第46話 雅樹のお願い
章の設定を忘れていた事に気付いたので追加しました。
第2章のタイトルは「雅樹の故郷」です。
妙なトラブルはあったものの、碓氷雅樹は無事に都市部での遊び方を覚える事が出来た。
これからは少しずつ、高校生らしい時間を増やしていけるだろうと思われる。
大江イブキは元々雅樹が幸せな人生を歩む事を願っている。
仕事がない時ぐらいは、遊ぶ事を許してくれるだろう。ただもう1つ雅樹には解決したい事がある。
遊ぶ余裕を貰っておきながら、まだ願い事をするのは気が引ける。
でもその上で、どうしても雅樹はやりたい事があるのだ。
「イブキさん……その、お願いがあるんですけど……」
本日もイブキは探偵事務所のデスクで、優雅にタバコを吸っている。
長い黒髪をポニーテールに纏め、いつものパンツスーツ姿で堂々と座っていた。
全ての配置が黄金比としか思えない美しい顔は、今朝も気怠げな表情をしている。
「何かな?」
ややツリ気味なイブキの目は、雅樹の発言を促す様に向けられた。
「実はその……両親の遺骨を故郷まで持って行きたくて……」
イブキが用意してくれた仏壇の前には、まだ両親の遺骨が置かれている。
四十九日も済んでおり、夏休みに入ったらイブキと相談するつもりだった。
依頼だとかカウンセリングだとか、色々とあり少し遅れてしまったが。
言い出すタイミングを測りかねていたのもある。完全に私情なので、イブキの都合に配慮する必要があった。
現在は暫くイブキに予定が入っておらず、今しかないと判断した。
「なるほどね。故郷に納骨したいんだ?」
「はい、碓氷家の墓があるので」
遺骨の処理は地域によって違っている。例えばここ京都は、部分収骨と呼ばれる方法を取る。
これは関西でほぼ共通する処理であり、全部収骨の関東より骨壺が小さい。
他にも散骨で済ませる地域もあるので、全ての地域が納骨をする訳では無い。
ただ雅樹の故郷では一般的な納骨方法を取っており、息子としては是非とも両親を故郷に帰してあげたかった。
「そう言えば聞いて来なかったけど、君の故郷は何処にあるんだい?」
別に聞かなくても支障は無かったので、イブキは雅樹の過去を特に聞かなかった。
彼女にとって最高の餌が手に入った。ただそれだけで十分だったからだ。
「栃木県です」
何気なく答えた雅樹だったが、故郷の所在を聞いたイブキの眉が急に跳ねた。
「…………栃木か」
何やら意味ありげに、イブキは大きくタバコを吸う。吐き出された紫煙が室内を漂う。
「え、何か……あっ! そっか! 関東だから!」
雅樹は様子のおかしなイブキを見て、かつての会話を思い出す。
関西と関東の妖異は、あまり仲が良くないと以前にイブキから聞いたなと。
「……それだけじゃあ、無いんだけどね」
イブキは遠い目で何かを考えている様子だ。雅樹にはその理由が良く分からない。
やはり頼むべきでは無かったのかと、少し不安を覚える雅樹。
「やっぱり……駄目ですか?」
控えめに雅樹は再度確認を取る。駄目なら駄目で、仕方ないと諦める。
仏壇を用意して貰えただけでも、十分な厚意を受けているのだからと。
「いや、構わないよ。ただまあ……1番会いたくない奴の顔が浮かんだだけだよ」
よほど苦手なのか、今までに無いぐらい嫌そうな表情を見せるイブキ。
「そんなに嫌な相手なんですか?」
「ああ嫌だね。男が大好きなアバズレさ。大体ヤツは日本の妖異じゃないのに、この国で支配圏を持っている」
心底嫌そうな顔をしながら、イブキは苦手な妖異の話をする。
「……他国の妖異がですか?」
雅樹は初めての情報に驚く。てっきり日本の支配圏は全て日本の妖異が支配していると思っていたから。
「他国から妖異が来る事はもちろんある。定住する事もね。だけどヤツはその中でも特別さ」
イブキがそうまで言う相手が、栃木県の支配者をしていた。故郷の事なのに雅樹は何も知らなかった。
思えば最初にイブキと出会った頃、土地神様に守られているという旨の話を雅樹は聞いた。
きっと故郷はそのお陰で、妖異からの脅威に晒されていないのだろう。
神様なんて信じて居なかったけど、戻ったらちゃんとお礼を言っておこうと雅樹は心に決める。
「入国拒否じゃないですけど、揉めたりしませんか?」
「流石にそこまで仲が悪くはないよ。良くも無いけどね」
イブキにとっては出来る限り関わり合いたくはない相手。そしてそれは向こうも同じ。
そんな関係性だとイブキは雅樹に説明する。栃木県に足を踏み入れたからと言って、いきなり攻撃される事はないと。
ただし監視は間違いなくされてしまう。何処で何をするのか、逐一見られているだろうとも。
「納骨に行くだけですし、すぐ済みますよ」
栃木県の支配圏へ殴り込みに行くのではない。監視されても困る事はないと雅樹は考えた。
「か、どうかは君の村次第だよ。確か土地神信仰があるのだろう? どんな神様なのかな?」
「え? 確か、豊穣の神様だったかと……」
雅樹は覚えている限りの話をする。四季に合わせて行うお祈りや祭り。
祀られている神社と本殿、神主の老人と巫女をやっている女性についても。
特別何かがある訳でもなく、少々大人が信心深い程度である事。
先の事件の様な、生贄を捧げる風習もない。変わった行事は特にない。
「本当にそれだけの村ですよ」
「他に何か無い? 特徴とか特産品とか」
雅樹には質問の意図が良く分からなかったけれど、他に何か無いか記憶を巡らせる。
妖異と関係ありそうな事象は思い出せず、特筆すべき何かがある様には思えない。
「栗が美味しいのと…………あ、美人が多いように思います」
あくまで雅樹の判断基準だが、美しい女性が人口比率で考えると多い。
雅樹の友人達にも、可愛らしい女子達が何人か居る。そして初恋の女性も。
とは言え、流石にイブキと張り合える存在は多くない。初恋の女性なら張り合えるかも知れないが。
ただ見た目だけが全てではないので、トータルで見ると初恋の女性がイブキを超える。
雅樹の認識としてはそんな所だ。イブキを綺麗だとは思っているが、やはり初恋の女性は特別だ。
「……ふぅん」
もちろん雅樹は初恋の女性については語っていない。別に今イブキに伝える事ではないから。
「大体そんな感じですね。みんな仲は良いし、居心地良いですよ」
今の高校生活を雅樹は気に入っているが、決して故郷が劣っているとは思っていない。
故郷は故郷で良い所だし、都市部とは違う過ごしやすさがあるのだからと。
もし高校まであってくれたら、今も故郷に居たと雅樹は思っている。
流石に大学は無いので、結局村の外に出るしかないが。ただその場合は、イブキに助けて貰えたか怪しい。
「京都が移住支援と学費援助をしていたから、こうして引っ越して来たんですよ」
これまで特に話していなかった、碓氷家のお引っ越し事情。
府外からの移住者への支援に、他の都道府県より高い学費援助が決め手になった。
そのまま栃木で高校に通うより、京都に来る方が安く済むと両親の調べで判明した。
しかも雅樹みたいな他府県の中学生でも、転居を確約するなら住民票の移動は後からでも良いという手厚さ。
色々と重なりこれで行こうと決めたのが、雅樹がまだ中学2年生だった頃の話。
「ああ、それは私が人間達に指示したのさ。そうすれば若い人間が集まり易いからね」
「…………え?」
まさかの事実に雅樹は唖然としてしまう。まんまとイブキの思惑に乗って、雅樹達は引っ越して来たのだから。
「子をなして育てる活力を持つ親と、そんな両親に育てられた子供達。私の好みに合った、喰い甲斐のある人間を集められるからね」
イブキに助けられるという幸運を得たのは、ある意味必然だったのかも知れない。
もし違う土地に行っていたら、雅樹も死んでいた可能性が十二分にある。
候補になっていた都道府県は幾つかあり、第3候補まではどれも栃木県から出るプランだった。
ただ感謝すべきなのかは微妙なラインでもあり、雅樹は何とも言えなかった。
そろそろ12月が見えて来たので、告知しておきます。
カクヨムコンテスト11に出す本作とは別に、書き溜めているラブコメと間に合うか微妙なSFホラーがあります。
ラブコメの方は、短編版を出している元ヤンギャルママのやつです。
SFホラーの方は、モキュメンタリーホラー×未知との遭遇です。本作とはだいぶ作風が違います。
ラブコメの方は12月1日のお昼から、こちらでもまとめてドカッと1章完結までアップします。
SFホラーはまだ1万字もいっていないので、正直どうするか微妙です。10万文字ぐらいの想定です。
という告知でした。




