海の花婿
「今日はここまでにしとくべー」
「おーう今日もいいぐらいに獲れたな」
「そだな余った分は干しとくべ」
「ワシちょっと水神様にお祈りしてくるわ」
「かなり熱心だなーまぁワシの分も頼むわ」
「わかっとるー」
ワシはここでしがない猟師をしておる。ワシはまだ二十の半ばなんだが周りがワシワシ言うもんでうつってしまったんだ。水神様ってのはここらで奉られている神様のことだ。
まぁワシは水神様だなくて愛しい人に会いに来たんだが。村の隅っこに神社があるんだ。
「おーい来たぞー!」
「会いに来てくれたのですねあなた様」
「あぁ、元気そうで良かった」
ワシと彼女は抱き合った。彼女の尾びれがピチピチと水面をたたく。
彼女は海底に暮らす人魚という奴ららしい。五ヶ月前に怪我をしていたので介抱したんだ。
「お前の怪我が治って安心だ他に痛む所はないか?」
「おかげさまですっかり良くなりました」
「あの時はびっくりしたからなぁ」
あれは…そう確かあんまり魚が獲れないもんだから神頼みしにいったんだが…
「どうしたもんかね…」
別段ワシは神様つうのをそんなに信じている訳じゃないがこの時だけは手を擦り合わせた。
「ん?なんだねこの水音」
神社の裏はすぐ海なんだ。でも魚はいないから好き好んでいる奴はいない。
「おい!どうした!?」
「人間…」
「お前怪我してるのか!?」
「大丈夫です…」
「大丈夫じゃないだろ!、くそ包帯が無いな…これで我慢してくれ」
「…ありがとう」
「襤褸布ですまんね、お前は人じゃないな」
「えぇ…人魚というものです」
「そうか…身を隠したほうがいいかもな物珍しいから」
「あなたは…言わないのですか?」
「何で言う必要がある、しかもこんな美人を教えたら引く手数多だろうが」
「ふふこんな人間は初めてです」
「そろそろ帰らないといけねぇな、じゃあゆっくり治せよ」
「待って下さい…明日も来てくれませんか」
「いいぞ、明日もこっそり来てやる」
家に帰ると上の服が破けとる。と親父が文句を言っていたが転んだと適当に言っておいた。
こうしてワシと人魚の不思議な関係が始まったんだ。確か一ヶ月がたった頃かな。
「よう、傷はどうだ?」
「まだ痛みますが…布のおかげで動けるようになって来ました」
「そりゃ良かったよ、ワシも魚が獲れたんだほらお裾分け」
「ありがとうございます、あなた様」
「さ、様?」
「気を許したあなたにしか言いません、初めてなんですこの胸の高鳴りが」
「そいつは…まぁその嬉しいよ男として」
「では!」
「よろしく頼む、ワシもお前が気になっていたんだ」
そこから四ヶ月ワシは夜な夜な会うことが日課になったんだ。
今日も何も無い。とワシは思っていた。
「あなた様…」
「どうしたんだ?身体が酷く震えておる」
「どうしても…どうしても言わなければいけないことが」
「なんだ?なんでも言うてみ」
「今日で…あなた様に会える最後の機会なのです」
「なっ…それはどういうことだ?」
「私は一族の長の娘なのです、明日の満月私は身を捧げ二度とこの陸に上がれません」
「…そうか明日なのか」
「はい今まであなたに話そう話そうと思っていたのに…」
「…こちらにはこれんのか」
「…私も出来たらそうしたいです、でも一族の掟を違える事は出来ません」
「…ならばワシの事を憶えておいてはくれないか」
「もちろんですあなた様は私が愛した、ただ一人の人ですから」
「それでワシは十分じゃ、抱き締めても良いか?」
「はい、私もそう言おうと思っていたのです」
「…身体は冷えてるな」
「温かいです、私が大好きなとても好きな温度です」
「あぁワシの大好きな人の温度だこの守りたくなる冷ややかな温度だ」
「私は満足です…さぁ行って下さいいつまでもいたら見られます」
「お別れだ、最後は笑顔で見送るさ」
「笑ってくれるのですね…さよならあなた様」
「さよなら…」
彼女と袂を分かち家に帰ると親父が神妙な顔をしていた。
「どうしたね、親父」
「村長が呼んどる、海の花婿についてじゃろう」
「分かった行こうか」
海の花婿つうのはこの村の祭りのことだ。まぁ詳しくは村長の話が良いだろう。
「次の満月、明日に迫っている海の花婿なんじゃが…お前にやって欲しいのだ」
「まてワシは詳しく知らんどういうものか聞かせてもらってよいか」
「あぁ表面は水神様に婿に行くという事なんじゃが裏を返せば…」
「海に身を沈めろ、というわけだな」
「その通りじゃ、ワシらとて未来あるお前に身を投げろとは言いたくは無い」
「しかし災いが来るというのなら、花婿の役謹んでお受けいたそう」
「すまない、こうするしかないのじゃ」
彼女が掟を守っているというのにワシが掟を違える事がどうして出来ようか。
次の日ワシは紋付と袴を着て船を漕ぎ出した。
「はは暗いのうワシを迎え入れるには丁度いい」
「今生の別れだ息子よ」
「あぁ親父今まで世話になった、達者で」
「お前も水神様と達者でな」
「…」
ワシは海へ飛び込み、大きな尾びれを見た後気を失くした。
「…様」
「ん…」
「あなた様!」
「んん…ここは」
「良かった!目を覚ましたのですね!」
「なぜだ?なぜお前が…」
「あぁ!良かった!神様!感謝します!」
「…??」
「あぁすみませぬ!実は…あなた様の村で奉られている水神様というのは私たち、
人魚の事なのですそして一族の長の娘である私の掟とは海の花婿と言われる男と、
結婚し子孫を育む事…だから愛しいあなたと出来るなんて夢のようなのです」
「…ワシは小難しい事は分からんが…お前とずっと一緒という事は分かったぞ」
「ふふそうですね私達に言葉なんて必要ありません…あなたを教えて下さい」
「あぁお前の気がすむまでずっと教えてやる」
次の瞬間唇を合わせ…身体を交えた。