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その美女は人間じゃない  作者: ナカジマ
第2章 雅樹の故郷
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第65話 これからの生き方

 蛇女アカギの策略により、一時は危機的状況にあった碓氷雅樹(うすいまさき)は無事救出された。

 雅樹は若藻(わかも)村へと帰還して、江奈(えな)やメノウ達とも再会出来た。大江(おおえ)イブキと那須草子(なすそうこ)の対立も、今は休戦中である。

 

「良かったよ雅樹が無事で」


「お帰り雅樹ちゃん!」


 2人の姉代わりから温かく迎えられ、雅樹は帰ってこれた事を嬉しく思った。例え妖異であっても、自分の生存を喜んでくれる。

 その事を改めて認識した。あのまま自己犠牲の精神で行動して、自殺に成功していたら。その時はイブキ達全員を悲しませたのかも知れない。


 最近色々とあったお陰で、雅樹はその視点を失っていた。イブキ達だけではなく、幼馴染達や学校の友人達も。

 自分が命を投げ出したからって、解決する話では無かったと自省する雅樹。自分は楽になれても、残された者達は生き続ける。

 皆を悲しませずに済んだと、ホッと胸を撫で下ろす。雅樹はもう少し前向きに考えようと認識を改めた。


「ただいま」


 自然と浮かぶ雅樹の笑顔。例え昔から共に時間を過ごしていたのが、妖異であったとしても構わない。雅樹はそう素直に思えた。

 しかし五体満足で帰って来たとは言っても、数時間前に沢山の血液を抜かれた事実は変わらない。

 どうにかここまで耐えて来たが、緊張感が無くなったのもあって、雅樹はフラついてしまう。


「おっと。大丈夫かいマサキ?」


 後ろからそっとイブキが雅樹を抱きとめた。今日のイブキはいつもより優しい。雅樹はその理由が分からなかった。

 そのイブキは雅樹が攫われてしまった事を後悔している。自分が結んだ契約を守り切れなかったから。

 アカギに対しては、その意味でも彼女は怒っていた。そしてより一層雅樹をしっかり見ていようと、決意を新たにしている。

 イブキのそんな想いが、行動に反映されているのだ。故に今までよりも距離が少し近い。


「無理をさせてしまったね。かなり疲れているんじゃない?」


 雅樹を無事に救出する為とはいえ、妖異と戦わせる事になってしまった。

 イブキは当初反対をしていた。逆上したアカギがどう動くか分からないからと。

 だが草子が雅樹なら出来ると言い切った。勝てはしないけれど、負けもしないと。

 実際雅樹が貧血状態でなければ、もう少し戦えていただろう。

 小鴉の支援が前提にはなるが、草子の言う負けない戦いを継続出来た。その様に鍛えたのが草子だ。


「すいません、もう大丈夫です」


 雅樹はしっかりと2本の足で立つ。貧血症状まだ残っているが、気を張っていれば立てない程ではない。


「膝枕でもしようか?」


「酒呑、そこまでにして頂戴」


 雅樹にベタベタするなと、草子が止めに入る。今後どちらが保護者になるのかは、まだ決まっていないまま。

 人間の戸籍情報などは、草子だって好きに出来る。イブキだけが持つ特権ではないのだ。

 両者が今も譲る気はないのだなと、雅樹は何となく察した。ただ雅樹の意思はもう決まっている。


「あの……先生、少し良い?」


「何かしら?」


 若藻村の真実と、草子達の件。そして両親の死について。それらの問題について悩んでいた雅樹は、自分なりの答えを出した。


「俺、やっぱり高校に通いたい。怖い目にもあったし、辛い経験もした。だけど父さんと母さんが、喜んでくれたんだ。受験に合格した時とかね。その事を思い出した」


「まー君……」


 その結果が両親の死であったとしても、両親と未来について語りあった事を雅樹を忘れていない。

 どんな大人になって欲しいか、雅樹は2人から聞いている。自分の歩むべき未来は、学生生活の先にあると知っている。

 大学を出て、立派な社会人になる事。そんな将来の姿を、両親が夢見ていた事を知っている。青春を謳歌する事を、願ってくれていた。

 妖異という危険な存在が、村の外に居るのは承知の上。それに自分のような事件に遭う人を、少しでも減らしたいという気持ちも失っていない。

 両親の願いと雅樹の想いを叶える為には、若藻村ではダメなのだ。危険でも前に進まないといけない。


「アカギと戦えたのは、自分の実力じゃないと分かっているわよね?」


 それはあくまで剣術の師として、教え子が慢心していないかの確認だ。妖異と戦えるなんて、勘違いさせる為に妖刀を貸し出したのではないから。

 小鴉という特殊な妖刀が無ければ、雅樹はまともにダメージを与えられない。今回は特例で、貸し与えただけに過ぎないのだからと。


「うん、それは分かっているよ。俺1人じゃどうにもならなかった」


 雅樹は小鴉の指示に従って、防御に徹していただけ。右腕を斬り落とせたのは、完全な不意打ちだったからだ。

 アカギの尾を切り落とせたのも、雅樹の実力だけではない。小鴉の斬れ味が、それだけ鋭かったというだけだ。

 小鴉があれば、人間の幽霊ぐらいなら勝てる可能性はある。しかしそれでも、かなりギリギリの戦いになるだろう。


 これまでイブキから教わって来た知識は、ちゃんと雅樹の頭に入っている。今回の件で自惚れるような事はしていない。

 むしろ妖異の強さをより深く理解出来た。小鴉が無ければ、何回死んでいたか分からないから。

 どの攻撃も雅樹にとっては致命的で、一撃でも当たれば即死するレベルだった。まだヒグマの方が幾らかマシに思える程だ。


「そう……やっぱり、私では止められないのね」


「……ごめん。でも先生やこの村が嫌になったわけじゃない。今でも好きだよ。この村も、先生達の事も」


 結局これだけ色々とあっても、雅樹の気持ちは変わらなかった。暗示の範囲外で草子に会っても、やっぱり好意は残っていた。

 草子が死んだと思った時に抱いた悲しみと、アカギに対する怒りと憎しみはとても激しい感情だった。

 初恋のお姉さんだからというのもある。だけどそれだけではなく、今見ても雅樹の目には、魅力的な女性としか映っていない。

 例えそれが妖異でも、玉藻前でも関係ない。妲己と呼ばれていた過去も、雅樹は受け入れられている。

 草子が愛する男の1人であるという事実も、そう悪くないと思い始めている。草子にとっての歴代1位ではなかったとしても。


「…………ふぅ。分かったわ。酒吞……一時的に貴女へ、まー君を預けるわ。あくまで貸すだけだから勘違いしない様に」


「そういう事にしておいてあげるよ」


 イブキと草子の視線が交錯する。お互いの目に込まれた意味は、様々なものがある。

 その中でも特に大きいのは、絶対に守れという草子の意思と、言われるまでもないというイブキの覚悟。

 碓氷雅樹という人間は、どちらにとっても特別な存在である。簡単に失うつもりなんてない。

 数分に渡って視線を交わしていたイブキと草子は、お互いに納得が行ったのか雅樹へと対象を移す。


「まー君、あまり無理をしないでね。貴方は正義感が強いから」


「う、うん。そんなつもりは……ないんだけどなぁ」


 雅樹は自分がちっぽけな存在だと理解している。両親を亡くした日、その真実を嫌という程思い知らされた。

 正義感と言われても、雅樹はどうもピンと来ない。ただ自分の手が届く範囲だけ、助けられたらと思っているだけだから。

 自分の周囲に居る友人達、学校のクラスメイト達。雅樹が絶対に守りたいと思っているのは、せいぜいその程度だ。


 事件の現場に行った先で、助けられる人が居れば助けるけれど。でも誰も彼も救えるとは思っていない。

 そして若藻村の人々は、草子達が守っているので心配する必要はない。群馬県の支配者は、暫くメノウが担当する事に決まっている。

 また蛇女達が何かをしようとしても、全てメノウに筒抜けとなる。報復に出るなんて真似は出来ないだろう。


「最後にまー君、こっちにおいで」


「うん? 何?」


 雅樹が草子に近付いた時、彼女の両手が雅樹の頬を優しく掴む。スッと草子の顔が雅樹へと近付いて、両者の唇が重なる。

 感情を喰われるのかと思った雅樹だったが、一向に虚無感が訪れる事はない。これじゃあただのキスじゃないかと、雅樹の動悸が早くなっていく。


「暫くお別れだから、挨拶代わりよ」


「……マサキ、君は少し脇が甘すぎるんじゃないか?」


 少し不服そうな表情で、イブキが雅樹を見ている。そんな事を言われてもと、あたふた弁明するしか出来なかった。

66話から3章の予定でしたが、67話からにして1話挟みます。

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