My cute Part time lover
あゆは金髪だ。
肩より少し下までの長さがある。目がくりくりと大きい。
鼻はちっこくてつんと上を向いている。大柄なのに顔が小さくできている。
くるくるっと髪を巻いてちょこんと止めてまるで銀座のママがヘアサロンに行ってきたみたいに上手にまとまっている。
碧いカラコンに長いつけまつげ。「まつ毛は2枚重ねかい」と、聞くと「1枚よ」と応える。
「女は大変なのよ、お化粧に身の回りに・・」
「うん、わかるよ、男にはできんな」あゆはできたばかりのネイルに見入っていた。腕を伸ばして指を全部立ててうれしそうに眺めている。
「綺麗だね」
「わかる?私のお気に入りのネイリストなの、センスがいいのよ、いつも驚くデザインを考えてくれるの」
「そうだね、ギラギラしてないし、それでいて地味じゃない、なによりあゆのファッションに合っている。」
「さすがしんちゃんわかってくれるのね、彼女はね、まず私の服装を全部見てから少し考えてデザイン画描くのよ、これでどうでしょうかって聞くのよ」
「へーそこまでやるんだ」
「そうなのよ、私一度も駄目って言ったことないの、いつも一目で気に入るわ」「それじゃ人気者だろう」
「そうよ 彼女にやってもらうには予約して、それでもお店で順番待ちすることがあるのよ」
ファッションホテルの浴槽は広くて、二人は横に並んで浸かっておしゃべりしていた。
僕は早く来て風呂に湯を張っていたのでかなりお湯は冷えていた。
ジャブジャブ熱い湯を継ぎ足しながら、あゆと僕は早くお湯が暖かくなるのを待っていた。
あゆは僕を1時間とちょっと待たせたのだ。不機嫌にあゆを迎えてやろうとしていたのだが、ドアチャイムを聞くともう顔がほころんだのが自分でもわかった。
「ごめん、待たせたわね。ネイル屋さんで待たされたのよ」
「うん、もういいいから、男はだらしないな、うんと怒ってやろうと思っていたのにな、駄目だ怒れない」
僕は笑いながら、まずあゆを真正面から抱きしめた。
「なによおいきなり、焦ってんの?」
「いーや、寂しいだろうと思って抱きしめてやったのさ」「ふーん、寂しかったのはしんちゃんでしょ、だめよ顔に出てるよ」
まとめたはずの髪が少し外れ一部分がお湯に浸かっている、それが僕の左の腕に触っていてくすぐったい。僕の手はあゆの肩を抱いていた。
若いせいか肩の筋肉がこりこりしている。
肌にまとまわりつくお湯は弾かれたように流れ落ちる。丸い水玉がスルスル落ちていく。
二十歳の肌に勝てるお湯はなかった。
あゆはとりとめもなく話す。
「ブスのくせにさ・・」 心に留めていたうっぷんのすべてを話す。
僕はうんうんとうなずいていた。
小ぶりだけど形のいいおっぱいがぷよぷよと浮いたり沈んだりしている
。体育座りしたまま随分とお湯に浸かっていた。
背がとびきり高いのだが顔もおっぱいも小さくできているのだ、しかし肩は大きくて、なによりよく食べる。
肩は大きいが腰は細く脚が長くスラリとしている。
僕の2倍くらい食べる。僕より6センチ低いだけなのでハイヒールを履いているときは背丈は僕と同じになる
。裸足で部屋にいるとさすがに僕より低くて抱きしめるのにちょうどよくなる。今日もピンヒールだったので部屋に入ってきたときはあゆの目の位置は僕と同じ高さだっ
。ピンヒールを履きこなして颯爽と歩ける女は少ない。
あゆと腕を組んで街を歩くときに男たちから浴びる嫉妬と羨望の視線はいつも気持ちが良い。
お風呂の後も絶対食事をしたがるだろう。
このホテルは手作りの料理を部屋まで持ってきてくれる。
カレーライスも定食でも800円なのはとても助かる。
外観はパリの凱旋門の前にあるようなオシャレなホテルで、部屋の内装もシックで洒落ている。
しかしルームサービスは日本的なメニューなので肩が凝らない。
専門のコックを置くほどの客室数は無いのでおばさんの手料理なんだろう。肉じゃががあるのはその証明だろう。
おばさんがおそるおそる料理のお盆をドア越しに渡してくれるのだが、いつもできるだけ僕の顔を見まいとするのがとっても可笑しい。
僕は堂々としてるのに。いや、堂々と見せてるだけなんだが
。想像するにおばさんにとっては僕が“適齢期”なんだ。
僕から見てもあゆと街をぶらつくよりも、このおばさんの方が似合うだろう。
実際あゆをちょっとしたホテルの鉄板焼きレストランに連れて行った時、ウェイターが僕を見る目付きに皮肉とも侮蔑ともとれる光を感じた。
あゆはまるでランウェイから降りてきたモデルのようで、大きな同じカウンターの裕福そうな初老の夫婦の妻からの悪意と夫の羨望の視線がチラチラと降りかかった。
スラリと長い脚を惜しげも無く見せるミニのバルーンスカートは衆人の目を集めていたのだ。
平然としたつもりだったが内心の動揺は大きかった。
あゆの勝ち誇った態度は着飾った女特有の本能だろうか。
所詮女の世界は美しい者の勝ちなんだ。
帰り道のウィンドウに映る僕たちはどうやっても20年の歳の差は隠しようがなかった。ホステスに入れあげている野卑な中年男としか見えない。僕は事実だからと自虐していた。妻とは行ったことも無い高級な店で大枚をはたいて、惨めさを思い知るとは皮肉なものだ。
風呂からあがってあゆはバスタオルだけで体を拭いた。
バスローブがあるのに使わない。2枚目のバスタオルを胸から巻き付けたままだった。
どうせ僕が剥ぎ取ると思ってるのかな。
「あゆ、お腹は空いてないのか」
「ああそうそう、おなか空いた、ネイルに夢中で忘れてた。ハハ、食いしん坊のうちとしたことが」
あゆは自分のことをうちと言う。「ここの食事は庶民的だがお腹がいっぱいになるだろ」ほらとメニューを渡した。 「あー、オムレツもあったんだ、うれしー、そうだここで食べるのは二回目だよね、こんなにたくさんメニューがあったんだ。今ごろ気がついたハハ」
「やれやれ、早く決めろよ」あゆは少ないがそれでも8種類くらいあるメニューを眺め回していた。
手作りとわかる写真付きのメニューブックは一品が一ページも占めているので何種類あるのかすぐには分からない。「オムレツとカツカレーとカツドン」「えーそんなに食べるのかい、いいけど」3つ頼んでも2千円ぽっちなので僕は平気だった。メジャーなホテルなら外で食べようと言うところだ。
ただ、後からあゆが胃がもたれたとか言い出さないかと心配だった。「だってしんちゃんも食べるでしょ」
「いや僕は食べないよ、今からあゆを食べるから腹は空いてるほうがいいんだ」「ばっかねー、腹が減っては戦ができんでしょ」
僕はにこにこした。
「そうね、後で苦しくなるのもいやだから、えーとね本当は生姜焼き定食でしょそれとモツの煮込み」「えー煮込みなんてあるの?あゆはホルモンは嫌いだと言ってなかった?オムレツは食べないの?」
「ううん、煮込みは別なの、お父さんとねお店に行ってたときにね少し貰って食べてておいしかったのよね。オムレツはね昨日食べたばかり。好物は毎日食べない主義なの」
えくぼを作って笑うあゆはとても可愛い。僕は思わずえくぼにキスした。「やっぱり飢えてる、しんちゃんどうしたの。奥さんと喧嘩してんの」 僕は黙って笑っていた。
「店って居酒屋だよね、子供のころから行ってたってことか」
「そうね、お父さんは建築現場の職人だもんパチンコもよく一緒に行ってたよ。もっともパチンコはお母さんのほうが嵌ってた、それがもとでうちが苦労してんのよね」
そう、あゆは親の作った借金を返している。
それは過去ではなく今も継続しているらしい。ギャンブル依存症は治らないのだ。高利の借金は普通の仕事では返せない。あゆのこの仕事は親の「公認」なんだ。
「早くやめたい」があゆの口癖だった
。僕は優しくしていてもあゆの貧しさを利用している嫌な奴の一人に過ぎない。
「じゃあ、生姜焼き定食と煮込みだな、一人で食べるんだぞ、まあ残してもいいから」
僕は部屋の受話器を取りフロントに注文した。
電話を切ったらすぐに電話が鳴ったので驚いた。ファッションホテルで電話が鳴ると驚く。なんだか後ろめたい気持ちがぬぐい消しきれないせいだ。フロントのおばさんからだった。恐縮した声が聞こえてきた。
「すみません確認させてください、生姜焼きは定食で・・煮込みはご飯がいらないんですか?」
「ああそうか、ご飯は生姜焼き定食のほうだけですよ」
あゆの顔を見ながら、お互いうんうんとうなづきながら、答えた。
二人いるのに不自然な注文かもしれない。あゆは定食のおかずだけじゃ物足りないのだ。
いつも言っている。
「うちの体見てよ、おっきいでしょ。うーんと食べるのよ」
僕の愛犬だった大型犬がたくさん食べてうんちもでかいことを思い起こしていつも笑ってしまう。あゆのうんちを想像してしまうのだ。
あゆは僕がトイレから出てくるといつも聞く。「うんちした?」そんなアッケラカンな性格に惹かれてしまう。
さすがにバスローブをまとったあゆはお風呂で火照ってにこにこしている。
顔がツヤツヤして光っている。 僕もバスローブを着てあゆの隣に座っていた。
二人にちょうどいい幅の、固めのソファーはこうやってくっついているのにちょうどいい。あゆの指先はできあがったばかりのネイルデコレーションでキラキラしている。
繰り返して言う。よほど嬉しいのだな。「いいでしょ、綺麗でしょ」
あゆは自慢げだ。1時間もかかった。安かったのよ3千円なの・・・
「1時間で3千円じゃお店は儲からんのじゃないのか」
「そうね、今は競合店も増えてるから大変みたい。でも安いから混んでるのよ。特に私の指名する彼女はチョー人気なのよ」
「そうかー」
納得しながら僕はあゆの指を撫でまわしていた。あゆは指が細い、まっすぐな指で格好が良い。僕の指はごっつくなってしまった比べると色も随分違う。あゆの指は真っ白だ。
「きれいなネイルだね、でもあゆの指はきれいだからネイルなんていらないよ」「いやよ、ネイル大好き」
「まあ、綺麗だけどね」 あゆの頭に腕を回して引き寄せほっぺたを近づける、いい匂いだ。あゆは僕を見てにっこりする。
食事が届いた。ノックされたので開けるとやはりおばさんが照れたように立っていて、どうぞと小さな声でお盆を渡してくれた。
相変わらず下を見ながら。どの曜日に来てもお昼に来ても今日のように夜遅くてもいる。
おばさんはここに住んでいるとしか思えない。フロントにもいるし食事を運んだりもする。案外このホテルのオーナーかもしれない。そうだとするとかなりの金持ちかもしれない。
僕はありがとうと少し笑顔で言いながらお盆を受け取りドアを閉めた。
あゆの前の小さなテーブルに置いてあげる。
「さあ、食うぞー」叫んであゆは箸を取った。
僕はうれしくて仕方ない。あゆにご飯をあげているのは至福の時間だ。ふと、昔愛犬に食事を与えた時も同じように楽しかった光景が脳裏を過ぎった。次々とあゆの小さな口に豚肉が押し込まれる。噛んでるひまもなく呑み込んでいる。大丈夫かなと思う。
「おいおい、あゆ、お肉は逃げないぞ、ゆっくり食べろよ」
「うーん、わかってるんだけど早く食べちゃうのよね、うち早食いなの」
僕はやれやれとあゆの食べっぷりを眺める。
何度会っても会話の続きからベッドに押し倒すタイミングがわからない。
なぜか恥ずかしい、普通に話してる状態からオスとメスの状態に切り替えるのはなんだか恥ずかしい。 あゆが拒むはずもないのに、なぜか「いやよ」と言われる恐怖感がある。
お風呂に入ってお腹を満たしてにこにこしているあゆを見ていると、今からあゆを抱いて組み敷くのは悪いことなんじゃないかと思う。
確かに法律上は悪いだろう。いくら気心が知れて恋人のようになっても、お金をあげなくては二人の関係は終わるだろう。妻に生活費を渡さなければ結婚生活は成り立たない。
所詮金でセックスを手に入れることに変わりはない。公序良俗に反するなんて綺麗事を並べても、胸に手を当てて「私は一切恥じることはありません」などと言える人は少ない。恥とは感じたことすらない人もいるだろうが。
でも話してばかりでもなんだか変だ。
僕はソファーであゆの腕を取り、撫でたりさすったりしている。
指先を撫でてネイルの仕上がりを見ているとあゆは喜んでいるようだ。
「綺麗だね」「ね、そうでしょ、綺麗でしょ」
「あゆの指は何もしなくても綺麗だよ」
「うまいこと言うのねしんちゃん、なんにも出ないわよ、ネイルは好きだから止めらんないわ、フフ」「ほら、あゆ、こっち」腕を軽く持ち上げて僕はあゆをベッドに導いた。「うんうん」あゆは驚いたことに僕を拒まず立ち上がった。
娼婦を買うのだから、驚く僕は変に違いない。確かに僕はあゆが僕に従い、拒まずベッドに行くことに驚いている。何度同じことをしても驚く。
まるで童貞の少年が感じるだろう感傷が、この歳になっても巡ってくる。僕はあゆを組みしだいた。あゆはふうと息をして目をつぶる。そして小さい唇にキスをすると合わせてくれる。どうしてこんなにあゆは優しいんだ。
規定のお金以外を受け取ろうともしない。いつも小遣いをバッグににねじ込んであげる。「いやな奴には吹っ掛けるのよ」そうなんだ、封筒に10万円を入れて渡したのに突っ返すあゆなのだ。どうして僕には優しいのだろう。
あゆとの行為はえんえんと続く、僕は薬を使うようになった。
まだあゆはそれを知らない。まだまだあゆは初心なんだ。こんな長い行為は久しく無かった。あゆとの行為を得るまでは長く忘れていた至福のセックスだった。
あゆはまだまだ女としての喜びを知らない。僕が開発しようにも僕にはスタミナがない。 所詮薬を使っても肉体的に硬くなるだけで精神的なタフさが伴わない。
夢中だった青年時代のタフさは無い。でもあゆが充分に若い。
僕が若ければあゆを手放さないだろう。嫁にはやらない。娼婦などさせない。でも僕はすでに歳を取った。なにより家庭を壊す度胸がない。
あゆの脇から腕を入れて頭を下から抱き上げて力いっぱい抱きしめた。あゆは僕の頭を抱き唇を寄せてきた。ああ、なんていいんだろう。僕は下半身の僕が融けるのを感じた。僕たちは舌をからめて、ああ最後のときがくるんだなと予感した。
弛緩した感覚にそのままの姿勢でじっとしていた。
あゆはさすがに苦しいようだ。
「重かったねごめんね」
「ううん、いいの」
僕はあゆから降りて横にあおむけに転がった、布団もシーツも二人の上に無い。
あゆに布団をかけて、その腕だけを僕は取り出し手と手を絡めて天井へと向けていた。 ネイルが変わらず美しく輝いている。
あゆのネイルを撫でまわした。あゆも疲れている。生活につかれている。一日も早くこの仕事から抜け出したいのだ。
「もう仕事したくない」
「・・・」
僕は返事に窮した。
二人は無言になった。深刻な声であゆは話し始めた。
「ひろしがね、また警察に捕まっているの」
思いつめたような表情が浮かんでいる。
「今度は何したの」
「喧嘩して怪我させたみたい」
「もう未成年じゃないから、前科がつくぞ、少しお金を渡して示談にしてもらわなくちゃいけないよ」「そうよね、でもうちはまとまったお金はないし」
あゆはこれまでお金の無心をしたことはない。もちろん娼婦としての払いは別だが。
「何発も殴ったのかい、相手は誰なんだい」
「居酒屋で別の客との喧嘩よ。ひろしも殴られてるけど相手が怪我してるから・・・二発くらいらしいの」
「20万円くらい渡せばだいじょうぶだろう。示談してくれないと前科がつくからね。相手も応戦してるから納得するだろうね。まあ交渉してみて様子を見よう」
・・・
「ああ、そうだ、それくらいは僕でも出してあげる」
「悪いわね、巻き込んじゃって、でも頼るかもしれない、彼の親も頼りにならないのよね」
「弁護士はこの程度でも三十万は取るだろうから、僕が交渉するよ」
あゆは抱きついてきた。
「嬉しい、しんちゃんは頼りになる。ね、もう一回しよう今度はただよ」
言ってからあゆはうれしそうに笑った。
「ひろし君が羨ましい、僕がいても本当の恋人はひろし君なんだよな、僕が口を挟むことじゃないとわかってるけど」
「ごめんね、十六で好きになってバージンをあげた人だから、周りからやめろって言われるけど、絶対真面目になってくれると信じてんの、うち」
「いいんだよ、僕はあゆを本当に幸せにはできない。それがひろし君にもできないとしても、僕はあゆにはオジサンなんだ。所詮僕は惰性になった結婚を捨てきれない、妻を裏切って外の女に癒しを求める卑怯なおっさんだ」
「そんなんじゃない、しんちゃんも好きよ、なんて言えばいいかわかんないけど」
僕は愛おしくなって再びあゆを抱こうとした。
「ちょっと待って、お店に連絡しなくちゃ」
あゆは延長しますと電話した。
あゆはすぐに感じ始めた。僕には昔の力強さが無い。しかも二回目なので果てるまでに時間がかかった。
「このまましんちゃんと眠りたい」
「僕もあゆを抱いたまま寝たいよ」
あゆは娼婦じゃなく、このまま恋人としての余韻で眠りたいのだ。
しかし今夜のあゆの残りを買い切るには朝5時までとして、6万円にもなる。
「ごめんね、しんちゃんからお金を貰いたくないけど」
「気にするなよ、今はなんとか払える身分なんだ」
あゆに延長料金も含め三時間分の料金を渡した。
僕たちはもう一緒にいられない。あゆは身支度を整えると店に電話を入れた。しばらくしてあゆの携帯が鳴った。送迎の男からだろう。
「ああ、はい、すぐ出ます」
僕たちは部屋を後にした。フロントで休憩と食事代の精算をして、暗い道路に出た。
玄関より少し離れて小型の車が待っている。
スモールランプの光をまるで暗闇に潜んで獲物を狙う猛禽の目のように感じて寒気を感じた。
「ああ、あの車だわ、じゃあねしんちゃん、まただよ」
「うん、もちろんだよ、あゆ、メールするからね」
僕はあゆを抱きしめてキスをしてやりたかったが、運転手の凶暴な視線を感じ躊躇った。
ああ、もっと自然にふるまえないのか、ぼくはもどかしかった。僕らはパートタイムラバーなんだ。いやラバーなんかじゃない、若い娼婦と中年の客に過ぎない。
スティービーワンダーのその曲名の歌が頭の中に響いてくる。僕がいつもことさらにその曲を口ずさんでいるせいだろう。ひとりファッションホテルの部屋であゆを待つとき、iPhoneに入れたそれを聞いている。僕は自分を皮肉でいじめている。
あゆが車の助手席に乗り込み、車は発進した。
僕のそばを走り抜けながらあゆは微笑し小さく手を振って僕をそこに残していった。
オレンジ色のホテルのネオン照明が道に落ちている。
俯きながら僕は駅へと向かった。
俯いた僕の目にワインレッドのリーガルのショートブーツが目に入る。
あゆに会ってから僕はおしゃれになった。
こんな靴など買ったことがない。いつもは黒のビジネスシューズだ。
いつもスーツを着ているのが日常だった。
今は黒いコーデュロイのジーンズだ。バックスキンのジャケットも買った。紺色の羊皮だ。
スーツじゃない衣服にこれ程のお金をかけるのは初めてだった。
このジャケットだけでいつものスーツなら3着も買える。あゆに気に入られる努力をしている。あゆも喜んでくれる。
「しんちゃんばっかり素敵になるのね」「あゆにも買ってあげるよ」「うれしい、でも気持ちだけでいいの、そんなことまでされるのは悪いわ」
誰も行きかう人の無い道をたどりながらあゆとのとりとめの無い会話が蘇る。心に埋めきれない隙間を感じていた。あゆの次の客はどんな男だろう。
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