時期外れの転入生
「はあ・・・」
朝から大変な目にあった。怒ったお祖父様の相手は主に塔野が受けていたが、その前の説教で精神力を消耗した。まあ、あのお祖父様の相手が出来るくらいなのだから塔野も少しは心得があるのだろう。剣道の経験はないとか言っていたが、まるっきり初心者の動きではなかった。・・・そういえば忍だとか言っていたし、昨日の佐野を倒した動き(体術なのかなにか、忍者だけに飛び道具でも使ったのかよく分からないが)といいなにか武道をやっているのかもしれない。
ホームルーム前のがやがやと騒がしい朝の教室。遅刻しなかったのを良いことに、瑶子はだらしなく机に突っ伏していた。
前の席の女子生徒が振り返る。面白そうに笑みを浮かべた彼女は、定永広海。
「どうしたの瑶子、元気ないじゃない。婚約相手を誰にしようか悩んでいるの」
「誰でもよりどりみどりー、みたいに言うな。それに、別に悩んでいたわけじゃない」
明らかに面白がっている広海に抗議するため上半身を起こす。
「あら。恋煩いなら相談にでも乗ろうと思ったのに、つまらない」
つまらなくて結構。人が悩んでいるのを見て面白がるものではない。・・・悩んでないが。
広海は椅子を横向きに腰かけ、こちらに乗り出して机に片肘をついた。
「それで、佐野先輩とはその後、どうなの」
「どうもこうもない。もう片付いた」
終わらせるのには、最悪の形で。
どういうことか、と怪訝そうな顔をされたが、詳しく説明する気は起らなかった。
正当防衛になるかもしれないが、佐野には怪我をさせてしまった。倒れて気を失っていたので、これ幸いとばかりに放って帰ってきてしまったし、悪いことをしたと思う。
いいタイミングで塔野がやって来たから良いものの、もしあのまま事態が進展していたらどうしていたんだ。というか告白されたのは思わせぶりな態度をしていたからかもしれないし、あの状態になるまでに、他にやりようがあったのではないかと反省する。
・・・後悔はしない。
私にも落ち度があったのだろう。少なくとも間抜けだったことは確かだ。けれど、やはり佐野はやりすぎたのだ。
そう、自分の中では区切りをつけることにした。のに・・・・
なんでこんなに、もやもやするんだろう・・・・?
・・・いいタイミング?
ふと、違うことに気づく。ただよかったよかったと喜ぶのは、都合が良すぎはしないだろうか。
もしかして塔野は現れるタイミングを図っていたのではないだろうか!?
昨日のことがまざまざと思い出される。一度目は山の中で、二度目は昼休みこの教室で、確かに視線を感じたではないか!
出てくるタイミングもこれ以上ないと思われるほど良かったし・・・!
考え付いてみると、きっとそうだという確信に変わる。
――――――まあ、しかし。たとえ塔野がそれまで私を監視していたとしても、塔野が私を助けてくれたことには変わりない。素直に感謝しておけばいいのだ、と思う。
「そんなことより、聞いてくれ広海。昨日はもっと大変なことがあったんだ・・・」
×××
「「「いただきます」」」
三人で手を合わせ、めいめい箸をとる。
・・・三人で。
この食卓に三人が座る日が来るとは思わなかった。
宗田家は外から見るといかにも純和風の日本家屋だが、老朽化に伴い手を入れ、食堂や居間は床をフローリングにしている。
もちろんちゃぶ台なんて置かない。正方形のテーブルに、椅子が四つ。頑固なお祖父様は最後まで反対していたそうだが、ならば私たちはここには住みません、この子が生まれても顔を見せに来てもあげません、という遥子さんの言葉に折れたそうだ。
遥子さんと祥直さん。二人が生きていたころの話である。
中一の時に両親が一度に死んでしまってから、この食卓が二席以上埋まることはなかった。
それが―――――
「おおー!しのぶクン、お料理も上手じゃのう!ほれ、瑶子も食べてみい、旨いぞ~瑶子の料理より」
「有難うございます。そう言われると、作った甲斐がありました」
食卓に並ぶのは、焼き鮭、法蓮草の和え物、ご飯になめこの味噌汁、ウサギの林檎。
納豆好きのお祖父様には納豆を、他に胡瓜の浅漬けなども出してある。
それは完璧な朝ごはんだった。
「しょうがないでしょう!いつも稽古の後に急いで作ってるんですから」
こんな立派な朝食を食べたのは両親が死んで以来だ。
・・・確かに美味しいことは認めよう。鮭の焼き加減、味噌汁の味、どれをとっても申し分ない。
しかし、ちょっと待て。
「一体いつ作ったんだ、こんなもの・・・」
隣に座る塔野に話しかける。既に食堂に用意されていたのである。聞けば、塔野が作ったというが―――――
塔野は一瞬きょとんとして、それから微笑んで当然のように言う。
「朝稽古の前です。先に作っておけば、遅刻する心配もありませんし」
「稽古の前って・・・何時に起きてたんだ?」
「四時半くらい、でしょうか・・・夜が明けるころですね」
夜明け。――――――早起きは老人の専売特許と思っていたが、お祖父様よりも早いじゃないか。
「な・・・なんでそこまで。お前がやる必要性がどこにある」
少し遅刻気味なこともあるが、私が稽古の後作るのでも十分間に合うのに。
「僕は瑶子様の忍ですから。主人のために食事を作るくらい当然です」
少し誇らしげな様子の塔野。何故。
「私は、私がお前の主人だなんて認めた覚えはないぞ。朝食を作ってくれるのは有難いが、そんな理由でなら結構だ」
「・・・それでは僕のいる意味がありません」
「なぜそうなる。身寄りがなくなったから、古い知り合いを訪ねる。丁度うちの家は広くて余ってるからお世話になる。それでいいじゃないか?・・・お祖父様も何か言ってやってください」
私が言うだけでは説得力に欠けるかと思い、お祖父様に振る。年の功、というか老人の意見は尊重すべし。お祖父様に言われれば、塔野のこの腰の低さも改善するだろう。
「瑶子。そう言わんで、付き合ってあげなさい。それにのう、しのぶクンも正真正銘、宗田家の忍なんじゃし」
「はあ!?どういうことですか、しかも正真正銘、って!」
思わぬ(敵方への)援護射撃を受けて、瑶子は祖父に詰め寄った。
・・・誰も何も言わない。
お祖父様は言ったっきり味噌汁をすすって素知らぬ顔をし、塔野は地顔なのかにこにこ笑っている。
な・・・な・・・
「・・・では、改めて、これから宜しくお願いしますね」
なんじゃそりゃあ――――――――!
×××
「――――――てなことがあったんだよ、今日の朝は」
昨日塔野が現れてから、佐野のことをぼかして今日の朝までのことを一通り、話して聞かせる。
「ふううん?それはとても奇想天外な出来事ね、私にもそんな忍者さん現れるといいのに」
広海は一応目を丸くはしたものの、信じてはいなさそうだった。なんせあまり驚いていない。凝った冗談ね、とでも言い出しそうだ。
「・・・うそじゃないぞ。私がここまで長い話を考えられるわけないだろう」
「そうねえ、そこが唯一不思議なところなのよねえ。フェチが行き過ぎて、ゲームの話を現実だと思い込んでしまったっていうのが一番ありそうな話ね」
「ひとをイタい目で見るな!塔野の眼鏡は関係ない、あと私もフェチじゃない!」
あらぬ誤解をされてしまった・・・!見解の相違だ。意思の疎通ができないとは、なんと悲しいことだろう。
キーンコーン、と予鈴の音が鳴る。がたがたと級友たちは席に着き、広海も前を向いて座りなおした。
誤解を解き損ねてしまったが、まあしょうがない。広海には放課後にでも家に寄ってもらおう。
「おはよう、一組の諸君。そろそろこの学級に慣れたころだろうと思うが、ここで新たな仲間を紹介する」
いちいち台詞が大仰な吉岡先生。若い男の先生だが、年の割に老成している・・・いや、ここは落ち着いた、という表現がふさわしいか。
それにしても、入学して一カ月、という時期に転入生とは。高校自体転出入は難しいというのに、よりによってこの時期だ。どんな事情だろう。
教室内はどんな人だろうか、という期待とようやく馴染んだのに、とか否定的な意見とでざわめいた。
先生は教室の前の引き戸に合図をする。
からり、と入ってきたのは―――――――
学校指定の襟のある濃いグレーの上着に、黒いタートルネック。上着に入ったラインは緑だ。つまり男子である。ネクタイは結んでいない。
かつかつと黒板に転入生の名前が書かれた。当て字なのか、すんなりとは読めない。けれど私は、その読み方を知っていた。
「塔野忍傅です。家庭の事情でこちらに越してきました。これから、宜しくお願いします」
一礼する転入生に、ざわめく教室の中。
「瑶子。・・・もしかして塔野君て、瑶子のどストライクなんじゃない」
広海が前を向いたまま何か呟いた気がしたが、瑶子は驚愕してそれどころではなかった。
先生に指示された席(広海の左斜め前だった)に座る前に、塔野は瑶子の方を見てにっこりと笑う。
口だけ動かして言う言葉は予想できた。
『これから、宜しくお願いしますね』




