知らぬが仏
更新しました。
楽しんでいただけると幸いです。
茶会の翌々日、口実をつけて雪之丞が翠に会いにいった時、廊下にぼんやりと座った暁妃がいた。静かに煙草を吸い、煙を吐き出す彼女に雪之丞は話しかけた。
「すぐに会えたね」
「会いに来たのじゃろう?」
こちらを見もしない暁妃の隣に座ろうとしたが、暁妃の着物の裾がほかのものより長く座る場所がなかったので雪之丞は諦めた。
「ずいぶん長い裾だね」
「まあな」
「なぜこんなに長い裾の着物を着ているの?流行?」
雪之丞がしゃがみ込んだ時、風が吹き暁妃の裾をめくった。雪之丞はその下に傷だらけで骨を幾度も折られたせいで細くぼこぼことした棒のようなふくらはぎを認めて驚き立ち上がり、「ごめん」と立ち上がった。
「知らなかった」
「知らなかった?」
「そう、なにも知らなかった。すまない」
「この脚をこのようにしたのはそなたの父の立華雪葉じゃぞ?立華雪之丞」
「!」
「今度聞いてみると良い。あやつは棒術がそれは得意じゃろう?」
暁妃がそこまで言うと雪之丞は何も言わず速足で去って行った。暁妃は再びぼんやりと煙草を吸うことにした。
つまらない男を近寄らせないようにするには真実を話すのがとても良い。
「帝釈天、毘沙門天、こちらで対処した。武器をしまえ」
ス、と壁から出てきた2人はそっと武器をしまった。
「城に出入りできる男じゃ、なにかあれば困る。もしまたくれば適当に姿を見せてやれ。男は自分よりも体格の良い男を恐がる」
それにしても暇じゃな、と最近治療時間が1時間減った暁妃は呟いた。
現世は退屈だ。
翠は雪之丞が部屋にやってきたとき、青ざめていたので驚いた。駆け寄って「どうした?」と尋ねると雪之丞は「なあ」と翠に尋ねた。
「暁妃嬢は誰に何をされたんだ?」
「.....」
「暁妃嬢の脚がめちゃくちゃになっていた。やったのはうちの父だと」
「そう」
「火傷もほかの怪我も全部うちの父がやったのか」
「まあ座れ」
海外から取り寄せた金細工の施された長椅子に座らせ。翠は雪之丞に言った。
「暁妃の傷は軍部の者かうちの家臣が行った。理由は不明。火傷は暁妃の侍女の七緒阿弓の夫の七尾正嗣大尉。暁妃の臓器を駄目にしたのは同じく侍女の春風彩也子の夫の春風正也少佐。そして暁妃の言葉が真実なら暁妃の脚を駄目にしたのは立華雪葉大佐となるだろう。暁妃はたぶん全員を覚えている。しかしなにをするのかが分からない」
「わからないというと?」
「暁妃はさっさと死んで天界に行きたいと考えている。しかしそうなると結界も気候も作物ももしかするとこの地の地形も崩れる可能性が高い。だから父上は暁妃の身体の治療をし、暁妃の機嫌を常に伺っている」
「君の母上は?」
「暁妃が地下牢から出てきたところを見た瞬間に悲鳴をあげて倒れ、それからずっと臥せっている。まあ暁妃を地下牢に閉じ込めたことは私も知らなかったんだ。なんらかの関与をしているに違いない」
暁妃はどうすればここにとどまってくれるのかな、と翠は頭を掻いた。雪之丞は尋ねた。
「今日のことをうちの父に話した方がいいと思うか?」
「焦って行動するのはやめておけ。私に会いに行ったら暁妃にたまたま会ったくらいでいいだろう。それで観察をすればいい」
「それもそうだな」
気付けの酒をくれと雪之丞が言うので翠はグラスに琥珀色の酒を少量入れて渡した。雪之丞はグ、と飲み干し洋装のボタンをいくつか開いて息を吐いた。
「楽しい日になると思ったがそうもいかないようだな」
「まあこんな日もあるさ兄弟。元気を出せよ」
翠は落ち込んだままの雪之丞を肩を叩いて慰めた。
ーーーーー
翠が暁妃に会いにいった時、暁妃は治療中で会うことはできなかった。その代わり桜花に会い、暁妃が雪之丞についてなにか言っていなかったかと尋ねると桜花は首を振り、雪之丞について尋ねた。
「雪之丞様はもうお帰りに?」
「ああ、父上と話があるらしい」
翠の言葉に桜花は明らかにがっかりして「そうですの」と言い、翠は話はここまでだと言うように桜花の頭を撫でて去って行った。桜花は少し不満に思ったがまあいい、と自分を慰め部屋に戻った。
雪之丞がまた城に遊びに来た時暁妃は熱を出して寝込んでいた。翠は言った。
「あの子は骨も臓腑も傷ついていてね、こうして熱を出すことも多いんだよ」
「そうか、無事なのか?その...」
「ああ癒し手の話では1年はもつらしい。ーー1年しかない」
「そうか」
憔悴したような表情の雪之丞を見て翠は雪之丞は父上に暁妃について詰問したなと考えた。そしてたぶん話をはぐらかされたか、逆に叱られたのだろう。
雪之丞の能力はこう見えて本や古代文字を見るだけで情景が浮かびすべて理解できるところにある。父上の立華大佐がこれでは戦えないと嘆いていると一緒に酒を飲んでいる時に聞いた。武術はそれなりにできるがそれでも軍に入るのは難しいらしい。雪之丞はそのことで父と対立し悩んでいた。
「せっかく本を持ってきたのにな。彼女は本が好きだろう?」
「何を持ってきたんだ?」
「竹取物語。竹から生まれた姫がたくさんの男に求愛される話だよ」
「まあそれならいいか」
翠が頭を掻いて許可を出すと「雪之丞様!」という声がしたので2人はそちらの方を見た。桜花が嬉しそうに手を振りやってきた。
「今日いらしてましたの?お茶会をなさいませんか?わたくしーー」
「ああいい、今日は暁妃嬢に会いに来たんだけど彼女は体調が悪いらしい。私たちだけで楽しむわけにもいかないだろう?」
「.....そう、そうですわね」
桜花は繕って「お姉様、早く治ると良いですわね」と言い、微笑んだ。雪之丞も微笑み「そうだね」と言い、翠に「日を改めるよ」と帰って行った。翠は見送りに行き、1人残された桜花はぎゅ、と拳を握った。
お姉様なんかどうでもいいじゃない。どうせ3日に1度は寝込んでいるのよ。
桜花はだんだんと胸に黒い靄を抱えるようになり、侍女に乱暴に「お茶会はなしよ」と言って部屋に戻った。
途中暁妃の部屋を通りがけにそっと戸を開けて見てみると暁妃が硝子製の呼吸の治療機器と癒し手の力で寝巻きをはだけて苦しそうにうめいていた。
痩せて骨が浮かんでいる傷だらけの胸に折れた痕が分かるあばら骨に歪んだ骨と身体中に散らばる怪我の痕。暁妃はゲホ、と咳込み血を吐いた。
桜花はそれを見て思わず口角を上げた。笑い声が漏れないように口元を隠してそっと戸を閉め小走りで部屋に戻った。
部屋に戻ると桜花はくすくすと笑った。なんだ、どうがんばってもお姉様が雪之丞様と良い関係になるのは無理じゃないの。
桜花はくつくつ笑い、死にかけている暁妃を思い出し心底安心した。
そしてそれを透視ができる帝釈天と毘沙門天が見ていないわけがなかった。どうしようか考えたが今は暁妃の体調が第一である。
それほど大きな問題は起きまいと考え暁妃の方を見た。顔色がずいぶん悪かった。
帝釈天は阿弓に帝に報告するように言った。結界を代わりに維持してくれと。
阿弓は頷き、帝の元へ走っていった。
読んでいただきありがとうございます。
続きは今日18時に更新します。




