密談
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楽しんでいただけると幸いです。
暁妃は母である皇后とすれ違った時、自分の記憶を彼女に視せた。地下牢にいたときのことである。ひもじい食事や寒い地下牢、そして軍の者や家臣による虐待と暴行をかいつまんで視せた。
たとえば殴られたり蹴られたり、あるいは暴言を吐かれたりなどだ。あとは眠らせてもらえなかったりなど。
暁妃とすれ違った緋色は驚いて暁妃の方を見たが暁妃は振り向かなかった。緋色はよろめき、侍女に支えられたが、その様を暁妃は歩きながら気配で感じそして彼女の記憶を読んだ。
ーーどうやら妾がどうなっているのか知らなかったらしい。
その事実に満足し、暁妃は次の標的の元に向かった。兄の翠である。雪之丞が遊びに来ているようだが別に2人ともに視せてもよいだろうと暁妃は考えた。傷を見ていればなにをされたかなどだいたいの予想はつく。
結論を言うと雪之丞はもちろんだが、翠も知らなかったようだった。暁妃はそれだけを確認すると「暁妃!」と呼ぶ2人を無視して聖塔に向かった。
ここに入る時に門番に許可はいらない。能力さえあれば扉は勝手に開くからだ。最初の頃は帝が門を開けていた。
暁妃はそっと門を開け中に入った。扉も暁妃を受け入れるように勝手に開いた。城では少しばかり騒々しい。そして神たちとの会話も聞かれたくはない。
暁妃はゆっくりと階段をのぼり、最上階に入った。既に帝釈天と毘沙門天は待機していた。
「分かったかえ?」
「ああ、だがおかしい。フンババという邪神が預言者に扮していたようだ。しかし」
「フンババはギルガメシュ叙事詩に出てくる神ではなかったか?」
「そう、こんなことに介入できるはずがない。奴はたしかにギルガメシュとエンキドゥが倒したが、元は森の守護者であったはずだ。森を守るが、このような預言はできないはず」
暁妃は少し考え、2人に聞いた。
「のう、2人とも。妾は今までに何回死んだ?」
ーーーーー
もう隠し立てはできぬと観念し、帝釈天は暁妃に説明した。
今回が6回目。暁妃は「ちょうど六道輪廻じゃの」というと帝釈天は「そういう話ではない」とピシャリと否定したので暁妃は肩をすくめた。帝釈天はあまり冗談が通じない。
「お前は一回目に天界に向かうはずで生まれた。しかし何者かに12歳の時に毒殺された。二回目も三回目もどうやっても16歳まで生きられない。分かるか?天界には少なくとも16歳を超えないといけない。極楽と天界は違う。16歳以上の肉体を得ないと天界に住むのは難しい。子を生せないからな。そしてお前は回数を重ねるごとに残酷に殺されていく。だから今回は我々が人間界に降り、ずっとお前のそばにいたのだ」
「その言い方はもう犯人も分かっておるな?」
暁妃の質問に帝釈天を溜息を吐いて頷いた。
「ああ。犯人は毎回お前の妹だ。あやつは不幸と貧困の神だ。エンキドゥが言う冥界の女王だ。あやつはお前を憎んでいる。お前になりたがっている。だがお前の力はどのようにしても彼女が持つことはない。神の役割は決まっている」
「じゃが、桜花は妾と表裏一体じゃろう?妾の隣には必ず彼女がいる」
「それでも許せないのが不幸の神だ。不幸は嫉妬や憎悪、そして猜疑心から成る」
「なるほどの」
暁妃は顔をあげて考え、「だが」と呟いた。
「今回ばかりは失敗したようじゃのう。妾は18歳まで生きた。ーー帝の記憶を読んだが預言者の顔は黒く塗りつぶされていた。そなたら、介入したのか?」
「ああ、もう待っていられない」
時間が無いと帝釈天は言った。
「我々は全員天界に戻らないとならない。人間の時代が終わる」
「人間が終る?」
「そう、終わりが来る。生きとし生けるものすべて始まりがあり、終わりがある。それを1人の貧乏神の我侭で伸ばされては困る。文明は壊れる。人はいなくなる。それが世界の運命だ」
「そうか。では早くしないとならんな」
暁妃はそう言い、2人を見た。帝釈天と毘沙門天はそのような暁妃を見、彼女の育て方は間違いではなかったと満足そうに見た。神が人間に同情してはいけないのだ。暁妃は2人を見て尋ねた。
「ところで、異邦人の件じゃが、あれもそなたらが考えたことか?」
暁妃の言葉に2人は首を傾げた。2mを超える武神がきょとんとしている姿はなんとなく可愛らしく面白いと暁妃は考えた。
「神はそのようなものは考えない。あるのは人間と、自然と、動物。あとは人間が勝手にやる」
「そうか。ーーところで2人とも、この人間の文明は何世紀ほど経っておる?」
「前史時代を含めると4000年ほどだ」
暁妃は首を振った。
「違う。エンキドゥが言っておうた。『今がいつで、ここはどこか』と。前史時代の人間が滅んだ?それは嘘じゃな?」
「ほう、それは面白い仮説だ」
「以前本を読んでいる時に面白い仮説を見た。『世界5分前仮説』というやつじゃ。世界は5分前に誕生し人々や建造物はすべて誕生と共に捏造されてあたかも自分はその年数を生きていたと錯覚するそうな」
「それで?」
「元々の話がおかしいのじゃ。わざと被差別民を作り、わざとかつてあったアジアの様式で生活し、結界にもわざと色を塗る。問題が逸らされておる。『今がいつで、ここはどこか』。答えは簡単。シュメール時代後のメソポタミア南部よ。我々は未来にいるのではない。過去にいる」
暁妃の言葉に帝釈天が言った。
「それでは我々の存在の意義も、人間たちが持つ物もなくなってしまうが?」
「なくならぬよ。一部の民が過去に逃げたのだから。エンキドゥが侵入できるはずよな。だって彼は特殊な力を持ったシュメール人じゃもの。結界くらい通れる。それにこの塔もシュメール人が建てたものじゃ。この場所に結界を張ったわけだ我々はそれではバビロニア時代にまで残っても仕方あるまい。きちんと保存されるだろうよ」
それに、と暁妃は続けた。
「いつも違和感があった。見たことがある光景、人間、言われたことのある言葉。なぜかと思ったが、5回も死んでいれば納得がいく。ーーじゃから過去に一度見たことがあったびいどろ屋の時計と本屋の本を破壊した。あれでたぶん過去に行くのだろう。何度目か分からぬが時計で過去に行くところを見たような気がする」
「ふうむ、面白い仮説だ。人間に過去に戻る力があったとは。しかし、暁妃、分かっているな?」
帝釈天に暁妃は頷いた。
「分かっている。どのようにしても文明は壊れるし、我々は神じゃ。大洪水もあらゆる惨禍も見ているだけよ」
暁妃たちは後々の未来でこの時代にガラスが製造されていたと発見されることを知らない。
暁妃たちは塔を降り、夕暮れの中部屋に戻った。暁妃は夕暮れを見て太陽の光はこの色であっているのか首を傾げた。彼らは外の世界を知らないでいる。
ーーーーー
錠が外れる音を聞き、猿ぐつわをされた桜花は顔を上げた。
帝釈天がいて、彼は桜花の猿ぐつわを解き、縄を解いて「逃げろ」と言った。
「逃げろ」
「.....どうし、ああ」
桜花が疲れたように笑って言った。
「わたくしが死んでしまうとお姉様が困るのね?でももう平気でしょ?16歳越えたしさあ、別にどうでもいいでしょ。どうせもう取り返しがつかないし。もうそろそろ死んでもいいでしょ。私別に誰にも愛されてないし」
「ーー御託はいい。男を1人用意している。早く逃げろ」
「...あーなるほどね、まだお姉様が結婚するために私がやらなきゃいけないことがあるのね。分かったわよ。やるわよ。やんないとまた殴られそうだし?いいよ、やるよ」
「まるで過去の記憶があるように言うな」
「私の術は私自身にはそれほど効かないの。今までのことぼんやりだけどだいたい覚えてる。めんどうくさいなあ。あとでやること教えてちょうだい。さっさと済ませるわ、じゃあね」
桜花は疲れたように立ち上がり、牢から出た。
フラフラと歩いて行く桜花の後姿を見ながら帝釈天はなんともいえない顔をしていた。
あの女はここまで無残な扱いを受ける為に生まれたわけではなかったはずだと考えながら。
読んでいただきありがとうございます。
続きは明日8時に更新します。




