善意の差別と能力の消失
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七緒大尉はひどく焦っていた。力が急に失われたからだ。今では焚火を起こす程度の炎しか出せない。なにがあったのだと思っていると、妻の阿弓から手紙が来て、読むと暁妃の火傷痕が綺麗に治り、消えたのだという。
七緒大尉は拳を握ってドン、と机を叩いた。そんなはずはない。一生消えないように痕をつけたはずだ。七緒が手紙をぐしゃと握っていると、電話が鳴った。
謹慎中だが何事かと電話に出ると軍部からだった。立華大佐からで結界に大きなヒビが入ったので謹慎を特例で許し、ヒビが入った場所で侵入者や気候変動などとにかく何か悪いことが起きた場合に備えて待機するとのことだった。
正嗣は了解したが、内心どうしようかと考えていた。今の自分は過去のように無力である。なにかが起きれば戦いは元より自分の身を守ることすら難しい。
しかし大尉である以上行くしかないと考えた。どうしてこんなことがと疑問に思いながら。七緒大尉は長い黒髪を後ろで一縛りし、軍服を着て軍に向かった。
暁妃は皮膚が綺麗に戻ったので普通の温度の湯に入りあがった。濡れた髪を阿弓に拭ってもらいながら家臣や華族たちの善良な差別にうんざりしていた。
つまり黒髪の人間ばかりのこの国で老人以外ではほとんどいない白髪の暁妃に対する明確な差別ではなく、『自分は差別をしない人間だ』と思い込んでいる人間による如何に自分は差別をしない人間だと主張をしてくるなどの無自覚な差別によるストレスと疲れるくらいの心の傷である。
簡単にいえばたとえば太っている女がいたとする。太っている人間は全人口の1%にも満たない。こうなると肥満は怠惰ではなく奇病扱いとなる。彼女は皆に笑われたり軽蔑されている。
その時にこういうことを言う人間がでてくる。『私の家族や友人は差別的で肥満を許さない人だけど私はほかの人と違って太っててもよいと思う人なの!』とか『私は多様性に理解があるからあなたがその体型でもいいと思う』と。太った女は苦笑するか黙れと思うだろう。
太っている理由が病気だったらとか遺伝だとかそういう背景を考えることもせずに『珍妙なもの』と決めつける。
ではこのような言葉をはいた人間はこの太った女を友人として自分の友人たちに紹介するか?答えは否である。手紙のやりとりもしないし、遊ぶことはもちろん、下手をすると名前も聞かず握手もせずに去って行く。これが差別ではなくてなんだというのか。
問題は太った女はもし遺伝でなければ病気が治ったら痩せて変わることができるが、髪の毛の色はこの国ではそう簡単に変えることができないという点だ。前史時代の肌の色と同じだ。
これならまだ自分の身体を壊し暴言を吐いた差別主義者のあの男たちの方がマシだと暁妃は考えた。
どうしてこのような差別主義者ではない差別主義者はほとんど自分と同じような髪色の違う人間と付き合ったことがないくせに自分は差別をせず善良だと声高に言ってくるのか。
そしてどうして聞かれてもいないのに自分はいかに優しく親切で、差別など決してしない善良な人間だと話し始めるのか。
しかしそれを指摘すれば彼らは狼狽えてますます自分は差別主義者ではない、そういうことをいうなんてひどいと被害者面をしてくるから暁妃は閉口した。兄妹がそうなのかはまだ確かめていないから分からない。
暁妃はめんどうくさくなってある時から最低限の付き合い以外を止めた。気づいていないというのは罪だなと暁妃は脚を拭ってもらいつつ考えた。
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「暁妃様、本日は陛下がどうしても暁妃様とお話ししたいとのことです」
「そうか、傷もひとつ治ったし参るとするか」
「はい」
阿弓と彩也子の手で襦袢を身につけ、白と藍色の生地に白や水色、金糸で縫われた牡丹の花の着物を着て外に待機していた毘沙門天を呼び、抱き上げてもらい帝の元へ向かった。
脇によっている家臣の顔は見てはいない。目を合わせるとめんどうなことになることはもう分かっていた。
謁見の間に入ると帝が一段高いところに肘掛けに肘を預け待っていた。藍色の着物で上掛けを羽織っている。横を見ると自分の歯を折った家臣と春風少佐と共に内臓を壊した家臣が座っていた。
帝のくせに後ろに護衛の1人もつけていなかった。そして段の下、帝の家族が座る場所には知らぬ女がいた。黒葡萄のようなふさふさとした巻き毛の髪に髪飾りをつけ、桜花と同じような乳白色のカメオのような肌に赤い唇、幅広の二重に紫の瞳、眼の形は涼やかである。
すっとした鼻梁に美しい輪郭をしていたがそれは少しこけていた。
彼女は白い着物に藍色の金糸で上品な花模様が描かれた上品な上掛けを羽織っていた。
暁妃が定位置に座らされると、帝は口を開いた。
「体調の方はどうだ?」
「なぜか火傷が綺麗に治ったので皮膚の痛みはあまりございませぬ。陛下」
「よい、朕を父と呼ぶがよい。ーー結界にヒビが入った。理由は...」
「さあ、理由は分かりませぬ。壊れたのですか?」
「ーーいや、今はヒビが大きく入っただけだ。念のために軍の者を何人か配置させておる。それよりも暁妃、その火傷、どのようにして治ったのだ?」
「存じません」
帝は困惑して皇后の緋色の方を見、暁妃を見た。暁妃はどうやら先日のできごとをすっかり忘れているらしい。心的外傷を刺激され記憶を失ったかと暁妃の微弱な思考を読み、帝は「そうか」と暁妃に部屋に戻るように言った。
「まだ身体の状態が悪い、癒し手たちの治療を受けるがよい」
「かしこまりました」
暁妃はそう言って毘沙門天に抱えられ帝釈天や四獣とともに出ていった。残された者はそこでようやくホッと一息吐いた。あまりにも緊迫感があった。
暁妃との会話中、彼女を抱えていた毘沙門天はもちろんのこと、帝釈天も四獣もいつでも家臣も皇后も帝もすべての人間の息の根を止めれるように間合いを取っていた。
帝が暁妃の体調の確認と結界について軽く聞いただけで帰したのはそのせいだった。
暁妃に結界を張り直してもらうにしてもこれには時間がかかると帝は考えた。緋色皇后は自分のことを忘れている暁妃に少なからず驚いていた。
なにもしてこなかったとしても母である。まさかあのように知らぬ者を見るように見られるとは思ってもみなかったのだ。愛されるのが当然と生きてきた彼女にとって今回の件は衝撃が大きかった。
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