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その美女は人間じゃない  作者: ナカジマ
第2章 雅樹の故郷
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第61話 雅樹の行先は

 どれだけ探しても碓氷雅樹(うすいまさき)は見つからない。誘拐されたという事実しか分かっていない状況。

 埒が明かないと判断した大江(おおえ)イブキと那須草子(なすそうこ)達は、一度若藻(わかも)村へ戻る事にした。誘拐時の詳しい状況を聞き出す為だ。

 当初は軽トラならすぐに追い着けると思われ、速度を優先して行動した。しかしこうなっては、再度現場を洗うしかない。

 連れ去った男の人相や状況を調べれば、何者が雅樹を攫ったのか分かるかも知れない。イブキ達はそこからヒントを得ようとした。


「ちっ……今日は散々な日だ。お前の狡猾さを信じた私がバカだったよ」


 イブキは大層不服そうに草子を横目で睨んでいる。自分の支配圏内であったなら、こんなヘマはしないのにと。

 おまけに雅樹との契約について、話をしていた真っ最中に攫われてしまった。これではイブキの面目は丸つぶれだ。

 だがそれはイブキだけではない。自分の支配圏内で、愛する男を連れ去られたのだ。草子は腸が煮えくり返る様な思いをしている。


「……貴女こそ、御守りの性能が足りていないのでは? 私に下手クソと言っておいてこれ?」


 お互いにイライラしているのもあって、向け合う感情にはどうしても棘がある。ここ数日は平和だったのに、突然最悪の事態が訪れた。


「どうせお前を疎ましく思った者だろう? でないと雅樹だけを狙って連れ去る理由がない」


 イブキは草子を恨んでいる妖異が犯人だと思っている。それなら草子に対する最高の嫌がらせになる。

 何よりこれだけ探しても見つけられないのだ。明らかに人間以外の力も関わっている。単なる誘拐ではないとイブキは考えた。


「そっくりそのままお返しするわ。貴女を疎ましく思う妖異は幾らでもいるでしょうに」


 対する草子は、イブキを恨んだ者による犯行を疑っている。イブキはここまで連れて来るまでに、多くの支配圏を通過している。

 その道中でイブキと雅樹が共に居るのを、各支配者に察知されているのは確実だ。当然彼らは雅樹に注目しただろう。

 自分なら守り切れると自信満々なイブキが、足下をすくわれたのだろうと草子は考えている。鬼らしい傲慢な判断の結果だと。

 とは言え詳しい調査は必要だ。イブキ達は雅樹と共に居た幼馴染から詳しい情報を聞きに行く。草子の家から固定電話で2人と連絡を取る。

 完全に日が落ちた若藻村の中を移動し、イブキ達は扇奏多(おうぎかなた)長谷川拓海(はせがわたくみ)の2人と、月明かりの下で対面する。2人の家は隣同士で、会うのは簡単だ。


「ごめんね2人共、今日の事が聞きたくて」


 草子が代表して2人と会話をする。この村に掛けられた暗示は、あくまで草子達に関するもの。イブキに対しては何の効果もない。

 雅樹が攫われたというのに、警察でもないイブキが捜査をするのは変だと彼らは感じてしまう。だが草子なら、要らぬ疑いは発生しないのだ。


「構わねぇよ、何でも聞いてくれ」


「うん、私も雅樹の為なら協力するよ」


 草子を信じ切っている2人は、何も疑う事なく警察に協力するかの様な姿勢だ。イブキにすれば歪な関係だが、今はそれを指摘する時ではない。


「雅樹が攫われた時、何があったの? どうして2人は麻痺毒を?」


 妖異が絡んでいるとするなら、妖術かそれに類するものか。もしくは毒蜘蛛やお香を使った可能性もある。

 妖異には人間を麻痺させる方法など幾らでもある。誘拐を行った者が何を使っていてもおかしくはない。


「それが、3人とも蛇に噛まれちまってよ」


「そうそう! 見た事もない蛇だった」


 蛇という単語に草子はピクリと反応を示す。そして激しい怒りが草子の中で渦巻いていく。犯人が誰か分かったからだ。

 何度も若藻村に偵察を送って来ていた妖異。幾らか居るそんな連中の中で、唯一蛇と関係のある者。隣接する群馬県の支配者。

 とは言えまだ怒りを発露させている場合ではない。草子は2人の頭部に手を当てて、記憶を探っていく。5分ほどで当時の状況が判明した。

 

「ありがとう2人とも。後は私に任せておいて」


 奏多と拓海に別れを告げた草子は、若藻神社を目指しながら歩いていく。強烈な怒りを溢れさせない様に注意しながら。

 黙って後ろを着いて来ていたイブキだったが、当然草子の怒りに彼女も気付いている。何かを察したという事にも。


「それで、何が分かった?」


「攫ったのはアカギよ、群馬県の蛇女」


 イブキはアカギを思い出すのに少し時間を要した。なんせ蛇女はそう珍しい妖異ではない。その上、イブキよりも弱い。記憶にあまり残っていない。

 西の妖異ならともかく、東で暮らす弱者までイブキは大して興味が無い。どんな顔をしていたか、すぐには思い出せなかった。

 ぼんやりとイブキの脳裏に、アカギの姿が浮かんでいく。下半身が大蛇で、上半身が女性の蛇女。その姿を漸くイブキは記憶から呼び起こす。


「アイツか……確かなのだろうね?」


 大した妖異ではない癖に、よくも雅樹に手をだしてくれたなとイブキもまた怒りを燃やしている。雅樹に何かあったら、ただでは済まさないと。

 そして残念な事に、イブキと草子の両方に因縁がある相手だ。どちらか片方のせいでは無かった。だがそんな事を気にするイブキと草子ではない。

 

「……他の妖異が誤認させて、潰し合わそうとしたのでないのなら」


 状況証拠として怪しいのはアカギであるが、草子はまだ確定して良いとは思っていない。万が一の場合がある。

 権力争いを狙った別の妖異が、草子を欺こうとした可能性はゼロではない。そこを考慮しないほど、草子はマヌケではない。

 だが今はアカギが犯人と仮定して、これから動く方向で草子は決めている。群馬県なら隣の県だ、殴り込みに行くのは容易い。

 栃木県には江奈(えな)かメノウを残しておけば問題はない。仮に草子達の居ぬ間を狙ったとしても徒労に終わる。

 それ以外にも色々と手を打つ事は可能だ。草子は脳内で数々のプランを立てていく。何としても雅樹を無事に連れて帰る為に。


「ならさっさと行くぞ玉藻前、あんな奴にマサキは勿体ない」


「待って頂戴。考え無しに突っ込むと、まー君が危険よ。アカギは無策で構える程の馬鹿じゃない」


 恐らくは高い確率で、雅樹を人質として使う筈だと草子は考える。その為に攫ったのなら納得が出来るからと。

 アカギが昔から草子の事を裏で妬んでいたと知っている。正面から狙ったのでは勝てないからと、卑怯な手段を取るのは確実。

 そう来るのなら、取れる対策は色々とある。草子は素早くこれからの作戦を立てていく。雅樹の命が掛かっているから草子は必死だ。

 イブキと草子が若藻神社に着くなり、相馬薫(そうまかおる)が慌てて草子の下へと走り寄る。その手には手紙が握られている。


「草子様! こ、これを」


 薫が手渡した手紙の差出人は書かれていない。しかし草子とイブキに宛てて書かれているのは分かった。

 先ずは草子が手紙を読み、そのままイブキへと渡す。手早くサッと読んだイブキは、手紙を握り潰した上で、蒼く発光する鬼火で燃やした。

 怒りを爆発させる酒吞童子と玉藻前の気配が、周囲へと漏れ出ている。鳥達が怯えて木から飛び立ち、強大な気配を感じた犬が遠くで吠えている。


「ひっ!?」


 イブキと草子の怒りを目前で浴びた薫は、恐怖のあまり尻持ちをついた。一体何事かと、本殿で待機していた江奈とメノウが慌てて出て来る。


「姉さま!? どうされました!?」


 メノウが草子に声を掛けると、とても良い笑顔をした草子がニッコリと笑った。隣でイブキが凶悪な笑みを浮かべている。

 妖異の中でも最上位であるイブキと草子の闘志を感じて、江奈とメノウは息を呑む。凄まじい怒気が爆発しかけていた。


「今夜、アカギを潰します。貴女達は支配圏(ここ)の守りを」


「私も呼ばれたんだ、同行させて貰うよ」


 雅樹を攫われた事で、怒れる酒吞童子と玉藻前が動き出そうとしていた。準備が整い次第、雅樹の奪還作戦が始まる。

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