伝説の始まり
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楽しんでいただけると幸いです。
桜花が先に天界ーーあるいは地獄へ逝ったことで暁妃はようやく息を吐いた。現世での生活は長かった。ぼんやりとしか覚えてはいないが既視感のある場所、聞いたことのある声に暁妃はいつも悩まされていた。
だいたいの人間が思ったとうりに動く。しかし思考を読んでも誰もなにも企んでいない。それで暁妃は今回、いつもとは違うことをしようと考えた。
夫と夫の主に頼んで地下牢から出してもらった。そうして思い出せる限りの先回りをした。それでようやく終わった。あとは簡単だ。
帝釈天は桜花の亡骸を見ながら眉間に皺を寄せた。彼女とは一度話したことがある。
あれは三度目か、それとも四度目か。暁妃があまりに残酷な運命を辿るので不審に思った帝釈天は地上に降りて探っていた。そして犯人が桜花だと突き止め、彼女を聖塔に無理やり連れていった。ーーいや、彼女は言うままに素直についてきた。そして言った。
「私は生きてても悲惨な目に遭うの。どうやっても皆お姉様を愛するの。でも自殺をすればもう一度やりなおせれる。今回もだめみたいね」
そう笑って彼女は首に刃物を当てた。そして帝釈天が止める間もなくそれを突き刺し自害した。そうして時間が暁妃たちが生まれた時に戻った。
だから時が来るまで暁妃を守ることしかできなかった。
桜花を殺してしまってもいいが、桜花は必ず先回りしてすべての準備を終えて現れた。過去の記憶を持っていたから当たり前だ。
しかし今回は違った。彼女は声を封印され、記憶を自分からすべてではないが消した。絶好の機会だと帝釈天は考えた。暁妃が16歳まで生きていればいい。現世での傷は天界へ行けば治る。今回しかないと思った。
そして桜花はもう疲れていたのだろうとも考えた。自殺されれば今度は桜花を天界に行かせるために動かなければならない。だからこちらの監視も行った。今回は愛されているはずだから大丈夫と思って。
そして彼女の演技のおかげでどうにかなった。帝釈天は安堵した。
暁妃も桜花も天部衆の1人。どちらも失うわけにはいかなかった。
その時に咆哮をあげて雪之丞が暁妃を斬り殺しにかかった。まだ声による洗脳は解けていないらしい。ーーいや、桜花が死んだことでかけた術が変に作動し錯乱したか。雪之丞は毘沙門天に簡単に取り押さえられた。彼は暴れたが、そのうち口から血泡を吐いて息絶えた。桜花の強力な術をかけられた者はこうなる。
暁妃はそれを見て、帝の方に向かい、言った。
「もううんざりじゃ。楽しいか?妾の妹を残酷に扱い、何度も死なせ、次は妾ときた。貴様にはうんざりよ。すべて知っておいて」
「朕はそのようなーーー」
「ではなぜ桜花が生まれた時に桜の木に能力を封印させた?姿もじゃ。すべて知っていたのじゃろう?なんせ貴様はもう18000年生きておる」
「......」
「自分の力を自分の権力と命の為に使ったな?だがもう終わりじゃ。わかっーーー」
暁妃は言いかけて自分の胸を見た。刀の刃が貫通している。後ろを見ると立華雪葉が血走った眼でこちらを見ていた。そして刀を抜くと雪葉は「この魔物め」と嗤った。
床に倒れ込んだ暁妃は息絶えた。そしてその冷たい手を毘沙門天が触れ、握ると漢服を着た暁妃が現れ、立ち上がった。皆が驚く中、彼女は大きく息を吐いた。
「ああ、肉体を棄てるのは難儀じゃ」
「そういうものか」
「そういうものよ。そなたは知らぬじゃろうがな。ーーしかしとにかくこれで天界へ向かえる。立華、ご苦労じゃった」
呆然としている雪葉に暁妃は笑いかけ、城を去ろうと歩き出し、「ああそうじゃ」と翠の方を向いて言った。
「兄上、船を造って家族と動物のつがいをそれぞれ一頭ずつ載せて逃げるがよいぞ。好きなおなごがいるのならその者を連れて」
「暁妃?」
翠が首を傾げて暁妃を見ると、暁妃は微笑んだ。あの時の老人と同じ色の目をした兄。彼は暁妃の為にずっとあそこで待っていた。
そのまま暁妃は帝釈天と毘沙門天に連れられて会場から出ていった。後ろから翠が「暁妃!」と叫んだが暁妃はもう振り返らなかった。神は人の言葉をあまり聞かない。
雪葉は捕らえられ、連れられて行った。帝は本性を知られたことに憔悴し、皇后は娘を2人とも失ったことに泣いていた。帝はシュメール人の王であった。今は在位18600年である。帝は桜花のことも暁妃のこともすべて知っていた。
なぜ無視をしたか?自分の能力を最も大事にしていたからだった。そして彼はシュメール人ゆえに生まれた双子が『ほかの世界の』神だとは思ってもみなかった。
このように結界を張るようになったのは在位16000年頃、未来人を名乗る異国人がやってきた。能力を貸す代わりに住まわせてほしいと。帝は了承し、ここを能力持ちの異国人の居住区とした。シュメール人に知られぬように。自分も能力を持っていたから隠すことは簡単だった。
異国人は不思議な生活体系をとった。紙と木の家に住み、穀物と野菜を食べ、そうでなければ肉や小麦で作ったパンとかいうものを食べた。虫を飼い糸をつむぎ、あるいは木から糸を作って衣服を作った。我々のように石の家に住むものもいたが、それらはある時から別の場所に移り、ドーム状の透明化する空間の中で生活していた。
そして帝は結界の張ってある国を『太陽帝国』と呼び統治した。どうせシュメールの内部の一地区である。統治は簡単だった。
そしてある日桜花が現れ、暁妃を牢に閉じ込めて、現在となった。桜花の言うとうり暁妃の能力は恐ろしいほど強大で、自分も自分の腹心たちも強大な力を得た。傷つけ無理矢理盗る必要はあったが、帝は子どもを傷つけることに何の感情も持たない人間だった。
しかし桜花の何度も行った過去への移動と、暁妃が何度も死んだことで歴史に亀裂が入った。まだ生まれるはずのない者が生まれ、そして生きている者が死んでいく。
そして暁妃は死に、桜花も死に、強大な力は失われつつあった。
帝は嫌な予感がした。
ーーーーー
「ーーああ、よかった無事に着いた」
暁妃は天界に着き、息を吐いた。人間の身体を脱ぐのは力がいる。そして毘沙門天に連れられて歩きながら尋ねた。
「のう、妾が阿修羅王と踊った時どう思った?」
「ーー帝釈天の奥方の父上と踊ったところでどうも思わない」
怒っている、と暁妃改め吉祥天はくすくす笑い、毘沙門天と共に歩いて行った。
「ああいかん」
「どうした?」
「ギルガメシュにエンキドゥに会ったことを言い忘れていた。しかしまあ良いか」
「かまわんだろう、どうせもう結界も壊れ、塔も壊れる。そうすれば人間の行く末は決まっている。破壊と再生。我々はまた人間が現れるまで待てばいい」
「それもそうじゃの」
7つの星が降り、結界を壊し、塔が壊れ、人々の言語が混乱し洪水が始まった未曾有の災禍に見舞われる運命の世界を一瞥し吉祥天は夫の言葉に頷いた。
どうせ何度滅んでも人は生まれ出でる。人間とはそういうものだ。
今回はたまたまシュメール時代まで戻り、そこで現地人に見つからないように結界を張り、生きていただけだ。どうせ歴史は繰り返す。
伝説というのはいつだって同じように起きる。世界はいつだって滅んで蘇る。それは決まっていることで神といえどどうすることもできない。我々は見ていることしかできない。どれほど人間を愛してもだ。できることといえば少しだけ手助けするくらい。毘沙門天はこれから起きるだろう人間の悲劇に妻が平気でいるのか心配になった。
それを察したのか吉祥天は言った。
「のう毘沙門天、また妾を抱き上げてよ」
「歩けるのにか?」
「ずっと抱き上げてくれただろう?」
毘沙門天はまんざらでもない顔をして吉祥天を抱き上げた。吉祥天はケラケラ笑って喜んでいる。
昔からそうだった。この娘は自分に抱き上げられることが大好きだった。
無邪気な娘だと毘沙門天は顔を振り歩いた。
そうして2人は皆が待つ堂へ向かった。
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