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その美女は人間じゃない  作者: ナカジマ
第3章 身近な脅威
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第68話 人間が生む妖異

 京都市北区紫野(むらさきの)、閑静な住宅街の広がる上品な土地である。その一角にある大江(おおえ)探偵事務では、今日もいつも通りの光景が広がっている。

 助手である碓氷雅樹(うすいまさき)がコーヒーを淹れ、デスクに座った大江イブキの下へと運ぶ。雅樹は夏休みの真っ最中であり、朝から働いていた。

 少しずつ助手としての業務が増えて来ており、報告書を作成する手伝いなども最近は行っている。


 パソコンに打ち込むだけなので、書き方を覚えれば高校生の雅樹でも可能だ。ただ専門用語も沢山あるので、そちらの方が大変だ。

 妖異というのは何も妖怪だけを指す言葉ではなく、異なる者や怪異の事も含んでいる。

 大昔はそうで無かったが、時が進むにつれて解釈が拡大していった。その代表とも言えるのが、()()()()()()()()()だ。


「それでイブキさん、昨夜の異界ってのは何ですか?」


 昨夜は急にイブキが何かを見つけ、雅樹を連れて夜の京都へ繰り出した。目的地に到着すると不思議な空間が広がっており、雅樹には良く意味が分からなかった。

 雅樹が聞いたのは異界を潰しに行くという事だけで、異界とは何なのか良く知らないままだ。軽く説明を聞いたものの、まだピンと来ていない。


「実物を見せたけど、理解するには難しかったかい?」


 イブキはいつも通り、気だるげな表情でキセルを手にしている。長い足を組んで、優雅にタバコを楽しむ。背の高い美女がやると、物凄く絵になる。


「はい。変な空間だってのは、分かりましたけど」


 異界と呼ばれる現象は、現実世界とは違う別次元の空間を指す。出来上がるタイミングや場所はバラバラで、法則性は特に決まっていない。

 昨夜イブキが燃やした異界も、突然京都市内に出来上がったもの。早期の発見だったので、行方不明者が出ずに済んだ。

 異界には誰でも入れるわけではない。何らかの共通点や、適正のようなものが無いとただの人間では侵入出来ない。

 イブキの様な妖異であれば、問題無く侵入可能だ。雅樹の場合はイブキの妖力を纏っていたので、昨夜異界へ入る事が出来た。


「現状分かっている事は、妖力を纏っている者か、相性が良かった人間だけが異界へと入れるという事。それ以外は入れないから、虫や動物は居なかっただろう?」


「ああ、確かにそうですね」


 言われてみればと、雅樹は昨夜の事を思い出す。真夏だというのに、蚊の1匹すら居なかった。居たのは1人の女性だけ。


「異界ってのはね、出来る理由が2つある。1つは妖異が意図的に作った場合、そしてもう1つは人間の認識さ」


「人間、ですか?」


 妖異が特別な空間を作り出したものを異界と呼ぶ。同じく人間が作り出した場合でも、異界と呼称されている。

 前者は妖力を用いて作り出す異空間。後者は複数の人間達が認識する事で、勝手に生まれてしまった空間だ。


「以前にも説明したけど、人間の感情ってのは強いエネルギーだ。皆で応援していたら、良い結果が出るとかのアレね」


 人間が幽霊になる方法について、雅樹が説明を受けた時の話だ。正の感情が良い結果を生み、負の感情が良くない道を切り開く。

 そしてこの世には、()()という概念がある。口にした事が本当になってしまうというもの。現代ではインターネットにより、言霊の効果が拡大した

 口にするだけでなく、ネット上の書き込みなども言霊として現実世界に干渉する。しかし1人だけでは、大した効果は生まれない。

 だが大勢が集まると、大きな影響力を持ってしまう。例えば都市伝説や噂話、怪談話など。


「その良い例がこの前の口裂け女さ。アイツは妖異としては新参者でね。少し前に大勢の人間達は、アイツを信じ恐れた。その恐怖が具現化した結果、アイツは生まれた」


「お、俺達人間が、妖異を生んだ!?」


 雅樹にとっては驚きの事実だ。人間は妖異に作られた存在なのに、その自分達が妖異を作ったと言うのだから。

 

「そうだよ、それだけ君達の持つエネルギーは大きい。人間には感知出来ないけどね」


 人間1人1人なら、妖異から見れば美味しい餌だ。しかし集団になると、結構な量のエネルギーとなる。

 それが噂話などで方向性を持つと、思わぬ結果に繋がる事がある。その1つが妖異を生むという事。

 こんな噂があるとか、怪しい場所があるなど。人外の生き物を見たなんてものも含まれる。オカルトな噂話が、実現してしまうのだ。

 科学技術が発展していなかった頃は、そう簡単に起こる事では無かった。しかし技術が進み人口も増加した事で、新たな展開を見せた。

 ネットに噂話など、大量に溢れ返っている。それを見て信じる人だって、案外多く居るものだ。結果様々な言霊が、世界へと干渉する。


「異界の出現もその1つだよ。なんちゃら駅とか、そういうのね。変な空間に関しての噂や都市伝説なんて沢山ある」

 

「それが、昨日のアレですか……」


 誰かが流した噂が、怪現象の原因となる。思っていた以上に、地球という星はファンタジーだったのかと雅樹は感心している。

 感情に特化した生命を妖異が作るだけで、こんなに色々と起こってしまうのかと。幽霊化に異界、妖異の誕生と様々な事に人間が関わっている。


「案外人間って凄いのか?」


 ここまで聞いていると、雅樹は自分が思うより人間が凄い存在の様に思えて来る。単独では大した事はないとしても、集団になると色々と出来そうだと。


「それはちょっと甘いよマサキ。生物学を学んでみると良い。頭を切り離しても、全身が再生する生物とかも居るからね。他にも不老不死のベニクラゲなんて有名だよ」


「…………あんまり人間、凄くないかも」


 自然界に居る凄い生命の実例を出されて、雅樹はあっという間に認識を改めさせられた。それはそれとして、雅樹は更なる疑問について触れる。

 人間の集団が妖異を生むなら、元から妖異だった存在と、後から生まれた妖異の違いは何か。判断する基準はどこにあるのか。

 ふと気になった事をそのまま聞いた雅樹は、イブキから説明を受ける。後から人間によって誕生させられた妖異について。


「それは明確でね、テレビが普及した後だよ。あれ以前から記録のある妖異は、元から妖異だった者だよ。私みたいなタイプだね」


 違いはハッキリとしており、生きて来た年月が違い過ぎる事だ。人間によって誕生させられた妖異は、シンプルに経験が浅い。

 人間を喰った量も少なく、大した妖力を保有していない。口裂け女がイブキを恐れたのが良い例だろう。

 口裂け女が騒がれ始めたのは1979年で、太古から生きている酒吞童子とは保有妖力が比較にならない。最初から勝負になっていないのだ。

 同様に人間が生み出した異界も、エネルギーを摂取し続けないと維持する事が出来なくなる。ただし妖異と違い生命活動は必要がなく、ローコストではあるが。

 稀に噂や都市伝説へ集まるエネルギーだけで、空間を維持出来る場合もある。ただそのパターンは相当有名なモノに限る。


「異界に捕まった人間は、異界に飲み込まれて養分となる。入れる人間と入れない人間が居るのは、異界の好みなんじゃないかなと私は思う。まあどの道存在が迷惑だし、妖異だと私は認めないよ。生き物じゃないからね。だから京都に出来たら、私は破壊するけど」


 分類として異界もまた、妖異の一種と考える者もいる。主に妖異という存在を知る人間が中心だ。喰われるという意味では同じだからと。

 しかし元から妖異だったイブキ等は、同類と認めていない。一部の妖異達は、異界も妖異と認めて良いのではないかと考えているが。

 大雑把な所で、反対7割で賛成3割というところ。それが現在の妖異という言葉を巡る分類の話である。


「何か、結構ややこしいんですね」


「まあね、人間は言葉遊びが好きだよねぇ本当に」


 イブキはタバコを深く吸い込み、ゆっくりと煙を吐き出す。心底面倒臭そうな表情で、呼称にまつわる愚痴を雅樹に聞かせるのだった。

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