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その美女は人間じゃない  作者: ナカジマ
第2章 雅樹の故郷
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第59話 焦る妖異達

 碓氷雅樹(うすいまさき)が誘拐されてしまう少し前、大江(おおえ)イブキと那須草子(なすそうこ)は雅樹の保護について話し合っていた。

 正確に言えば保護というより雅樹の所有権に近いが、名目上の保護者である事実は変わらない。

 両親は亡くなり、引取る親戚も居ない。そして現在法的には、イブキが保護者となっている。

 イブキが指示を出せば人間は従うのみ。法律上の問題なんて有ってない様なものだ。

 その上でイブキは雅樹に全てを捧げると契約させている。妖異にとって契約は絶対であり、どちらかが勝手に解消する事は出来ない。


「つまり私がマサキの主人だ。お前の出番はない、玉藻前」


 腰まである黒髪のポニーテールと、恐ろしく整った容姿の女性。気だるげな表情が異様に似合う美しき鬼。

 酒吞童子の名を持つイブキは、いつものパンツスーツ姿で那須草子の所有する道場の壁に凭れ掛かっている。

 草子が家として使っているのは、若藻神社の近くにある和風の屋敷だ。玉藻前としてではなく、那須草子として暮らす為の家。

 立派な門に年季の入った瓦屋根、庭の池では鯉が数匹泳いでいる。綺麗な竹で作られた鹿威しが、一定の間隔で小気味良い音を立てている。

 1階建ての母屋から、渡り廊下で剣道場と繋がっている。築年数は数百年を誇るが、とてもそんな風には見えない綺麗な屋敷だ。

 

「いいえ、そういう話なら私の方が先です。幼い頃にまー君は、私と結婚をすると約束しているわ」


 首元まである鮮やかな金髪が、トレードマークの華やかな剣道美女。正座で座っている真っ白な剣道着を着た草子は、母性溢れる魅力的な女性だ。

 しかし彼女もまた人間ではなく、玉藻前という伝説の妖狐である。今は日本で生活しているが、元は中国に居た伝説の美姫である。

 気だるげな表情のイブキと違い、キリッとした表情が良く似合う優しい女性だ。しかし見た目だけならそう見えるが、とても冷酷な面も持ち合わせている。

 基本的には穏やかで品のある雰囲気だが、怒りを表出させるとかなりの圧力を発する。

 今もイブキと草子は激しい威圧感を放ちあっている。雅樹がこの場に居れば、息が詰まるどころではない。


「その時は正体も明かしておらず、マサキが幼い子供だった頃だろう? それは契約とは言わない。それこそ無効だ」


「いいえ、約束は約束。そして契約とは約束の事です。だから私の方に、まー君と共に生きる資格があるの」


 どちらも決して譲らず、お互いに雅樹の所有権を主張し合う。イブキが指摘する通り、草子の話は契約としては弱い。

 しかしイブキもまた、非常に断り難い状況下で雅樹へと迫っている。雅樹は気付いていないが、イブキは狙ってあの場で彼を手に入れた。

 出会ったのは偶然ではあっても、あそこで契約させたのは必然。雅樹を見つけた時点で、イブキは最初から手中へ収めに行ったのだ。

 雅樹から事情を聞いた草子は、イブキの思惑に当然気付いた。だからこうして異を唱えている。強制的に契約を迫るのはフェアでないと。


「私とマサキの契約は、あくまで私という鬼と契約したもの。お前のは玉藻前という妖狐との契約じゃない」


 イブキの主張は例えどの様な状況下であったとしても、妖異として契約しているという所が争点となっている。

 対する草子の主張は、正常な精神状態で契約していないという所が争点だ。イブキは無理矢理契約させており、自分は雅樹が平静な状態で交わした約束だと。


「だから鬼は強引で乱暴で粗暴で困るのよ。何でも力業で解決し過ぎだわ」


「ふん、卑怯な手ばかり使う狐に言われたくはないね。お前のやり方は詐欺だろう」


 真っ向から対立し、決して交わらない平行線が続いている。どちらも一切譲らないのだから当然だ。話が全く進まない。

 お互いに相手側の不備を指摘し合うだけで、折衷案を考える気など最初から無い。終わりの見えない議論である。

 そもそも意見交換ですらなく、ただの口喧嘩に過ぎない。相手の意見を認める気がない口論を、議論と定義する事は出来ないだろう。


「大体貴女達鬼はいつも――おかしい、まー君の気配が消えた……」


 草子は慌てた様子で立ち上がる。彼女は栃木県の支配者を江奈(えな)とメノウに譲っているが、この若藻(わかも)村だけは草子の支配圏となっている。

 支配圏の中に別の支配圏を作る事は可能で、支配者の許可があれば個別に設けられる。草子は栃木県の支配者を辞めた後、ここ若藻村の支配者となった。

 それ故に草子は、若藻村の中を全て把握可能だ。どこにどんな妖異が居て、どこにどんな人間が居るのか。

 

「……何だと!? どういう意味だ玉藻前!」


 草子の支配圏である以上は、自由にさせても平気だろうとイブキは考えていた。その筈だったのに、雅樹が消えたという。

 イブキは草子に詰め寄って、乱暴に胸倉を掴み上げる。草子も女性としては背が高く、雅樹と殆ど変わらない。

 それでもイブキよりは低い為、胸倉を掴まれると草子は爪先立ちにならざるを得ない。


「離して貰える? すぐに探しに行かないと」


「お前……そうやってマサキを掠め取る腹積もりか?」


 雅樹が居なくなった事にして、自分の物にしてしまう。草子がそんな手を使って来たのかと、イブキは疑っている。


「そんな後でバレる手は使わないわ! それより早く離してくれないのなら、先ず貴女を殺す所から始めないといけなくなるわ」


 草子は明らかに焦っている様子を見せており、イブキの手を掴む力は明らかに本気だった。握り潰す勢いでイブキの手首を掴んでいる。


「……ふん、なら最後に居た所を教えろ。私が探す」


 渋々イブキが手を離すと、草子は颯爽を駆け出す。とても人間に出せる速度ではないが、草子はそんな事を気にしていない。

 イブキも同じ様に人間離れした速度で、草子の後を追いかける。一歩を踏み出す毎に、地面はひび割れ小さなクレーターが生まれる。

 幸い村人達は自分の仕事に邁進しており、誰とも遭遇する事なくイブキと草子は移動する事が出来た。

 草子の案内で辿り着いた現場には、2人の少年少女が倒れている。雅樹の幼馴染である、扇奏多(おうぎかなた)長谷川拓海(はせがわたくみ)の2人だ。


「アナタ達! 大丈夫!?」


 2人が倒れているのを把握していた草子は、慌てて駆け寄り状態を確認する。


「草……さ……雅……が……」


 拓海が何かを草子に伝えようとするが、上手く言葉が話せないようだ。

 

「これは……麻痺毒か?」


 後からやって来たイブキが、奏多の容態を確認しながら呟く。

 この村に暗示が掛かっているのを良い事に、草子は妖術を使って2人を治療する。

 金色の光が2人を包み、注ぎ込まれた毒を無効化していく。

 暫くすると2人は健康な状態に戻り、身動きが取れる様になった。

 治るなり2人は草子に縋りつき、それぞれが慌てて状況を訴える。


「大変だ草子さん! 雅樹が攫われたんだ!」


「知らないおじさんだったよ! 軽トラに乗った!」


 一気に話し始めるので、中々に聞き取りにくい。しかしその中から、草子は今必要な情報だけを求める。


「どっちに行ったの!」


 今聞かなければならないのは、雅樹がどこに連れて行かれたのかという事だ。


「「あっち!」」


 2人は揃って同じ方向を指差す。草子にはそちらから雅樹の気配を感じられない。

 ならばもう、若藻村を出てしまった可能性がある。どうやってただの軽トラで、こんなに早く村を出られたのか草子には分からない。


「酒呑」


「皆まで言わなくていい。今は休戦といこう」


 イブキと草子は頷き合い、またしても駆け出して行く。全力で走る2人は、あっという間に村を出る。

 草子が江奈とメノウに念話で連絡を入れて、そちらからも雅樹を捜索させる。

 しかし栃木県内には、雅樹の姿が見つけられない。どういう事か分からないが、イブキ達は必死に雅樹を攫った軽トラを探し続けた。

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