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恋せよ乙女、しのぶれど  作者: eyebox
第一話 紅葉の誓い
3/13

それを人は[運命]と呼ぶ

 

[ 一年一組 宗田瑶子様


 大事なお話があります。二人きりで話したいので放課後校舎裏まで来てください。


 待ってます。


                                三年五組 佐野佳樹さのよしき]


 既に放課後だ。ホームルームが終わってさあ帰るかー、と下駄箱を覘いたら手紙が入っていた。

 運動部が練習を始めたようで、遠くから準備運動の掛け声が聞こえる。それから吹奏楽部のまだ曲になっていない音楽。玄関からは帰宅部だろう人々ががやがやと出ていく。

 幸い、近くに人はいない・・・親衛隊はクラブ活動(ただし非公式)があるし、広海は委員会で今日は一緒に帰れないと言っていたし、私は部活にも委員会にも参加していない。つまり帰宅部だ。


 でももし委員会だとかで遅くなるまで下駄箱を見なかったら佐野先輩をずっと待たせていたのだろうか。・・・まあいいか、わざわざ待つって書いてあるもんな。第一遅くならなかったし。


 佐野先輩、佳樹という名前だったのか。振った人の名前も知らなかったというのは(というよりも、気にならなかったというのは)少し問題があるかもしれない。でもそれくらい、名字と顔ぐらいは知っていても、何度かしゃべったことがあるくらいでほとんど面識もなかったのだ。

 告白されても困る。・・・振ったのはそれだけが理由ではないが、それはそれ、これはこれだ。


 そこまで考えて、用があるならと行く気になっていたのだが。



 ・・・待て、振られた相手にいまさら何の用があるんだ?もしかして告白のし直しだろうか。そこはかとなく文面からはそんな香りがする。


 ここで問題なのは、告白された場合受けるかどうするかということだ。

 一度振ったのだからまた同じようにすればいいのだろうが、一昨日と今日では状況が違う。一刻も早く恋人を――――もとい婚約者をつくらなければならないのだ。


 どうする、受けるか?

 佐野先輩がどうであれ、今この状況で付き合うという決断をするということは私的には結婚を前提として、ということになるのではないだろうか。

 佐野先輩と私は生涯を共にすごせるだろうか!?



「・・・ばかっぽいな・・・」



 はあ、とため息。

 まだ先輩が私のことを好きかどうかさえ分からないのだし。

 無視して帰るにも、待つという先輩に申し訳ない。


 下駄箱から革靴を出し、手紙を丁寧に畳んでポケットに入れる。


 私は先輩に会いに校舎裏に向かった。






    ×××






 佐野先輩、という人のことをもっと詳しく説明しておこうと思う。

 もっとも私自体そんなに多くのことを知らないから詳しいというほどのものではないのだが。


 佐野佳樹、十七歳。三年五組。(本名は今知った)

 頭がいいのかどうかは知らないが、運動は得意なんだそうだ。確かバスケ部の副キャプテンだったはず。

 初めて会ったのは入学式の日。落としたハンカチを拾ってもらったのだが、優しそうで感じが良かったのを覚えている。それから廊下で会ったら挨拶するくらいの間柄だったのが、一昨日告白されたというわけだ。

 容姿は、広海も言うように整っている。切れ長の瞳、とおった鼻梁、背は高いしスポーツマンらしい体格をしている。あと髪が長めで茶色い。少しくりくりしている。で、眼鏡は似合わない(重要)。

 

 うちの高校は校則が緩いので、染めているからと言って校則違反にはならない。私の髪も栗色だが、染めているのではなく曾祖父がハーフだったからで、隔世遺伝というやつで少し濃く出てしまったのだ。



 で、今。その佐野先輩に呼び出されて校舎裏だ。

 木々が多く、丁度太陽からは陰になっている。部活生徒もこの辺を使ってはいないのか、音が遠い。人通りも少ない。

 いわゆる告白スポットというやつである。


「久しぶりだね、瑶子ちゃん」


 たった一日ぶりですが、そうですね。


「すいません、待ちましたか」


 先輩はけだるそうに校舎の白壁によりかかっていた。木漏れ日の黄色い光が顔にあたって綺麗だった。


「いや?俺も今来たところだから」


 振ってしまって怒っているかと思ったが、前と変わらない態度に安心する。


「その・・・えっと、何の用ですか」


 言い方がきつかっただろうか。それとも、まず一昨日のことを何か謝るべきだっただろうか?

 こういう経験がないので困る。


「何の用って・・・」

 

 苦笑されてしまった・・・変だろうか、今の発言。


「大体予想、ついてない?」


 少し考えましたが馬鹿らしかったのでやめました。


「一昨日のこと、ですか」


「そ。で、答え、聞かせてもらえるかな」



 ・・・・・は?




 いやいや、答えってアナタ、私一昨日はっきり「お断りします」って言ったじゃないですか!?

 聞いてなかったんですか、もしかしてなかったことにされてんですか!?

 

 先輩の顔を盗み見る。―――――余裕のある笑顔だ。・・・断るはずがないと思っているということだろうか?

 ・・・断るはずがない?


 もう一度、今度はじっくりと先輩の顔を見た。


「・・・なに?なんかついてる?」


「いえ。お断りします」


「・・・は?」


「お断りします。私は先輩と付き合うつもりはありません」


 きっとこの人はとても自分に自信があるのだろうな。

 スポーツマンで顔が良く、そのうえ優しいとあればもてるのも理解できる。私だって今までは少しの間悩むくらいには先輩のことが好きでした。その優しさが、表面的なものだと気が付かなかったから・・・・(なんてな)



 それに何より、あなたは眼鏡が似合わないでしょうっ!?



 ざしゅ、と先輩の靴裏が地面の上をすべる。一歩、間合いがつめられる。

 ・・・実力行使にでるつもりだろうか。剣道中等部全国準優勝をなめるなっ!


「なんで?」


「なんで、と言われましても・・・」


 だって先輩は眼鏡似合わないじゃないですか!・・・なんて言えないな。もうそれが全てなのだが言ったらこれはキレられるきっと。

 先輩はもう笑っていない。いつも優しそうだった先輩を思って、少し怖くなる。

 ずしゃ。

 もう一歩、間合いがつめられる。間の距離は一メートルくらい―――――一瞬でつめられる距離だ。一歩、私も下がる。


「俺と君が付き合えば、」


 腕をつかまれる。

 ・・・ピンチだ!

 途中で気が付いたのだが、剣道がいくら強いからと言って竹刀を持っていなければ意味がないのだ。ただの女子高校生だ、今の私。


 振り払いたくても、力が強くて無理だ。―――おい、馬鹿か私!なにがなめるなっ!だ頭大丈夫かさっきまでの私!?


「やめ・・・」


「美男美女のカップルだ。きっと絵になるよ?俺とつり合うのは君しかいない。逆に、君がつり合うのも俺しかいない」


 つかまれた左腕が痛い。先輩―――――佐野との距離はもう半歩ほどしかなかった。


「やめろ・・・!」


 急所を蹴ればいいんだ。

 だけど気づけば佐野との間には足を振り上げるほどのスペースもなかった。

 

 空いている右手で腹に一発入れればいい。

 そう思っても、なぜか体が動かない。自由になるのは口だけだった。

 恐怖しているのだろうか?こんな男に?

 


「残念だな」


 つっ、と佐野の指先に顎をつかまれる。顔が迫ってくる。


 気持ち悪い――――――




 助けを呼ばなくては・・・・・・!







「誰か、助けて―――――」






 くすり、と歪んだ微笑みの佐野。

「無理だよ。ここには今の時間誰もぶっ!」




 もぶっ?




 

 ドンという音。目の前で困惑したままの顔で佐野が倒れていく。

 瞬間、腕が引っ張られる。佐野が手を離さなかったから。そのまま倒れこみそうになるのを後ろから抱きとめられた。 




 ・・・え?

 なんだこれは?




 訳が分からない。

 待て、まず状況を整理しよう。佐野にキスを迫られて、助けを求めた。そしたら横から何かの衝撃で佐野は倒れて、多分意識不明?


 ・・・整理しても全然わからん。まじでわけわかめだ。




「大丈夫ですか?」


 耳元で囁かれて心臓がはねる。

 そうだ、誰かに抱きとめられたのだ。


「だ・・・大丈夫だ、有難う」


 振り返ると。


 がつん、と何かで殴られたような気がした。もちろんそんな訳はない。けれど――――


「お前は・・・」


 初対面の人間をお前呼ばわりなどしない。ただ、自然に口から出てしまった。


 

 強烈な既視感――――でも、会った覚えなどない。


 なんだ。なんなんだこの感覚は?


 ざあっ、と風が吹いた。若葉がどこかへ飛んでいく。頭の横で髪がなびいた。


 


「お探ししておりました、姫」




 はねた黒髪。フレームのない眼鏡。高校の敷地内だというのに制服は着ていない、同い年くらいの男。

 

 彼は微かに微笑み、静かに膝をつく。


「ひめ・・・?」



 今は夏なのに、なぜか脳裏で赤や黄が踊った。目の奥が熱い。なんだ?なんだこれ?


 つうと頬を一筋、涙が流れていく。


 

 なぜ泣いているんだろう。こんなことが前にもあった・・・

 

 



 ―――――――――――お守りします。この命に代えても―――――――――――




 彼はそんなこと言わなかった。ただ、頭の中に浮かんだのだ。

 そして私はなぜ泣いているのか訳も分からず納得した。





 「やっと、会えた・・・・・」




 人は懐かしさで泣くのだ。



 彼は塔野忍傅とうのしのぶと名乗った。


 [何か]が始まるには少し遅い五月。

 けれどそれは静かに、そして確実に廻りだしていたんだ――――――――――



 それの名前を[運命]と呼ぶ。



 







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