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その美女は人間じゃない  作者: ナカジマ
第3章 身近な脅威
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第70話 思わぬ真実

 遊んだ後はしっかり働くという意気込みをもって、碓氷雅樹(うすいまさき)は朝から大江(おおえ)探偵事務で仕事をしている。

 現在は最近教えて貰った報告書を書き上げる為に、ノートパソコンと睨めっこをしている最中だ。

 殆どがテンプレートに沿って書くだけなので、大人であればそう難しい作業ではない。しかし雅樹にはまだ少し難しい。

 メールの文章ならAIに任せてしまえば良いが、本文は専門用語と専門知識が多過ぎて、AIでは書き上げるのが難しいから。


 まだ簡単なものだけを任されているから良いとしても、将来的には全部雅樹が書く事になっている。

 今はイブキが作ってくれた専門用語等のリストを眺めながら、AIの文章を参考に作業を進めていく。

 これを全て覚えきれるのだろうかと、先日発生した異界についての報告書を書きながら、雅樹は悩んでいた。

 雅樹がノートパソコンのキーボードを叩く音だけが室内に響く。暫くは静かな時間が続いていた。

 だがお昼前に探偵事務の電話が鳴り出した。デスクに座っていたイブキが受話器を取る。

 

「私だ」


 雅樹はその対応だけで相手が誰か察した。妖異対策課の東坂香澄(とうさかかすみ)か職員でないと、イブキはこんな対応をしない。

 相手が知っている人間だった時の応答だと、雅樹は学んで知っている。また何か仕事でも頼まれるのかと、ぼんやり雅樹は思う。

 ただの報告や相談だけで終わる事も多いので、妖異対策課から電話があれば確実に仕事があるわけではない。


「何? それは本当か?」


 何やらイブキの様子が変わる。雅樹は応接用のソファから、イブキの様子を窺う。雅樹が見たところ真剣な表情をしている。

 いつもの気だるげな雰囲気は消えており、どうやら深刻な何かが起きていると思われる。やはり仕事なのかと、雅樹は身構える。


「……はぁ。面倒な事を言い出してくれる。私が対応するから、後は任せて貰おう」


 一旦電話を切ったイブキは、更に何処かへと電話を掛ける。どうも指示を出している様子だが、手短過ぎて雅樹には良く分からなかった。

 そんな電話が数件続き、イブキは背凭れに体重を預ける。キセルを取り出し火をつけて、タバコを吸いつつ何かを思案している。

 これから出掛ける事になるのかと、雅樹はイブキの指示を待ちながら作業を続ける。今度はどんな妖異と出会う事になるのか、雅樹は気になっている。

 イブキと雅樹は特に会話をする事もなく、時間だけが過ぎて行く。いつもなら準備をする様にと、指示が来る筈なのに何も言われない。雅樹は不思議に思い始めた。


「あの、イブキさん?」


「マサキ、私は暫く出掛けねばならない」


 お互い発言するタイミングが被った。イブキはキセルから灰を落としながら、これからの予定について話始める。


「今回は私だけで行く。君は京都で待っていて欲しい」


「え? は、はぁ……」


 どういう事だろうと、雅樹は疑問に思う。ただそう言い切られてしまったら、嫌だというのも変な話だ。今回は囮役が必要ないのだろう。

 偉い人との会合であったり、法律に絡む何かであったり。そういう用事であれば、雅樹の出番は特に無い。出来る事は荷物持ちぐらいだ。

 

「何があったんです?」


 雅樹はストレートに聞いてみた。どんな用事が出来て、イブキが出掛ける必要に駆られたのかと。一旦状況を知りたかった。

 自分を守ってくれるイブキが居ないというのは、やっぱり不安が残るから。蛇女アカギに攫われた前例もある。


「……今はまだ、下手な事を言って君を混乱させたくない。事が終わったら詳細を教える。君の護衛は配下の妖異に頼んであるから、安心して欲しい」


「そ、そうですか」


 どうやら理由はまだ教えてくれないらしい。雅樹としては謎が残るものの、誰かが護衛をしてくれるという。それならとりあえず安心だろうか。

 イブキの配下には、他にも鬼が居ると雅樹は聞いている。鬼が妖異の中ではかなり強力な存在であるのも知っている。何よりイブキの選んだ相手だ。

 弱い妖異を回すとは思えないし、自分と合わないような、極端な性格の妖異に任せる筈も無い。ただ問題は感情や精気を喰われるのか否か。

 守って貰うのだから、対価を要求される筈だと雅樹は考える。あんまり滅茶苦茶な相手だったらどうしようかと。

 そっちの意味で不安が残る。強引に迫って来る相手なら大変だ。そもそも男性だったらどうなるのかも、雅樹としては気になるところ。


「御守りを貸して欲しい。いつもの術を仕掛けておくから」


 雅樹が妖異と接触したら、イブキに場所を知らせる例の妖術だ。イブキの支配圏である京都府内に居れば、いつでも雅樹の状態を確認出来る。

 ただ前回の様に府外へ連れ出されてしまうと、位置以外の把握は出来なくなってしまう。関西の妖異はイブキに好意的なので、雅樹を攫う事は無いとしても念の為だ。


「配下の妖異には反応しない仕様となっているから、細かい事は気にしなくて良い。それじゃあ私は出るから、後はお願いするよ」


 突然イブキは雅樹の唇を奪い、感情を喰らって行く。栃木県を出る際に、那須草子(なすそうこ)からキスをされて以来頻度が増えている。

 何の意味があるのか、雅樹には分からない。ただ困惑する感情ごと吸い尽くされ、虚無が彼の中に形成される。

 雅樹の意識が通常の状態に戻る頃には、イブキの姿は事務所内に無かった。どういう事なんだと、雅樹はぼやくしか出来ない。

 どれぐらいボーっとしていたのかと、雅樹はノートパソコンの時計を確認する。10分程呆けていたらしく、さてどうするかと雅樹が悩み始めた時だ。

 事務所のドアがノックされている。誰かが来たらしいが、イブキはもうここに居ない。依頼者だったらどうしようかと雅樹は焦る。


「は、はい! 今開けます!」


 慌てて雅樹がドアを開けると、そこに立っていたのは学校の先輩で仲の良い相手。ゆるふわウェーブの茶髪が似合うギャル。

 昨日もドキドキさせられた気になる女性。可愛らしい美少女である永野梓美(ながのあずみ)だった。今日も肌色成分が多い私服姿だ。

 突然の来訪に雅樹は驚いている。約束なんてしていただろうかと、彼は記憶を探る。しかしそんな予定は思い浮かばない。


「あの、梓美先輩? 遊ぶ約束って、しましたっけ?」


「ん? ちゃうで? イブキ様に頼まれたから来たんやで」


 今なんと言ったかと、雅樹の頭が困惑する。イブキに様をつけて呼ぶ梓美は、一体何者であるのか。そんなの考えるまでもない。

 だけど雅樹はその意味を、理解したくないと思ってしまう。梓美はただの人間だと思っていたから。しかし残酷な事に、思い当たる節もある。

 雅樹は梓美に対して、草子と少し似ていると感じていた。それはただ雰囲気だけだと思っていた。優しくて面倒見が良い所とか。

 だけどそうでは無かった。草子と同じく梓美もまた妖異であったとするならば、似ていると感じたのは当然なのだから。


「あ……ずみ……先輩……」


「ごめんなぁ黙ってて。ウチな、雪女やねん」


 雅樹が知らなかった梓美の正体。イブキが学校に居ると言っていた妖異。その片方は、雪女の梓美だったのだ。

 そんな素振りは全く見せておらず、普通の女子高校生としか雅樹には感じられなかった。違和感なんて全く無かった。

 妖異は教師に紛れていると考えていた、雅樹の予想は外れていた。生徒として普通に学生生活へ紛れ込んでいたのだ。


「どう……して……」


 雅樹には理解出来ない。どうして梓美が女子高校生をやっているのか。そんな身分は邪魔でしかない筈なのに。


「何が? 雅樹君と仲良くしていた事?」


 それも知りたい所ではあるが、今は真実を知った事で受けた衝撃の方が大きい。雅樹は上手く言葉が紡げない。

 梓美が妖異だった事は、あんまり嬉しくないが拒絶する程でもない。既に草子で経験しているだけマシだ。

 ただやっぱり好意的に見られていたのは、餌としてなのかと思ってしまう。それなら結構なショックだから。


「何で……学生をやっているのかとか、色々、ですよ」


「せやなぁ、ウチは良質な学生を守る役目を任されているんや。あの学校にはな、綺麗な魂の子を集めてあるんや」


 やっぱり餌としてだったのかと、悲しみを覚える雅樹。友情だと思っていたのは、勘違いだったと。

 ただそんな雅樹の様子を見て、梓美は優しく雅樹の両頬に手を添える。雅樹の目の前に居るのは、いつもの梓美だ。


「勘違いせんとってや? ウチが雅樹君と仲良くしてたんはな、君がウチの好みやからやで。異性としてな」


 まさかの告白に、雅樹は余計と混乱する。妖異であった梓美は、雅樹を異性として興味を持っていた。それはそれで驚きの真実だ。

 内心を打ち明けたからか、梓美が雅樹を見る目には熱が籠っている。ニッコリと梓美は雅樹に笑い掛けた。

関西弁ギャル雪女とかいう性癖の詰め合わせセットです。

ラブコメで出す方は平成黒ギャルで、こちらは令和白ギャルになります。

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