安らぐには早すぎる
偽塔野が驚きを見せたのは一瞬だけで、すぐににやにやと口角を上げた。
「だから俺が塔野だって」
「違うな」
言い切ったのは良いものの、証拠はない。
根拠のようなものはあるが、それは偽塔野の「本人である」という主張以外の全てが真実でないと成り立たない。適当な偽塔野の言動からだけでは嘘か真実か判断ができないし、またたとえ真実だったとしても荒唐無稽な作り話のようでにわかには信じがたい。理由にするには不十分だということも分かっている。
顔も体格も声も、すべてが同じなのだ。本人だというのが一番可能性が高い。そもそも、私は塔野の笑顔は真意を隠すためじゃないかとか、あれが素だとはとても思っていなかったのだから。
しかし、それでも違うと言ったのは、その荒唐無稽な作り話、一般に常識のある人間ならば眉をひそめるであろう仮定に基づいた推論が正しい、と直感が告げていたからだった。
自分には常識がないと言うつもりはない。人並みの常識と価値観を持っていると思っている。
だというのにその推論にたどり着いたのは、皮肉にも塔野のお陰なのだから笑えてしまう。
「・・・慣れている、というほどでもないが。不本意ながら、この顔なのでな」
言いながら軽く自分の顔を指す。自分にとっては厄介ごとの種でしかない。先日もこれが理由の一端であろう不快な出来事があった。・・・思えば、小さなころからの諍いや面倒事のそもそもの発端だったような。まったく、神様もせめて目立たない容姿を授けてくださればよかったのに。
栗色の髪は黒髪の群れの中では一人浮いてしまうし、オレンジと言ってしまってもいいような茶の瞳は眩しい日光に弱いのが難点だ。とにかく派手なことは確かである。
美しいとかいう奴もいるが、言わせてもらえば、ただ外国風の顔立ちを有難がっているだけだ。
偽塔野は怪訝な顔をしてこちらを見た。
「それに、宗田と言えばここらじゃ有名な旧家だしな。まあ実際のところ、そんなに大層な財産はないんだけど」
土地持ちでも金持ちでもない。立派と言えばあの家くらいで、余裕はあるものの贅沢ができるほどの蓄えはなかった。
もっとも、他人の目にどう映るかは別の話。
「誘拐されるのは初めてじゃないんだ。だから、少しは経験があるというか」
まさか高校生にもなってこの経験が役に立つとは思わなかった。人生、何が起こるかわからないとは本当で、誘拐したと言われただけで妙な落ち着きが生まれてしまった。
「・・・なんて言えばいいのかな。これが誘拐なんだったらお前は本物の塔野ではないし、塔野がほかにいると思えば何も心配することがなくなってしまった」
偽塔野は荷物は教室においてきたといっていた。戻ってきた塔野は私が居なかったら異変に気づくだろうし、遅かれ早かれ助けが来るということだ。
「・・・なんで解ったのか、教えてくんねーかな」
開き直ったのか、偽塔野は別人であることを認めた。もう笑みを浮かべてはいない。それどころか、つまらなそうに嘆息して、頭を掻く。
「まず最初におかしいなと思ったのは、お前が双子説と二重人格説を否定したとき。これで残された可能性は、本人であるか、他人の空似か、上手く似せたかの三つになる」
口にしてみるとどの可能性もばかばかしい。
「けど私は、お前は塔野しのぶじゃないと思った。で、他人の空似というのは流石に却下だ。たまたま塔野に似ていた人が私を狙うなんて偶然が重なりすぎる。それにあまりに似すぎているし。だからお前は塔野じゃない、別の誰かになる」
「待て待て待て、お前が俺をしのぶじゃないって思ったのはなんでだよ」
「・・・理由はいろいろあるが、結局お前、認めたじゃないか?」
偽塔野の舌打ちを無視して話を続ける。
「それを前提に考えると、おかしなことがたくさん出てくる。まず第一に、お前は『前から』という言葉を使った。本人だという主張を裏打ちするための嘘だったのかもしれないが、それについては確かめられないから、ここはお前が前から私を知っていたということにする。第二に」
たくさんしゃべったので喉が渇いてきた。息を継いで、軽く唇をなめる。
「第二に、お前は私を縛り上げてもいないのに余裕綽々だった。まるで逃げ切れるはずがないというように。・・・これは想像だが、油断していたわけではなくて実際それくらいの力がある、ということじゃないか?結局、私は逃げようともしなかったが。
第三に。私の記憶を消したといったな。確かに私にはここに来るまでの記憶がない。眠った覚えもない。不自然に記憶がなく、言う前にお前は知っていたからそれは本当なんだろう。普通に考えて有り得ないとは、思うが。
この三つを総合するに、ひとつの仮定が導かれる」
荒唐無稽な作り話、といったのはこういうことだ。しかし、この結論が一番納得がいく。
あまりの馬鹿馬鹿しさ。躊躇するも、言わなくてはならない。
「お前は、塔野と同じ忍者だということだ」
続きを促すかのように偽塔野は無言でこちらを見た。
肯定も否定もしない。
間違っていても構わなかった。どっちにしろ今相対しているのは塔野ではない。それが確かめられたのだからこの推論を笑われたとしてもどうでもいい。
「忍者だとしたら、お前が私のことを知っているのも、特殊な技能を持っているのも得心がいくからな」
塔野だって私のことを見ていたとかなんとか言っていた。最初に助けられた時も尋常でない力と速さでもって相手を制圧していたし。それを見ていたからこそ、この推論にたどり着き、かつ納得することができた。
「そして、さっきお前は塔野のことをしのぶ、と言った。そこから推測されるにお前は塔野の知り合いでもある。ああそうだ、誘拐したとか言っていたが、私に手を出さない所を見ると目的は私でもなさそうだな?
繰り返すが、うちに大金はないぞ。
ここでやっとお前が塔野本人でないことが説明できる。記憶を操作したりといった能力を持っているのなら、私を油断させるために近づいたりしなくてもすぐに誘拐できるはずだから」
自分なりに上手く説明できたのに安堵して、得意げに笑う。
けれどそれは束の間の安心でしかなかった。
「ふっ・・・・・ふははっ・・・!」
この状況を楽しむかのように。最初は小さく、そして抑えきれないように段々と大きく。
「ふははははははははははははははははははははははっ!くっ、ふ、ははっ!」
倉庫中に塔野の高めの声が響き渡り、雨の存在さえ希薄にした。
体をくの字に折り曲げ、可笑しくて仕方がないといった様子で笑い続ける。笑いすぎて咳き込む。瞳に涙まで浮かべた姿にじわじわと恐怖を感じた。
この男はどこか異常だ。
「・・・意外と、鋭いねェ。ただの阿呆女じゃあ、無いわけだ」
ひとしきり笑い終えた偽塔野は、息を弾ませ言う。
「なにが可笑しい、」
ようやく言葉を口にする。いつまでも続くかのように思われた偽塔野の哄笑に怯えて口もきけなかった。
「いやあ・・・うん、大体はその通りだよ。そんなにミスしたつもりはなかったが、言われてみれば結構あるもんだな。それにしても、中々の名推理だ。まるで見てきたようだった」
素直に褒め称えられているのに、不安感が加速する。何か致命的なミスを犯してはいないか。大きな穴を見落としてはいないか。散らばった思考を何度も反芻する。
だって、何故。
追い詰められているはずのこいつは、なんでこんなにも楽しそうなんだ?
「けど、甘い」
偽塔野はおもむろに立ち上がる。
音もなく彼はこちらへ歩み寄ってきた。
「甘すぎだぜ、オヒメサマ」




