第69話 花火大会
碓氷雅樹は友人達と、嵐山に来ている。時刻は夕暮れ時、沢山の観光客が歩いている。
外国人観光客の増加を考慮し、観光客に向けた新たな花火大会が今年から開催されるからだ。
助手としての仕事もないので、雅樹は許可を取って出掛ける事にした。高校生らしいイベントであり興味もあったから。
見に行こうと誘ったのは雅樹と同じクラスの井本深雪だ。バスケ部のエースとして期待されている、背の高い黒髪の美少女だ。
175センチの雅樹と殆ど変わらない170センチ。そんな彼女が浴衣を着ていると、かなり目立っている。
「で、何でアンタまで居るわけ?」
ジトっとした目で、深雪は雅樹の隣に居る男子生徒を睨んでいる。派手な金髪にピアスと、やや不良っぽい見た目の美術部員。
雅樹と仲の良い少年で、深雪の幼馴染でもある相葉涼太だ。ハーフパンツにアロハシャツと、ハワイにでも行く気かという格好をしている。
「良いじゃねーか別に。碓氷が行くっていうから着いて来たんだ」
「アンタは呼んでないけど?」
いつもの様に2人が口喧嘩を始めている。そんな2人を見ながらクスクスと笑っているのは、上京学園の有名人。
普段はウェーブを掛けている長めの茶髪は、アップに纏められている。いつもは隠れているうなじが見える様になっている。
気崩した制服姿ではなく、彼女もまた浴衣を着ている。小顔で可愛らしいギャル系の美少女、永野梓美である。
関西弁で話す雅樹の1つ年上の先輩は、今日も明るい表情を見せている。大江イブキや那須草子には及ばないが、十分綺麗な女子生徒だ。
「ホンマ、2人共おもろいなぁ」
「すいません、相葉も誘われていると思ったもので……」
雅樹は当然涼太も誘われていると思ったので、同行するという彼に違和感を覚えなかった。しかしどうやら、深雪は誘わなかったらしい。
「ああ、いや! ゴメンね! 碓氷君は悪くないのよ! コイツがね!」
「んだよ、別に良いだろうが。文句言ってるのお前だけじゃん」
結局いつものメンバーが集まったので、仕方なく深雪は涼太の同行を認めた。そもそも深雪は、雅樹と梓美を応援しようとしただけだ。
どうにも学校で良い雰囲気だから、この夏に一歩踏み出させようと考えた。3人で花火大会へ行き、途中で自分が意図的に消える。
そうすれば2人きりとなり、何かしら良い結果になるだろうと。そこに涼太がやって来たとなると面倒な事になってしまう。
こうなった以上は、深雪が強引にでも涼太を引き剝がして、無理矢理どうにかするつもりだ。深雪は恋のキューピットをやる気満々だった。
彼女も年頃の女子高校生だ、恋バナにも興味がある。それに彼女から見て、雅樹と梓美はお似合いに見える。
やや線の細い整った顔立ちの雅樹と、学校でも最高峰の可愛さを誇る梓美。2人がどんな恋愛をするのか、深雪はとても気になっている。
「ね~碓氷君、梓美先輩の浴衣姿はどう?」
ライトグリーンの生地に、金魚が描かれた浴衣を着た深雪が、涼太と話している梓美を指差す。
梓美は真っ白な生地に、花柄の浴衣を着ている。普段から派手めなギャルのいつもと違う姿は、雅樹から見ても新鮮味がある。
「え? うん、似合っていると思うよ。井本さんも」
「わ、私はどうでも良いでしょ!」
そうじゃないと、深雪は雅樹を梓美の方へ押して行く。どういう意味だと雅樹は混乱しているが、深雪は強引に事を進める。
「ねぇ梓美先輩! 碓氷君が可愛いって言ってますよ!」
「か、可愛いとは……いやまあ、そうなんですけど」
そこまでストレートに表現していなかったが、ここで否定するのも違うと雅樹は観念する。可愛いと思ったのは紛れもない事実だ。
雅樹の心を動かす3名の女性達。大江イブキ、那須草子、そして永野梓美。それぞれに感じてい感情が、雅樹はまだ良く分かっていない。
初恋のお姉さんである草子は、少なくとも淡い恋心。イブキと梓美については、まだ良く分かっていない。ただ魅力的だとは思っている。
「ホンマにぃ? 嬉しいなぁ」
「いやー実際めっちゃ似合ってますよ!」
雅樹とは違い照れもせずに、涼太は梓美を褒める。邪魔をするなと深雪が無理矢理涼太を引きはがす。ジュースを買いに行くと言い残して。
ギャーギャーと言い合いながら、幼馴染2人組は少し離れる。そして残されたのは、雅樹と梓美の2人だけ。
可愛いと思った事実は変わっていないので、どう申し開きをするか雅樹は悩んでいる。下心があっての発想ではないから。
「その、別にジロジロ見ていたのではなくてですね……」
「見てくれてかまへんよ? ほらどう?」
雅樹の目の前で、くるりと1回転をしてみせる梓美。タイミング良く吹いた風に乗って、梓美から良い香りが漂って来たのを雅樹は感じた。
妖異達の存在を知っているとは言っても、雅樹がただの男子高校生でしかないのは変わらない。普通の高校生らしい感情も持っている。
先輩のいつもと違う可愛らしい姿が、雅樹の心を刺激する。見て良いと言われても、どうして良いか分からない。
ここで適切な対応を取れる程、雅樹は恋愛経験がない。ただ何かを答えねばならない状況なのは理解している。
「えっと……良く似合っています」
「え~可愛いって言うてくれへんの?」
意地悪な表情を見せる梓美。ニヤニヤと笑いながら、雅樹の方を見ている。言わせようとしているのは雅樹も分かった。
ただ正面から可愛いと言うのは少し恥ずかしいのだ。状況が普段とは違うのも大きいだろう。これが学校でなら、また違うのだが。
いつもとは違う非日常感のある場で、真っ向から梓美に可愛いとは言いづらい。ただ言うまで許して貰えそうにもない。
「か、可愛いですよ」
「そっかぁ~ありがとうな」
そんなやり取りをしている間に、ジュースを4人分買った深雪と涼太が戻って来た。当然涼太が荷物持ちだ。
深雪は戻って来るなり、雅樹と梓美が良い雰囲気になっているのを悟った。これは行けると確信する深雪。どう行けるのかは謎だが。
人が集まって来ているから、見え易い場所に移動しようと深雪が提案する。4人で桂川の周辺を移動していく。
地元の人々も集まっているからか、見物客はかなり多い。どうしても人の少ない場所を探そうとすると、嵐山から少し離れるしかない。
人々の合間を縫って歩いていると、はぐれてしまっても不思議ではない。雅樹は後ろにいる梓美を気にしつつ、前へと進んで行く。
「なぁ雅樹君」
梓美に呼ばれて雅樹は振り返る。すると雅樹の右手に、少しだけ冷たい梓美の左手が添えられる。
「あの、えっと……」
「はぐれそうやし、手ぇ繋いでて貰ってもエエ?」
ただでさえ魅力的だと思っている女性が、そんな風にお願いして来た。恋愛経験ゼロな男子高校生としては、かなり緊張してしまう。
「わ、分かり……ました」
「雅樹君の手、あったかいなぁ」
人生で女子と手を繋いだ経験なんて、当然雅樹にもある。梓美を手を繋いだ事だって、これまでにもある。
前回のデートなのかどうか分からない、2人で出掛けた時にも経験した。しかし今日はまた違う。
浴衣姿で髪型も変えてあり、普段とは違う魅力を発している梓美。雅樹は鼓動が早くなるのを感じている。
本当に最近の心の動きが雅樹には分からない。身近な女性達への想いは、どうなっているのか。
今こうして梓美へと抱いている気持ちは、恋なのかただの性欲に過ぎないのか。
「ほら行こう、あそこまだ人少なそうやで」
梓美が雅樹の手を引いて、それほど人が集まっていない場所へと向かっていく。先に到着していた深雪と涼太が待っていた。
程なくして始まった花火を、雅樹は手を繋いだまま眺めている。いつの間にか深雪と涼太は居なくなり、雅樹は梓美と2人になっていた。
「綺麗やなぁ」
「そう、ですね」
確かに花火は綺麗だと雅樹は思った。しかしそれ以上に、隣で花火を見ている梓美の方が、雅樹にとっては印象深かった。
12/1に梓美と同じく関西弁ギャルがヒロインのラブコメを投稿します。
今年の年末はギャル推しで行きます。




