいる。道行く人の視線を惹きつける程度には、彼女の容姿に魅力があるということなのだろう。

 道すがら、ショーウインドウに映った自分の姿を見て彼女は足を止める。

 夜の闇をすくい取ったような艶美な黒いセミロング、前髪にはチャーミングな白いメッシュが添えられていて、年代物のギターかスタンドマイクでも握れば、ガールズバンドのリーダーと言って差し支えなさそうな格好だ。まぁ、生憎と彼女にそんな素養は無く、残念ながら興味も才能もないのだが。

 足を止めた理由は、何となく。

 ぼーっと突っ立っていても雨に濡れるばかりなので、彼女――スノゥは再びゆっくりと歩き出す。

 この東区画街に来たのは、マリーにお使いを頼まれたからだ。

 女という生き物は存外物入りで、買い物も歳を経るほどに自然と量が多くなっていくもの。

 適当な雑貨屋をめぐり、メモにあった品々を買いそろえた頃には、スノゥは大きな紙袋を一つ抱えていた。さして重くはないが、途中でおばさんから貰ったビニール傘を差しながらだとちょっと邪魔に感じる。


「…………」


 ふと、スノゥは大通りの道を外れ、傘がぶつかりそうなギリギリの、人がようやく一人通れるか通れないかの道を選んで歩き出す。東区画街は、メインの大通りを歩いていれば勝手に中央街に繋がる。区画間ゲートの真正面の道なのだから誰も迷いはしないだろう。だが、スノゥは敢えて外れた路地を進み、むしろ大通りから離れ、中央街とは反対の道を進み始めた。

 奥へ進めば進むほど、街はもちろん、人の様がガラリと変わっていく。

 やがて見えてくるのは、この東区画街の裏の顔。

 所謂ブラックマーケットと呼ばれる、この街の真の顔だ。

 何もかもが、そのテリトリーに入った瞬間、酷く醜悪に様変わりしていく。

 裏路地を往く人々は一様に影を抱えはじめ、街としての華やかさは霞み、ネオンの輝くいかがわしい店舗が軒を連ねていく。やがて悲鳴と、罵声と、卑猥な雑言が雑踏に入り混じり始める。

 常識のある普通の人間なら近づかない。

 果ては、話題にも出したがらない。

 人が根底に抱え、ひた隠しにしている欲望。

 ここで取引されるモノとは、つまり、そういうモノだ。

 麻薬や人身売買なんぞ日常茶飯事、むしろそれを売らないで何を売ると言うのか、という次元にある狂気じみた区画。

 歪んだ顔の客引き、黒服に黒いサングラスの、その見てくれで何者かということを存分にアピールする連中。治安の良し悪しは、この際話題にするのも馬鹿馬鹿しい。

 スノゥはそんな街を、しかし、あくまでマイペースに歩き続ける。

 これといった目的地は無く、ただただ人気(、、)の少ない場所を探していた。


「……」


 視線(、、)は、実を言えば東区画街に入る前から感じていた。

 だが、当初スノゥとしてはどうでもいい(、、、、、、)と切って捨てていた。

 その視線が、ただの勘違いなのではないかと思えるほどに弱かった(、、、、)からだ。

 仕事の都合上、あるいは、彼女自身の都合も含め、そういう輩に命を狙われることは多いし既に慣れている。

 突き刺さるような、頑なな意思を持った視線――殺気(、、)、と表現するのが一番いいだろうか。

 だが――今感じているソレは、あまりにも、弱い。


「…………」


 突き当たった角を曲がり進んでいくと急に道が開けてくる。

 辿りついたのはスクラップ処理場のような場所だ。

 家屋などの廃材や廃車のパーツが山積みにされていて、隙間には何処からか持ち込まれたゴミが詰まっていて腐敗臭を漂わせている。人の気配は微かにあるが、どれも生気の薄れた住人。歯牙にかける必要もなし。スノゥは黙って歩みを続け――止める。後ろで、小さな足音が一つ聞こえた。

 半身だけ動かして、振り返る。

 ビニール傘越しの視界に、一人のゴシックロリータが映り込む。華やぐ中央街ならともかくとして、この東区画街の奥で、そんな格好をしていれば一目で異常と見なされるであろう奇抜な出で立ち。

 漆黒のゴシックドレスを始めに、それに合わせるようにポーチや傘といった小道具も含め、全てがゴシック一色に染まっている。傘に隠れて、表情は窺えない。視線がこちらを向いている事以外は不明。

 周囲にはスクラップ、異臭を放ち続ける舞台、雨脚は強まり始める。決して、ゴシックロリータの映えるシチュエーションではない。

 スノゥは、肩をすくめる。


「なんか用?」


 返答は、無し。

 ビニール傘を叩く雨音だけが、スノゥと、少女との間を紡いでいる。

 無言のままで進む時間。

 やがて、少女の右腕がゆっくりと持ち上がり、水平に伸びる。

 雨音の中、死にかけた小鳥のさえずりのような、意識しなければ聞こえないほど微かな声が――響く。


「…………お命、頂戴します」


 少女の周囲の雨粒が、不意に、ピタリと中空で制止。

 その右腕がスノゥに向けられた瞬間、制止していた雨粒が真一文字に動きだし、まるでマシンガンのようにビニール傘を乱れ撃つ。

 ハッと顔を上げる少女。

 積み重ねられた廃車の上で、スノゥが少女を見下ろしていた。


「……ッ!」


 素早く右手を薙ぐ。

 少女の周囲の雨粒が、今度はそのままスノゥへと目がけて突進していく。

 ボンネットから飛び降り、スノゥは弾丸のように襲い来る雨粒を走って避ける。

 威力は本物のマシンガンとほぼ同等――や、それ以上かもしれない。

 ベニヤの板程度の薄さなら悠々と貫通し、盾代わりにと飛び込んだ廃車のボディやパーツもぶち抜かれて役に立たない。精度はそれなり、弾切れの心配も今日の天気ならば無し。存外厄介だ。


「なら……ッ」


 背後の気配が、不意に大きくなるのを感じてスノゥは路地に飛び込むようにして右足で強く蹴飛ばす。

 直後、バケツの中身をひっくり返したような豪快な水音が背中に響く。

 振り返ってみると、今の今までスノゥのいた地面が、砲弾の直撃でも受けたかのように大きく抉れている。物陰から顔だけ覗かせると、高く掲げた少女の手の平に、大きな水の槍が形成されていた。


「“水”の魔法……か、っとと」


 コンクリートの壁を目の前で貫かれ、その威力を改めて再認識。

 直撃すれば、まず間違いなく致命傷だろう。

 スノゥは再び路地を走り出す。

 少女も、水の槍を携えこちらを追いかけてくる。

 後ろから飛んでくる水の槍を飛んで、跳ねて、突き当たった角の壁を蹴って、文字通り縦横無尽に避け続ける。が、突然スノゥは右足を思い切り踏み込み急ブレーキを掛ける。


「あらま」


 四角いビルに四方を阻まれた小さな空き地――要するに、行き止まり。

 何も考えずに奔走した結果、どうやら自分で追い込まれてしまったらしい。見上げた先に見えた室外機を足がかりにすればまだ逃げ(おお)せそうだが、ちょっと余裕がないらしい。


「ぁ、はぁ……もう、逃げられない……ですよ……」

「……まいったね、こりゃ」


 傘が無い所為でびしょびしょの髪をかきながらスノゥは呟く。

 焦燥感、といったものは一切感じられない。

 相も変わらずアンニュイな顔のまま、スノゥは観念したように少女の方を振り向く。


「えーっと? 一応、アタシが狙われる理由を訊いても? そんな覚えは」


 ……山ほどあるや。

 言ってから意味のない問いかけだと気付き頬をかく。

 わざわざ殺す理由を教えてくれる殺し屋などいないのだから。


「…………ろ、ない……と」

「ん?」


 激しく降り注ぐ雨音の中、少女の声が聞こえたような気がした。

 フリルのついた装飾過多なゴシック傘を投げ捨て、少女の表が露わになる。

 目を引くほどの、美少女だ。

 出で立ちに相応しい、小顔で、化粧っ気のない無垢な乙女の顔。

 しかし、それを歪めているモノがある。


「……あなたを、殺さないと……ッ! 私が、殺されるんです! だから……だか、らッ……!!」


 少女の頬を、一筋の涙が伝った。

初めましての方、はじめまして。

そうじゃない人、お久しぶりです。


本日から新作『灰の街の魔女』スタートです。

今作は、異能力あり、バトルあり、ちょっと百合要素ありって感じの少々ハード風味なファンタジーです。

更新の頻度など、諸々は活動報告の方で一度まとめますので気になった方はご確認くださいませ。


感想、コメントなど、今作に限らずいつでもお待ちしてます。

次回更新は明日の22時ごろ。

今作もよろしくお願いたします。

では、待て次回。

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