表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
その美女は人間じゃない  作者: ナカジマ
第2章 雅樹の故郷
54/67

第54話 一応の和解

 碓氷雅樹(うすいまさき)は再び若藻(わかも)神社へと戻った。境内では既に那須草子(なすそうこ)こと玉藻前が待っていた。

 その隣には真っ青な表情の巫女が居る。昔から雅樹が知っている女性だ。

 名前は相馬薫(そうまかおる)といい、雅樹は何度も会話を交わした間柄である。


「あれ? 薫さん?」


 何故この場にと一瞬雅樹は思ったが、すぐに1つの可能性に思い至る。


「……もしかして、薫さんも?」


 彼女も妖異であったのかと、雅樹は草子へと視線を送る。

 ある程度の冷静さを取り戻しているので、雅樹は草子に喚き散らす事もない。


「ええ。彼女は私の部下であり、今回指示を出した相手よ」


「申し訳ございませんでした!」


 女性ながら雅樹と変わらない身長を持つ草子に対して、薫は10センチ以上背が低い。

 それだけでも小さく見えるのに、勢い良く頭を下げる姿は余計に小さく見えた。

 妖異が人間の自分へ頭を下げたので、雅樹はとても驚いている。


「部下のミスは私のミス。謝って済む問題じゃないけれど、本当にごめんなさい」


 続いて草子が頭を深く下げた。有名な大妖怪で、雅樹の初恋の女性。そして剣道の先生でもある。

 草子と薫が頭を下げる理由は1つしかない。雅樹の両親を結果的に殺してしまった事だ。

 この短時間で相当怒られたのか、薫はブルブルと震えている。

 もし雅樹が許さないと言えば、薫の身がどうなるか分からない。

 ただそんな事を雅樹は知らないので、とても複雑な気分だった。


「頭を上げてよ。俺にも責任はあるからさ、とりあえず話をしよう」


 雅樹はまだ心の整理が出来ていない。だけど彼女達を一方的に責める気にはなれない。

 悪意があっての行動じゃなかった。それは雅樹も理解しているから。


「まー君……でも……」


「良いから。先生達だけの責任じゃないよ」


 頑なに頭を上げない草子達に、雅樹は再度頭を上げるように促す。


「姉様、雅樹がこう言っているのですから……」


 今回の件に直接関わっていないメノウと江奈(えな)が、草子と薫の肩に手を置く。

 渋々といった雰囲気で、両者は頭を上げた。それから再び本殿へ戻り、那須草子サイドと大江(おおえ)イブキサイドで向き合う。

 改めて今回の件について、説明が行われる事になった。今度は結果も踏まえた上で。


「私の判断が甘かった。酒呑の言う通り、策に溺れたのは間違いないわ」


 草子は己の非を認めつつ、本来はどうなる筈だったのか、そして起きた事の分析を雅樹へと説明する。


「私は貴方がとても魅力的な魂の持ち主だと分かっていた。だからあの御守りを渡した」


 村を出る雅樹に対して、持っておいて欲しいと言って渡した若藻神社の御守り。

 雅樹なら自分が渡せば常に所持すると、分かっていて渡したとも打ち明ける。

 先生として、そして女性として、雅樹が好意を抱いていると知っていたから。

 その御守りには、雅樹の魂を平凡な物へと偽装する術が掛けられていたという事も。


「……御守り? ああ、あれの事か玉藻前。餓鬼ごときに破壊されるとは、相変わらず道具作りが下手だね」


 イブキは小道具の類を作るのが得意だが、草子はあまり上手いと言えない。

 薬の類ならかなり上手く作れるのだが、護符や御守りなどは平凡な腕前だ。

 もちろんイブキが特別上手いだけで、草子は下手と言われる程ではない。

 あくまでイブキから見れば下手だと言うだけだ。しかし結果は結果として、受け止めねばならない。


「……やはり破壊されたのね」


 その可能性に思い当たっていた草子は、悔しそうな表情を浮かべた。

 雅樹本来の価値さえ知らないままであれば、破壊される事は無かった。

 うっかり薫がどれだけ価値のある存在か、念入りに教えてしまったのが悪い方へ働く。

 あの玉藻前が大切にしている人間ならば、さぞ価値の高い男なのだと餓鬼は判断した。

 脅かすだけでは済まさず、目撃者となる両親を含めて喰い逃げする算段を立ててしまった。


「話を聞く限り、恐らくそういう事だと思うわ。本来なら怖がらせるだけで良かったのに」


 口先で誤魔化しただけで、口裂け女も本当は雅樹に興味を示していた。

 ただし所持していた御守りの質が違った。明らかに強力な妖異の所有物だと一目で分かった。

 だから最初は追跡だけに留めた。様子見をして大丈夫そうなら、味見ぐらいは出来るかと期待して。

 しかしすぐにイブキが現れてしまい、言い訳を並べ立てて口裂け女は逃げ出した。

 その事を知っているのは口裂け女だけで、この場に居る誰も知らない隠された真実だ。


「本当にごめんなさい。貴方の両親を殺すつもりなんて無かった。でもこうなってしまった」


 草子にとって、雅樹の両親はそれほど重要で無かった。だが雅樹を苦しませるつもりも無かった。

 それとこれとは別の問題であり、辛い思いをさせてしまった事実は無くならない。決して変えられない現実だ。


「まー君を苦しめたかったのではなく、ただ安全なこの村に帰って来て欲しかっただけなの。私は本当に、心から貴方を愛しているわ」


 傾国の美女、玉藻前。またの名を妲己。彼女は恋多き女性だが、その気持ちは常に本物である。雅樹に対する感情も偽りではない。

 だがそれはそれ、これはこれ。草子は雅樹を真っ直ぐに見つめている。ここからはケジメの問題だ。


「だからねまー君、私達を恨みなさい。薫を殺せというのなら、受け入れましょう。私の命を望むのなら、貴方に捧げましょう」


「そ、そんな事、望む筈ないじゃないか……」


 確かに両親を失ったのは辛い。しかし雅樹にも落ち度はある。

 何度も静止する草子の意見を聞かず、自分の好奇心を優先した。

 草子に言われた通り、正体を明かされても諦めた可能性は低い。

 だから薫と草子の命なんて、望むつもりは毛頭ないのだ。


「結局はさ、悪いのはあの餓鬼だろうに。いつまでそんな不毛なやり取りを続ける気だ?」


 あくまで中立の立場であるイブキは、誰のせいか決めようとす行為が不毛にしか見えない。

 結局余計な行動に出たのも、雅樹の両親を殺したのも全部餓鬼の行いだ。

 確かに草子と薫にも落ち度はあり、雅樹にも同様の事が言える。


「イブキさん……でも……」


 やはり雅樹は自分を責めてしまう。自分の望みが両親の死に繋がったと。


「でもじゃない。君は何も知らなかった。対策なんて取れないだろう。それとも君は全知全能のつもりかい? いつでも正解を選べるのかな?」


「そ、そんなつもりは……」


 雅樹が自分を責めるのは、結局後付けの理由でしかない。ただの結果論だとイブキは断じる。

 事実として雅樹はイブキと出会うまで、妖異なんて存在を知らなかった。

 正しく脅威度を把握していれば、村の外へと出る選択を取らなかった。


 しかしそれは今だから言える話でしかない。中学時代の雅樹が、判断ミスをしたのではない。

 選択の結果が毎回良い結果に繋がるとは限らない。どうしてあの時こうしたのかと、後から嘆くのは簡単だ。

 そんな後悔を、いつまで続けても未来には繋がらない。過去はどうやっても変えられないのだから。


「強いて言えば、玉藻前が惚れた男に弱いのが悪い。実際に妖異が人間を喰う所を見せれば良かった」


「そんな残酷な事…………いえ、その通りね…………。私達の真実を見せるのが、私は怖かった。まー君に嫌われたく無かった」


 草子は本当に雅樹を大切にしていた。だから残酷な場面を見せようとしなかった。

 そこがイブキと決定的に違っている点だ。イブキはお気に入りの雅樹に、残酷な現実をあっさり教える。

 対して草子は、温室で育てるかの様に過保護な面がある。どちらが正しいとは言えないが。


 ただ雅樹を箱入りにしてしまったのは、他ならぬ草子自身だ。理想の楽園を作ろうとした末路。

 もっとシビアに向き合っていたら、結果が変わった可能性はある。

 だがやはりそれも結果論だ。それに雅樹は、草子を恨むつもりはない。


「先生…………。あの……俺は両親の納骨に来たんです。だから今から、一緒に来てくれませんか?」


 そもそもの目的である、両親の遺骨を納める事。そこへ同行して欲しいと雅樹は提案する。

 先ずは両親を墓場へ。これからどうするかは、それから考えたいと雅樹は思った。


「……私達が行っても良いの?」


「はい。父さんと母さんも、怒ってはいないと思うので」


 完全な解決と言うにはまだ早いが、雅樹は前へ進む道を選んだ。事情を聞いたら、両親も分かってくれそうな気がしたから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ