設備投資
右を見ても左を見ても、みんなメロンパンを買い求める。
誰も彼もメロンパンだ。
今、パン業界はメロンパンブームで沸いていた。
「焼いても焼いても追いつかない!」
俺はとある駅前の商店街でパン屋を営んでいる。
朝から店の前に行列が出来ていた。
ちなみに俺の店のメロンパンは前から一応評判ではあった。表面カリカリサクサク、生地はふんわり。
甘さは程よく控えめ。
「うちにあんなお客がくるなんて」
おふくろが生地を窯に放り込みながら呆れたように言う。外に並んでる客は殆どがお洒落な格好をした女性だった。
それまではリーマン、それもおっさんがほとんどだったのに。
「まあでも、一時のことさ」
俺は食パンの生地をこね、台に力強く叩きつけて空気を抜いた。
「流行なんてのはそんなもんさ、一年もたったら、そんなことあったっけ? てなるんだよ」
「そうだねぇ」
とおふくろ苦笑い。
まあ、どの業界も似たようなもんだ。なんて言って笑いあってたら、
「おかみさーん、メロンパン売り切れましたー、いつ焼きあがりますかー?!」
店員の女の子が悲鳴のような声で聞いてきた。やべえ。
いくら流行だからって、メロンパンばっかり焼いてるわけにはいかない。
食パン買い求めるお客様もいるんだ。クロワッサンだって。黒パンだって。
ちなみに俺は一応、修行してパン屋になった。
鬼みたいに怖い親方に教えてもらったんだ。
でもおかげで、何でも作れる。焼いたことないパンもレシピ見たら作れるのはありがたい。
仕込んでくれた親方に感謝である。俺のオヤジなんだけどね。
「すみませーん、もう今日のメロンパンは終わりです!」
俺がレジの奥からそう言うと、並んでいた客たちはあからさまにがっかりした顔して去って行った。他のパンは?と思ったけど見向きもしない。
残ったのは昔からのなじみのおっちゃんたち。なんか一気に店の中が静かになった。
「えらい綺麗な姉ちゃんが多かったから入りづらかったんだよ」
おっちゃんの一人が、おふくろのように苦笑いしながら言う。
「なんかスミマセン」
俺が頭をかきながら言うと、おっちゃんはひらひらと手を振った。
「いやいや、別にあんたが謝ることじゃないだろ」
それはそうかも知れないが、でもおなじみさんが入りづらいって、やっぱね。
悪いことしちゃったな、と思っちゃうよ。
そのおっちゃんはうちの名物の明太子フランスを買っていった。
おっちゃんは店の外でそれを一口頬張り、俺に向かってサムズアップ。なんか嬉しい。
うちの店はこれでいいんだ。なんてその時の俺は呑気に考えていた。
なんか、ここ数日、メロンパン目当ての女性客が減ってる。
最初は気のせいかと思ったが……。
そのせいで、焼いても余るようになってきた。
「困ったな……」
まんまるの山積みのメロンパン。俺が唸ってるとおふくろが言った。
「しょうがないね、値下げするかい?」
おふくろの提案で表に今流行のメロンパンが二割引き、なんて張り紙してみた。
流行ってる商品でそれやるのはちょっと抵抗あるけど、このまま余らせるのもな。
商品のロスはそのまま、利益から差っ引くことになるんだよ。だから余らせたくないんだ。
するとなじみのおっちゃんたちがわらわらやってきた。何だ、メロンパン余ってんのかと。
「よし、わしら買うてやろう」
「ええ、そんな、いいですよ」
「かまわんかまわん、たまにこうゆうのも食いたいと思ってたんや」
とまあそうゆうわけで、なんとか売れたものの、大量に仕込んだクッキー生地がまだある。
どうしよう。
「お前もなんのかのと言いつつ、流行にながされたクチだねぇ」
おふくろがそう言って笑う。はい、そうです。
てかこの生地ほんとにどうしよう。腕組みして悩んでいた時だった。
レジの女の子がやって来た。なんか店長にお会いしたいって人が来てるらしい。
「よう、久しぶりじゃん」
誰かと思ってレジに行くと、すんげえ高そうなスーツを着たやつがいた。
誰?
「おいおい、忘れたのか? 大学で一緒だったろ?」
……。
あ、いや、覚えてないです。
俺がそう言うと、相手はなぜか顏真っ赤にして怒りだした。
「相変わらず薄情なやつだな。美術学科で一緒だったのに!」
学部と、名前を言われてやっと俺は思いだした。
そういやいたな。
やたら承認欲求が強くて、有名になりたい売れたいと年がら年中喚きちらしてたやつが。
てゆうか薄情な奴って、そもそも俺とお前は友達でも何でもなかろう。それどころか、
「ケッ、お前の描いてるのなんか今は売れ筋じゃねえーんだよバーカ」
と人のやってる事とことん見下してくれてた。そんな奴のことなんか覚えていたくも無いでしょ普通。
「ようやく思い出したか」
ふふん、とそいつは鼻で俺を笑った。
てゆうかこっちは忙しいんだけど。今も発酵おえたライ麦パン、窯に入れないといけないんだよ。
用事があるならさっさと言ってくれ――と思ってた俺の鼻先に、そいつは名刺を突きつけた。
そいつの名前と、会社の名前が書いてある。かなり有名なパンの会社だ。
ふーん、コイツ、パン屋に就職したんだ。
なんだ、絵で売れっ子になるんじゃなかったのか?
俺がその事を指摘するとそいつはさらに顏真っ赤にして怒鳴った。
「いちいちウルセエな! どうでもいいだろそんなこと!」
人の作品さんざん足蹴にした理由がそれなのに随分と勝手な言い草だなおい。
じゃ何しに来たんだ。てゆうかほんとに早く生地を窯に入れないと……と思ったらおふくろが入れてくれてた。ホッ。
なんて思ってたら、
「よそ見すんな雑魚が!」
「はぁ?」
雑魚って……俺のこと?
「こんなうらぶれた店でこんな薄汚い客相手に商売してるお前なんかくそ雑魚だって言ってんだよ。あー、言ってやってスッキリした。前からテメエに言ってやりたかったんだ! 作品だって自己満でしか作らねえ、自分のことだけしか考えてないくそ雑魚人間が! いつもいつも自分だけ特別みたいな顔しやがって見てるだけで殴ってやりてえの我慢してたんだよ!」
……。
今、これ、どういう状況?
てゆうかうらぶれた店?
薄汚い客?
はぁぁぁ?
そいつはフンッと鼻を鳴らした。
「でもその我慢もこれまでだ。いいか。俺の会社が今度駅中にパン屋を作ったんだ。テメエの店ももう終わりだ。ざまーみろ!」
そいつは高らかに、なんか狂ったように笑って去って行った。
おっちゃんたちの物騒な視線を背中に受けつつ。
嵐が去った後みたいだった。
俺はしばらく動けなかった。
「お前、大丈夫かい?」
おふくろの声が遠く聞こえる。
何なんだよ。勝手に言いたい放題言いやがって!
しかも向こうが勝手に思い込んでだよ。俺はなんにもしてねえ。
なのに一方的に侮辱されてしかも駅中に店?
なんなのこれ。
なじみさんから元気出せと言われたけど、なんかもうよくわからん。
分かってんのは駅中に厄介な商売敵が出来たってこと――。
その事実がじわじわと、なんか喉元でせりあがって来た。
そうか、女性客へったのそのせいか。
そっちに取られたんだな。
その日からさらに女性客はへった。もう店の前に行列はなくなった。
メロンパン、さらに安くしたけど売れなかった。
駅中の店はメロンパン専門店。
俺なんかじゃ思いもつかない、斬新なメロンパンがたくさん置いてあって、連日、女性客で押すな押すなの大盛況なのだそうだ。
見に行ってみたらって?
俺、顏われてるからそれは無理。
おっちゃんの一人が写真撮って来てくれたの見た。なんかスゴイお洒落。イートインコーナーまである。
俺はため息をつきながら、黒パンをスライスして袋に詰めた。
ところで日本で何で黒パンって?
これ、買いに来る外国人のお客さんがいるんだよ。数こそ少ないけど、ずっと来てくれてるお得意様なんだ。
故郷の味と同じだと言ってくれてね。
俺は黒パンを並べた。その隣にフランスパン。なんか地味。
あっちはキラキラしてるのに俺の店は……くそ雑魚だ。
なんかそんなんでもやもや悩み続けていた数日間、俺は思い切っておふくろに言った。
うちもメロンパンもっと種類増やそうって。
「このままなんか負けるの悔しいんだよ、だから」
おふくろは負けず嫌い。きっと俺の意見に賛成する……。と思っていたんだけどね。
で、一年たった。ある日のこと。
俺はなじみのおっちゃんに連れられ、駅中のその店に行った。
本音言うといやいや行ったんだけど……。
「へ?!」
俺の口から飛び出たのはまずその声。
俺の横でおっちゃんが苦笑してる。
「こ、これは」
「ま、そういうこった。大将」
俺は何度も目をこすった。
でも間違いない。
貸店舗の張り紙。
「まじ?」
中はがらーんとしてた。
椅子とかテーブルとかがまだそのままの状態になってる。もう誰も使わない紙ナプキンとかが置かれてる。
なんでこうなった?
嘘でしょと俺は言った。
店の名残なのか、ポスターみたいなのが落ちてる。
その上にははっきりと分かる、女性もののハイヒールのあとがあった。それも沢山。
通り道に落ちてるから踏まれるのは仕方ないにしても、ちょっと可哀想と思った俺であった。
なぜ、こうなったのかって。
早い話が、ブームが終わったんだ。そういやマスコミで騒がなくなったと思ったら……。
おふくろが苦笑いしながら言った。それに特化した店なんだから、ブームが去ったら潰れるしかない。
人材も設備も、それしかつくれないのなら、そりゃ、ね。と。
なじみのおっちゃんたちから聞いた話だと、ブームが廃れだしてから客足が遠のくのはそれはそれは早かったのだそうだ。
「こんなの商売の鉄則だろうにねぇ。流行なんてのは、たまたまその時に、それが好きな人が沢山いるってだけの話。ほんとそれだけの話なんだよ。なのにそれにあんな設備投資するなんて、あたしら古い人間からすりゃ、なんて危ないことするんだいって思うよ」
メロンパン、美味しく焼ける窯を入れて種類増やそうって言った俺に、そんなことしなくていい、とおふくろは言った。それより今、来てくれる客を絶対に逃がさない事を考えろってね。
浮足立ったら、おなじみさんが逃げていくよ。落ち着きなさいって。
お前にはそれが出来る腕があるだろうと。
「天国にいるお父さんが残してくれた、お前への設備投資だよ」
俺の腕をさすりながらおふくろはそう言うと、俺が焼いたメロンパンを美味そうに頬張った。




