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その美女は人間じゃない  作者: ナカジマ
第2章 雅樹の故郷
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第45話 私キレイ?

 碓氷雅樹(うすいまさき)は夜の京都市内を走る。永野梓美(ながのあずみ)との楽しい時間とは打って変わり、妖異との時間が始まった。

 雅樹には1つ疑問がある。京都は大江(おおえ)イブキの支配圏で、生活している妖異はイブキの配下ばかり。

 ならこんな風に、自分を追い掛ける理由はない筈だと。しかし怪しげな気配は、付かず離れずついて来る。


(どういうつもりだ? 何がしたい?)


 雅樹には追われる理由が分からない。梓美を狙わなかった事は喜ぶべき点だが、この状況が良いとは言えない。

 イブキの下へ行きたい所だが、このまま人が多い場所に行って良いのか分からない。

 そのせいでもし誰かが犠牲になったら、そう思うと身動きが取りづらい。

 結果的に人の居ない場所を選択するしかない。雅樹は裏路地を通り公園へと向かう。

 少々危険ではあるが、イブキなら気付いてくれる筈。そう信じて雅樹は、妖異らしき存在と対峙する。


 以前にイブキから聞いていた。支配圏内に居る全ての妖異を把握していると。

 この公園は雅樹の足で、探偵事務所から徒歩10分ぐらいの距離にある。

 イブキであれば一瞬で来られる位置だ。雅樹のチョイスはそう悪くない。

 彼女がどこかに出掛けていなければだが。そこだけが唯一の懸念材料だろう。


(さあ、どうする?)


 雅樹は公園の真ん中で立ち止まる。背後には嫌な空気を放つ存在が居る。

 雅樹と一定の距離を維持し続けた相手。湿気のある視線を隠そうともしなかった者。

 狩る側の立場で、追い続けて来た何者か。雅樹は意を決して背後を振り返る。

 そこに立っていたのは、真っ赤なワンピースを来た1人の女性。


「何か、俺に用でも?」


 雅樹は確信している。少し離れた位置に居る女性が、ただの人間ではないと。

 10件を超える事件と関わり、雅樹が開花させた感覚。妖異の放つ異様な空気を感じ取る能力。

 間違いなくこの赤い女性は、人間じゃないと第六感が告げている。


「あの、聞いてますか?」


 黙って立っている女性は、長い黒髪を無造作に垂らしている。見たところ背丈は雅樹より低そうだ。

 目は辛うじて確認出来るが、口元にはマスクを付けており表情は分からない。

 ただジッと雅樹を見つめたまま、何も言わずに立ち尽くしている。

 雅樹が夜の公園で対峙した真っ赤な女性は、街灯で照らされたまま微動だにしない。


「用がないのなら、放っておいてくれませんか?」


 やはり何もリアクションを起こさない真っ赤な女性。しかし突然に笑い声を上げ始める。


「アハハハハハハハ!」


 甲高い笑い声が響き渡る。不気味な声が、雅樹の耳を刺激する。まだイブキは現れない。

 ひとしきり笑った赤い女性は、ゆっくりと雅樹に向かって歩いて来る。

 何をするつもりだと、彼は身構えつつ胸元に下げた御守りを服の上から握る。


「私、キレイ?」


「……は?」


 マスクを着けたまま、自分がキレイかと問いかけてくる謎の妖異らしき女性。

 それはかつて日本中で大流行したとある都市伝説。マスクを着けた女性の怪談話。

 キレイと答えれば、回答者の口が裂かれる。ブサイクだと答えれば、鎌で斬り殺される。

 有名なのは1970年代に岐阜県を発祥に全国へと広がった噂話。

 しかし古くは江戸時代にも巷で流行していたとの説もある怪異。


「私、キレイ?」


 女性は雅樹のリアクションを無視して、同じ事を再度尋ねて来る。

 世代的に雅樹はこの都市伝説を知らない。既に廃れてしまった噂であり、対処方法を聞いた事がない。


「……まあ、キレイなんじゃないですか?」


 警戒しつつ雅樹は適当に答えた。答えてしまった。だから女性はマスクを外しながら問い掛ける。


「こんな顔でも?」


 パックリと横に裂けた口。耳元まで続く裂け目は赤黒い肉が見えている。かつて日本中の子供達を恐れさせた者。


「うわっ!?」


 以前に出会った餓鬼とはまた違う裂け方をしており、単に口が大きいのではない。

 まるで刃物で無理矢理裂かれた様な傷口であり、あまりに痛々しい見た目をしている。

 あまりのグロテスクさに驚いている雅樹へと、ゆっくりと口裂け女が手を伸ばす。


「そこまでにして貰おうか」


 女性にしては少し低めの声が告げる。それは雅樹の待ち望んでいた聞き慣れた声。

 口裂け女が背後を振り返ると、真っ黒なパンツスーツ姿の女性が立っていた。

 180センチという高い身長に、腰まである長いポニーテール。

 月の光に照らされたその姿は、どの角度から見ても美しい。完成された美貌は、何時どこに居ても輝かしい。


「イブキさん!」


 雅樹はホッと胸を撫で下ろす。漸く待ち望んだ存在が現れてくれたと。


「それで、お前は何をしに来た? ここが誰の土地か、分からない筈はないだろう?」


 イブキが口裂け女に問い掛ける。まさか彼女が出て来ると思っていなかった口裂け女は、早口で弁解を始めた。


「ま、待って下さい! 私は頼まれただけなんです! 貴女の土地である事は重々承知しております」


 先程までのおどろおどろしい喋り方は鳴りを潜め、急に普通の話し方で口裂け女は話している。


「頼まれた? 誰に、何を?」


 イブキは訝しみながら口裂け女を見る。頼まれたとは何の話だと。


「よ、妖狐ですよ! この少年を脅かして来たら、美味しい人間をくれると言われて!」


「……妖狐? マサキ、君に妖狐の知り合いなんて居るのかい?」


 問われた雅樹は思わず首を横に振る。そんな知り合いなんていた事がない。

 そもそもイブキ以外で、まともに知り合いと呼べる妖異は居ない。

 知らないからこそイブキと出会う事になり、今日までこうして生活して来たのだから。


「知らないって言ってるけど?」


 胡乱げな表情で、イブキは口裂け女を見る。嘘を疑われた口裂け女は慌てて反論する。


「本当ですよ! 私みたいな木っ端妖異が、こんな濃密な妖力を纏う人間に手を出せませんよ!」


 口裂け女は有名な存在だが、特別強力な妖異ではない。御守りを所持する雅樹に手は出せない。

 すぐに雅樹へと近付かず、暫く観察しながら尾行を続けたのは、飼い主が近くに居るか確認する為だ。

 しかし中々飼い主が現れないので、今がチャンスだと脅かしに掛かった。


「ふぅん……一応筋は通るかな」


「も、もう良いですよね!? 私は貴女の土地で、勝手な事をするつもりはありませんから!」


 どこまでも下っ端ムーブを続ける口裂け女に、雅樹は少し呆れ気味だ。

 さっきまでは堂々としていたのに、今はまるで強者に媚びるチンピラみたいだと。

 ただイブキが相当強いらしい事は雅樹も分かっているので、仕方がないのかなとも思ってはいる。

 雅樹のイメージでは、普通の妖異がそこらのチンピラや半グレ。

 そしてイブキはヤクザの親分か、マフィアのボスみたいなもの。


「まあ良い、今回は見逃そう」


 イブキはさっさと行けと、手のひらを振って口裂け女に合図する。


「で、では私はこれで」


 そそくさと口裂け女はマスクを着け直しながら、足早に公園を出て行った。


「マサキ、君は本当に妖狐と知り合いじゃないんだね?」


「え、はい。知るわけないじゃないですか」


 どうやら妖狐なり九尾の狐なり、苦手意識を持っているらしいイブキ。

 再び雅樹に確認を取り、何やら考え込んでいる様子だ。顎を指でなぞりながら思案する。


「念の為だ、うちの妖異達に注意喚起をしておくよ。他所から来た妖異には、必ず目的の確認を取る様にと」


「でも変な話ですよね? 襲えとか捕まえろじゃなくて、脅かせなんて……」


 雅樹にはそんな事をされる意味が分からない。脅かして何になるというのか。

 しかも知りもしない妖狐なんて存在に。これまでの人生で、動物に恨まれる様な事はしていない。

 イタズラで殺した狐でも居たのならともかく、そんな事実は一切ないのだから。


「全く、朝帰りになるだろうからと飲みに出掛けたらこれだ。君も中々困った子だね?」


「え、これ俺が悪いんですか!?」


 何故自分が責められているのだろうかと、雅樹は困惑するしか無かった。

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