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恋せよ乙女、しのぶれど  作者: eyebox
第二話 その少年、忍につき
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夢だけど、夢じゃなかった

「お探ししておりました、姫」


 膝をついていた十五、六くらいの少年は、軽く顔を上げてやわらかく笑んだ。

 眼鏡の奥の瞳は、驚くほど優しく細められていて。


「やっと、会えた・・・・」


 目頭が熱い。風になびいた髪が一瞬視界を遮った。

 

 気がつけば私は、赤や黄に色づいた落ち葉を踏みしめていた。

 鳥の声さえ聞こえない、静かな静かな山の中。

 見渡す限り一面、紅葉した葉が広がってまるで海のようだった。


 きれいだ、と思う。


 春の桜ややわらかな新芽。夏の生命力に満ちた若葉。冬の雪化粧した木々、痛いくらいに清澄な空気。


 どれも心奪われるが、そのどれよりもこの季節が一番美しいと思う。

 華麗に着飾った木々。冬のにおいが微かに混じり始めた気まぐれな風。風に吹かれてはらはらと踊る葉。突き抜ける青い空。

 そして、この一面の赤と黄の洪水――――――



「愛しています」


「ずっと、愛しています。心から―――――――」





    ×××





「わあああああああっ!」

 

 言ってない!そんなことは言われなかった!はははまったく、また夢と混同してしまったよ・・・

 

 ・・・夢?


 そうだ、何をこんなに狼狽しているんだこれ自体夢なんだから他の夢と混ざったって別に――――


 悲鳴を上げて飛び起きた瑤子は、やれやれとばかりに首を振って肩をすくめた。どうも最近、間抜けなことばかりやっている気がして恥ずかしい。


「お早う御座います、姫」


「ああ、おはよう・・・」


 って、え?


 すぐ横を見ると、袴を着た少年が正座していた。夢の中と同じ、眼鏡にはねた黒髪。なにが嬉しいのかにこにこと笑っている。


「わああああああああーっっっっ!」


 瑤子は本日二度目の悲鳴を上げて布団の中に潜った。





     ×××





 瑤子の自室である畳敷きの八畳間。畳が傷むので、カーペットの上に勉強机と本棚、そしてクローゼット。全身鏡に、柔道着を着せた大きなくまのぬいぐるみ。押入れひとつ、南向きの窓ひとつ、天井には蛍光灯・・・・で、布団の上にはパジャマ姿で正座した瑤子。

 瑤子の正面には袴姿で背筋を伸ばして正座した少年が居た。


「なんでお前が此処にいるんだっ!?」


 先程は条件反射で挨拶してしまったが、居るのが当然と思っていたわけではない。


「何故、と言われましても。昨日、宗田家にお世話になると挨拶したではありませんか」


 笑顔のまま、何故そんなことを言われるのか見当もつかない、というように一言。


 そう、夢ではなかったのだ・・・・昨日の放課後、佐野先輩から助けてもらってから礼を言って別れるまではいいものの、それから家に帰ったらこいつ―――――塔野忍傅とうのしのぶがいたのだ。


 塔野曰く、自分はこの宗田家に仕えていた一族の末裔で、次の当主であるご息女に仕えるため、馳せ参じ参った―――――のだ、そうだ。

 帰ったらすでにお祖父様まで了解済みで、意味分からん何だその時代遅れな設定は、そんな簡単に信じてもいいのか・・・とか、言い出せない状態だった。


「ちっがあう!・・・それは百歩譲って良いとしてだな、なんで私の部屋に居るんだってことを訊いているんだ!」


「僕は姫の忍ですので」


 答えになっていない。


「・・・・姫って呼ぶな・・・」

 

 あきらめて、他の事を言う。

 言われるこちらが恥ずかしい。・・・それに、認めてはいけないような気がするが、その・・・眼鏡がとても似合っているのだ、彼は。なんていうか、それはとてもずるいと思うんだ・・・


 見ていられなくて目をそらす。見たい気持ちもあるが挙動不審になる可能性を考慮しての行動だ。まだ理性が勝っていることに安堵。


「では、なんとお呼びすれば」


「瑤子でいい」


「瑤子様とお呼びしますね」


 さ・・・様・・・どうなんだろう、まあ姫呼ばわりよりは恥ずかしくないが。ていうか話通じないなこいつは。


「・・・呼び捨てでいい」


「そんな訳には。僕は瑤子様のしもべですので」


 しもべ・・・!およそ同年代の異性から聞くはずのない、恐ろしい言葉を聞いてしまった、今・・・!

 ど・・・ええ・・・すまない、キャパオーバーだ。とりあえず聞かなかった方向で。


「私はなんと呼べばいい、」


「お好きなようにお呼びください」


 少し困る。下の名前は呼ぶのに少し抵抗があるので、


「・・・塔野。もうひとつ訊くが、朝っぱらからなんで袴を着ている」


 袴、とはいっても、紺に染め上げた剣道の練習着だ。

 ああ、と今思い出したかのように自分の着ているものを見る塔野。


「今日から佳正よしまさ様に朝稽古をつけて頂くことになったんです。瑤子様もされているということで起こしにきたのですが」

 

 佳正。お祖父様の名前である。


「そ・・・」


 勢い良く振り返って枕もとの時計を見る。五時四十五分、という表示。朝稽古は五時半からなのだが―――――


「そういうことはもっと早く言え――――――!」




 お祖父様が鬼のごとく怒っていたのは、言うまでもなく。









 

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