「運命だから」
終業のチャイムが鳴る。と同時に、教室内はがやがやと煩くなり数人が飛び出していった。汀や平井などはホームルーム終了十分前から鞄に教科書類を詰めていた。この時にすぐ飛んでいけるようにする為だろう。瑶子も一度伸びをして、机の横にかかっていた鞄をとった。
「瑶子様、一緒に帰りましょう!」
「広海と帰る」
帰り道が同じなのだから結局一緒に帰ることになるのかもしれないが、いつもいつでも一緒にいるのは勘弁だ。
それにこいつは・・・・
飼い主にじゃれる犬のような笑顔で待っている塔野を見る。
人畜無害そうな顔をしているが、意外や意外、眼鏡を取ると中世的な美男子になるのだ。
なぜか顔の良い男に苦手意識を持っている瑶子としては、あまり長く一緒にいたい相手ではない。
「僕もご一緒します」
「いやだ。てかなんでだ」
「帰宅途中に面倒事に巻き込まれたらどうするのですか。たとえば事故に遭うとか暴漢に出くわすとか。最近は不審者も多いんですよ」
「・・・お前なあ、今は五時だぞ。まだまだ明るいじゃないか」
呆れて言っても、塔野は譲らない。昼休みのお弁当のことでもそうだったが、塔野はかなりの頑固者だ。
「そうだ、心配なら昨日みたいにどこかから見てればいいじゃないか」
うんざりして言うつもりのなかった言葉まで言ってしまう。別に見られていた確証なんてないし、それこそ不審者みたいではないか。
「気づいてたんですか!?」
・・・やってたのかよ!
思わず、といった調子で言ってから手で口を押えている。やはりあの視線は塔野だったのだ。
「だって山の中で声かけただろ、”誰だ”って。あれくらい露骨だったら私だって気づくぞ」
本当はそこまで露骨ではなかったが、調子に乗って話を盛る。・・・まあ、誰だってじいっと見られていたら多少なりとも気づくだろう。
「山の中?」
不審そうに言って、塔野は考え込んだ。
「あら良いじゃない。私と塔野君と、三人で帰れば」
スクールバックを肩にかけて、前の席から立ち上がり広海は言った。
「なんで塔野の肩を持つんだ」
「そんなに嫌なの?塔野君は格好良くて眼鏡で、それで瑶子だけの忍びで、乙女の理想?じゃない」
「なんだ”理想?”って」
「一般的な理想じゃないし、瑶子の理想でもないなら誰得なのかしら、と思って」
広海とこそこそと話す。広海が良いと言うのなら良いのだが…
「塔野―――――。吉岡がなんか用事って」
伝令係にされたのか、部室に(といっても、不法占拠の空き教室だが)飛んで行ったはずの平井がひょいと顔を出す。吉岡とは、学年に何人かいるが先生の方だろう。一年一組の担任でもある。
「!はい。・・・瑶子様、 絶対に、僕が来るまで帰らないでくださいね」
「は?なんで」
これ幸いとおいて帰ろうとしたのがばれたのかと思った。
「・・・瑶子様が誰かに狙われている可能性があります。もしかして、かなり危険かもしれません」
・・・誰が狙われてるって。
怪訝な顔をすると、安心させるようににっこりと笑う。
「心配しなくとも、瑶子様は必ずお守りいたします」
・・・そういった心配はしていなーい!
という間もなく、かなり謎な言葉を残して塔野は平井とともに行ってしまう。
ああまで言われて黙って帰るわけにもいかないので、しぶしぶ自分の席に着く。
「ごめんなさい瑶子、私、今日は人と会う約束があってあんまりゆっくりしてられ無いの」
「え」
用事があるなら仕方がない。広海に話し相手になってもらおうと思っていたが、どうやら別の時間つぶしを考えなくてはならないようだ。
×××
広海も帰り、教室に残ってしゃべっていたクラスメイトも段々と帰り、教室に残されて、一人だ。
読んでいた小説は中盤に入ってスピードダウンし、飽きてきた。親衛隊の方に行けば歓迎されるのかもしれないが、彼らは先生に見つかるたびに活動場所を転々としているので、今どこでやっているのかは分からない。
・・・退屈だ。
塔野はいつまでかかっているのだろう。
戻ってくる足音が聞こえないかと思って耳を澄ませた。―――――校舎内は静かで、いつものような部活動の掛け声はここまで聞こえない。女子生徒のものらしいパタパタという軽い足音なら聞こえたが、塔野ではない。
窓を眺める。空は薄曇り、少し気温が低い。雨が降るという予報は出ていなかったので傘は持って来ていなかった。
時計はもう五時半を回っている。一体何をしているんだか・・・
やることもないのでなんとなく机に突っ伏した。
それにしても、なぜあいつの言葉に律儀に従っているのだろう。待つ義理などないのに―――――先程の会話を反芻して気づく。
ああ、あいつは笑っていなかったからだ。あの地顔――――――なのかにこにこと人を無根拠に安心させる、気安い笑顔ではなく、真剣な顔をしていた。笑顔以外もすることができるのか、と当たり前なのになぜか感心する。
誰かに狙われているかも、と言った。自分は人の恨みでもかっているだろうか?―――――――人は生きて行くうえで、誰かを傷つけずにはいられない生き物だ。聖人君子でもあるまいし、誰からも好かれていると思うほど自惚れてはいない。もともと自分は感じのいい話し方でもないし、無愛想が祟ってあらぬ誤解を受けたり、昔から目立って敵を作る方だった。今でこそ汀や広海たちが居て、そう感じることは少なくなったが―――――
それに今は心当たりがあるのだ。たとえば、佐野とか。佐野は塔野のこと知らないから、何が起こったかさえ分からないだろうけど・・・
佐野は塔野のことを知らないかと言って、私だって威張れるほど塔野のことを知っている訳じゃないな。たかが今日昨日のつきあいだ。汀など「よっきー家の居候=友人」みたいなことを言っていたが、私と塔野は特別仲がいいわけでもなんでもない。私の忍びだとか何とか言っていたが、それも認めたわけじゃない。
考えて苦笑する。結局、あまり皆と変わらないのだ。
―――――――――何もすることがない。
それはつまり暇だということだ。全く意義のない時間が流れていく。ああー無意味だ。
×××
あまりにすることがないので、塔野について知っているほんの少しのことを整理することにした。
律儀で礼儀正しい。誰に対しても敬語。腰が低すぎるくらい丁寧。だけど意外と頑固で自分を曲げなくて、少しぼけっとしたところもある。
気づいているのかいないのか、後ろ髪がはねているのが気になる。大きな丸い目と、中世的な整った顔立ち。これが本当に男かと思うくらい色白で細いが、きっと運動神経もいいし力もあるだろう。剣道ではなかなか・・・というか見る限り私と互角、あるいはそれ以上行くのではないだろうか。とても初心者とは思えなかった。
料理上手だということも知っている。今日の朝食も、弁当も絶品だった。
そして、いつも笑顔で。おかげで話しやすいが、それは本心を見せないということなのかもしれない。本当に楽しくて笑っているのではないのだと思う。
あと眼鏡をかけていて。
・・・・・・・・・
違う。
顔が赤らんだのは、塔野の顔が浮かんであーほんとに似合ってるなー、と思っただけで他意はない。ただ一つ残念なのはあれが伊達だということだ。なんでかけてるんだろう。――――――――いや、もしかけていなかったら苦手指数が30は上がっていたし、私的にはうれしいが―――――――――――――――だから他意はないんだって。
・・・フレームレスなのもよく似合っているし、理由なんてどうでもいいや。
なんで塔野は、私の前に現れたんだ?
いまさら――――――塔野は両親がいないと言っていた。私と同じく。料理だとか、なんでも一人でできるからだろうか、両親を亡くしたのは最近ではないと思う。家族といるのがどうしても想像できない。あれは一人でいるのに慣れている人の空気だ。
もちろんこれは勝手な想像にすぎない。だけどそう間違ってはいないだろう。
ならば、なぜ、どうして。
私の両親が死んだ三年前でも、塔野が一人になったタイミングでもなく、なぜ、今―――――――――――――
私の前に現れたんだ?
「塔野・・・」
「――――――――――――僕が、どうかしましたか?」
「わ――――――――――――――!」
思わず叫び声。なんだ、恥ずかしいな!誰も聞いてないと思ったから呟いたのに、本人に聞かれてしまうなんて。
「いつ、いつだ、いつからそこにいた!?」
机から起き上がって確認する。あ、でもほかに恥ずかしいことはしてないか。
いやでもどうだろう。無意識に何かしてたかも。
「今来たところですけど。何か変なことでも考えてたんですか?」
「別に何もっ!ほら、お前が遅いから・・・・暗くなって来ただろ!早く帰るぞ」
照れ隠しに怒ったふりをして教室前のドアへと向かう。
――――――恥ずかしい。今多分顔が赤いだろう。熱い。
「待って」
「――――――へ」
行きかけたところへ、塔野の手が腕をつかんだ。予想もしなかった行動に心臓がはねる。
振り返る。一メートルほどあると思っていた距離は詰められていた。当たり前だ、腕を掴まれたまま振り返ったんだから・・・。それなのにひどく狼狽する。
なにをしようとしているのか分からない。顔を上げると、まっすぐな視線に射すくめられた。
なんだ。なにをそんなに見ているんだ?
彼の左手が髪に触れた。頭の左横に結んだ束を細い指先で梳く。
綺麗な、器用そうな手先。手首の骨が目立つ。
男とはもっとごつごつしたものではなかったか?こんな細くて綺麗なはずがない。
優しく髪を梳いていた手が耳を掠めた。
「ひゃ・・・」
変な声を出してしまう。――――――――――――――なんだこれ。おかしい。
「ごみが付いてました」
手が離れる。名残惜しいと感じてしまったのは、そう、何かの間違いだ。
「あ・・・そうか」
馬鹿だ、変なことを考えてしまった。塔野が意味もなくこんなこと、するはずないのに。
安堵とともに、羞恥に顔を赤らめた。
彼は眼鏡を取って胸のポケットに入れ、はあとため息をついた。
「前々から思っていましたが―――――――――つくづく、貴女には防衛反応というものがないんですね」
・・・・・え?
おかしい?そうだ、おかしい。腕はまだ塔野に掴まれたままだ。軽く、だったはずなのにいつの間にか力が込められている。なぜ?髪のごみを取るため―――――――――――嘘だ。それはもう済んだ。だったら。
大きな黒い瞳が、すぐ目の前にあった。吸い込まれてしまいそうな。
心臓のあたりがぎゅう、と痛んだ。頭がくらくらする―――――頭の奥の方では、逃げろ、という声がするも、塔野のまなざしに一歩も動くことができない。恐怖ではなく。ふわふわと靄がかかっていくような――――――――――
今度は軽く、だが確かに耳へと指先がふれた。そこからしびれるような感覚が広がっていく。
「さっき。・・・・・・なにを考えてたんですか?」
囁きが耳に届く。まるで現実感がない。夢か幻を見ている時のように。
何も考えられずに、問われるまま答える。
「と、塔野が」
「―――――僕が?」
くすりと笑う。見慣れた優しそうなそれではなく、意地悪そうに口をゆがめた笑み。
そうだ、これは夢なんだ。このごろよく見る、夢の続き―――――――――――――
「なんで今頃、現れたのかって・・・」
・・・そう・・・出会った時、私は、なんで――――――――――
息がかかる。感覚の全てがしびれ、曖昧にぼやけていく。
「・・・・・へえ」
×××
上気した少女の頬に、一筋の涙が流れ落ちた。
とろんとした目をして意識を失った少女を抱え、少年は冷たく笑う。
「それは―――――――――――――――”運命だから”だよ、”瑶子様”」
冷たい笑みを張り付けたまま、少年は少女の唇に自分のそれを重ねた。




