桜花
第五話です。
楽しんでいただけると幸いです。
桜花にとって17年間は幸せそのものだった。
父母や兄に愛され、国民に愛されていた。自分が微笑むと皆は喜び、自分が悲しむと皆は心配した。
溢れるほどの愛情を与えられ、桜花は自分は特別な人間なのだと思っていた。能力もきっとあるのだろうと。
それが崩れたのは2週間前。地下牢が壊された時だった。何事かと部屋から出てみると家臣や侍女たちが慌てている。そして波が割れるように皆は端に寄った。
そこを動物たちと共に仏像によく似た衣服を着た美しい巨漢の男2人が1人の女性らしき人ーー白髪の薄汚れた寝巻きを着た女ーーを抱き上げ歩いて行った。
桜花は気になり侍女を振り切りついていくと彼らは父の元へ向かった。そこで扉に耳を当て話を聞いて、そして知った事実。
わたくしの能力はすべてあの白髪の女の能力だった。わたくしにはなんの能力もない!
桜花にとっては驚天動地のことだった。すべては彼女がやったこと。そしてその彼女は現世に嫌気が差し、天界へ向かいたいという。
帝国民を守ることなどどうだっていいと。なぜなら17年間地下牢に閉じ込められ日常的に暴行と虐待を受け、名前すらないのだから。どうだっていいと彼女は言ってそのまま帰ろうとしていた。
止めたのは父である帝であった。
猶予をくれ。なんでもする。お前の望むものすべてを与えようーー
そうして彼女は『暁妃』という特別な者でなければ得られない太陽の名を与えられ、それから17歳の少女にとって必要なものすべてを数日で用意された。
あの誰も入れない塔の最上階に部屋を与えられた。それは桜花にとってはどうでもよかった。
問題は今日のことだ。暁妃の部屋を変えようという言葉が兄の翠の口から飛び出した。
「あの塔は寒い。あそこでは暁妃の容態はますます悪化してしまう。だから我々の住む部屋の中で一番日当たりの良い部屋に移してはどうです?暖かければ容態がよくなるかもしれないですよ父上。ああそうだ暁妃のために庭も造ってはいかがでしょう?暁妃を愛する神々はいつも暁妃に花を与えるし、水の問題もどうにかなったし、暁妃は野点が好きなようですしーー」
「ーー申し訳ありません、失礼いたします」
耐えられなくなり桜花が立ち上がると翠は今までと違い「ああ、ではね桜花」と笑顔で見送った。桜花にとっては信じられないことだった。
廊下を歩いていても今までと違い桜花に対する視線は無機質であるか冷ややかであった。まるで双子の姉の能力を自分のものだと騙り、だました者として見ていた。桜花は耐えきれなかった。
違う、わたくしは知らなかった!
いつも父に「お前の力だ」と言われていたからそう信じていただけ。
このような環境が初めてだった桜花は部屋に入り、生まれて初めて侍女をなじった。あなたもわたくしを嘘つきだと思っているのでしょうーー桜花は完全に自分を見失っていた。
そしてそれはあらゆる能力を持つ暁妃が見ていないわけがなかった。人の脳は電気信号で動いている。電気信号を探ることなど暁妃にとっては朝飯前だった。
しかし、やはり予想どうり翠は仕方のない男じゃのと溜息を吐き、暁妃は再び本に目を落とした。外国の哲学というのはなかなか興味深かった。阿弓に本を持ってこいといつも言っているが、翠の提案は半分は賛成した方がよいかもしれぬと暁妃は考えた。
図書室までこの塔からでは遠い。頼んでみるかと煙管をくわえ、暁妃は読書に耽った。暁妃はすでに城の蔵書のうち3分の1を読み終えていた。
桜花のことは少し考えてすぐに忘れた。なぜならどう寿命を延ばしたところで1年ももたないからだ。自分が死ねば桜花への態度も元に戻るだろうと暁妃は考えていた。
今は妾の力が欲しいから皆が持ち上げているだけ。暁妃は人間の心理をある意味的確に見抜いていた。
ーーーーー
「暁妃、いるかい?」
塔の最上階にのぼってきた翠は身構える帝釈天や毘沙門天に笑顔で「やあ」と手を振り、2人の毒気を抜いて暁妃に近づいた。3歩ほどの距離を置いて暁妃に金の縁が入った硝子のケースを渡した。
「なんじゃこれは?」
「贈り物だよ。外国語でプレゼント。身体が良くなってきているみたいだしね」
翠はそう言い、ケースを開け、中から銀で縁取り、中央に大きなサファイアがはめ込んであり、周りをダイヤモンドが飾っているティアラを取り出した。
「外国ではね、私たちのような立場の人間はこういうのを頭につけるんだってさ。まあ場合によっては皇后だけのところもあるけど。君も皇女だしつけてもいいだろう?」
「.....」
「つけてみてもいい?」
翠が尋ねると暁妃はチラリと帝釈天と毘沙門天の方を見、2人が頷くと翠の方を見て「良いぞ」と答えた。翠は嬉しそうにティアラを持ち、そっと暁妃の頭に載せてやった。翠は満足そうに言った。
「やっぱりルビーよりサファイヤの方が似合うね。よし、周りの縁を金に...ああだめだ、やっぱり銀の方がいいね。これで行こう」
「ぬしは石を変えれるのか?」
暁妃が尋ねると翠は「そう」と頷いた。
「私の能力は石や鉱物を自在に好きな風に変えれるんだ。宝石にも変えれるし鉄にも変えれる。硝子は液体だから無理だけどね。だから買ってきた。あとは少しだけ未来予知ができる。父ほどではないけどね。暁妃は?なにができる?」
「たぶん帝と同じようなことじゃろうな」
暁妃のそっけない言葉に翠は「謙遜をしないで、言ってみてよ」というので暁妃は溜息を吐いて口に煙管をくわえて言った。
「分からないんじゃ。どれだけできるのかが。だいたいのことはすべてできる。未来予知も神を具現化させることも結界を張ることも大地に作物を生やさせることもだいたいできる。なにができないのかが分からない。じゃからこうして本を読んでは試している」
見てみぃ、と暁妃は窓の外に手を出し、ス、と指を動かした。すると大きな虹がかかった。
「どうやら虹も出せるらしい」
「すごいね君」
翠が驚嘆しているのを見つめ、暁妃は「ティアラをありがとう」と両手でそっと頭から取り、ケースに入れた。
「これは何に使うのじゃ?」
「まあ女性の宝飾品みたいなものだよ。気に入ったら身に着けてくれ」
それじゃあね、と翠は笑顔で立ち上がり出ていった。暁妃は階段の音が鳴りやむと帝釈天と毘沙門天の方を向いた。
「あの男はなにがしたいんじゃ?」
「兄妹であるし気に入られたいのではないか?」
そのような答えに暁妃は仕方なく硝子のケースに入ったティアラを眺め、明日にでもつけようかと考えた。善意は受け取っておいた方がいい。使えるものを渡された場合は、だ。
翌日白い髪にティアラをつけ、青灰色の生地に白と紫の大ぶりの牡丹が刺繍された振袖を着た暁妃が毘沙門天に抱き上げられて城まで降り、縁側に腰かけてゆっくり煙草を吸いながら庭を見ているのを見て、家臣も召使も桜花もぎょっとした。柔らかい銀糸と宝石で形どられたティアラはとても似合っていた。
桜花は思わず暁妃に尋ねた。
「ごきげんようお姉様、素敵な髪飾りですわね」
「昨日アニウエがくれた」
こちらを見もせずに言う暁妃に桜花は驚き、「そうですの、素敵ですわ」と言葉を返してそそくさとその場を去った。
桜花は動揺していた。あのようなものは自分でももらったことはない。なぜ、と考えて部屋に籠った。
桜花の心に初めてモヤモヤした何かが生まれた瞬間だった。
読んでいただきありがとうございます。
続きは今日18時に更新します。




