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その美女は人間じゃない  作者: ナカジマ
第2章 雅樹の故郷
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第50話 草子達の真実 前編

キャラ名のミスに気付いたので、49話も含めて訂正しています。

メロウ→メノウ。

 碓氷雅樹(うすいまさき)を巡って、大江(おおえ)イブキと那須草子(なすそうこ)が対立した。

 しかも2人は有名な大妖怪だったと知り、雅樹は混乱している。

 イブキの方は何となく凄い存在だと思っていたので、雅樹としては言う程ダメージはない。

 驚きはしたし、酒呑童子はあまりにも有名だ。これと言って妖怪伝説に興味がない雅樹ですら、その名前ぐらいは知っている。


 だがそれでも草子の正体より衝撃は少ない。先生と呼び慕っていた初恋の女性が、実は妖異だったのだから。

 その上、草子の妹だと思っていた2人も同じく妖異だと知った。

 雅樹が受けた衝撃は大きく、少し時間が欲しいと草子達には先に若藻(わかも)村へと戻って貰った。

 当然草子達は渋ったが、雅樹の頼みを断り切れずに仕方なく帰還した。

 今は再びイブキの運転するグレーのSUVで、若藻村へと向かっている最中だ。


「少しは落ち着いたかな?」


 イブキが雅樹に確認する。心を大きく乱された事で、雅樹は一時的に冷静さを失っていたから。


「……一応は。今でも信じたくない気持ちはありますけど」


 命を守って貰う対価として、イブキに餌扱いを受けるのはまだ良い。

 しかし草子達はそうじゃない。雅樹が幼い頃から何度も顔を合わせていた存在だ。

 一緒に過ごして来た意味が違う。妖異と知らずに飼われていたのだから。

 そうではないと草子は発言していたが、雅樹はどう受け止めるべきか分からない。


「まさかとは思っていたけど、嫌な予想が当たってしまったよ」


「……イブキさんは、気付いていたんですか?」


 雅樹に故郷の話を聞いてから、イブキは何やら色々と考えていた。

 それがどうやらこの事だったのかと、雅樹は今更思い至る。


「可能性だけならね。君があの日処分を願い出た品々の中に、不思議な御守りがあったからね」


「あの血塗れになってしまったアレですか?」


 雅樹が餓鬼に襲われた日、血溜まりへ落ちてしまった草子から貰った御守り。

 初恋のお姉さんから貰った物とは言え、流石に死んだ両親の血に染まった物を、雅樹は持つ気になれなかった。

 いつまでも夢に見そうで、手放す事を決めた。既にイブキの手配で処分済みだ。


「そうだよ。何らかの力が付与された痕跡を見つけてね。あの時は土地神という偶像を通して、神に貰ったのかと思っていた。だけどまさかアイツだったとはね」


 雅樹が土地神の話に反応していたので、イブキは誤解をしていた。

 実際には土地神を名乗っている玉藻前が、那須草子として渡した代物だった。

 それはイブキの御守りとは違う形で、雅樹の身を守る効果が密かに付けられていた。


「どういう効果があったのかなぁ……」


「さあね。完全に壊れていたから効果は不明だよ」


 何故そこまでしておいて、真実を話そうとしなかったのか。雅樹には全く分からない。

 2人でそんな会話をしている内に、2人を乗せたSUVが遂に若藻村へと到着した。

 普段は先ず通らない高級車が村の中を走行しているので、村人達の注目を集めている。

 乗っているのが雅樹だと気付いた何人かが、彼に向かって手を振っている。


 雅樹は一応反応を返しておくが、内心では複雑なものを抱えていた。

 何故なら誰が人間で、誰が妖異か分からないから。雅樹は故郷が全く別物に見えていた。

 暫く村の中を走行した後、雅樹の案内で村唯一の神社へと辿り着いた。

 若藻神社と名付けられた歴史ある建物で、草子達が待ち構えている。


「……行きましょう」


「良いんだね?」


 イブキの質問に雅樹は黙って頷いた。無かった事にして帰るという選択を雅樹は拒んだ。

 信じたくないと思っていても、現実は受け入れるしかない。

 せめて真正面から対峙して、話し合いをしたかった。草子達が何を思っているのか知りたいから。

 それが雅樹の選んだ道。自分の生まれた土地とその真実に向き合う。


 登り慣れた石段を上がりながら、昔を思い出す雅樹。鍛錬として草子と一緒に駆け上がった階段。

 剣道着を着て憧れのお姉さんと、楽しく過ごした毎日に思いを馳せる。

 あれが全て演技だったなんて、雅樹にはとても思えない。今まで向けられた笑顔が、嘘であって欲しくない。

 様々な思いが雅樹の中で駆け巡る。嬉しい記憶、楽しい記憶、それら全てに草子が居た。


「先生……」

 

 石段を登り切った先には、草子達が待っていた。神社の境内で再び顔を合わせた雅樹。

 もし彼がイブキと出会う前だったら、踏み出す勇気を持てなかった。

 こんな風に草子達の真実と、対峙する選択は取れなかった。これまでの困難が、雅樹を成長させた結果だ。


「まー君、私達に着いて来て」


 真っ白な剣道着を来た草子が、雅樹を本殿へと誘う。彼には見慣れた背中。

 キラキラと輝く金色の髪に、女性としては高い身長。雅樹より少しだけ低い位置にある後頭部。

 真っ直ぐ堂々と歩く姿は、雅樹の記憶通りである。何も変わっていなかった。

 呼ばれていないイブキも共に着いて行き、本殿の中へと入って行く。


「さあ、座って」


「う、うん」


 雅樹は草子に促され、畳の上に置かれた座布団へ膝を付いた。

 イブキは座らず雅樹の近くにある柱へと凭れかかった。相手を信用していないからだ。

 もし何かを仕掛けられても、すぐ反応出来る様にしている。

 炊かれた香の匂いが、室内に漂っている。雅樹には懐かしい香りだった。


「改めて自己紹介するわね。私の本当の名前は玉藻前、聞いた事ぐらいあるわよね?」


「まあ、うん」


 イブキへ斬り掛かった時とは別人の様に、穏やかな表情を草子は浮かべている。

 雅樹が恋した憧れのお姉さんと、何ら変わらない姿だ。今は狐耳や尻尾が生えていない。

 普段通りなのは江奈(えな)とメノウも同様だ。雅樹へと向けている視線は、とても優しいものだ。


「隠し事を止めると決めたから、昔に捨てたもう1つの名も教えるわ。私には妲己(だっき)という名もあった」


 それはかつて中国で猛威を振るった3大妖怪の1つ。玉藻前と同じく傾国の美女。


「アタシが捨てた名は胡喜媚(こきび)だよ」


 江奈が草子に続いてかつての名前を雅樹に告げる。その名前は妲己に協力していた九頭雉鶏精(きゅうとうちけいせい)。雉の大妖怪。


「私は王貴人(おうきじん)、もう捨てた名前だが」


 更にメノウも過去に捨てた、妖異としての名前を明かす。江奈と同じく妲己に協力していた中国の妖異。

 玉石琵琶精(ぎょくせきびわせい)という大妖怪。楽器である琵琶が妖異化した美しき女性。


「それが、先生達の本当の名前……」


 雅樹には辛い事実だが、一旦は受け止める。名の通った大妖怪が、雅樹にとっての姉代わりだった。

 いつも村で共に過ごした草子、たまに村を訪れるメロウと江奈。

 美人3姉妹として有名だった彼女達の、真実を雅樹は知る事となった。


「玉藻前という名は、あまりにも有名過ぎるわ。名乗るだけで人間にバレてしまう。昔の名前も同じ。だから私達は偽名を使う。()()()酒呑と同じ様に」


 最後だけはかなり棘があったが、イブキは全く動じていない。涼しい表情で受け流す。


「ま、名前だけで怖がられてしまうからね。有名税みたいなものだよマサキ」


 ここに居る4種の妖異達が、偽名を使う理由を雅樹は教えられた。

 確かにどれもかなり有名な名前だ。雅樹でも聞いた事のある名ばかりだ。


「それは分かったけど、俺に黙っていたのはどうして?」


 雅樹が1番聞きたい話はこれだ。どうせド田舎の村だ、バラした所で問題はない筈。

 最初から知っていれば、それでも草子に惹かれたかも知れないというのに。

 人間と妖異、決して同じ時間を生きられないとしても。それぐらい雅樹は草子が好きだった。


「知らないで済むなら、それで良いと思ったから。この村には幾つかの事項について、暗示を掛ける結界が張ってあるのよ」


 決して老いない草子達を、誰も疑わない様にするなど。

 そうまでして彼女達が、この村を運営して来た理由が語られ始めた。

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