六花を遺す
勉強のことについては、国語以外はあまり頼りにならないけど相談には乗るからいつでも来なさい。
生活面では、うちの学校は校則緩い方だから別に心配はしてないけど、なんかあったら来なさい。
あ、あと式典の時はネクタイ結びなさいね。
んー、それくらいかな。あとは・・・
――――――塔野さあ、どうせ暇でしょ。これ教材室に持ってってくんない?
頼りにならない人のところに相談なんか行かないし、緩いから心配していないというのも頷けないし、人を暇と決めつけるのもどうかと思います。
担任の吉岡教諭に呼び出されたはずなのに、話をしたのは国語科の甲子教諭だった。
校則が緩いとかなんとか言っていたが、甲子自体、波打つ長髪を脱色して淡い茶色にしている。それを見ていたらこれ天然パーマなんだよと長々と自慢された。漫画に出てくるような丸眼鏡。国語科なのになぜか白衣。正しくない日本語を平気で使う。人使いが荒い。
たった三十分で知り得たこと。―――この男にかかわるべきではない。
甲子がだらだらとしゃべっている間、これ見よがしに職員室の時計を凝視していたというのに。あまつさえ、暇でしょ、とは。
ファイルの大量に詰まった段ボール箱を抱え、塔野忍傅は教材室へと急いでいた。
瑶子様を待たせて、早く帰りたいというのに・・・!
もう五時半を過ぎている。習い性で秒数を数えていたので大体合っているだろう。
三十分以上お待たせしてしまったが、とりあえずこれで最後だ。新品のファイルなので重くはないが、量が量なのでかなりかさばる。能力的には一度に運ぶことはできるものの、人に見られては厄介なので人並みのスピードで運んでいたら、予想外にかかってしまった。
「あれ。―――塔野君、帰ったんじゃなかったの?」
急ぎ足で自販機の前を通り過ぎた途端、声をかけられる。
紙パックのジュースを三つも持った男子生徒。
顔のパーツの位置関係から、かなりの童顔といえる。それだけでなく、身長もかなり低い。小学生でも通用するのではないだろうか。――――――――――確か、多賀谷暁彦。
「・・・おれのこと、覚えてる?」
「もちろんです。多賀谷君」
敬語を使われると思ってなかったのか、苦笑する多賀谷。瑶子様の周りにいる人たちは皆総じて呑気なようなので、このまま押し通すことにする。
「――――それで、何か」
「いや・・・さっき宗田さんと帰ってくの見たような気がしてさ。ま、見間違いだと思うんだけど」
帰った・・・?
それは聞き捨てならない。もっとも、瑶子様は早く帰りたい様子であったし、待たせすぎて先に帰ってしまうというのも有り得なくはない。昼の一件で何故か嫌われてしまったようだし。
しかし、自分と一緒に帰ったというのはどういうことか。
「あ、良かったら塔野君も飲む?おれ罰ゲームで汀さんたちに奢ることになっちゃって――――――」
「多賀谷君。帰ったって――――――瑶子様はどんなご様子でしたか?何か、普段と違うところとか」
こちらの剣幕に驚いたのか、目を丸くする。多賀谷の困惑も分かるが、今はそんなことに構っていられなかった。
「いや、普通だった・・・と思うけど。・・・あ、でも、そうだな。言われてみれば、ちょっとぼんやりしてたかも。ほんとは遠くからだけど声かけたんだよ。でも何も反応なくて、遠すぎて聞こえなかったのかと」
「ごめん!」
持っていた段ボールを勢いのまま多賀谷に押し付ける。
「え?あ、わっ」
背後でどしゃどしゃとあふれたファイルが落ちる音。振り返らずに走る。
頭の中で単語がリフレインする。
”だって山の中で声かけただろ、”誰だ”って”
”――――――――――――――誰かの気配が――――――――――――――――”
昼休みのあの時。窓の外から誰かの視線を感じたのだ。いや、”誰か”なんかではない。そんなことをするのは決まっている。瑶子様が感じた気配の正体も――――――――
「それっ、任せた―――――――――!」
「ええ――――――――――――!?」
速く速く、行かなければならない。かけがえのない主人を守るために。
「ああー・・・崩れちゃった」
塔野が走り去った後。廊下に山になるファイルを見て、多賀谷暁彦はため息をついた。
「――――――なんか悪いことしちゃったかな、おれ?」
×××
「瑶子様!!」
――――――――――いない。
それはそうだ。多賀谷も既に帰ったと言っていた。
分かっていたものの、がらんと人気のない教室を目の当たりにしてみると、一瞬くらりとする。
一応一通り見て回るが、瑶子様の荷物は残っていなかった。自分の鞄だけ。
「くそ・・・っ」
分かっていたのに。瑶子様が危険だということは―――――――
それなのに、呑気に手伝いなんかして。多賀谷たちのことを呑気だとか言っておきながら、自分だって。
自分の落ち度だ。守ると言ったのに。必ず・・・!
ひとつ、息をつく。
焦るな。
冷静であることは、相手を出し抜く第一歩。
集中しろ。あいつなら、どんな手で来る?僕を怒らせるためだけに―――――――
自分がやったという証拠を残していくはずだ。そうでないとやる意味がない。
もう一度落ち着いて、教室を見回す。
そして、見つけた。
主人の机の上に無造作に置かれたそれ。
思わず握りしめる。
「好きには、させない・・・・・!」
塔野の手の中で潰れた紙切れには、六花――――――――――六角形の雪の結晶が描かれていた。
前回のアレはしのぶじゃなかったのでした。
犯人は名前だけ出てきてる人です。




