恋花火
『ずっと好きでした…付き合って下さい』
そのメールを送ったのは、高校を卒業して1ヶ月ほど経ってからだった。
メールの送り主は、服飾店でアルバイトをしている佳奈。
受信者は高校の同級生だった、怜。
佳奈は高校3年の時からクラスが同じ怜が好きだったが、怜は別の女の子と付き合っていた。
卒業前に彼女とは別れたという話は聞いたが、勇気がなく告白できなかった。
10分で返信がくる。
『嬉しいo(^-^)o俺も好きだ!これからよろしくな』
佳奈はこのメールを受信するまで一喜一憂の状態で落ち着かなかった。
今は『喜』と言った所か。
それからは、夏祭り・誕生日・クリスマス等各種イベントを一緒に過ごしてきた。
気づいたら半年が経っている。
『件名:(*^_^*)
もう明日で半年だね♪バイト休みでしょ?どこ行く?』
『件名:Re:(*^_^*)
早いね〜佳奈は?どっか行きたい??』
『件名:
ぅ〜ん…春だからお花見とか?映画もいいね☆前に見たいって言ってたやつ上映してるみたいだし!!』
『件名:Re:
マジ?見たい!映画行こう(^_^)/』
こんな感じで半年記念日を過ごす事ができた。
メールの内容を見ると、仲の良い至って普通のカップルにすぎない。
ところが、それから1ヶ月経たないうちに彼の態度が変わった。
1週間メールがこないのも珍しくない。
「…忙しいんだよね?きっと。ここで、ワガママ言ったら嫌われちゃう」
佳奈は『忙しいんだろう』と自分にいい聞かせた。
「お待たせ!」
「久しぶり♪さっ、行こう」
今日は高校からの友達と夕食の約束をしていて、『飲もう』と話している。
「どう思う?」
「え〜怜が?ぅ〜ん…佳奈に飽きたんじゃん?」
「ヒドーイ!…だったら、どーしよ?」
巨砲ソーダのグラスに目を落とす。
「したら、男紹介してあげっから☆」
焼き鳥を頬張りながら言う。
これじゃあ励ましにもならない。
「じゃ、メールしてないの?」
ふざけないで改めて怜との仲を聞く。
「ぅん…1週間メールしてないし、1週間前なんか2時間しか会ってない」
「…ほんとに彼女?」
「自分だって疑ってるよ…ごくっ」
グラスに残っているチューハイを飲み干す。
「すいませーん!日本酒。冷やで!」
どうやら、やけ酒みたいだ。
3杯のチューハイの次は日本酒を注文した。
「佳奈酒強いけど、飲み過ぎじゃん?大丈夫?」
「大丈夫!!はい。カンパァーイ」
カチン♪
グラスととっくりのぶつかる音の後に、佳奈の着うたが聞こえ始める。
〜♪〜♪
〜♪♪〜♪
♪〜♪〜♪
「!」
「怜?」
「…うん」
『件名:Re:(*^_^*)
明日ダメんなった』
酔いでうまく動かない指で、すぐさま『何で?』メールを打つ。
『件名:
どうして!??』
「なんだって?」
「明日の約束ダメになったって…」
「うわ〜…」
お猪口を握る手が震えて、日本酒が今にもこぼれそうになる。
「おまけに件名があたしが先週送った件名のまま!返信返ってこないし!!」
「ここらでいいよ〜送ってくれてありがとねぇ〜バイバイ!」
「気をつけてね!バイバイ!」
バタンッ
だいぶ酔っているのを友達は心配していた。
千鳥足のままお風呂に入る。
無性に泣けてきた。
「あれ…自分って泣き上戸だっけか?あはは」
笑い飛ばしてみても涙は止まる筈もなく、湯船にちゃぽん♪ちゃぽん♪と可愛い音を奏でながら落ちていく。
「ぅ゛ー」
堪えてみても同じだった。
しょぱい涙はなかなか止まってくれない。
「淋しいよ…会いたい。話したい。触れてほしいよ」
こうして涙を流す毎日が続く。
次第に外にも出なくなり、元気がなくなっていった。
もちろん怜からのメールがないので、デートの予定はない。
佳奈からメールを送ればよいのだが、返ってこないメールを待つのは辛いものがある。
だから、メールは送らないようにしていた。
〜♪♪〜♪
〜♪〜♪〜
♪〜♪♪〜
カチッ
陽気に『アルプスの少女』の着うたが流れ出す。
「真衣からだ」
真衣は先日飲みに行き、相談に乗ってくれた女性。
『件名:
佳奈〜今日暇??』
『件名:Re:
ぅ〜ん暇してた〜』
『件名:
よしっ!じゃご飯行くよ☆オシャレしてきなさい(^_^)v』
約束した時間と場所で真衣を待っていると、見知らぬ男の人が2人一緒にきた。
「お待たせ!」
佳奈は人見知りする性格ではないので、気にせず真衣と話す。
「え〜紹介します。あたしの隣が『まっさ』で、佳奈の隣が『かい』」
「よろしくね☆」
ハッとして真衣の顔を見る。
「ま、まさか…合コン?」
「合コンという名の出会い…癒し!!今の佳奈には、優しさが必要!」
「でも…合コン初めてだよ」
「だったら、尚更!楽しまなきゃ♪人生は一度きりっ」
「かいさんオモシロ〜イ♪」
「ありがと!あっ、『さん』付けじゃなくて『かい』でいいよ」
「はい…」
「佳奈トイレいこ」
バタンッ
「ふ〜」
洗面台に手を置き、体の熱を逃がすかのようにため息をつく。
個室に入っている真衣から声がかかる。
「どーよ?」
「どーよ、って?」
「かいといい感じじゃん」
「ん〜優しくてオモシロイよ〜」
「怜とは別れて付き合っちゃえば?」
「エッ!」
ジャーッ
バタンッ
「元はかいが佳奈を紹介してくれって、言ってきたんだし〜怜の事は言ってあるし」
「かいが?」
「まっ、考えてあげてよ。いいやつだからさ」
佳奈の胸中で怜とかいに対する気持ちが揺れている。
どちらと付き合えば、幸せか?
「じゃ、2次会行こうぜ!2次会!」
まっさがノリノリで手を挙げた。
酒に酔った熱い体に夜風は気持ちよく当たる。
「2次会はやっぱカラオケ♪でしょ?」
「だよね♪」
前方のはしゃぐ真衣とまっさを後目にトボトボと歩く佳奈。
「佳奈ちゃん。このまま2人でドライブでも行こっか!」
「え」
「冗談だよっ。彼氏いるの聞いてるし。でも最近元気ないって聞いてたから、なんとかしてあげたくて…」
何ていい人なんだろう。
「ぁりがと」
「♪」
2人は並んで歩く。
佳奈の歩調に合わせてかいは歩いてくれる。
あたしが必要なのは、この人なのかな…?
〜♪〜♪♪
〜♪〜♪♪
♪〜♪〜♪
赤いラブソファに置いた携帯が震える。
「ん〜誰?」
キッチンにいた佳奈は着うたが止まる前に画面を見た。
ポチ
「かい」
カチッ
『件名:
佳奈ちゃん元気(?_?)来週なんか予定ある?』
『件名:
来週?何があるの??』
『件名:☆☆☆
実は夏祭りで花火の打ち上げあるんだけど…予定なかったらいかない??』
「若いわねぇ〜羨ましいわぁ」
「テンチョ…相変わらずナイスな格好ですね」
ちろり
アルバイト先の店長を一瞥する。
そこに立っているのは、身長177センチの男性で…女性の後ろ姿。
服飾店『Gin☆』の店長は『オカマ』歴7年なのだ。
「このスカートいいでしょ?あたしの美しい足が引き立って」
くるり、と回って手入れをされた両足を見せる。
「はぁ」
「でも幸せよね」
「どうしてですか!?」
黒のTシャツを畳むためにしゃがむ。
「ん〜付き合う前とかって、一緒にいられればよかったって思わなかった?でも今は愛し合ってるでしょ〜」
自分はどうだったかな?と黙って聞く。
オカマの店長は、立ち上がってレジのあるカウンターへ向かった。
「佳奈ちゃんは今、欲張りになっちゃってるのよ。淋しい気持ちも解るけど…相手だって同じように淋しいんじゃないかな?」
自分が悪いと言われてるようで、少しムッとした表情になる。
しかし、店長の言葉を心に染み込ませた。
既に夏祭りまで、あと3日となった。
佳奈の頭の中は『怜』と『かい』の事でいっぱいで仕事が手につかない。
「ん〜ぁ〜」
「ちょっとぉ!そこはいいからお使い行って来てちょーだい」
「ありがとうございました〜」
ガッーーー
トボトボトボ
二人の事を考えると、どうしても足取りが重い。
ピーピー
ピピーッ
ガッガッガッ
ぷしゅー
ガッガッガッ
車道の片側で工事が行われていた。
上の空の佳奈の耳と目には工事の事など一切入っていない。
「おーいっ怜!昼飯にするか」
「はいっ!」
「ん?怜って今言ったよね?」
工事が行われている向こう側を見る。
そこは、たしかに怜の姿が。
足を止めてジッと怜の後ろ姿を見る。
「どうだ。慣れたかい?」
「ふぁい」
右頬にご飯を詰め込み、返事が軽くなってしまった。
「すいません」
「はい?」
「これをあそこの人に渡してもらえませんか?」
怜と同じ作業着の20代くらいの人に佳奈はコーラを渡す。
「あんた名前は?」
「いえ…急いでますから」
タタタッ
渡してすぐさま小走りに細い路地へと入った。
「怜おまえに」
長身の色黒の男性は渡されたコーラボトルを怜の脇に置く。
「どうもっす!コーラ好きなんです」
ぺこり、と頭を下げる。
「歩いてたら渡してくれって」
「誰ですかね?」
「さぁ?けっこーおしゃれな可愛い子だったぞ」
「……」
ジッとコーラボトルを見つめる怜。
何も言わずにギュッと力強く握る。
夏祭りの前日佳奈はかいにメールを送った。
『件名:m(_ _)m
こないだの夏祭りのお誘いですが…ごめんなさいm(_ _)m今のところ予定はないんですが、信じてみようと思って』
『件名:
残念だな〜(/_;)信じるって彼を?』
『件名:
彼は浮気やなんかで、あたしを見捨てたりしないし。
ちゃんと好きでいてくれてるって(^_^)』
『件名:(@ε@)
ますます佳奈ちゃんが好きになるなぁ〜俺諦めないから!今回は譲るけど(^_-)-☆』
丸一日かけて怜からのメールを待つ。
いつどこで受信しても見れるように、トイレにも持って入る。
しかし…メールはこなかった。
パンパン
どんどんっ
ピーピピー
わぁーい
きゃっきゃっ
体のだるさで目が覚めると外の世界は既に夏祭り一色。
「んっ」
目覚めに背伸びをして、今日の予定を決める。
「…さっそく着替えて行くかな」
佳奈は紺地に赤い花模様の浴衣に身を包み、鬱金色の帯を締めた。
大人っぽくみられる佳奈には紺色がよく似合う。
ガヤガヤガヤ
わいわい
「すごい人〜」
町の車道は一部歩行者天国になっていた。
道の両側にはさまざまな露店が並び、目を奪われる。
最初に目に飛び込んできたのは、かき氷。
「おばちゃん!ブルーハワイひとつ下さいっ」
ガガガッ
塊の氷が砕けるのは豪快で気持ちがよくなる。
「はいよっ!」
「ありがとう」
シャクシャク
一口目は冷たすぎて味が分からない。
「冷たっ」
シャクシャク
目の前をカップルが行き交う。
自分も本来なら、ぁあだったのかな?と見つめる。
カチッ
携帯を開くと待受画面が表示される。
佳奈と怜の頬をくっつけている映像。
少し淋しくなって携帯を紺色の巾着にしまう。
それから露店を何件か見て回ると、空はいつの間にか薄暗くなっていた。
すると、人の流れが川沿いへと一定になる。
どうやら花火の打ち上げの時間になるようだ。
流れに乗り自然と佳奈も川沿いの道へ向かう。
ぅ゛ーぅ゛ー
ぅ゛ーぅ゛ー
人の声で着うたは聞こえなかったが、バイブの振動でメールを受信した事に気づいた。
カチッ
「怜!」
『件名:夏祭り
今どこにいる?夏祭りやってんじゃん?行こうか』
『件名:('_')
来てるよ(*_*)今花火見ようと思って移動してるんだけど…どこにいよう』
『件名:Re:(*_*)
そこにいろよ!動くなよ。今行くから』
「急になんだろ?会えるから、まっいいか♪」
道はさっきより混んできて、ただ立っているのは辛くなってきた。
どんっ
「ぅわぁっ!っとっとっと〜」
がしっ!
「大丈夫か?」
「怜!ありがと」
怜の額には汗が流れ落ちる。
それに気づいた佳奈がハンカチを差し出す。
「サンキュ…」
出されたハンカチを見る。
「どしたの?」
「ん…こないだ俺にコーラ渡してくれって頼んだのって佳奈?」
「…バレてた?」
ガバッ
「佳奈っ!」
人混みの中で浴衣姿の佳奈を抱きしめる。
「ちょ、何!?」
「俺…最近淋しい思いをさせてたかもしれない。だけど、佳奈が好きだ!」
「何いきなり?」
戸惑いながらも照れる佳奈。
ガッ
抱きしめていた体を離して、怜はポケットから包みを取り出す。
青い箱は何の包装もされていない、手にすっぽり収まる大きさ。
カパッ
「!?」
中には小さなダイヤモンドの指輪。
「佳奈ともっともっと一緒にいたい。もっともっと幸せにしたい…結婚して下さい」
指輪をソッと取り出し怜に渡す。
「えっ?」
「指にはめて」
指輪を受け取ると、左の薬指へはめる。
ところが、指輪が大きかった。
「ぷっ…あはは」
「うわっ…ごめん!ところで返事は?」
「怜と結婚する。こんなドジをする怜にはしっかり者のあたしがついてなきゃ!」
「ほんとごめんな。最近メールもしないで、淋し…」
「シッー」
人差し指を口元に当てる。
ゆっくりと怜の唇に近づき、優しいキスをした。
ヒュードォン♪
ヒュードォン♪
パラパラパラ
打ち上げ花火が二人を祝福するように綺麗に打ち上がる。
ぽろぽろぽろ
「佳奈!」
「ごめん…嬉し涙なんて久しぶり。今までは淋しくて泣いてたから」
「ごめんな。指輪買うためにバイト増やしてたんだ」
涙で濡れた頬を撫でてやる。
「もう淋しくない。けど…」
上目使いで怜の目をジッと見て脅しをかける。
「けど?」
「淋しくさせたら、浮気しちゃうからね!」
ペロっと舌を出してみせた。
あなたは誰が好きですか?
『信じる』それが幸せの道へと繋がっている。
みんなが幸せになりますように…
こんにちは。そして、初めまして宇佐美です!
9作目となる「恋花火」はいかがでしたか?
今回はメールを使って女の子の淋しさを書いてみました。読者の皆様は怜とかいならどっちを好きになりますかね?
そうゆー話でいいので、本当感想下さい(笑)
そして、いつも読んで下さる皆様ありがとうございます!
次作も頑張るので、応援よろしくお願いします!