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その美女は人間じゃない  作者: ナカジマ
第2章 雅樹の故郷
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第64話 権力闘争の果て

 蛇女アカギの策略により、碓氷雅樹(うすいまさき)は大切な女性を喪った。初恋のお姉さん、那須草子(なすそうこ)は灰をなって消えた。

 怒りと悲しみを糧に立ち上がった雅樹は、アカギへとその意思をぶつける。だがそれも長続きはしない。

 雅樹は未だに貧血状態であり、普段通りの動きが取れない。ただでさえ不利なのに、状況は悪いままだ。

 草子から授かった妖刀小鴉(こがらす)があっても、妖異に勝つのは難しい。唯一のチャンスも、アカギの右腕に邪魔をされてしまった。


 今となってはアカギが雅樹を警戒しない筈もなく、正面から首を取りに行くのは不可能に近い。

 雅樹を何も出来ないガキだと見下していたから、隙を突く事が出来ただけ。体力的にも厳しく、雅樹の限界はそう遠くない。

 今から出来る事は死なない様に立ち回り、大江(おおえ)イブキの足を引っ張らない事。彼女が雅樹の下に来るまで、無事であり続ける事だけだ。

 しかしアカギの部下達が、イブキの妨害をしていて雅樹の近くまで来られない。


「このクソガキがぁぁ!」


 アカギはもう完全に雅樹を殺すつもりだ。性的に楽しんで喰らうつもりは毛頭ない。

 ただ目の前の生意気な人間を、血祭りに上げる事しか考えていない。アカギがここまで追い詰められたのは久しぶりだった。

 現代の人間は刀を捨て、戦う事を止めてしまった。妖異を相手に戦おうなんて、気骨のある人間なんてそうは居ない。

 だからこそアカギは雅樹を侮っていた。逆に草子はこうして、妖異に負けない人間へと彼を鍛えて来た。


「来るぞ小童! 下がれ!」


「はい!」


 小鴉に宿った魂が、雅樹へ指示を出し下がらせる。雅樹の目の前をアカギの太い尾が通り抜けて行った。尾の先を斬り飛ばしたお陰で、直撃を避けられた。

 だが雅樹の限界が近いのは変わっていない。この瞬間にも命を落とす可能性が残されている。一瞬の油断が命取りだ。

 雅樹の呼吸は荒く、貧血で意識が途切れそうになる。どうにか強い意思で持ちこたえているが、再戦を開始して2分と持ちそうにない。

 動きの鈍い雅樹に向かって、アカギの左腕が突き出された。頭部を握り潰してやると、アカギはニヤリと笑った。


「あら、右腕まで落とすなんて。やるじゃないまー君」


 必死で抗っている雅樹は、幻聴が聞こえたと思った。灰となって消えた草子の声が聞こえたから。

 だがしかし、幻聴などでは無かった。一瞬にして肩口から切り落とされたアカギの左腕。そしてアカギの背後には、雅樹の良く知るお姉さんが居た。


「ぐああああああああああ!」


 絶叫するアカギの背後で、ニッコリと微笑む草子が雅樹を見ている。両親の墓で見た時の様に、狐の耳と尻尾が生えている。

 ただ違う点が幾つかあり、いつもの道着姿ではなく真っ赤なチャイナドレスを着ている。そして手に握っているのは、青龍偃月刀と呼ばれる中国の大刀(だいとう)

 そして何よりも、9本あった尻尾が8本に減っている。何があったのか雅樹には分からないが、草子はどうやら生きていたらしい。


「せ、先生?」


「ええ、私よ。ごめんねまー君、騙す様な真似をして」


 イブキと草子が立てた作戦は、草子の分身を雅樹の近くまで送り込むというもの。草子は分身の居た場所へ、どこからでも移動する能力を持つ。

 一瞬で移動する事は出来ないが、5分も掛からない。その間だけ雅樹を守る事が出来れば、救出作戦は成功する。

 ただ分身の強さに問題があり、支配者クラスを相手に戦えるレベルは、最低限必要だった。そうなると結構な妖力を消費して作らねばならない。

 結局草子は、9本ある尾の1本分を消費して分身を用意した。倒されてしまったので、消費した妖力は戻ってこない。


 それでもアカギに草子を倒したと思わせられたので、結果的にはこれで良かったと言える。気を良くしたアカギは、イブキに意識を集中させた。

 分身が倒されたらそうなるだろうと、草子は予め読んでいた。雅樹ごと騙したのは、草子の生存を疑われない為だ。

 雅樹に即興で演技が出来る程、他者を騙す能力はない。こうして一度は本気で、雅樹を悲しませるしか無かった。

 だから草子は雅樹の悲しみを喰らったのだ。それは必要のない苦しみでしかないから。


「ほ、本当に、生きているんだよね?」


「もちろんよ。さっき消えたのは、ただの私の分身だから」


 草子が生きていた、それだけで雅樹の心は温かなもので包まれる。もう会えないと思っていた初恋のお姉さんが、死んではいなかった。

 雅樹にとって、草子の存在はとても大きい。10年以上の付き合いがある大切な女性だから。無事でいてくれた、それだけで雅樹は嬉しい。

 安堵した雅樹は、フラフラと座り込んでしまう。もう色々と限界だったのもある。そんな雅樹の目の前に来て、草子は彼に背を向けてアカギと対峙する。


「さあ、続きをしましょうかアカギ。まー君に手を出した罪、ここで贖って貰うわ」


「お、おのれぇ!」


 尻尾の先と両腕を失い、既にアカギの攻撃手段は大きく削られている。もう出来る事は残った尾での攻撃と、頭髪の代わりに生えた小さな蛇を伸ばすだけ。

 どう考えても戦いになりそうもない。しかしここから逃げ出す事は出来ない。広間から出ようにも、イブキが立ちはだかる。

 再び雅樹を人質としようにも、草子がガードしておりもうその手は使えない。アカギは完全に追い詰められた形だ。

 最初から最後まで、全て草子の想定通り。頭脳の出来が違い過ぎたと言わざるを得ない。もう完全に詰んでいる。


「くそっ! くそっ!」


「そんな攻撃では、私を倒す事なんて出来ないわよ」


 アカギの攻撃は全て、草子に防がれている。太い尾と小さな蛇達が、草子へと殺到するが一撃も通らない。

 草子は青龍偃月刀を器用に操り、アカギの攻撃を受け流す。刃に触れれば斬り裂かれ、次々とアカギの攻撃手段が減っていくだけ。

 遂には草子が攻撃に転じ、ジワジワと距離を詰めていく。長かった太い大蛇の尾は、次第に短くなっていく。

 最早リーチという最大の利点も失われ、青龍偃月刀の届く距離まで草子に追い詰められた。


「終わりよアカギ」


 鋭い一撃が放たれて、アカギの腹部を大きな刃が斬り裂く。これまでで一番大きなダメージである。アカギは苦悶の声を上げる。


「ガハッ……」


「おいおい玉藻前、私の分も残せと言っておいただろう?」


 アカギの部下達を捌き切ったイブキが、アカギとの戦闘に参加する。しかし既に相手はもうボロボロで、殆ど攻撃する必要がない。

 とは言えそんな事はイブキにすれば関係のない話だ。自分の所有物を盗まれて、命まで狙われた。その返礼はせねばならない。


「私達を殺そうとしたのだから、殺されても文句は言えないよね? ああそれと、私のモノ(雅樹)に傷もつけてくれたよね?」


「ま……待っ……」


 アカギは命乞いをしようとするが、イブキは許すつもりなど毛頭ない。彼女の爪が伸び、鋭く尖り輝きを放つ。

 酒吞童子として磨き上げて来た剛腕と、刃物を必要としない程に強靭な爪。その2つが合わされば、金棒なんて要らない。


「喧嘩を売る相手を間違えた。それがお前の死因だアカギ」


 5本の爪が、アカギの顔面に突き刺さる。後頭部まで突き抜けた後、ゆっくりとイブキが爪を抜く。

 ぐらりとアカギの体が揺れて、ドサリと地面に倒れ伏す。暫くするとアカギの体は灰となり、サラサラと消えて行った。

 アカギ達の住処には、ボロボロになった蛇女達や大蛇が転がっていた。流石に全滅させるのは不味いと、イブキが加減した結果だ。

 そうは言ってもこのまま放置は出来ない。草子かイブキが代理の支配者を配置する必要がある。二度とこんな事を起こさせない為に。

 だがそれよりも、今はもっと大切な事がある。イブキにとって特別な存在、草子にとって愛する男。そちらの方が重要だ。


「待たせたね、マサキ」


「まー君、立てそう?」


 イブキと草子が雅樹に向けて手を伸ばす。どうにか乗り切れたと、雅樹は両者の手を取り立ち上がる。


「ありがとう、2人共」


 京都に出て知り合った美女、大江イブキ。昔から知っている初恋の女性、那須草子。人間じゃないお姉さん達に助けられ、雅樹は洞窟を脱出した。

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