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恋せよ乙女、しのぶれど  作者: eyebox
第二話 その少年、忍につき
6/13

クリームパンが正義だからと言って、他が悪かといえばそうでもない

 

 ―――――――――――――――――クリームパン。


 ふかふかの生地の中に潜んだ濃厚なカスタードクリーム。ただ、カスタードだけでは飽きてしまうだろうという作り手の気遣いから共に生クリームをも挟んだもの、野菜や果物の味をつけたクリームを挟んだもの、どれも素晴らしい。


 シュークリームとは違う。確かにサクサクのシューにクリームという組み合わせもそれはそれでありだろう。あの口の中に広がる感覚はそう大差ないと言うかもしれない。


 しかし。


 しかし、思うのだ。

 クリームパンとシュークリームとの決定的な差とは、[菓子]か[菓子パン]か、ということ。

 それはつまり、主食にシュークリームを選ぶことは許されなくとも、クリームパンを選ぶことは誰も何も言わない、ということ――――――――――――――――――!





 そんな訳で瑶子は今日も、昼休みの購買でクリームパンを手にしていた。

 

 購買では昼食を求める生徒たちでごったがえしていた。人気メニューである焼きそばパンやサンドウィッチ、メロンパンは四時限目の後すぐに来ないと手に入れられないが、クリームパンの購買層はほぼ女子に限定され、売り切れるのは大抵昼休み終了時である。それなのに瑶子は毎日昼休み開始五分後にはクリームパンを手に入れていた。


 なぜならば、クリームパンを堪能するのに時間はいくらあってもいいからだ。


 お目当てのモノを手に入れてほくほく顔の瑶子は、席についてゆったりとカスタードを楽しもうと教室に入った。





「瑶子様、どうぞ召し上がってください」





 そこには―――――――瑶子の机の上には、紺の風呂敷で包まれた重箱があった。

 そしてその横には、さあどうぞ、とばかりに重箱を指し示す塔野。


「・・・・・・・・」


 ・・・言うべき言葉が見当たらない。こういう時スパッと言い返せる人が突っ込みなのだろう。残念ながら、瑶子は昔から広海にボケだボケだと言われ続けている。広海に言われたくはないが、自覚はあるので否定はしない。

 だから私がとっさに何も言えなかったのはしょうがないだろう。


「・・・・・なんだ、ソレは・・・」


「重箱です。一段目は」


「それは見ればわかる。いや中身は開けてないから分からないが、とにかくそういうことじゃなくて、ソレは誰のだ」


「瑶子様の本日のご昼食です」


 はい、ちょっと待とうかー。


 塔野が指し示しているということは塔野が私の昼食用に、と用意したものなのだろう。私がお昼はいつも購買で済ましていることは知らないだろうし、知らぬ間に朝食を作っていた奴のことだ、持って来ていてもおかしくはない。逆に何もしてこない方がおかしいだろう。

 しかし・・・

 折角の厚意はありがたいが、残念ながら私は平日の昼はこのクリームパンと決めている。ここはどうにか断らなければなるまい!


 右手に持っていたクリームパンを、よく見えるように塔野の目の前に高くあげた。


「すまん塔野、わざわざ作ってきて悪いが、私の朝食は既にここにあるんだ・・・」


 だからそれは食べられませんよ、と。一人で食べるか皆で食べるかしてくれ。

 意図を理解したのか、塔野はクリームパンを見てから机の上の重箱へと視線を移した。


 少し悲しそうな顔をして、一言。


「では・・・これは、廃棄処分ということで」


 そういって重箱を持ってゴミ箱の方へ行こうとする。


「!!?なんでだっ!お前が食べればいいだろっ、食べきれなかったら周りに分けるとか持ち帰るとかっ!」


「ですが、これは瑶子様のために作って来たものですし、」


 続きの言葉は聞けなかった。塔野に背後から手をかけた人物がいたからだ。


「とーうっのくーん。麗しきよっきーに声をかけたいのは分かるけど~それは問屋が卸さなくってよ?宗田瑶子に声をかけるには、まずは学級委員長であるこの高崎汀に一言通してもらわないとっ!」


 まずい。非常にまずい。汀や親衛隊が何か言ってくるのは当然だが、塔野のことをどう説明すればいい?


 びしっ、と決めポーズとともに言われて困惑しているのか黙り込む塔野。

 

 ほら~やっぱり変なことになった。いきなりそんなことを言われたら誰でも困惑する。そもそも汀のテンションに即座に対応できる人間は私の知る限り親衛隊と広海、吉岡先生だけだ。


「瑶子、自分のことを抜かしちゃ駄目よ」


 いつから見ていたのか、私の隣に立つ広海。


「本当は、瑶子の妄想が現実かどうか確かめようと昼休みに話しかけようと思ってたんだけど、肝心の瑶子はいつも通りクリームパン買いに行っちゃうし、塔野君は四時限目終わった途端立ち上がって瑶子の机に風呂敷広げだしちゃうし、タイミングがつかめなかったの」


 嘘だ。それだけでなく、「面白そうだったから」黙ってみてたんだろう。

 広海の口角は上がっている。


「でも、なんだか本当みたいね。忍者っていうより執事みたいだけど」


 それは、確かに。


「だから、最初から本当だって言っただろ。・・・私だって認めたくはないが」


「・・・?もう知り合いなんですか?転入生と」


 話がつかめなかったのだろう、多賀谷と平井が不思議そうな顔をする。

 彼らも広海や汀と同じく、塔野と仲良くなろうと隙を窺っていたらしい。ほとんど交友関係も固定されてきたこの時期に転入だなんて、浮くに決まっている。そんな塔野を気遣って、真っ先に仲良くなろうというのである。建前としては「学級委員長だから」、とか汀は言うのだろうが、気のいい奴らだ。


「塔野君は瑶子の家に居候してるのよ。ねえ?」


 同意を求められて、困る。確かにそうだ、その通りだが、ここで「うん」と言っておいて何故と聞かれたときどう答えればいいのか、まだ考え付いていないのだ。「私の忍者なんだ!」とでも言ってどうなる?


「そうなんですか!?それは羨ましい限りです」


 真顔で言わないでほしい。反応に困るじゃないか。


「よし、そうと分かったなら塔野は親衛隊に入るべきだ。親衛隊でもないのに宗田に近づく男は胡散臭いからな」


 では佐野は胡散臭い男となるわけだな。しかし親衛隊自体そんな大層な組織では無かったはずだが。なにせこいつらに何かをしてもらった覚えがない。


「でも、なんで塔野君が宗田さんのお昼を用意してるんだろ」


 多賀谷が平井に向けて呟く。

 

「それは・・・」


「わーっわーっ」


 広海が口を開く。言っちゃうのか!?そんなあっさりと、まあこいつらなら驚きはしても普通に接してくるような気もするが・・・順応性の高さが尋常でないことは知っているが!




「それは、塔野君はお料理が趣味だからよ」




 ・・・・・・・。


「確かにすごいですよねー、重箱二段だなんて。晃太郎だって料理は出来るけど流石に重箱は持ってこれないでしょ」


「まあな。節約のために覚えただけだし」


 ・・・すまない、広海。一瞬でも疑って悪かった。お前が私を困らせることなんて、一年に五回くらいしかないもんな。そんな機会をみすみすこんなところで使うわけがない。きっとお前は、「秘密を作っておいた方が面白いことになると思って」とかなんとか言うんだろう。・・・はあ・・・何故か今言っておいた方がいい気がする。


「秘密っていうのは、面白くなるフラグのようなものなのよ」


 ふらぐ?なんだそれは。よく分からないが、多分考えていたこととそう変わらない意味だろう。


「皆さん、瑶子様のご友人なのですか」


 黙っていた塔野が平井や多賀谷たちを見回して言う。

 うまく誤魔化せた、と一息つくにはまだ早かったか!ただの居候が様というには不自然すぎる!


「うんっ、友人っていうか、みっきーはそうだけど私たちはファンっていうかっ!」


 ファン、のところで堂々と胸を張り、胸ポケットから「親衛隊」とロゴの入った腕章を取り出しつける汀、平井、多賀谷。いつの間に作ったんだ。恥ずかしいからやめましょう。


「でも、塔野君てよっきー家の居候なの?なあんだ、どうやって仲良くなろうか色々考えてたのにー」


「?はあ・・・」


「なら話は早いっ!あんまり時間もないことだし、皆でご飯にしようっ!」


 汀の宣言に、それぞれ私と広海の机の周りに机を移動させて昼食を広げだす。言葉通り、もう授業まで十分もない。皆”様”ということに突っ込まないので、自分からは藪をつつかない。あだ名ということにしてもらおう。


「え?あの・・・」


「お前も座って食べろ。ほんとに時間ないぞ」


 まだ立ったままぼんやりしている塔野に、空いている椅子を勧める。もしかしてまだ分かっていないのか。


「あ、分かんないこととかあったら、何でも聞いてね。よっきーのスリーサイズとかは金額に応じてってとこかな」


「そんなもの教えなくていい!って、なんで知ってるんだ!?」


「えっへっへー、体育の時間は油断しちゃいけませんよ~?」


 サンドイッチを食べながら、にやりと笑う汀。くそう、なんという奴だ!


「まあとにかく、よろしくってことよ」


「おれ、多賀谷暁彦。よろしくね、塔野君」


「親衛隊の平井晃太郎。繰り返しになるが、これからよろしくなー、塔野」


 だからつまり。


「こちらこそ・・・宜しく、お願いします」


 折り目正しく頭を下げた塔野に、皆が笑いかけた。





    ×××




「・・・塔野、食べないのか」


 クリームパンの包装を開けはしたものの、塔野が重箱を開けもしないのでなんとなく口をつけれずにいる。


「これは瑶子様のために作ってきたものなので」


 瑶子様のために。

 ・・・そう言われると罪悪感を感じるじゃないか!


「・・・私はクリームパンがあるって言っただろ。それにお前は何食べるんだ?もったいないから食べろ」


 気を取り直して、問う。まさかなにも用意してきてないとか言うんじゃないだろうな。


「僕がこれを食べるのは分不相応ですから」


 笑顔のまま、塔野は表情を変えない。もしかしてこいつ、結構頑固なのかもしれない。


「それなら瑶子がその重箱食べればいいじゃない」


 広海もそんなことを言う。


「そうだよねー、食べないのはもったいなーい」


 そういいつつ、勝手に広げだす汀。おい待て、おかしくないか?勝手に作ってきたのは塔野なんだぞ?

 一段目は、中心に焼き魚、周囲に六種のおかずが並べられ見栄えも美しい。二段目にはひじきと鶏肉の混ぜご飯。

 ――――おいしそうだ。重箱とはいえ、小ぶりなので量は思っていたより多くない。


 ふと、塔野の眼鏡の奥の瞳と目が合う。笑顔だったので何とも思わなかったが、実は食べないと言ったのを気にしているのかもしれない。

 そんなことを思ったのは、塔野が一瞬さみしそうな顔をしたように見えたからだ。気のせいかもしれないが―――――迷子の子犬。そんな印象を抱かせる。別に不味そうだから、とかいう理由で断った訳ではないのに。


 ・・・・・・。


「・・・やる」


 袋に入ったままのクリームパンを差し出す。


「まだ口はつけていない。・・・まあ、そんなに食べてもらいたいんだったら、食べないでも、無い」


 まあ、あれだ。気が変わったのは、やっぱり塔野は眼鏡が似合う、というところにあるんだと思う。それで心動かされて。相手が好みの顔をしている、というのは厄介なものだ。

 それに、せっかく作ってきてくれたのに悪いし。朝食は美味しかったし。って、だれに言い訳をしてるんだ!?


「有難うございます」


 いくらかほっとしたように、心底うれしそうに笑う塔野。素直にクリームパンも受け取った。


 私はといえば、その笑顔を見た途端に顔を後ろへ逸らしていた。うれしいとか気恥ずかしいとかいう感情がごちゃ混ぜになってどんな反応をしていいか分からなかったのだ、たぶん。

  






「・・・あの、瑶子様」


「・・・なんだ」

 

 やはりご飯は美味しかった。それに夢中になっているふりをして、目は合わせない。


「・・・えっと―――どうかしましたか」


「なにが」


 黙々と食べ続ける。

 塔野が困っているのは分かるが、こちらにも顔を上げる余裕がないのだ。


「クリームパン、美味しいです」


「そうだろ!?お前もそう思うよな!?」


 そう・・・クリームパンは正義!至高の食べ物だ。今日食べれなかったのは悲しいが、塔野がこれでクリームパンを好きになってくれればもう望むべくもない。


 勢いのまま顔を上げると、そこには満面の笑みの塔野。


「わああああー」


 どっきどっきどっきと心臓の音がうるさい。駄目だ、恐るべし眼鏡の破壊力。もう見ることはできない。


「・・・・えーと・・・定永さん、もしかして瑶子様は怒っているのでしょうか」


「違うと思うわよ~?あ、そだ塔野君、ちょっと眼鏡外してみてくれない」


「え?なになに、どゆことみっきー」


 既に食べ終わった平井や多賀谷、汀達も奇妙な顔をしてこれまでの流れを見守っていたのだ。


 そうだ、眼鏡をかけていなければ塔野なんて怖くはない!なんで今まで気づかなかったんだ!


「え?・・・いや、遠慮させていただきます」


「な、なんで!?目が3になるから!?」


「汀さん、それは流石にアニメの見すぎですよー」

 

 汀の発言に突っ込む多賀谷。

 皆に囲まれ、困ったように笑っている塔野。


「・・・でも、なんで?そんなに目が悪いの?」


「いえ、伊達なんですが・・・・」

  

 ならばなぜ断る!


「・・・・ずせ・・・」


 目を合わせないように下を向いて言うと、地の底から湧きあがるようなおどろおどろしい声が出てしまった。

 

「よっきー?」


「そ・・・その眼鏡を外せ!それのせいでお前と目を合わせられないんだからっ!」


 言ってしまった。で・・・でも、この台詞からだけだったら私がメガネ好きだということは分からない・・・はずだ。


「は・・・はい」


 剣幕に驚いたのか、塔野は素直に眼鏡を外す。それがいけなかった。


 おおお~。

 という、どよめきの声。広海が小さくまあ、と呟いた。


 そこにいたのは―――――――――


「かっこいい・・・!」


 色白な肌に細身。眼鏡に隠されて分からなかったが、ぱっちりした大きな瞳。中世的に整った顔。

 

「く・・・・くそお。男の敵め・・・・!嫌味か!」

 

 最初に衝撃から回復したのは平井だった。


「へえ。なかなか可愛い顔してるじゃない」


「かっこいい~」


 好反応の女子二人に比べ、微妙な顔の男子二人。


 私は―――――――――――――――


 私は、鳥肌が止まらなかった。


「ひ・・・・ひやああああああー」


 耐えられずに廊下へと退散する。酷い!裏切りだ!こんなのってない!こんなの――――――こんなの、不意打ちだ――――――――――――!



 

「・・・そういえば、瑶子はイケメンが苦手だったわねえ・・・」


 悲鳴を上げながら逃げていく瑶子にぽかんとする全員。説明する一言をぽつりと呟き、定永広海は嘆息した。


「―――――だから、嫌だったんですが」


 当人の溜息に笑いに包まれる教室の中。

 

 塔野忍傅は一人振り返り、雲の多くなってきた空を映し出す窓を見つめた。




 ――――――――――――誰かが、こちらを見ている――――――――――――――?


 








 瑶子叫んでばっかりですね(笑)

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