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その美女は人間じゃない  作者: ナカジマ
第2章 雅樹の故郷
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第52話 草子達の真実 後編

 大江(おおえ)イブキと那須草子(なすそうこ)碓氷雅樹(うすいまさき)を取り合っている。決して互いに譲ろうとしない。


「そもそもマサキの意思こそ重要だろう」


 イブキの主張は最もであり、どこで生活するかは雅樹が決める事だ。


「まー君、村の外は怖いって分かったでしょう? ここに居れば安全よ」


 草子の言い分も確かであり、強者の庇護下が如何に安全かを雅樹は知っている。

 既にイブキの下で過ごし、守られる安心感を実際に得ている。

 では若藻村はどうかと言えば、一度も危険な目に遭わなかった。

 それが草子の影響であるのなら、村で生活してもやっぱり安心出来る。

 イブキに守られるのか、草子に守られるのか。結局のところ違うのはそれだけ。


 イブキと共に居れば、助手として危険な仕事をする事になる。その分若藻村の方が安全だ。

 しかし雅樹は既に助手として妖異と対峙する道を選んだ後で、そこはマイナス点にならない。

 何より学校は楽しく、新しく出来た友人達との生活を雅樹は捨てたくない。

 雅樹にとって悩ましい選択である。だがそれよりも先ず、解決すべき事があるとイブキは口を挟む。


「その言い草といい、口裂け女を送ったのはお前だな? 玉藻前」


 イブキの指摘は半分正解で半分外れだ。指示を出したのは草子だが、実行したのは配下の妖異だ。


「ええそうよ。配下に指示して、外の危険さを知って貰おうと思ったの」


 雅樹が若藻村へと、自発的に戻って来る様に仕向けた。強引過ぎない方法で。


「な、何でそんな事を?」


 先日起きた事件の真相と、犯人が判明して困惑する雅樹。妖狐に知り合いは居ないと思っていたが、その代表格とも言うべき超大物が初恋の女性だった。

 しかもその女性が指示して雅樹を脅かそうとした。意味が分からなくても仕方ない。


「だって外に出たいと願ったのは、まー君でしょう? その意思は尊重しないと。だから一度は村から出て貰った」


 若藻村では住人達が村の外へと出ようとしたがらない様に、村全体に暗示が掛けられている。

 昔はそれでも大丈夫だったが、インターネットの普及で雅樹が外に興味を持ってしまった。

 雅樹自身が生まれ持った暗示への高い抵抗力も、外へと出てしまう原因となった。

 彼の両親もやや抵抗力が高く、家族ごと出て行ってしまったというのが真相だった。


「あんまり暗示を強くし過ぎると、違う所に綻びが出てしまう。だからこんな形を取るしかなかったのよ。まー君が村の外に出なくなる理由が必要だった。でないとまた貴方は、外へ興味を持ってしまう」


 妖異は妖力使い色々な事が出来る。しかし完全無欠でも万能でもない。

 何でもは出来ない為、こう言った抜け穴が出来てしまう。

 村の暗示は雅樹に対してあまり効果がない。だから遠回りな方法を取る必要があった。


「仮に私達が正体を明かして、村の外は危ないと警告したとして。その場合まー君は、外へ絶対に出たがらない? これから先もずっとよ? あんなに私の静止を聞かなかったのは貴方よ?」


「そ……それは……」


 高校生活や大学生活に憧れた。都市部の生活に興味があった。

 もし草子達が秘密をバラしたとして、雅樹は外への興味を捨てられただろうか。

 今の高校生という立場、都市部の生活への憧れを無かった事に出来ただろうか。

 外に出ようとする雅樹を、草子は何度も引き止めた。しかし雅樹は止まらなかった。


 実際怖い目にあったあの日であれば、雅樹は迷わず村へと帰っただろう。

 イブキと出会っていなければ、そうなったのは間違いない。

 もう二度と村から出ようとはしなくなるだろう。しかし今の雅樹は、外の世界を楽しんでいる。

 ただ正体を明かされただけでは、いつかまた出ようと考えた可能性は高い。


「悪意は無かったの。貴方に知って欲しかっただけなのよ。世界の本当の姿を」


 草子はただ雅樹を欲しがっただけではない。意思は尊重しつつも、村で幸せに暮らして欲しかった。

 彼女の計画通りなら、既にそうなっている筈だった。しかしそうはならなかった。


「玉藻前……まさかと思うけど、あの餓鬼もお前の差し金か?」


 雅樹に怖い思いをさせる。その目的で妖異を送り込む。どこか餓鬼の件と共通点がある。

 違和感を覚えたイブキは草子に尋ねる。あの日雅樹を襲った餓鬼も、イブキの配下ではない余所者だった。


「ええ、部下からはそう聞いているわ。きっと餓鬼は酒吞が撃退して、まー君を見つけたのでしょう?」


「…………え?」


 それは雅樹にとって、到底聞き捨てならない重大な発言だった。

 碓氷雅樹が一度全てを失った日。妖異という化け物と遭遇したターニングポイント。

 草子はあくまで脅かす程度のつもりで指示した。事実として口裂け女はそう認識していた。

 それは雅樹とイブキの両者が確認している。だが餓鬼も草子が指示した結果なら、雅樹からすると話は変わって来る。


「お前……使いに出す妖異ぐらい、まともに選んだらどうだ?」


「……それは私も反省しているわ」


 草子は当初、部下から送り込んだ餓鬼は逃げたのだろうと聞かされた。

 それ自体は有り得ない話ではない。大江イブキ、酒呑童子を恐れたとしても不思議なではない。

 低級の弱い妖異ならば、直前になって怖気づく可能性は十分あった。


 実際は送った妖異が欲に走り、必要以上の行動に出た。彼女の部下が余計な情報を与えてしまったせいで。

 そこまでは既に草子も予想していた。雅樹を直接襲ったのだろうと。だからイブキに見つかってしまった。

 事実餓鬼は雅樹を喰らってトンズラを決めようとした。餓鬼の想像する以上に、イブキが厳格な監視をしているとも知らずに。


「…………ソイツが……俺の両親を殺したんだよ、先生……」


 雅樹は泣きそうになりながら、実際に起きた事を明かした。知りたくなかった真実に苦しみながら。

 故郷に居る初恋の女性が実は妖異で、しかも両親の死に関わっていた。

 幾ら最近精神を鍛えられて来た雅樹でも、こればかりは冷静に受け止められない。

 今でもほんのり恋心は残っているから、憎もうにも憎めない。


 何より辛いのは、自分の好奇心が両親を死なせてしまった事だ。

 確かに草子の指示のせいで、両親を死なせる結果にはなった。

 だけど草子はただ雅樹を気遣っただけだ。外の危険性を知らせたかっただけ。

 若藻村で暮らす方が安全だと教えて、尚且つ外への興味も失わせようとしただけ。


「俺が…………外に出ようとしたから?」


 草子を責めるよりも、自分の行いを後悔する雅樹。草子の静止を聞かずに、飛び出した結果がこれかと。

 今まで雅樹が一度も見せた事のない表情で、草子の方を見ている。

 両親の死と向き合う姿を見て来たイブキでさえも、今の危うい雅樹を見た事はない。

 これ程までに辛そうな表情は、ここに居る誰も見た事が無かった。


「違うわまー君、貴方のせいじゃないわ」


 今の雅樹が抱えている感情は、イブキや草子達にとって非常に美味しいだろう。

 だが今はそんな場合でない事を、全員が理解している。

 イブキとて今の雅樹から、感情を喰らう気にはなれなかった。

 ここで感情を失えば、雅樹は自死を選ぶかも知れない。両親が死んだ時とは状況が違う。

 感情を喰らう事は出来ても、事実を変える事は出来ない。


「俺は……俺は……っ!」


 震える雅樹は本殿を飛び出し、境内を出て行く。あてもなく村の中を走っていく。

 イブキと草子達は、すぐに追い掛けられなかった。どう言葉をかけて良いのか分からないから。

 彼女達は感情を喰らう事は出来ても、本物のメンタルケアラーではないのだから。

 しかしそれでも、イブキは動き始める。このまま雅樹が思い切った事をしない様に。


「まったく……面倒な事をしてくれるね。策士策に溺れるってやつじゃないか」


「…………」


 こんなつもりでは無かったと、呆然としている草子達。彼女達を残して、イブキは雅樹を追い掛けた。

ちょっとした裏話を1つ。まだ2章を書き始める前の話です。

初期案では草子がここで、両親の死を全く意に介さないという展開でした。

本命の雅樹が生きているのだから、それで良いじゃないと平然としているという感じで。

人外の化け物感は今よりも強いですけれど、そんな寄り添えない存在が傾国の美女をやれるか? という考えからこの方向性に変えました。

母性溢れるが故に、傾国であるという玉藻前(妲己)を目指す事にしました。

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