表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
その美女は人間じゃない  作者: ナカジマ
第2章 雅樹の故郷
53/67

第53話 雅樹の葛藤

 碓氷雅樹(うすいまさき)は村の中を走って移動し、かつて暮らしていた家の前までやって来た。

 空き家となった最近まで住んでいた建物には、もう誰も暮らしていない。

 こんな所に来たとしても、何が変わるわけでもない。両親が死んだ事実は無かった事にならない。

 そんな事は雅樹だって分かっている。自分の選択が生んだ結果だと。


(俺は……そんなつもりじゃ……)


 ただ進学がしたかっただけ。高校や大学に興味があっただけ。

 それが思わぬ悲劇へと発展してしまった。雅樹の望んだ未来とは大きく逸れた。

 どうにか高校生らしい生活も送れ始めたのに、その引き換えは両親の死。

 自分が村から出る選択をしなければ、そうはならずに済んだのだ。

 雅樹は地面に膝をつき、ただ項垂れるしか出来ない。


(俺のせいで、父さんと母さんが……)


 これまでの思い出が、雅樹の脳内に蘇る。幾らイブキから強引なケアをされても、決して消えない傷跡。

 両親を喪ってまだ半年も経っていない。そこに新たな真実を知ってしまった。

 雅樹にはあまりにも辛い現実。とても16歳の少年に耐えられる苦しみではない。

 状況としては若者達で車に乗って出掛けて、1人だけ生き残る事故が近いだろうか。

 後悔しても遅く、今更両親は生き返らない。この家で住んでいた時と同じ時間は……もう訪れないだろう。


(村を出なければ今頃は……)


 農家や猟師になっていれば、雅樹の両親は生きていた。死ぬ事は無かった。

 その代わり学校で出来た友人や、大江(おおえ)イブキと出会う事は無くなるが。

 どっちが良かったかと言えば、雅樹には選べない。学校が楽しかったのは事実だから。

 問題は対価が大き過ぎた事だ。元々雅樹は薄々考えていた。自分が村を出なければと。

 そうすれば両親は死なずに済んだのではないかと。まさか本当にそうだったとは、流石に予想出来なかったが。


「あれ? 雅樹じゃない?」


 呆然としていた雅樹の耳に、聞き慣れた声が届く。のっそりと雅樹は振り返る。


「…………奏多(かなた)


 そこに居たのは雅樹の幼馴染の1人、扇奏多(おうぎかなた)という少女だった。

 ほんのり日に焼けた肌と、元気そうな印象を受ける明るい表情。

 農作業用の作業着に、首に巻いた真っ白のタオル。今は作業中でないからか、帽子を被っていない。


 長めの黒い髪を後ろで纏めており、可愛らしいおでこが見えている。

 少し気の強そうな目と、形の良い小さな鼻。健康そうな色をしたぷっくりとした唇。

 服装こそ野暮ったいものの、美少女と呼んで差し支えない可愛い子だ。


「ちょっと、どうしたのよそんな顔して」


 奏多は心配そうに雅樹を見ている。あまりにも暗い表情をしていたから。


「いや、その…………」


 雅樹は話すか悩んでいる。自分のせいで両親が死んだ。そこまで伝えるべきかどうか。


「何よ? 言ってみなよ」


 奏多は明るい少女であり、ハキハキと物を言うタイプだ。幼馴染が相手なら尚更遠慮はしない。


「………………実は……父さんと母さんが、春に亡くなって……」


「えぇ!? おじさんとおばさんが!?」


 村を出て行くまで元気にしていた雅樹の両親。奏多はその姿しか知らない。

 まだまだ年齢的には若く、2人とも40代前半だった。奏多が驚くのは当然だ。

 それに話辛いからと雅樹が今まで伏せていたのもあり、奏多が受けた衝撃は大きい。

 スマートフォンで連絡を取っても、殆どいつも通りのリアクションが雅樹から返って来ていたから。


「ど、どうして?」


「…………事故で」

 

 妖異の話はしない。そんな事は来る前から決めていた事だ。

 幼馴染に嘘をつかねばならない事もまた、雅樹の良心をガリガリと削る。


「ごめん、何て言えば良いか……」


 幾ら明るい奏多でも、流石に掛ける言葉がすぐには見当たらない。

 雅樹には親戚の類がおらず、両親が死ねば1人だ。そんな雅樹の家庭事情を奏多は知っているから。


「いや、良いんだ。奏多が謝る事じゃない……」


 雅樹はただ自分を責める事しか出来ない。真っ直ぐな性格が、今は悪い方向へと向いている。


「でも雅樹が生きていて良かったよ」

 

 奏多は純粋に雅樹が無事であった事を喜ぶ。悲しい出来事ではあるけど、幼馴染は生きている。

 それだけは心の底から喜べる事で、奏多が伝えたいと思った言葉だ。

 奏多は膝をついている雅樹に手を差し伸べ、彼を引き上げて立たせる。


「……そう、なのかな」


 雅樹は自分の生を素直に喜ぶ事が出来ない。自分の決定が両親を殺してしまったから。

 色々と思い悩み自責の念に駆られている。酷い苦しみが雅樹へ襲い掛かる。


「そうだよ! きっとおじさんとおばさんも、雅樹に生きていて欲しい筈だし」

 

 雅樹の両親は、あっさりと殺されてしまった。突然侵入して来た餓鬼の手によって。

 父親が最後に残した一言は、誰だという問い掛けだけ。母親は悲鳴すらあげる余裕も無かった。

 両親はただの前菜に過ぎず、あくまで雅樹がメインだったからだ。

 2人が最後に何を思ったのか、雅樹は何も知らない。会話をする間も無かった。


「……うん」


 一般論として、親は子供の幸せを願うもの。雅樹の両親だってそれは変わらない。

 だから自分がここで自殺を選ぶべきではない。それぐらい雅樹も分かっている。

 今ここで死んだからと、何が変わるというのか。ただの無駄死にでしかない。

 それでも死にたいぐらい後悔をしているのが現状だ。簡単に解決する話ではない。


「私まだ作業中だからさ、後でまた皆で話そう? ね?」


「……うん」


 また連絡をすると言い残し、奏多は畑のある方へ歩いていく。

 その背中を見送っていると、追いかけて来たイブキが姿を現した。

 神社を飛び出した雅樹を探しながら、村の中を回って来たところだ。


「ここに居たのか、マサキ」


「イブキさん……」


 いつも通り堂々と立っている黒髪の美女。その姿が今の雅樹にはかなり眩しい。

 イブキの様に胸を張ってと生きていられたら、こうして悩まずに済むのではないかと雅樹は思う。


「君のせいではない。両親を殺したのは餓鬼だ」


「でも……」


 同じ事の繰り返しだ。自分が村を出ようとしなければ。どうしても雅樹は思ってしまう。


「恨むなら自分ではなく、策に溺れた玉藻前を恨めば良い」


 もっと上手いやり方があっただろうと、イブキから見れば思ってしまう。

 変に雅樹の意思を尊重なんてせずに、縛り付けてでも村へ留めておけば良かったと。


「囲うなら私の様に堂々と囲えば良い。妖異のくせに、人間の恋愛ごっこをやるから悪いんだ」


 好みの人間達を侍らせて、ハーレムを形成する玉藻前のやり方はイブキと違う。

 相手に本気で恋をさせて、その感情を喰らう。効率は良いが回りくどいとイブキは考える。

 同じ事をやるならば、イブキは鬼と分からせた上で惚れさせる。

 人間同士で恋愛をしていると、相手に誤認なんてさせはしない。


「俺は……先生を恨めない……」


「あまり女狐を信用し過ぎない方が良い」


 那須草子(なすそうこ)に恋をしたのは、きっと術や暗示ではないと雅樹は思っている。

 何故なら雅樹は村から出ても、やはり草子への特別な感情はあった。

 村に掛けられた暗示でないのは確実だ。草子は電子機器を使わないので、連絡も特に来ていなかった。

 ここ数ヶ月は草子と接触していなかった。何かをされ続けていたのなら、イブキが気付いた筈だから。


「雅樹!」


「雅樹ちゃん!」


 続いて江奈(えな)とメノウが雅樹を追いかけて来た。昔から雅樹を知っている2人なら、行き先に見当はつく。

 出発がイブキより遅れてしまっても、追い付くのはそう難しいくない。


「なあ雅樹、姉様ともう一度話し合わないか?」


「誤解もあると思うんだよ」


 イブキは江奈とメノウの言い分に懐疑的だ。元から玉藻前を信用していない。

 しかし雅樹はそうじゃない。10年以上共に過ごした積み重ねがある。

 勢いで話の途中に飛び出したけれど、冷静さを多少なりとも取り戻せた雅樹は、江奈とメノウの誘いに応じる。


「……分かったよ」


「君も大概甘いねぇ」


 イブキは肩を竦めているが、決して止めはしなかった。雅樹は再び若藻(わかも)神社へと足を向ける。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ