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その美女は人間じゃない  作者: ナカジマ
第2章 雅樹の故郷
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第42話 暴走する幽霊

 今回も見事に囮役をこなした碓氷雅樹(うすいまさき)は、大江(おおえ)イブキと共に老人の幽霊と対峙している。

 紺色の作務衣を来た老人は、どう見ても正気を失っている。イブキの妖力が込められた御守りを意に返さなかった。

 それだけではなく、イブキが現れてもなお雅樹へとむかって飛び掛かる。


「落ち着きたまえよ、ご老体」


 イブキが雅樹を庇いつつ、老人の幽霊へ蹴りを放つ。美しく靭やかな足から繰り出された、強烈なハイキックが老人の顔面を捉える。

 5メートル程ノーバウンドで吹き飛ばされた老人は、空き家の壁に激突してそのまま突き破った。


「……相変わらず容赦がない」


 雅樹が人間の幽霊と対峙するイブキを見るのは、これで7件目となるが毎回こうだ。

 全く容赦を見せずに、殴る蹴る投げ飛ばすと暴虐の限りを尽くしている。

 ただ雅樹にとって恐ろしいのは、間違いなくこの有様で手加減をしている点だろう。

 徳島で山姥と対峙した際に見せた、力の一部を解放した状態ではない。

 そういう意味では一応情けぐらいは、彼女なりに掛けていると言えるのかも知れない。


「まあこんな歪な場所で幽霊化すれば、普通ではない存在になるのも致し方なしかな?」


「……殺してませんよね?」


 吹き飛ばされた先から、老人の反応が一切ない。結構な勢いで飛ばされたから、雅樹は殺してしまったのではと考えた。

 人間なら絶対に死んでいる速度だった。ただ蹴られたのは一応妖異であり、最弱とは言え人間ではない。


「ちょっと撫でただけだよ。死にはしないさ」


 余裕の態度を崩さないイブキは、キセルを取り出し火を付ける。

 紫煙を燻らせながら、老人が突っ込んだ空き家を見る。暫くすると再び老人が姿を現した。

 懲りずに再び雅樹へ向かって老人が突撃を敢行する。何が彼をそこまで掻き立てるのか。


「だから落ち着けというに」


 走り寄る老人の頭部をイブキが掴み、地面へと叩きつけた。轟音と共にクレーターが出来上がる。

 流石に今度こそ殺したのではないかと、雅樹は心の中で手を合わせた。


「全く……ここまで暴走するなんて、未熟な魂だね」


 イブキは老人の頭部から手を離し、起きろとばかりにつま先で適当な蹴りを放ち、老人の肩を刺激する。


「暴走、ですか?」


「そうだよ。感情に支配されて、周りが見えなくなっているのさ」


 これまで雅樹が見て来た幽霊は、程度の差はあれ人語を話していた。

 御守りの効果は出ていたし、こんな風にイブキが居ても突撃なんてしなかった。

 しかしこの老人は警戒する素振りすら見せない。なりふり構わず人間に襲い掛かる。

 イブキとの力の差にすら気づけず、ただ一心不乱に目標へと向かう。

 まるで赤い布を見て興奮した猛牛の様で、暴走という言葉はなるほどピッタリだなと雅樹は思った。


「いい加減、意識ぐらいは戻ったかい? ご老体」


「…………くっ、ここは……」


 紺色の作務衣を来た老人の幽霊は、頭を擦りながら立ち上がる。

 眼窩の窪んだ目には瞳がなく、死人らしく血の気のない肌。幽霊と言われたら納得のビジュアルをしている。


「君は誰だい? お名前は?」


 イブキはキセルでタバコを吸いながら、老人の幽霊に向かって問い掛けた。


「わしは…………わしは…………そうだ、相馬元治(そうまもとはる)だ」


 生前の名前と記憶を思い出した相馬は、多少の知性を感じさせ始めた。

 とは言え幽霊は生前よりも知性が低下する。肉体を離れ脳を失っている。

 実体を得てもそれは肉体ではない。幽霊の本体はあくまで霊体だ。

 脳を失った彼らは、生前より賢くなる事は出来ない。思考は出来るが知能は生前以下である。


「名前を思い出した所で、君の意思確認を行わねばならない。君はこのまま幽霊として、化け物として生きるかい? それともここで、心は人間として終わるかい?」


 幽霊の事件に関わる時、イブキは必ずこの問い掛けを行う。

 覚悟を持てずに中途半端な妖異となられても、イブキ達にとっては迷惑なだけだ。

 妖異としての自覚を持たず、好き放題にされては困る。妖異である以上は掟を守って貰う。


 それが出来るなら妖異として生きれば良い。ただあまり無闇に増えられても困る為、全員必ず迎え入れる事は出来ない。

 今のペースで幽霊が増えるのは問題ないが、許容範囲を超えれば当然間引きは行われる。

 人間はあくまで作られた存在。自然に生まれた生物と同じ扱いは出来ないのだ。


「わしはダム建設を阻止せねばならない! 終わる事など出来ん!」


「残念ながらダム建設は決定事項だ。悪いけど諦めて貰うしかないね」


 妖異対策課からの依頼は、ダム建設の邪魔をさせない事と事態の解決だ。

 彼にも思う所はあるだろうが、諦めて貰うしかない。イブキは依頼をこなすのみ。


「認められるか! わしらの村は残さねばならない!」


 必死で老人は訴えかける。前世の記憶に執着するのは幽霊であるが故。


「周りを見なよ、もうとっくに廃村だ。残すなんて不可能だよ」


 意思を取り戻したばかりの相馬は、記憶が混濁しているのだろう。

 廃村と化した現状を忘れている。改めて周囲を見渡した相馬は、怒りの感情を爆発させる。


「おのれ村長どもか! わしを裏切って良くもこんな真似を! 美しいわしらの故郷をよくも!」


 憤怒の形相で相馬は恨み言を言い続ける。噂にあった殺されたというのも事実らしい。

 村全体の話し合いで意見が割れて、保守派の代表である相馬が邪魔になった。

 村を出て新天地でも幸せな暮らしが送れる様にと、村長達が追加の生贄として相馬を選んだ。

 この事件の真相が判明した。なんて醜い争いだろうと雅樹は思わずに居られない。


「どこが美しい村ですか。悍ましい殺人犯達が住む村じゃないですか」


 憤慨する相馬に向かって、雅樹はストレートな言葉を投げる。

 居もしない神に縋って、生贄を捧げ続けた浅ましい村でしかないと。

 同じく山奥の村で育った雅樹にとって、途轍もない嫌悪感があるのだ。

 土地神様への強い信仰はあったけれど、決して生贄なんて捧げなかった。

 いつも村人達が捧げていたのは祈りと感謝だけ。故郷の村で静かに暮らす皆まで、雅樹は同じと思われたくなかった。


「何だとボウズ! 貴様に何が分かる!?」


「居もしない神に向かって、生贄を捧げるなんて異常ですよ! ただの殺人です!」


 有り得ない習慣を持っていた相馬に向かって、雅樹は真っ向から否定する。


「馬鹿を言うな、狗神様がこの村には大昔から――」


「大昔は知らないけどね、少なくとも200年はここに神は居ないよ」


 相馬の主張をイブキは真っ向から否定する。既にその件に関しては調査済みだ。

 支配者である雷獣イツカにも確認を取った。この辺りで神を名乗り、生贄を得ていた妖異など居なかったと。

 神が居た事実も過去200年は無いとイツカは主張した。人間の管理は杜撰でも、流石に神や妖異については把握している。

 それも広島に核を落とされる前の話だけに、イツカの記憶は確かだった。


「ば、馬鹿な、そんな筈はない! お前達に何が分かる! 狗神様は居る!」


 相馬は狼狽える。彼や村人達にとって、山の神様は精神的な支えだった。

 村最大の宗教であり、ただの迷信でしかなかった。しかし相馬は受け入れようとしない。


「一度死んで幽霊となった君が、何を言っているんだい? 村に神様なんて居ないから、君は殺された。幽霊になってみて、神様に会えたかい?」


「う、煩い! わしはこの村を絶対に守る!」


 幽霊となって低下した知性、年寄り故の頑固さ。両方が合わさり相馬は考えを変えない。


「そう。なら悪いけど、君には消えて貰おうか。これ以上手を煩わされたくないからね」


 一瞬で距離を詰めたイブキが、鋭い爪を縦に振るう。真っ二つに裂かれた相馬の体が、ゆっくりと地面に倒れる。


「さて、帰ろうかマサキ」


「……はい」


 2人が歩き出す頃には、相馬の体は灰となって消えていた。

 途中で雅樹が救助した芦田遥(あしだはるか)を連れ出し、記憶を弄って呼び出した妖異対策課へと引き渡した。

 とある山奥にあった廃村を巡る怪談話は、こうして幕を閉じた。

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