第44話 街中で遊ぼう
永野梓美と出掛ける事になった碓氷雅樹は、地下鉄を使い河原町へと向かう。
京都で若者が遊ぶとなれば、大体は河原町にある新京極周辺が中心となる。
まだ引っ越して来て半年も経っていない雅樹は、そんな事情は全く知らなかった。
「雅樹君、他所から来た人やんか〜だから直接連れて行く方がエエかなって」
地下鉄の車両内で、梓美がわざわざ誘った理由を明かす。意図としてはおかしくない。
デートなのかと考えてしまった雅樹は、冷静さを取り戻す。
とは言え座席に並んで座っているせいで、梓美から柑橘系の香りが薄っすら漂っている現状は変わらない。
私服姿で露出が多い事も手伝い、異性として意識してしまうのは避けられない。
「そ、そういう理由でしたか。急に誘われたからビックリしましたよ」
梓美は今まで雅樹の周囲には居なかったタイプだ。たまに意図を測りかねてしまう。
行動力が高く、都市部の女子らしい振る舞い。距離感が近く妙に接しやすい。
仲良くなってからは更に距離が近くなり、雅樹は勘違いしてしまいそうになっていた。
梓美にそんなつもりは無いと分かっていても、気を抜くと心の隙間に入って来る。
フレンドリーで好感を持たれやすく、モテるのも当然だと雅樹は思っている。
「もちろんそれだけちゃうよ? 雅樹君ともっと仲良くなりたかってん」
「……え?」
にこやかに笑いながら、梓美はそんな事を言う。思春期の男子高校生としては、中々に心を擽られる言葉だ。
ましてや梓美は、雅樹の初恋の女性と少し似ている。そんな風に言われては、心穏やかではいられない。
「エエ機会やと思ったから誘っただけで、これはデートやで?」
「デ!? えっ!?」
梓美は恋愛対象として、自分を見ていないと雅樹は思っていた。梓美は男子を選び放題だから。
最近知り合って仲良くなり始めただけの自分より、良い相手は幾らでも居るから。
勘違いしてはいけないと思っていたのに、どうやら本当にデートだったらしく雅樹は焦っている。
「アハハ、雅樹君もそんな反応する事あるんやな」
「ちょ、誂いましたね?」
何だ冗談かと、雅樹は心を落ち着ける。恋愛経験がまともに無いから遊ばれたのだと。
「冗談かどうかは秘密やで」
可愛くウインクを決めながら、梓美は真実をはぐらかした。
お陰で雅樹は再び悩まされる事となった。本気なのか冗談なのか、どちらか次第で結果はかなり違う。
本気だったとすれば、梓美は雅樹を異性として見ている。恋愛対象として。
冗談だったのなら今まで通りの関係が続くだけ。どちらが良いのか、雅樹には分からない。
「あっ、市役所前やわ。降りよっか」
「は、はい」
初恋のお姉さん、大江イブキ、そして梓美。3人の女性の顔が雅樹の中でグルグルと渦巻く。
初恋のお姉さんは間違いなく恋心。イブキに対しては……まだ良く分からない。
梓美については魅力的だとは思っている。ただ恋心を抱いているかと言われると微妙だ。
それが現状雅樹から見た周囲の女性達だ。魅力的な年上の女性が3人も居て雅樹は混乱している。
「初めてやろうし、よう風景を覚えときや」
駅の構内を並んで歩きながら、梓美がそんなアドバイスをする。
しかし雅樹には、実践する余裕がない。今は異性というものを意識してしまっている。
梓美はただでさえ可愛いのに、私服姿は肌の露出が多く性的な魅力もかなり高い。
経験の浅い雅樹にはかなり刺激的だ。制服姿であれば、まだもう少し耐えられただろうに。
スタイルの良さで言えばイブキの圧勝だ。しかし梓美も十分均整の取れた体つきをしている。
イブキがパーフェクトなら、梓美はベリーグッドとでもいう所だろう。
どちらにしても常人より上である。それは初恋のお姉さんも似た様なものだ。
「ほらこっちやで」
「あ、はい。それにしても凄い人ですね」
観光地として世界的に有名な京都は、年中旅行客が押しかける土地だ。
雅樹の故郷とは比べ物にならない程の、沢山の人々が地下鉄を利用している。
「京都駅の方がもっと凄いで?」
「……これより多いんですか?」
見た事もない大量の人々を見て、雅樹は圧倒されている。地下から出ても状況は変わらない。
どこを見ても人、人、人。田舎暮らしをしていた雅樹は、途轍もない圧迫感を覚えている。
お陰で先程までに悩まされていた、女性達とのアレコレは一旦落ち着いていた。
「ほな色々教えてあげるな。先ずは男性向けのファッションブランドからやな」
梓美が最初に教えたのは、所謂ウィンドウショッピングだ。高校生の男子でも買える店を回っていく。
そう言った事に疎い雅樹には、何もかもが新鮮だった。オシャレな梓美を見て、少しは勉強しようと雅樹は決意する。
修学旅行生のお陰で制服姿は珍しくないが、梓美と並ぶと場違い感が強い。
これからも友人達と出掛ける事があれば、ちゃんとした格好をするべきだろうと考えるには十分な理由だ。
「梓美先輩、アレは?」
「ん? あ〜アレはネコカフェやね。行った事は……ないわな」
梓美は雅樹がド田舎から来た事を知っている。ネコカフェなんて存在がある筈もない。
当然雅樹は人生で一度も入った事がない。知識としては知っていても。
せっかくだからと梓美と1時間ほどネコカフェを満喫した雅樹。
それからボウリングなどが出来る複合施設、カラオケやゲームセンター等をハシゴして行く2人。
「せ、先輩、これは何をする所です?」
雅樹の目の前にあるのは、梓美の様な派手なギャルの顔がプリントされた大きな四角い箱だった。
「プリクラやけど、知らん?」
「あ、あ〜。これがそうなんだ」
雅樹の故郷にゲームセンターなどない。つまりプリクラの機械も実物を見た事はない。
「せっかくやし、記念に撮ろっかなって。別にエエやろ?」
「ま、まあ。写真を撮るだけですよね?」
プリクラがどういう物かだけは雅樹も知っている。仲の良い者同士で写真を撮る機械。
ただそれだけの事だと思っていた雅樹は、想像と違っていた事に驚く。
「あ、あの! こんなに近付く必要あります!?」
「え? こんぐらい普通やで?」
妙に密着した体勢で、写真を撮って行く2人。雅樹の方は梓美の女性らしい柔らかさを感じて、とても平常心を保てない。
気を許しているからか、梓美は雅樹と多少の接触をしてもまるで気にしていない。
イブキほどではなくとも、梓美だって立派な膨らみを持っている。
お陰で雅樹は忘れていた恋の話を思い出してしまった。梓美から漂う良い香りが、雅樹の鼻腔を擽る。
「雅樹君表情硬いで? 撮り直そか」
「そ、そう言われても……」
そんな一幕もありながら、雅樹は梓美と日が落ちるまで2人で遊んだ。
色々とあったが、雅樹にとって楽しい時間であった事は間違いない。
最後に2人で人気のラーメンを食べ、再び地下鉄を使い帰路に着く。
駅を出たら解散して終わり。その筈だった。油断していた雅樹は、突然嫌な予感に襲われる。
(……見られている?)
とても身に覚えのある感覚。人ではない者、妖異から向けられる視線。
背筋の凍る様な感覚が、雅樹へと襲い掛かる。梓美の方を見ても、何かを感じている様子はない。
(狙いはどっちだ? 先輩か、俺か……)
もし梓美狙いなら、御守りを外して囮になる。そうではなく自分なら、梓美を巻き込まない様に急いで離れるべき。
雅樹はそう考えて、不自然にならない様に梓美と別れる。
「それじゃあ先輩、また遊びましょう!」
「うん、ほなまたね〜!」
梓美が雅樹から離れて行くが、視線はやはり雅樹を向いている。
嫌な予感は消える事なく、ネットリとした空気がより濃くなっていく。
狙いが自分だと分かった雅樹は、急いで梓美から距離を取る為に駆け出した。




