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その美女は人間じゃない  作者: ナカジマ
第2章 雅樹の故郷
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第57話 漁夫の利を狙う者 後編

 外国人観光客を襲った大蛇が暮らす洞窟、それは群馬県の支配者をやっている蛇女の住処。

 今は最奥にある玉座の間で堂々としている蛇女と、部下らしき蛇女が会話をしている。

 鈴の鳴る様な高い声で、部下らしきひと回り小さな蛇女が報告する。


「アカギ様、どうやら酒吞童子と玉藻前が争っているようです」


 アカギと呼ばれた蛇女は、縦長の(じゃ)の目を細めた。人間とは違い眉毛と睫毛を持たないその瞳は、爬虫類特有の恐ろしさがある。


「それがどうした? 対立しているのは元々だろう」


 ドスの効いた低い声は威圧感こそあるが、アカギは十分美女と呼べるだけの綺麗な顔立ちをしている。真っ赤な唇に真っ白な肌、目鼻立ちは整っている。

 しかし下半身は人間の胴体よりも太い大蛇であり、髪は全て1本1本が細い小さな蛇である。だらりとぶら下がる蛇達は、胸元まで達している。

 妖異としての認識が強いのか、大江(おおえ)イブキ達の様に何も服は着ていない。上半身は裸であり、蛇達がいなければ豊満な胸部が見えてしまいそうだ。

 時折口から出て来る舌は、先が2つに分かれている。蛇特有のもの、スプリットタンと呼ばれる形状。

 人外要素を除けば、人間でも美しいと感じるだろう。人外だからこそ良いと答える人間も居るのだろうが。


「いえ違うのですアカギ様、どうやら1匹の人間を巡って争っているのです」


 報告を入れている蛇女は、アカギと違って頭髪がある。日本人と変わらない真っ黒な髪を持っている。

 首元まである長い髪、アカギ程ではないが整った容姿。スタイルも良く豊かな膨らみが惜しげもなく晒されていた。

 アカギの様に隠せる程髪の長さが足りていないが、本人は全く恥ずかしがっている様子は見られない。

 人間の女性と違い羞恥心を感じていないのだろう。そもそも蛇なのだから当然なのかも知れない。

 その点については、アカギも隠そうと思って隠したのではないのかも知れない。隠す気があるなら、イブキ達の様に服を着れば良いのだから。


「人間だと? どういう事だ?」


「どうやら人間の男を取り合っている様子なのです」


 それはアカギの指示で送った刺客から得た情報。密偵として送り込んでいた蛇を介して、部下の蛇女が見聞きしたとある一幕。

 碓氷雅樹(うすいまさき)を巡って、大江イブキと那須草子(なすそうこ)が言い争っていた時の話だ。イブキ達の知らない所で、他県の妖異に見られていたのだ。


「……ほぉ、それは興味深い。美味そうな男か?」

 

 酒吞童子と玉藻前は非常に強力で有名な妖異だ。その2名が取り合うと言うなら、特別な存在だろうとアカギは見当をつける。

 

「高校生ぐらいの若い男でした。遠目に見た限りでは、それなりに良さそうな男でしたよ。アカギ様なら気に入るかと」


 部下の報告を聞いたアカギは愉快そうに笑いながら、ゆっくりと舌なめずりをする。雅樹に興味が湧いたのだろう。

 アカギは若い人間の男を喰らうのが好きなタイプだ。太い下半身で締め上げて、苦しませながら物理的に喰らう。

 好みに合った男であれば、性的な意味でも楽しんだ後に、しっかりと骨まで頂く。大昔からそうやって生きて来た妖異だ。


「なるほど、色々と都合が良い話だ」


「ええ、アカギ様に追い風が吹いております」


 アカギが草子の下へ密偵を送っていた理由。それはいつか玉藻前を下し、東の頂点に立つ機会を狙っていたからだ。

 彼女は納得出来なかった、他国の妖異が東日本で頂点に立つ事が。生まれが大陸なのに、この地で大きな顔をしている。

 何故自分が従わねばならないのかと、大昔からずっと思っていたのだ。しかし戦闘力では草子の方がアカギより高い。

 直接的にぶつかるとなれば、勝利するのは難しい。これまでも色々な作戦を練って来たが、全て失敗に終わっている。


 妖術を施した蛇を送れば排除され、息の掛かった妖異を送っても同様だ。栃木県までなら行けても、若藻(わかも)村では必ずバレてしまう。

 そして若藻村でアカギの手の者が発見されてしまうと、栃木県内に送り込んだ者も全てバレてしまう。中々上手くは行かない。

 最近になって漸く、草子にバレない蛇を生み出す事が出来た。他にも発見されない偽装を施す妖術も。


「酒吞の方はどうだ? 両方に人質として使えそうか?」


「恐らくは。今も見張らせていますが、どちらもその男を大切にしている様子です」


 部下の蛇女は片目をつむり、密偵として送り込んだ蛇の見ている視界を遠隔で確認している。肉体改造を施してあるので、音声の方もバッチリ聞こえる。

 妖術を使えばバレてしまうので、蛇そのものを改造する事である程度の解決を見せた。あまり量産出来ないのがネックだが。

 科学技術の発展により、若藻村の偵察行為が可能となった。ドローンの様に蛇を操り映像や音声を入手する。

 半ばサイボーグと化した蛇から映像を電子的に受信し、群馬県内からは妖術に変換して視界と音声を得ている。


 今は草子が雅樹と一緒にお風呂へ入ると言い出して、イブキと揉めている最中だった。まるで青春ラブコメの様な状況だ。

 現地の密偵は肉体改造を施されている以外普通の蛇で、まともに妖力を持っていない。草子達が気付けないのも無理はない。

 多くの失敗を糧に生まれた手段であり、発覚への対策は慎重に行われているのだ。ここまで来るのに数百年を掛けている。


「そうか……ククク……はははははは!」


 アカギが狙っていたのは草子だけではない。酒吞童子として強権を振るうイブキもまた、その存在が気に入らなかった。

 鬼という種族は妖異の中でも最上位の強さを誇り、他の妖異とは一線を画す。特にイブキはその象徴と言える。

 妖異の掟を決める際にも、主導権を握っていたのは鬼だった。その事をアカギは大昔から妬んで来た。

 強さだけではなく、その美しさも嫉妬する要因である。妖異の男性はアカギよりも、イブキを支持する者が多い。

 アカギの惚れた相手が好きなのは、イブキだったという経験が過去に何度もあったのだ。それは勝手な私怨に過ぎないのだが。


「腹立たしい奴らが纏めて潰せるなら、これ程めでたい事は無い!」


「そうです、もう我らが軽んじられる時代は終わるのです」


 蛇の一族も決して弱い妖異ではない。ただ最上位ではないというだけで。都合の良い状況に持ち込めれば、勝てる可能性は十分ある。

 人質を使って集団で遅い掛かれば、イブキと草子を殺す事だって不可能ではない。それぐらいの強さは持っている。

 長年に渡って我慢して来たアカギ達にとって、千載一遇の好機がやって来たのだと彼女達は喜ぶ。下剋上の時が来たのだと。


「せっかく作った人間達を、管理しろ等と決めた酒吞を殺せば、我らは好き放題に出来る!」


 日本における妖異のルールは、主にイブキが中心となって決めたものだ。大昔の様に欲望のまま喰い尽くせば、また滅びと向き合わねばならないからと。

 海外でもイブキの案を取り入れた妖異は多く、現在の形が出来上がった。普通に考えれば当然なのだが、理解出来ていない妖異も多い。

 アカギなどはその筆頭と言えるだろう。人間なんて放っておいてもどうせ増えるのだから、好きなだけ喰らえば良いじゃないかと考えている。

 妖異達が無秩序に人間を喰らい始めれば、あっという間に人間は激減してしまう。それがアカギには分からない。

 欲望を最優先に生きて来た妖異であった為、そんな細かい事は考えていないのだ。人間の未来などどうでも良いから。


「酒吞童子と玉藻前を喰らえば、アカギ様に逆らえる者は居なくなるでしょう! この国最強の妖異になれるのです」


 イブキと草子はかなりの強者であり、喰らって得られる妖力は相当なモノだ。部下の蛇女が言う様に、アカギが世界最強になる可能性はある。

 ただしそれは勝てればの話で、今の時点ではどちらか片方と正面から戦うだけでも敗北確定。絵に描いた餅でしかない。

 しっかりと作戦を練って行動しないと、勝利など掴む事は出来ないだろう。流石にそれが分からない程、アカギは愚かな妖異ではない。

 だから今日までこうして、辛酸をなめ続けて来たのだ。今更になって、焦りから失態を演じる馬鹿はやらない。


「その人間が本当に人質として使えるのか、しっかりと確認しろ。そして使えるのなら、攫ってここに連れて来い」


「はっ! 仰せのままに!」


 雅樹達の知らない所で、アカギの陰謀が動き始めた。両親の死と故郷の真実を知り、どうにか向き合い出したばかりだというのに。雅樹の平穏な生活は、まだまだ訪れそうにない。

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