第40話 廃村の調査
まさかの二度目のジャンル別日間ランキングイン。なろうにおけるホラーの不人気ぶりたるや。でもありがとうございます!
本作は目指せ100万文字でやっております! 最後まで頑張ります!
いつも通り昼間の内に調査をする為、大江イブキと碓氷雅樹は件の廃村へ来ている。
人口が千人居るかどうかという村だった廃村には、もう誰1人として住んでいない。
気候変動で水害の危険が上昇している昨今の現状を鑑みて、新たに新設される事となったダムの底に沈むのみ。
本来ならそれだけの終わった筈の村は、新たな展開を見せている。
ダム建設の工事を邪魔していると思われる妖異が、この村で生まれた幽霊ではないかという説が浮上。
妖異対策課の構成員に大きな犠牲出しながらも、どうにか突き止めた事実。
ただし完全に幽霊だとは断定出来ていないので、イブキと雅樹が情報を求めて現地調査を行う。
「イブキさん、この村……なんだか……」
「おや、もう気付いたのかい? だいぶ場馴れして来たね」
雅樹が感じた違和感。いつも現場で感じる嫌な雰囲気。良くも悪くも毎度のパターン。
ジメジメとした冷たい空気が漂う、死の気配を嫌でも意識させられる場所。
「ただの村じゃあないだろうね。普通はこんな濃い死の気配はない」
イブキには視えている。積み重なった異常な死が、淀んで溜まっているのが。
ただ神事を怠っただけでは起こり得ない濃度。何らかの原因があると、イブキは確信している。
「でも村ですよね? 死の多い場所の筈が……」
病院や交通事故が多発する場所、そう言った所でしか本来発生しない死の淀み。
単なる村ではそうならないのではと、雅樹は疑問を覚えた。
「いや、意外と有るんだよ。田舎の古い村なんかじゃね。マサキの故郷にもあったんじゃないかな? 昔から続く伝統とか、お祭りとか。土地神様の話とか」
雅樹の疑問に対して、イブキは否定的だ。古い村の場合はその限りではないと。
「ありましたけど、人が死ぬ様な事は何もありませんでしたよ?」
「君の村には無かったのだろうね。生贄を捧げる風習が」
大昔からある生贄を捧げるという行為。神や災害、龍や鬼などを恐れた人間達の行い。
もしくは感謝を捧げる意味で、若い女性などを差し出して来た歴史。
「い、生贄って……この時代にそんな事……」
「そう思うのも無理はないね。だけど現実として、信じられている所もあるのさ」
雅樹には信じられなかった。アマゾンの秘境で暮らす部族ならともかく、現代の日本で生贄なんて捧げる筈がないと。
そんな事をしても、何も変わらないじゃないかと。例えば自然災害なんて、生贄を捧げても関係ない。
気象情報と現実が全てで、雨を降らそうと生贄を差し出すよりも、天気予報を見た方が早い。
「そんなの意味無いですよね?」
「いいや、場合によるよ。信仰しているのが神や妖異だったら話は変わる。生贄を受け取る対価として、何か利益を得ているなんて話なら、十分あり得るさ」
人間が神社仏閣で信仰している対象が、妖異である事は珍しくない。
ただ本当にそこで妖異が生活しているとは限らないが。そもそも大々的に祀られる様な妖異は、殆どが高い妖力を持っている。
わざわざ人間から生贄を受け取らなくても、何とでも出来てしまうだろう。
「え? じゃあ……」
「弱い妖異なら、そんな事をしていても不思議じゃないね。この村に居たかどうかは、調べてみないと分からないけど」
随分とややこしい話になって来たなと、雅樹は頭を抱えている。
幽霊だけではなく、別の妖異まで居るかも知れない。そうなるとどちらが犯人か分からない。
幽霊も居るが犯人ではなく、雷獣イツカの配下かも知れない。以前の山姥と同じく、勝手に住み着いた妖異かも知れない。
少し考えただけでも、それだけ候補が浮かんで来る。無関係な存在まで、相手をしないといけないなら非常に厄介だ。
「安心しなよマサキ。どうであれ私が居れば問題ない」
「でも、囮役の最中に2対1は勘弁ですよ?」
どちらか1体だけでもキツイのに、別の妖異も相手だなんて雅樹には無理だ。
あくまで1対1が前提で、それでも5分と持たせるだけでも厳しい。
速攻でボコボコにされるのがオチだろう。かと言って1体目の時点でイブキが助けに入れば、もう片方は逃げてしまうかも知れない。
「そうなるかどうかは、調査の結果次第さ」
そう言うとイブキは、村の中へ入って調べ始める。無人の空き家の中、駐在所に公民館。
閉店した米屋に八百屋、診療所なども全て回っていく。書類の類は殆ど残っておらず、参考に出来る物は見つからない。
そして2人は古い井戸へと辿り着いた。屋根やポンプ、ろ過装置などは一切周囲にない井戸だ。
「これは……随分とまあ、長年捧げて来たのだろうね」
イブキはその細い指を形の良い顎に当て、軽く撫でながら思案する。
「何だこれ、気持ち悪い」
今までに感じた事のない程に、嫌な空気を感じ取った雅樹は口元を抑える。
「ふむ……よし、水を抜いてみようか」
そう告げるとイブキは、ポケットから取り出した呪符を井戸の中に落とした。
すると呪符を中心に水が集まり球体となる。そのまま空中へゆっくりと上昇していき、井戸から5メートルほど上の空間で停止した。
巨大な水の球体は、濁っていて綺麗とはとても言えない。汚水と言って良いだろう。
「おやまあ、よくもこんなに沢山……」
「げっ!? あれ全部骨ですか?」
井戸の底には、白い骨がびっしりと詰まっていた。イブキは井戸の底に飛び降りると、足元にある骨を調べ始めた。
「全部人間の物だね。にしても相当骨が詰まっているね。出した水の量を考えれば、この井戸本来の底はもっと下だ」
調べ終えたのか、イブキはジャンプで井戸の底から出て来る。軽い跳躍だが、3メートルはある高さを簡単に跳び越えている。
普通なら驚く所だが、雅樹は見慣れているので平然としている。イブキが人間ではないと知っているから。
「それで、どうだったんですか?」
「非常に残念な話だけど、妖異じゃないね。喰われていない」
イブキの見立ては妖異の関与を否定するもの。骨の隙間にあった衣類は、どれも破られていない。
わざわざ服を脱がして喰らう妖異なんて中々いない。物理的に喰う妖異なら、服は破り捨てる。
「えっと、つまり?」
ではどういう事なのかと、雅樹はイブキに問う。ならこの大量にある骨は何なのかと。
「勝手に神を信じて、勝手に生贄を捧げていた。つまりただの無駄死にだ。実質的には組織的殺人をやっていただけだね。もしくは自殺教唆かな」
「そ……そんな……」
あまりの結果に雅樹は息を呑む。一体どれだけ昔からやっていたのか。
何人が犠牲になったのか。村人達は自分達の行いを理解していたのか。
様々な疑問が雅樹の脳裏に浮かぶ。どうしてこんな事を続けていたのかと。
人間の怖さに慄いている雅樹の隣で、イブキが指を鳴らす。すると空中に浮かんだ水が全て井戸へと戻って行く。
「確か村の人間が出て行ったのが数ヶ月前だ。最後に1人殺したとしても、遺体は白骨化しているね」
「じゃ……じゃあ噂については……」
この件については、ダム建設に反対していた有力者が殺されたという噂がある。
もしそれが事実であるなら、ここで幽霊化した可能性がある。
「その調査は人間達に任せるさ。私が解決するのは殺人事件じゃないからね」
イブキが解決を任されたのは、あくまで妖異への対処だ。村人達のいざこざまでは興味がない。
「恐らくここが根城だろうけど、念の為に工事現場の方も見に行こうか」
「わ、分かりました」
イブキと共に雅樹は村を出て、事故が多発した工事現場へと向かう。
そちらの方では特に何も見つからず、完全な空振りで終わった。
妖異対策課の情報とイブキの調査結果から、夜になったら再び廃村へと向かう事が決まった。




