寂寥感と完治
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楽しんでいただけると幸いです。
それから数週間、暁妃は阿弓や彩也子も部屋に入れず、なぜか食事を2食用意するように言って部屋に籠っていた。
帝らは誕生日の件で暁妃が怒っているのではないかと翠や緋色と相談していたが、実際は違った。エンキドゥがここ最近時間を問わずにやってくるからだった。
どうも急いでいるらしい彼に暁妃は諦め、ついでに身体を治してくれている礼に食事を与えた。
他の部分はある程度の時間で癒えたが、腰が問題であったらしい。骨が砕かれた時に神経も潰れたらしい。エンキドゥは毎日どこからかやってきては食事を食べ、暁妃の腰の治療をし、帰って行った。
暁妃はその後毘沙門天に抱えられ風呂に入り、煙草を吸って眠る日々が続いた。腰の治療はエンキドゥの力をもってしても痛みが伴った。
あまりしたくはないが、ここを治すまでエンキドゥは毎日やってくるし、帰らないだろう。見つかると困るという理由で暁妃は痛みに耐え、治療を受けていた。
3週間目のある日とうとうエンキドゥが「治った」といい、暁妃を起こした。暁妃はエンキドゥの肩に手をかけ、腰と脚に力をかけると約12年ぶりに立つことができた。
「きちんと歩けるようになるまでは杖を使うといい。いずれ1人で歩けるようになる」
「素晴らしいの。ありがとうエンキドゥ」
暁妃の笑顔にエンキドゥは一瞬目を見開いたがすぐに顔を逸らして「終わったから私は戻る」と言って立ち上がり、まだ明るい外へ戸に手をかけ出ていった。暁妃は慌ててよろよろと足をもつれさせながら歩き、開いた戸に手をかけ、叫んだ。
「外は危険じゃエンキドゥ!」
彼は一度だけ振り向いて微笑みそして消えていった。あの様子なら大丈夫かもしれないとぼんやり考えてふと下を見ると阿弓が膳を倒して自分も尻もちをつき驚いていた。
「無事かえ?」
「あ、暁妃様、いつから立てるように...?」
「先ほど治してもらった」
「どなた様にでしょう...?」
「英雄」
阿弓はすぐに帝に報告をしなければと立ち上がり走っていった。暁妃はもう彼には会えないかもしれないと考えた。
もう栗色の髪を見ることも白い大きな手が自分に触れることもない。たまに聴く低い声ももはや聴くことはない。寂しいなと暁妃は思った。それが淡い恋かもしれないということに暁妃は気づいていなかった。
阿弓の話を聞き、驚いた帝は暁妃を呼び寄せ、誰に治されたのかを尋ねた。暁妃は「栗色の髪の癒し手」と言い、翠や帝、そして緋色はだから暁妃は部屋に籠り、そして誰も入れなかったのかと納得した。
知らぬ異邦人が城に入ってきたとなれば捕らえられ地下牢に入れられてしまう。翠は「言っておいて欲しかったな」と少しだけ暁妃を叱ったが、傷がすべて癒えたことを喜び、全快祝いでもしようかと提案した。
帝も皇后の緋色も前回の誕生日の件の詫びには丁度良いと思い賛成した。暁妃はよく知らないがとりあえずは頷き、そして桜花がいないことに気づいた。
「桜花はどこじゃ?」
「あー、あの子は...」
翠が言葉を濁しているので暁妃は手っ取り早く思考を読むことにした。するとどうも誕生会の時に暁妃が自分の分の贈り物が用意されておらず帰ったという勘違いで周りにいた華族どもも兄の翠も帰ったことで生まれて初めて誕生会を中断された彼女はそそくさと帰る華族の者たちはそれほど自分のことを大事にしていないということを知り、衝撃を受けて泣き、そして部屋に籠っているらしい。
暁妃はめんどうくさいのうと正直に感じ、そういえばあの時はちょうど誕生日だったなということを思い出した。
毎年神が祝ってくれていたから人間の祝い方に気づかなかった。だから菩薩や天部、明王、そして如来までもがなにかにつけて自分に連絡をよこしていたのかと暁妃はようやく気付き、彼らに連絡をしないとならんと考えた。
あとは桜花の為に一言言っておかねばならんとも。
「兄上、桜花になにがあったかは存じませぬが彼女は妾よりも傷つきやすい。何かした方がよろしいかと」
「ああ、そうだね」
「では妾はこれで失礼いたしまする。あああと、杖を1つ所望いたします。まだ歩くのに慣れておらぬので」
「朕が用意させよう。明日にでもお前の部屋に届くようにしておこう。それにしても善いことが起きた」
帝は機嫌良さそうに了承し暁妃を帰した。暁妃は毘沙門天の手を借り歩き、部屋に戻った。
一度桜花に話しかけようか迷ったが、話を聞いていないことになっている。それにどうも桜花は危険な気配をまとっている。いずれ理由を聞かれれば話せばいいだろうと考え部屋に入った。
ーーーーー
ある日皇后に茶会に誘われ、暁妃は断ろうとしたが皇后の侍女の思考を読むとどうしても暁妃に参加をしてもらわないと叱られるという恐怖を察知し、暁妃は仕方なく出ることにした。一応帝釈天と毘沙門天には空にいてもらうことにした。接待だから余計な喧嘩をされれば困る。
その日暁妃は深緑の生地に花が描かれた洗練された着物を着、髪を結って参加した。そこに皇后陛下のほかに桜花もいたので暁妃はふむ、と考え、知らぬふりで杖をつき、椅子を引いてもらい座った。外国のテーブルには白いテーブルクロスがかけられ、洋菓子と紅茶があった。控えていた男が暁妃の前にカップを置き、紅茶を注ぎ、ミルクと砂糖も入れた。
「菓子はどれにいたしましょう?」
「なんでもよい」
そう言うと彼は小さいケーキを2、3個綺麗に皿に並べ、暁妃の前に置き、礼をして定位置に戻っていった。なるほど、茶会では召使は我々のすぐ近くに待機して給仕をするらしい。難儀なことよ、と思いつつ暁妃は紅茶を飲んだ。好きでもなく嫌いでもない味だった。
「お姉様はこのお時間は治療では?」
「先日傷はすべて癒えた。問題ない」
「お姉様のお言葉遣いって昔の人みたいですわね」
白地に桜色の生地に桜の絵が刺繍された豪奢な着物を着た桜花は意地悪そうに言い、皇后にたしなめられた。暁妃は表情を動かさずに桜花の方を見て言った。
「そうか、神々にこの言葉遣いを教わったが古いのか。では今度使ってよいか如来にでも尋ねてみよう。それで?現在の娘の使う言葉はどのようなものじゃ?桜花」
「ーーーーッ」
「申してみよ、使うてみようぞ」
「暁妃、これも美味しいから食べなさい。苺と生クリームを使ったケーキよ」
皇女ではなく娘と言われ顔を赤くして下を向き、震える桜花が反論をしないために皇后は暁妃にショートケーキを勧めた。暁妃は礼を言い、フォークを使って一口口に入れた。悪くはなかった。茶が甘い分口の中が甘くて不快ではあったが。
「今日の着物、とても素敵ね。暁妃」
「はあ、先日商人の者が勧めてくださいました。この度はありがとうございます。皇后陛下」
「母上と呼んでちょうだい。母なのですから」
「時と場合を考えます。今は人が多すぎますゆえ、そう簡単に母上と呼べませぬ」
「.....そう、そうね」
皇后はニコリと笑って暁妃を見た。所作から見て神々は暁妃にきちんと上に立つ者としての教育を施したらしい。18にもなってところかまわず母と呼んではいけない、洋風の食事や菓子が出された時の所作、人前での仕草。
皇后は暁妃の所作と仕草を見、これなら人前に出しても大丈夫かもしれないと考えた。身体が治った今、彼女は人前に立ち以前の桜花のように民衆に話しかけ、そして守護者としての仕事を行える。
対して、と皇后は機嫌悪そうにしている桜花をチラリと見た。少しばかり甘やかしすぎた。褒めたたえられるのが当然として育った彼女は民衆にも家族にも侍女にも召使や家臣にもそれを求める。今から教育し直そうかと考えたが、そこで暁妃がじ、とこちらを見ているので緋色皇后は暁妃に微笑んで尋ねた。
「なにかしら?暁妃」
「この国の成人は18でございます、皇后陛下」
「つまり?」
「遅すぎる、という意味でございます。ーーああ、思考は読んでいないのでご安心を」
暁妃はそう言い、茶のおかわりをした。今度は給仕に砂糖は入れないでくれと頼みそっと飲んでいた。その飲み方たるや。美しく上品に茶を飲む姿に皇后は気になって暁妃に尋ねた。
「作法をどなたから教わったの?」
「阿修羅王と帝釈天、帝釈天の奥方の舎脂様、そして鬼子母神でございます」
「あら、それは」
神の名を聞き皇后は納得し、想像し、少し微笑ましくなった。伝説で大きな争いを行った阿修羅王と帝釈天が暁妃の子育てとは。皇后は口元を隠し笑った。なかなかない場面である。
皇后が暁妃にもう少し話を聞こうとすると桜花が立ち上がり、「わたくし、失礼いたしますわ」と去って行った。皇后は慌てて「桜花!」と自分も立ち上がりついていった。
残された暁妃は降りてきた帝釈天と毘沙門天に「あれは本当にこの国の皇族の1人なのかえ」と呆れたように言い、1人で茶会を楽しんだ。帝釈天と毘沙門天も困ったように桜花が去って行った先を透視し、まあいいかと自分たちも席に座り茶会に参加した。
帝釈天と毘沙門天との茶会はほとんど初めてだったが暁妃にとっては皇后とよりも楽しかった。実の親ではないが実の親以上に愛情をくれた育ての親との会話の方がやはり楽しい。
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